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4-16 燃えるもの




 父親の背を追いかけながら、テオは目をぎらつかせていた。


「あいつ‥‥‥」


 体が燃えている。心が燃えている。

 目に浮かぶのは二人の顔。きれいな服ときれいな笑顔の少女と。


「あいつが変なことを言わなかったら」


 そしたら、あの人はずっと笑っていてくれたはずなのに。

 それは怒り。

 体が燃えている。心が燃えている。

 そんな時にどうするのか。どうしてきたか。それは全部父親が教えてくれた。


「殺してやる」


 トラックの後ろにそれが見える。ピックアップされ布をかけられた品。Codeというその重機関銃の名前どころか、それが重機関銃と言われるものであることも知らなかったが、それが人を殺せる火器であることは知っていた。使い方も、使えば人が死ぬことを知っていた。

 悪い奴を殺すこと。

 「いい事」だ。

 悩みも躊躇いもない。あるのは怒りと憎しみ。

 友達の元へといく父親を横目に、テオは飛びつく。


「見えるんだ」


 アイアンサイトで、見えるその「影」を狙う。

 見えるのだ。どんな壁があっても、それ越しに「影」が見える。躍り回る二つの影ともうひとつ。あそこで屈んでいるのは間違いなくあいつだ。


「見えてるんだよ!」


 トリガーを、引く。




 □




 クリスは本日、野外戦が想定されるということで持ってきたカービンライフル、S553を適当にばら撒いていく。

 状況を予測できないずぼら計画の中で、ジゼットから唐突に攻撃指示である。確かに立場上、仲間の掃除屋以外は皆敵という状況ではあるし、彼らのバックアップが仕事なので指示とあらばやるが。リリアとジゼットが敵中の中、下手に建物を狙って窓ガラスに銃弾が飛び込んでそれが二人に、などという事はしたくないので、クリスのやることと言えば周囲に銃声を撒き散らす程度の事だった。


「どうなってんのよ一体」


 そもそもこちらから攻撃を仕掛ける話ではなかったはずだ。それでもジゼットの声で攻撃してくださいと言われては安全上行うよりほかがなく、攻撃開始の旨を掃除屋に中継しつつ体裁を保つ。

 そして、トランシーバーで少年に通信を試みる。


「お~いジゼット~、聞こえてる~?」

「あ、はい。なんでしょうクリスさん」

「あぁ無事そうね。とりあえず撃ってるけど、どうなってんのよ」

「え、と、とりあえず失敗です。それと、僕達はしばらく動けません」

「怪我した? 大丈夫?」

「負傷ではないです」

「ならいいけど」


 どういう状況かはわからないが、取り立てて危機と言う様子でもないので息をつきつつ。ほとぼりが冷めるまで下手に動かないようにと伝えて一度会話を切る。

 次いでエリーにも声をかける。他に敵の姿はあるかの確認だ。が、エリーの偵察位置からでもその様子はないとのことだった。先ほど集団で帰ってログハウス3棟にいる連中でほぼすべてと思っていいということだ。なお掃除屋チームについては向かって右の道から攻撃を掛ける形になっており、こちらが下山への道路方向となる。


「それで私達はどうしますか?」

「ん~、このままでいいんじゃないの」


 ショットガンに弾を込めていくアナベルに返す。奇襲で乱れたとはいえあの集団を相手に、実質二人で何をしろと言うのか。

 最小限に顔を覗かせる。現在右側のログハウスは立て篭もりで掃除屋と交戦中。リリアとジゼットのいる中央はその様子はない代わり、近場の複数の車に連中が固まっている。左側のログハウスは特に何もしていないが山から帰ってきた集団の一部が中に入り込んだのが見えたので、そこも拠点になっている。

 特に何もしないのが無難。とはいえ、そうなるといつリリア達が脱出するのかと言う話にもなる。もし掃除屋チームが追い返されてでもしたら戦術的な救出のめどがなくなるわけで、動けないらしい彼らがまずい。

 だが。


「何が出来るって言われても何もないでしょ」

「そうは言ってもですね」

「まぁね。エリー。優男に繋いで、右側の砦を黙らせて。そっちだけでも押し込んでおかないと」

「私は」

「あんたは撃つな」

「了解」


 不機嫌でも残念そうでもなく、エリーは淡々と了承する。戦いたい、と言うわけではない様子なのだから、本当にこいつは一体何でこの場に来ることに固執したのだろうか。クリスの疑念は尽きないが、今はそんな話をしている場合でもない。

 まずはこの場をどうするか、だ。

 最重要項目はやはり、リリア達二人の帰還だろう。そのためには敵を壊走させるなど、究極的には勝利の必要がある。

 あるいは救助。クリスは眉をひそめて悩んだ。自分単独ならば「死なないで建物に取り付いて、帰ってくる」ことは恐らく可能だ。それでリリア達を連れてここまで戻ってくる。ただそうした所で具体的に敵が何人いるのかなどの問題があり、もうひとつ、「自分以外が死なないで帰れるか」という話になる。

 やはり、この戦闘を勝利するのが確実か。


「となると、両側の砦をどう攻略するかって話よねぇ」

「元気なのは、左側の家ですけど?」

「でも手を出せないね、泣けるわ。同情するなら迫撃砲小隊とか近接航空支援を呼んでよ。歩兵戦闘車でも可。建物ごと吹っ飛ばせるような火器」


 拠点に立て篭もった敵部隊をどうするか。

 持久であれば狙撃合戦でもいい。だが素早い確実な決着の為に最も簡単な方法は、遮蔽物ごと吹き飛ばして要塞能力を無力化、あるいはそれごと破壊する方法だ。ある程度機能を潰さなければ、平地を進撃しなければならない攻撃側は接近自体が困難である。そして今回の味方戦力は訓練された私兵ではなく、無秩序な烏合集団だ。いくら殺しの経験者とはいえプロがいるわけではないし、一人二人の熟練者でも足りない。そういうのはもはや特殊部隊の仕事だ。それがないなら火力に頼るしかないが、彼らの火器などライフルがせいぜいでは手が出ない。


「しばらくここで様子見で行こう」

「わかりました」


 装填を終えたアナベルが、ショットガンを突き出して虚空に放つ。銃声を鳴らすだけでも仕事だ。

 クリス達からの攻撃が散発的なことで、敵の注意は主に掃除屋チームに向けられていた。よってクリスは勘も利用して比較的安易に頭を出せたし、観測役に徹することになったエリーからの情報もあり、場の状況はクリスが最も把握できている状態であった。

 掃除屋チームの戦線は決して芳しくはない。元々拳銃装備の連中が多く、その点でも威力負け射程負けしている。相手も訓練された兵士ではなく手痛い反撃もないので、だらだらとした締まりのない戦闘が続いていると言う程度であった。彼らの戦線持ち上げには期待できそうもない。

 ではどうする。護衛対象が敵中で動けない中、味方も押し上げられない状態でどうする。正攻法が通じないなら絡め手だが。


「おっと?」


 そんなクリスの目に報が飛び込んでくる。

 中央棟から車列に移動した連中が動きを見せた。それぞれ車に乗り込み、エンジン音を鳴らし始めたのだ。連中の存在が最もリリア達を圧迫しているのは間違いないが、これはもしかしたら逃げ出すつもりかもしれない。いいぞそのままどこかに行ってしまえと期待に思って眺める。

 だが、朗報は凶報に変わった。

 車列の中に二台ほどいる軽トラック。その荷台部分で何か作業をしている。子供も一人見える。そして。

 中から、ピックアップ重機関銃が顔を覗かせてきた。


「げっ」


 火力負けしている所に対物制圧兵器の登場である、まずくないわけがない。その射撃に子供が付いているというのは意外だったが。

 そしてその銃口が、中央のログハウスへと向けられたことはことさらに。


「まずい、伏せろ。ジゼット伏せろ!」


 クリスが慌ててトランシーバーに吠えたすぐ後に、12,7ミリの嵐がログハウスに突き刺さっていった。けたたましい咆哮が、あたりに木霊する。

 放っておくわけにも行かない。クリスはカービンライフルを構えて射手を狙って、アイアンサイトの向こうに見えた子供の姿にしばししかめ面をして、致し方なしと引き金を絞る。女子供だとか言っている場合ではない。しかし急いだクリスの射撃は傍に着弾するばかりで命中弾はなかった。

 そして返礼とばかりに、牙がクリス達に向く。ぞわりとした感覚が全身を巡って、クリスはアナベルの襟元を引っつかんで共に窪地の中に引っ込んだ。すぐに、対物ライフルに使用される口径の銃弾が付近の土を荒々しく耕していく。


「勘弁してよもう。ジゼット、無事?」

「は、はい。何ですか一体」

「あいつら重機関銃使いやがったの。エリー、優男にピックアップ車両の射手狙うように言って」

「射撃不能。家の影」


 クリスは舌打ちする。彼らに今から射線の通る場所まで移動してもらうのは時間がかかりすぎる。かといってテクニカルをこのまま放置は出来ない。装甲車の側面くらいなら貫く対物弾の火力が、分間600発以上で放たれるのだ。もちろん近距離であるほど破壊力は増す。丸太製とはいえログハウスの壁ごときが果たしてどれほど耐えられるか。

 このままでは、家の中にひき肉が転がることになる。

 クリスは腰の発煙手榴弾に指を触れた。携行する数はいつもひとつ。家まで走ってジゼット達を回収し、撃たれないよう家とテクニカルの対角線上に逃げる。スモークを使うとするならその帰路であろう。そこまでは勘に頼って、接近する。ジゼット達だけで出てきてもらうのが最善だが、室内引きこもりの情報なしで見極めができるとも思えないし、最初に動けないと連絡があったのだ。無理くり頼むのは危険だ。

 ひどく怖い。嫌な予感もびんびんだ。恐らくはそういうこと。


「変なことを考えていませんよね?」

「まぁ、ねぇ」


 アナベルの問いかけに、クリスは適当に笑って、そしてため息を吐いた。

 変なことなのだ。自分の命を張って子供二人を助けようと思っているあたりが。ばっさり見捨ててしまうような関係でもないが、ここまでしてやる義理もない。何かがあるとするのならそれは。


「悪い奴ってわけじゃないし、犬同士の馴れ合いみたいな?」


 うれしいのかもしれない。仕事繋がりで仕事の話をする相手はいても、気を抜いて付き合える人間はエリー達以来だったから。

 カービンライフルを担ぐ。もちろん、穴倉から出陣する為にだ。するとクリスの行動を見たアナベルは、自らのショットガンを堀の中に立て置いた。重機関銃の弾が飛んでくると言うのに、ひどく落ち着いた様子で。


「以前もですけど、クリスさんって容赦なく撃ちますよね。撃つのは嫌じゃないんですか?」

「快楽殺人者の気はないつもりだけどもね。両手じゃ足りない程度には殺してきたし、そっちの才能あるかも」

「どうして撃つんです?」

「どうしてってそりゃあ、このままじゃあいつらやばいし」

「リリアちゃん達とは最近会ったって言っていましたよね。そんなに、大切なんですか」

「ん~まぁ、気分の問題?」


 答えに、アナベルは目を細める。侮蔑ではなく、見上げるような尊敬の眼差しだ。


「他に手思いつかないから、頃合見計らって出かけてくるわ」

「ここから狙って撃てばいいじゃないですか」

「やった結果がこれですわ、そういうのはエリーの仕事。いやまぁ子供撃たせるわけにもねぇ。アナベルがやってよ」

「わかりました」

「はい?」


 クリスは訝しむ。まさかそのショットガンで遠距離射撃をするつもりだろうか。ここからでは彼我150メートルはゆうに超えている距離だ。どうやらバックショット弾を詰めているようだが、到達する最大射程こそ数百メートルはあっても、散弾として殺傷効果が期待できる有効射程は数十メートルそこらだ。

 策があるというのなら、試してみるもあり。

 思う間に、付近に敵からの着弾の様子がなくなった。今なら嫌な予感もない。「いいよ」と声をかけると、アナベルはそのショットガンすら持たずに顔を出した。

 クリスも興味本位で顔を上げる。重機関銃は、今は掃除屋に向けられていたが大人を交えて装填作業中だった。このまま撃たれては烏合集団は壊走するかもしれない。

 アナベルは自身の顔に手をかざした。

 数秒。




 テクニカルのボンネットが、唐突に燃え上がり出した




 目の前で起きた火災に運転席に座っていた男は外に転がり出て距離をとった。荷台も同様だ。射手になっていた子供が、大人に連れられて退避していく。

 異変はさらに続く。右側のログハウスが、続けて左側も。壁に火が付いたかと思うとガソリンが撒かれていたかのように一挙に広がり、火炎は炎の壁のようになった。火災に気づいた室内の人間は始め消火活動を行う者もいたが、手がつけられないと理解して建物から脱出していく。燃えては、砦にして戦うどころではない。

 両側の要塞は、その機能を完全に燃やされていく。


「あら、ラッキーですね。ガス栓でも撃ったんでしょうか」


 嘯く声にクリスが向く。目の前の事に驚く様子は微塵もなく、微笑みながら眼帯の位置を直しているアナベルがいた。

 突然の発火現象。それは船の一件の時もあった。あの時も彼女はいた。今度は火炎瓶などという考察が成り立たない距離と挙動であったが。


「これなら、リリアちゃん達を助けに行けそうですね」

「アナベル、あんた」


 言いかけて、やめる。問い詰めたい思いはあるが野暮と言うものだ。それに、そんな事に気をとられている場合でもない。

 テクニカルを潰され、拠点防御が出来なくなり、また火災という奇襲で完全に浮き足立った彼らはばらばらと車列に集まり始める。ここで防御戦を行うか、それとも撤退作業に入るか。相手の方針はまだはっきりとは見えないが。どちらにせよ、戦局は大きく自分達側へと傾いたと見ていいだろう。

 状況が転がり込んだのなら、今は推移を見守っていいだろう。クリスは現位置で車列攻撃が出来ないエリー達に射撃場所を変えるよう指示して、しばしアナベルと様子を見ることにした。




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