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4-15 狂劇




 殴られた肩から全身へと、沸騰するような熱さが巡るのをリリアは感じていた。

 痛かった。だがすぐに、快楽にも似た感覚になる。

 これだ。

 これなのだ。

 誰かの悲鳴も、肉を裂く感触も、骨を砕く手ごたえも、生暖かい血液も。この瞬間だけは、すべてが愛おしい。自分から追い求めたくなる。

 すべてが愉快になり、すべてが痛快になる。




―――あなたは、人を殺したいの―――




「五月蝿い」




―――君は、人殺しが嫌いなんだ―――




「五月蝿いなぁ」


 少女は身を起こす。バッグから、残るもう一本のスローイングアックスを取り出して。

 目の前にはジゼットがいた。とても驚いたような顔をしていたが、それがどうしてかリリアにはわからなかった。わからなかったし、面白くないのでどうでもよくなった。そんなことよりも、バッグにつめたスローイングナイフ入りのベルトを掴む方が大切だった。

 バッグを下ろす。正面を、向く。

 目の前にいる彼がリュックと言う名前の人間である事はわかった。けれどリリアにとってそんな事には意味はない。

 お互いが、お互いの瞳を見る。

 そして、満足に表情を歪める。


「これなら、楽しめそうだ」


 リュックは口にして、リリアは同じく思った。久しぶりな気がした。こんなに滾るのは、久しぶり。

 リリアは構えず、床を蹴る。一瞬で間合いを詰めて、予備動作なしで斧を薙ぎ放つ。勢いも速度も十分のそれを、リュックは力によって叩き潰した。弾かれる流れに逆らわず、くるりと体を一回転。そのまま斧を振るう。首元を狙った一撃は、反応したリュックがバットのグリップエンドで受け止めた。そして斧をそのまま押し戻し、鋼鉄の暴力が今度はリリアの頭部を襲う。それは上体を後ろへ反らして避けた。

 体が熱い。

 胸が躍る。




 楽しい。




「やっぱり手加減してたじゃないか。ひどいなリリアは!」


 バットを振るう。リリアは避けるか、弾いて軌道を反らす。彼の攻撃は今のリリアでも完全に受け止めることはできないが、軌道変更くらいなら何とか可能だった。

 肉を潰し骨を砕く感触とは違う、金属の強い衝撃がリリアの腕を揺さぶる。こんな風に打ち合える相手は初めてで、だからこそリリアは愉快だった。嫌なはずの肩の痛みさえ今は忘れて、どころか快感に変わるほどに。

 ぞくぞくする。


「あははっ」


 自然に、笑いがこみ上げる。

 一方的に斬り、殴り、蹴り、吹き飛ばして叩き潰していく殺戮劇はまた違う。どれだけ手を抜いてもすぐに動かなくなってしまう普通の人間とは違う。自分と対等な相手と心行くまで打ち合える。簡単に壊れないから、長く楽しめる。永遠の時。


「あははははっ!」


 目の前の彼も笑っているのを見て、余計にリリアは愉快になる。こういう時に聞く悲鳴やスラングも嫌いではないけれど。相手が笑っていたほうがより自分が愉快になれるとたった今知ったリリアは、もっと笑う。

 踊りながら、握り締めたベルトを身につける。腰にしたナイフも投げてみる。放たれた日本のスローイングナイフは、すべてバットで叩き落された。わかっていても、わかっているから、楽しい。わかっているから、続けられる。

 終わりなど考えなくていい。これが世界のすべて。

 投擲用の斧は、金属バットと散々に打ち合う中ですっかり刃が潰れていた。それはリュックのバットも同様だった。二人の血を吸って壁や床を叩いて回ったそれは随分とひしゃげている。けれど二人は気にしない。二人の力ならば、ぶつければいいだけ。拳で殴るよりもよほど凶器になる。


「リリア‥‥‥」


 そんな二人の世界を、ジゼットはどうしようもなく眺めていた。

 リリアはいつものリリアではない。ちょっと力を使って惨殺してのけるリッパーですらない。昔と同じだ。彼女を化物と思い、自身が恐怖したあの時と。

 あんな彼女は、もう見たくないと思っていたのに。

 彼女は、心底楽しんでいる。

 ジゼットにはどうしようも出来なかった。もちろん声はかけた。だが名前を呼んでもリリアは反応しない。ジゼットの声など今のリリアには意識の外だった。この二人の間に割って入るなど論外だ。だが、どちらかが、リリアが倒れるまでそのまま放置するのかと問われれば。その答えはもちろん否だ。

 懐に手を伸ばす。5発装弾済みのリボルバーがそこにある。拳銃だからといって危害を加える必要はない、天井に向かって一発、銃声を轟かせればさすがに彼女らも反応するだろう。そうでなければ困る。だからジゼットは手を伸ばして、グリップを握り。


「やめてよ!」


 叫び。

 ジゼットが上階を見る。


「やめてよ兄ちゃん、お姉ちゃん!」


 テオだ。

 彼の手には自動拳銃が握られていた。元は、リュックが殴り飛ばした男の持ち物であった。それを拾って、銃口をいまだ踊り回っている二人に向けていた。


「兄ちゃん、お姉ちゃんは悪い事してるはずないよ! お姉ちゃんだって‥‥‥今のお姉ちゃん、すごく怖い。こんなの、お姉ちゃんじゃない」


 訴える少年の声は、二人の世界には届いていない。

 リュックが片手で4人用の木製テーブルを掴み、投げつける。高い瞬発力でリリアが避ける。その轟音と剣戟の音。


「お姉ちゃん!」

「テオ、待って!」


 どちらを狙っているのかはジゼットにはわからない。ただ、改めて狙いなおして拳に力を入れたのを見て、ジゼットは呼び止める。反応してくれなかったのでもう一度声を出したが、効果はない。脅しではなく、完全に撃とうとしていた。


「やめて、テオ」


 あの二人なら銃弾程度と思わないでもないが、かといってそれを期待して見過ごすわけにも行かない。ジゼットが懐からリボルバーハンドガンを抜き、銃を構えて警告した。無論、狙いの先にいるのはテオだ。そうすれば引いてくれるだろう、そう考えて。

 だがそれも無意味。いや、一瞥したテオは余慶に血を上らせるばかりだった。テオはジゼットが何をしているのかを確認すると、彼に銃口を向けた。


「お前が悪いんだ。お前が変な話をするから!」




 発砲




 子供の素人が放った弾丸は、大きく的を外れた。だが銃声に驚き、ジゼットは表情を歪める。

 テオに向けたのはあくまで脅しだ、彼に向けて撃つ気はない。

 だが、テオから二発目の弾丸が放たれたことで、その考えも変わった。これもまたジゼットの体には当たらなかったが、次もそうとは限らない。黙って殺されてやる理由などないのだ。

 それでも、殺す理由にはならないと。ジゼットは申し訳程度につけられたアイアンサイトでテオの右脛辺りに狙いをつける。他にテオの無力化のみを望める良い場所が思いつかなかった。短銃身の護身用拳銃で、精度などたかが知れているし練習も少々しか行っていない。それでもやるしかないと狙う。

 それでも指は躊躇う。銃を向けられて、テオがびくりと肩を震わせたからだ。

 撃たれる前に撃つか。それとも。再警告してもう少しだけ、もう少しだけ待つか。

 決めかねたジゼットの背後で、多くの足音がしてきた。ログハウスの玄関だ。思わず振り返った彼の目の前で、扉が開かれた。


「何をしている」


 複数の男達だ。私服姿の彼らは各々に狩猟用の散弾銃などを肩にかけていた。兄弟が言っていた、戯れに出かけていた人間達だった。

 その先頭の男が部屋の様子を。手前で銃を持つ見知らぬ少年や、派手な衣装の少女や、家具の散乱した部屋などを見てしばし状況の整理に時間をとり、そして階上のテオや、それを無視して打ち合いを続けるリュックに目を向けて言い放った。


「お前達、何をしている!」

「お、お父さん‥‥‥これは、えっと」


 テオが呟く。彼がジェローム・ラモレール、彼らの父親だった。

 ジェロームはよりよく部屋の状況を見ようとして、壁際に頭部を潰されて転がっている知人二人を見て、改めて一番手前にいるジゼットに向いた。

 テオを思い留まらせるとか、二人の争いを止めるとか、そういう状況ではなくなってしまった。言い訳など通じるはずもない光景だ。ジゼット達にとってこの場の全員が敵で、彼らは何かしらに火器を持っている。リリアも制御できない現状、戦うも逃げるも出来ない。

 ジゼットは部屋を見回して、具合よくキッチンと部屋を仕切るような壁を見つけると、そこへ向けて走り出した。知らぬ少年の唐突な行動にジェロームが呆けているうちに、ジゼットは身を隠す。ログハウスの仕切りは丸太で出来ていた。多少の銃弾なら防いでくれる。そして空いた手で、懐に忍ばせていたもうひとつ、トランシーバーのスイッチを入れた。


「クリスさん、攻撃してください!」


 この場はどうしようもないのだ。ならば手を借りて状況を混乱させるしかない。

 すぐに、とは行かなかったが、タップ撃ちの銃声とログハウスの壁を鉛弾が叩く音があたりに響き始めた。ショットガンのような派手な音もだ。最初はその二つだったが、やがて外回りのギャングが反撃する音が重なり始めた。それらの様子見や対応のために、子供に構っている暇はないと建物入り口で固まっていた面々が散っていく。

 その間も、ジェロームはまだ話が通じているテオに対して怒鳴り声で説明を要求していた。さすがに腰の銃は抜いてジゼットの警戒はしているが、そのジゼットがまるで頭を出さないのと、彼の元へ行くにはリリアが所狭しと飛び回る狂気のダンス会場に近づく必要があった為しり込みしたのだった。しかしテオの返答も、ジゼットを敵と示す以外は要領を得ないものであり、そのおかげで彼らの父の対応は余計に遅れた。

 外の銃声が激しくなり始める。掃除屋達も到着して争いを始めていた。

 彼らにリークされていた襲撃情報。本来であればログハウス群を砦に追い払う腹積もりであったが、その敵が既に内部に入り込んでおり、今も剣戟の音を鳴らしている。こんな所に踏み込むほど彼らも度胸があるわけではなかったし、そもそも躍り回るドレス姿の少女を、女子供と言うだけで一定躊躇う相手に銃を向けるかという事も決めかねた。


「どうします」

「とりあえず車だ。武器もある」


 異常なダンス会場から逃げるように、彼らは建物を後にして近場に止めてある車へと向かった。そしてまたジェロームもそうするために、息子に声をかけた。


「テオ、来い」

「でも兄ちゃんとあいつが」

「いいから来い!」

「は、はい」


 父親の命令には逆らえず、テオは銃を手にした腕を下ろして、階段を降り始めた。

 父親の事をそれほどに信じているのか。それとも、それしか知らないからなのか。ジゼットにはわからないが、掛ける言葉は一つだった。


「ダメだ、テオ。行ったらダメだ」


 テオは一度足を止めて振り返った。むっと、腹を立てたような顔だった。


「お前のせいだ」


 地の底からのような声で。そして彼は、父に連れられてログハウスを出て行ってしまった。

 ジゼットは、手にしたリボルバーを見つめる。一体、どこでどうすればよかったのだろう。旅を始めてから始めて出来た友達、そう思っていたのに。

 部屋の中央に目をやる。

 高い金属音を鳴らしながら、二人は、笑いながら踊っている。




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