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4-14 亀裂




 弟のテオが、お盆に四人分のオレンジジュースを載せて部屋に戻ってくる。雑務は弟の仕事で、部屋でどっしりと構えながら来客と話すのは兄の仕事。


「いや、びっくりしたぞ」


 そう述べるのはリュックだ。弟からコップを受け取りながらジゼットを見やり。


「二人も遊びに来てたのか」

「仕事の人に、誘われて。日帰りだけどね」


 ギャング貸切のキャンプ場に遊びに。理由付けとしてはあまりにも弱いが、そもそも当日接触と言う行動が無茶なのだから妥協するしかない。

 その脇では、テオがリリアにコップを手渡しながら。


「ポップコーンならあったよ、お姉ちゃん」

「うん、ありがとう」


 共に笑顔の少年少女が、お菓子のやり取りをする。

 ジゼットは周囲を見回した。彼らがいるのは目標としていた建物の中央のログハウスで、ログハウス内には待機を命じられたらしき部下が二人いるだけだった。子供は子供として放っておくようで、部屋には扉があり四人きり。なんとか、話を進める事は出来そうだ。


「お父さんはどこに? 旅行に来たんじゃないの」

「あぁ。今、仕事場の人とかと一緒に鳥撃ちしてる。うちらは、つまらないから帰ってきたけどな」


 リュックは、部屋の隅に投げ置いた野球グローブと金属バットを指差す。しばらくはそれで遊んでいたけど、ということだった。となるとなおさらだ。人がいない今のうちに話を終わらせてしまいたい。なお、野球で連れ出すという手は問う前から失敗していた。疲れたから休みたい、という事で二人はログハウスまで戻ってきたからだ。

 しばし会話をリリアに任せて何とか整理をつけたジゼットは、年長のリュックに向いて話し始めた。


「ねぇ。あの街路の話、詳しく聞いてきたんだ」

「前に見せた所のか?」

「うん。あそこはパヴィオっていう人が取り仕切っているらしいんだけど、その人がその、良くない仕事をしているっていうんだ」

「前もその話しなかったか。言っただろ、父さんは悪い事してないって」

「本当に?」


 ぐっと相手の瞳を見つめて、ジゼットは問う。


「リュックはお父さんを疑う気はないと思うけど、それは僕もだ。この話を教えてくれた人はお世話になっている人で、話は信じてる」

「そうかよ。大体なんだよ、悪い事って」

「用心棒代とか営業代って言ってお店の人を脅してお金を取ったり、武器を売ったり。それで、それに怒った警察が捕まえようとしてるって」


 実際に外に控えているのは雇われのごろつきだが。最初から殺害を目的としているあたり余計に性質が悪いが、やっていること自体は大差ないといえばないし、警察と言ったほうが警告になる。多少威厳が落ちたとて、警察と言う紐付き番犬の存在は決して無視できるものでもない。どうであれ、その響きは世間的には町を守る「正しい人」だ。


「その人のいう事が正しいなら、今日ここに来るんだって」

「警察が?」

「うん。それを教えたくて、ここに来たんだ。どうかな、とりあえずこの家からだけでも離れてみない?」


 核心を述べて、ジゼットはじっと反応を待った。

 簡単には信じてはもらえないだろう。だから、半信半疑でも思ってもらって、とりあえずこの場から連れ出せればいい。そのままいけば彼らの父親が殺されるであろうことや、その後のあれこれは今は後回しだ。

 リュックは腕を組んでしばし考える様子を見せた。テオは頭の上にハテナマークを浮かべて、リリアとジゼットの顔を交互に見ている。

 そして。


「なぁ」


 リュックがそう呼びかける。


「それって、悪い事なのか?」


 彼の言っていることがわからずに頭の中で反芻して、やはりわからなかったのでジゼットは問うた。


「えっと、つまり?」

「パヴィオさんってのは父さんの友達にいるし、お店を守ってやるからお金を出せってのもやるけどさ。それが悪いことなのかって」

「リュック」

「考えてみろよジゼット」


 リュックはジュースを飲んで喉を潤してから。


「銃持った奴が強盗しにきても、警察なんて何もしてない。それを、俺達はちゃんと守ってやるって言ってるんだぜ。あの街路だってそうしたからあんなに賑やかなんだ。噴水広場よりよっぽど綺麗でいいじゃないか」


 その言葉で、ジゼットは察して目を細めた。

 恐らく話が通じない。そう、予感しながら。


「違うよリュック。それは本当は警察がやることだし、強盗なんていないのが当たり前なんだ。もしも警察が頑張って町が良くなっても、パヴィオと言う人は脅してお金を取るのをやめないよ。守りたいからでもなく、守るのが仕事でもないその人は、お金が欲しいから。このキャンプ地だって、そうやって取ったお金で奪ってる。奪って、自分達が楽しんでいる」

「町をきれいにしてるんだ、それくらい当然だろ」

「当然なんかじゃない。銃所時に恐喝に、法にも触れてる。法治国家は法が大事なんだ、この国では悪いことってなってるんだ。そう決まっているんだよ」

「そんな話は知らないな。父さんはいい事だって言うんだ。それに警察は何もしない。警察が何もしないなら、うちらは悪いことはしてない」

「だからその警察が」

「来ない」


 強く断定して、リュックはジゼットを睨む。


「パヴィオさんが、警察の人だから。今日は絶対に来ないって知ってる」

「‥‥‥」

「ジゼットお前、変な話聞かされたな? お前お人よしそうだし」

「‥‥‥そうだね、そうかもしれない」


 手にしていたコップを床に置く。自分がお人よしかどうかはわからないが、こうしてここまでやってきてしまうくらいには馬鹿である。本当に失敗したとジゼットは思う。

 ラモレール一家の事をレアに調べてもらう際、ジゼットは彼女からもうひとつ話を聞くことが出来た。リリアと兄弟が最初に出会った町外れの路地、あの一帯についてのことだ。あの場は現在パヴィオの勢力ともうひとつとが領土を主張しあっている場所だと。そこは当然、抗争地帯になる。それはつまり、銃を突きつけあう場所ということ。

 そんな場所に兄弟がいた理由。

 わかっていても兄弟がただ手伝いをしていただけだと思いたかったジゼットだったが。恐らくは。

 ジゼットは腰を上げた。ここに留まる理由は、もうない。


「変な話をしてごめんね。お姉ちゃん達を待たせているし、僕達、帰るよ」

「ジゼット、でも」

「リリア。まずは帰ろう」

「‥‥‥むぅ、ジゼットがそう言うなら」

「二人とも、もう帰っちゃうの?」

「うん。またね、テオ」


 リリアもバッグを手に立ち上がる。そしてテオに手を振って、部屋を出ようと背を向けるジゼットの横に並ぶ。外まで見送る為に、テオもリリアについていこうとした。リュックもまた、腰を上げて。


「なぁジゼット。お前、どうやって俺達がおここにいるって事を知ったんだ?」

「変な人から聞いた話を信じたんだよ。お姉ちゃん達と出かけの用事もあったからね」

「へぇ。そうだ」


 リュックはわかったふりのわざとらしい相槌をして。


「父さんが言ってたんだ。今日、来客があるって。父さんと仲が悪い人」

「それは」

「お前。そいつらの仲間か」


 リュックは壁に立てかけてあった金属バットを握り。

 何の警告もなしに、ジゼットの後頭部めがけて、上段から振るう。

 痛烈な打撃は、しかしいち早くジゼットの危機だと察知して、ジゼットの背に回ったリリアが片手で押し止めた。

 後ろからの鈍い音に、ジゼットが振り返る。彼の場合、認識と行動が遅れただけだったが。そして、冗談で済まない暴力を振るおうとするリュックを驚きの目で見つめた。

 リュックは口端を吊り上げる。


「やっぱりだ」


 リリアにはわからなかった。どうして彼がいきなりこんなことをするのか。わからなかったが、ジゼットの危機であることだけは察知して防いで、それでも驚きで見返す。

 リュックは、自分の打撃を受け止めた少女を見つめて。


「リリアも、同じなんだな」

「? 何が」


 首を傾げる少女の手からバットを引き抜き、もう一度、今度は横殴りに。今度の狙いはリリア。

 だが、頭部に振るわれたそれもリリアが片手で受け止める。先ほどよりも重い一撃だったが、リリアにかかれば対した問題ではない。受け止めた手のひらが少し痛いくらいだ。

 唐突の事に反応できなかったのはテオも同じだった。自分の兄とリリアとを交互に見て、頑張って思考を回そうとしている。


「兄ちゃん、何をしてるの」

「父さんが言ってたろ。今日、変な奴が来たら追い払えって」

「でも、リリアだよ」

「どうしてジゼットたちがこの場所に俺達がいることを知ってるんだよ。こいつに変な話をした奴って誰だよ」

「でも、でもっ!」

「わかるだろテオ」


 リュックの言葉に、テオは黙る。

 二度、リュックは力づくでバットを引き抜く。そして三度、溜めて上から振るった。

 力比べをする気はない。避けられるものは避けてしまうのがリリアのやり方だ。だから身を引こうとして、背中をジゼットの体に打ち付ける。彼はリュックの動きに対応できておらず、先ほどから棒立ちしていた。だから仕方なく、取り出せる位置に入れておいたスローイングアックスをバックから引き抜いて防御姿勢をとる。

 直後、衝撃。

 たやすく受け止め。


「っ!?」


 止められず振りぬかれそうになって、リリアは慌てて両手を使って取っ手を握り力を込めて踏ん張る。甲高い音を鳴らして、バットは止まった。

 彼は、リュックは笑う。


「『普通の奴は、受け止められない』」

「ジゼット、下がって!」


 構えなおしたリュックを見て、リリアは声を上げた。さすがのジゼットもこのままでは足手まといになると判断して、なるべく壁側にと身を引く。そして彼は察した。少なくともリュックのほうは、リリアと出会ったあの路地で「悪い事」をしていたのだと。それが何かはわからなくても。

 リリアはそこまで利口ではなかったが、このままではジゼットが危ないと、それだけで対抗した。

 バットと投擲斧で、打ち合いが始まる。

 一合。二合。金属が戦慄く。

 そして、リュックから横薙ぎの一撃。

 それを受け止める。いや、受け止めようとした。だが獲物同士が接触した直後にリリアは後ろにステップして避けた。

 今まで、力を使って負けたことはなかった。片手で大の大人を投げ飛ばせるし、クリスを担いでも腹筋だけで持ち上げられる。今の金属バットの振りもリリアはきちんと目で捉えていた、きちんと受けた、踏ん張りもした。それでなお振り抜かれそうになって慌てて身を引いたのだ。

 力を使って、押し負ける。

 リリアにとって初めての経験だった。

 打撃は重く。そして。


(痛い‥‥‥)


 ひりひりと、手が痛む。

 体中に、熱い血が巡り始めるのをリリアは感じる。


「たいしたことないな、リリア」


 笑って、もう一撃。また横薙ぎの一撃が、唸る。

 合わせてアックスを垂直に振るって、迫り来るバットの軌道を変えようとした。だが迫り来る鋼鉄に弾かれ、わずかばかりにずれさせるに留まった。リリアは咄嗟に屈み、その頭上を暴力が過ぎ去る。力勝負ではまるで話にならない。彼の暴力は、リリアの力を遥かに凌いでいた。

 だが、避けられる。重いが、それは速度から来る重さではなく筋肉から来るもの。速くはない。

 ジゼットにしてみれば、リュックの打撃速度とて常軌を逸しているわけだが。


「やめてよリュック」

「お前は、悪い奴だ。悪い奴は痛めつけていいって父さんは言ってた。ジゼットもそうだよな、悪い奴は警察に捕まっていいって。警察だって銃を撃ってくる。同じだ」

「それは、違うよ。お父さんが何でも正しいわけじゃない」


 ジゼットは首を振って否定する。


「じゃあ、どういうことだよ!」


 叫んでまた一撃。打撃にはさらに重さが乗っていた、もう受け止められるレベルではない。だからリリアは避ける。

 冷静な会話など望むべくもない。リュックはジゼットを害しようとし、またリリアに対しても同様であるが、二人は今なおリュックを傷つけようなどとは思っていなかった。だから取れる手は二つ。一つはとりあえず、リュックを押さえ込んで黙らせる。普通の人間相手にリリアが行うのならたやすいだろう。だがこの戦闘を見る限りリュックは普通ではない腕力を発揮していて、とても通じそうにない。ならば後はひとつだ。

 ジゼットが決意した所で、具合よく部屋の扉が開いた。暴れる音に反応して、ログハウス内に待機していた男達が五月蝿いと子供を叱りつけに来たのだ。チャンスだと、ジゼットは彼らに駆け寄って思い切り突き飛ばした。ただの子供の腕力とはいえ、唐突の事に男はよろめいた。


「リリア、付いてきて!」


 声をかけて、ジゼットは部屋を飛び出す。逡巡したリリアだったが、ジゼットの命令には逆らわず、バッグと斧を引っさげて後に続いた。

 とりあえずは退散だ。クリス達のところまで走って、その後はリリアの説得なども必要になるだろうが撤収。行われるであろう掃除屋の襲撃や、それに巻き込まれることになる兄弟のことについては、子供の力だけではどうしようもない。言ってしまえば、諦めるより他にない。あとはせいぜい、子供は撃たないでと掃除屋に頼むくらいしかない。

 木製の階段を下りる。後は表玄関から出て。




 ゴシャッ




 鈍い、音。

 例えばそれが兄弟達の声だったり、壁を殴るような音だったら無視して走り続けられたかもしれない。だがそれは明らかに違った。金属のような堅い物で、何か程ほどに堅くもやわらかいものを殴りつけたような、異質の音だった。異質で、ジゼットにはどこか聞き覚えのある。そう。棍棒代わりにした銃で、人の頭を殴った時のような。

 ジゼットは振り返る。

 軽々しくログハウスの吹き抜けを吹っ飛んでいく男の体が見えた。

 男の体は壁に激突して床に落ちる。もう、動かない。

 思わず、足を止める。

 そしてもう一人の男も、二人の目の前ではっきりと鈍い音を立てて、飛んでいく。そして肉体が木の壁に当たって、また鈍い音がした。

 もう、動かない。

 それを一瞥して。


「どうして」


 声を上げたのはリリアだ。

 二階から見下ろしているリュックは平然としている。笑ってすらいる。

 そんな空を見上げて。


「どうして、殺したの」


 その男達は、いわゆる彼らの父親の友達だ。殺す必要性などどこにもない。

 しかしリュックは、少々ひしゃげた、そして肉片と赤い血を塗った金属バットを肩に担いで。


「どうしてって。邪魔だからだよ。こいつ、俺を引き止めようとした。リリアを追いかけるのに邪魔だ」

「なんで」

「なんでって。リリアも同じならわかるだろ」


 手すり飛び越えて、リュックはリリアの前に降り立つ。

 笑って。


「この方が楽しい」


 獲物を構え、振るう。

 ここに至ってもまだ戦う気のなかったりリアは、相応に反応が遅れた。相手が普通の人間であればまったく問題にならない遅れだが、リュックは普通ではなかった。慌ててアックスを振るって受けを試みたが通じず、斧は弾き飛ばされ、そのまま肩口にバットの一撃を貰ってよろめき倒れた。大人を軽々吹き飛ばせる一撃だ。相殺していなければ野球ボールのように飛ばされていただろう。


「痛‥‥‥」

「リリア!」

「五月蝿いよ、お前」


 それだけの理由で、何の決意も覚悟もない表情で。

 予備動作を終えたリュックは踏み込んで、ジゼットの頭部に暴力をぶつけようとした。速さはリリアには及ばないが、それでもただの人間が反応できるものではない。ジゼットは動けない。

 だがバットは空を切り、ジゼットの頭部の代わりに床を叩き潰した。

 立ち直ったりリアが、それらすべてを凌駕してジゼットに飛びついたのだ。勢い余って、二人の子供は床を転げる。荒々しい救助方法に多少体を打ちつけたが。


「リリア、大丈夫?」


 自分の打ち身よりも彼女の殴りつけられた肩を見ようとして、間近にある少女の目と目が合う。

 そして、ジゼットは息を呑む。

 リリアの目は大きく見開かれていて。

 少女のその口元は。




 哂っていた。




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