表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/113

4-17 違い




 気持ちが高ぶるとは、どういう時か。

 それはうれしい事があった時だと、リリアは思う。きれいにライフルを当てたりとか、料理がうまくいったりとかで山師のおじさんに誉められた時。きれいだねって、かわいいねって町の人に誉められた時。美味しい料理が夕食に並んだ時。その時の熱くなる感じ。それが幸せ。

 気持ちが落ち込むとは、どういう時か。

 それはいつだろうな、リリアは思う。こけて足を擦りむいたり、銃床で殴られて痛い思いをした時。雨上がりのぬかるみに洗濯物を落とした時。お気に入りの洋服がダメになった時。その時のがっかりとした感じ。それが不幸。

 不幸は嫌だ。

 だから今の自分は幸せなのだと、リリアは思う。


「あはっ」


 この熱さは本物だから幸せなのだと。自然と笑いが出るほどの高揚感だから幸せだと。

 肩の痛みも、手の痺れも、鳴る金属音も。迫る暴力も、疲労する体も、繋ぐ集中力も。すべて、すべて好きになれる。

 彼の一撃は重い。思い切り横に力を当てないと、ろくに軌道を逸らすことも出来ない。全力で向かわないと押し込まれる。楽な相手には手加減をする。手加減をすると、つまらない。そう考えれば何の遠慮も、何の気兼ねもなく全力で向かえる今はとてもすばらしい。

 今が、幸せなのだ。

 何度も床や壁にぶち当ててボコボコに変形してしまった金属バットが、それでも人の頭を潰す為に振るわれる。一歩引き、上体を逸らして避ける。

 彼の攻撃は破壊的だ。触れれば見境なく粉砕する。とても重みのある打撃だが、同時に、それは振るう速度によって成されたものではない。圧倒的腕力でものともせずに押し、叩き潰す。だから速さ自体は、銃口を見て射線を理解し、素早く逃げられるリリアにしてみれば捉えるられないものではない。それはなにも防御に関してだけではない。リリアの素早い斬撃は彼ほど威力はないが、人を殺すにはあまりに十分すぎる。そしてリュックは彼女の速度を受けるので一杯だった。それを理解した瞬間、リリアはことさらに胸を躍らせた。優位から来る優越感。でも決して気は抜けない、程よい緊張感。


「あははははっ!」


 熱い。体が、心が熱い。

 何も考える必要はない。衝動のままに体を動かすだけ。斧とナイフを持って踊るから気持ちよいのだ、銃なんて無粋だ。アレはつまらないほど簡単だ。

 また一撃。暴力の唸りが耳の傍を通り過ぎる。当たったらさぞ痛いだろう。痛いのは嫌だから、避ける。

 足場は大分悪くなってきていた。彼が思いついたように近場のものをぽんぽんと投げるので部屋が散らかるのと、金属バットで滅多打ちにしたため床も割れたり凹んだりの箇所が増えてきた。考えなしに踊ると足をとられそうだ。

 それにしても、避け続けるのも飽きてきた。彼は確かに絶大な暴力を振るうが、戦闘訓練を受けていないその動きは決して洗練されているわけではなく、したがって多様でもなく無駄が目立つ。好きに暴力を振るう、同じ攻撃が何度も振るわれるので、その彼の好きの形が大分見えてきたのだ。

 だから、いつ反撃が出来るかもわかる。

 そう。予備動作に入った今。

 最小限の動作で、斧を振るう。何も考えていない。何も考える必要はない。隙があったからやろう。ただそれだけの意思しか持たない暴力。投擲の為の斧は、何合もの打ち合いで既に刃物としての機能は失われていたが、彼女にかかればさしたる問題ではない。

 彼は咄嗟にバットで受けようとした。しかし戦闘慣れしていない動きのそれは半端で。防御で勢いを殺されつつも、斧は彼の肩口に達した。そして刃こぼれしつくした斧を、刃物らしく引く。斬る、というよりは削ぐという感覚。のこぎりで切るみたいに。

 肉に到達した確かな感触。

 何だ、たやすいじゃないか、と。

 リリアは、口端を吊り上げる。今この瞬間は、すべてが愉快に。


「ああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 絶叫。

 リュックは、斬られた肩を必死に押さえていた。骨や大切な動脈まで達してはいないものの、ざっくりと割れたそこからは血が流れ出し、指の間からこぼれていた。


「お前‥‥‥」


 俯く顔を持ち上げて、リュックはリリアを睨みつける。痛みによる苦悶と、恐ろしいほどの怒りを混ぜた形相。

 だが。次には、彼は大きく笑みを作った。


「くっ、あ、はははは」


 傷口を押さえるのをやめて、赤く染まった手のひらでバットを握り直し、一歩踏み出す。

 リリアは。

 たじろいで、足を引いていた。


「あっ‥‥‥」


 どうしてかはリリア自身わかっていなかった。ただただ、先ほどまで何をしても笑いが出るほど楽しかったものが、急にそうではなくなってしまったのだ。

 本当に痛そうな、悲痛な悲鳴。

 見ても面白くもない、怒りの顔。

 どこか壊れた、狂気の笑み。

 違う。こんなものが見たいわけじゃない。

 眼前に金属バットの暴力が迫ってきた。かろうじて知覚して身を引く。暴力が鼻先を掠めた。

 だがリリアの意識は別に引き寄せられていた。赤い血を流す彼の肩へと。

 幻視する。血を流して倒れる、おじさんの体。





―――あなたは、人を殺したいの―――




「違う」




―――君は、人殺しが嫌いなんだ―――





「違うの」


 自分はこれがしたかったわけじゃない。ただ、リュック達を助けようと思って。それがどうしてこんなことに。

 リュックとの殺し合いを、さっきまで楽しんで。

 暴力が迫ってくる。さっきまではすべてを簡単に認識して踊れたのに、今は彼の速度についていけない。かろうじて避けるものの、到底余裕のある動きではなくなっていた。打ち払おうとすれば力に弾かれて、斧を取り落としてしまった。手がじんじんと、しびれる。さっきはそれすら楽しかったのに、今はただ不快なだけだった。


「や、やめてリュック」

「五月蝿い!」


 怖い、とは思わなかったが、恐ろしい表情だった。

 逃げるうち、リリアは割れたテーブルのカケラに足を取られた。足こそ捻らなかったものの、その場で滑って尻餅をつく。

 顔を上げる。目の前には、獲物を上段に振り上げた友達の姿。

 痛いのは嫌だ。そうは思うのに、リリアはぼんやりと見上げるしかない。

 その時。


「リリア、伏せて!」




 ジゼットの忠告と同時。轟音が、響いた。




 けたたましい銃声と共に、壁が歪な音を立てて振動した。それは、テオが放った重機関銃の射撃だった。

 リリアが体をびくつかせる。リュックも唐突の事に驚いて、音のする場所から逃げた。そして銃弾が、壁を噛み千切りながら飛び込んできた。

 射撃は面ではなく、何かを狙うように同じような場所に放たれていた。火薬の炸裂音と木材の割れ飛ぶ音の中、リリアは事態の理解のためにしばし止まった。結局良くはわからなかったものの、銃弾の先、危険なところにジゼットが床に伏せているのを見て、はっとしたリリアは彼の元に駆けた。


「ジゼット!」

「リリア。頭下げないと危ないよ」

「でも、もっと逃げないと」


 部屋を見回す。盾にできるほど立派な堅さのある遮蔽物はないが、それでもキッチンを壁にするよりはと、何とかしようとジゼットの手を引いて奥の部屋へと退避した。

 銃声自体はまだ続いているが、銃弾は飛んでこなくなった。別の場所を狙っているらしい。とりあえずは大丈夫なのかなと二人は息をついて、ふと部屋の中を覗き込んでみた。リュックは無事かなと、心配になったのだ。

 彼の姿はなかった。体が転がっているわけでもない。恐らくどこかに隠れたか、そうでなければ逃げたのだろう。自分だけでも探しに行こう、そう腰を上げるリリアだったが、そんな彼女をジゼットは引き止めた。

 見つけたところで、また殴り合いになるだけ。

 もう、どうしようもない。

 リリアは自分の肩を抱いた。力を使った後に出る寒気。嫌いだ。どんなに毛布で包んでも、寒くて辛いばかりだから。とても悲しかった。リュックにあんな風に見つめられたことが。それに、助けようとした彼を傷つけたことがリリアの心をとてももやもやとさせた。

 そんな彼女を、ジゼットはそっと包んだ。いつもそうだ。彼はいつもそうしてくれて、すると少しだけ寒さが良くなる。

 何かが焼ける臭いが鼻をくすぐった。数瞬火事かなと思い、それなら逃げなければとも思ったジゼットだったが、小さくなっているリリアの姿を見てとりやめた。危なくなったらクリスが教えてくれるだろう。それまでは、と。


「ねぇジゼット。私、よくわからないの」

「今は、いいよ。リリア。休もう」

「‥‥‥うん」


 呟いて、リリアは体をジゼットに預けた。




 逃走することを決めたギャング達が立ち去り、場が完全に収まってクリスが連絡を寄越すまで、二人はずっとそうしていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ