4-12 合流場所
クリス達が車内でしばし休憩していると、車通りの少ない道をやってきた車が、ちらほらとその駐車場に乗り入れてきた。
人間と言うのは雰囲気から印象を受けることができる。経験のない一般人から見ても、あぁこの人は怖そうだなとか、そういうのは理解できるのだ。ましてその業界の人間がよくよく観察すれば、観光や休憩で足を運んできたような一般人ではなく「同業」であることくらいは察しがつく。
今回の仕事の依頼主はクラバニだが、彼らからは人員を派遣していないそうだ。そもそも本来は依頼主がクラバニであること自体本来伏せられる情報であり、それをレアが老婆心で提供しただけに過ぎない。彼女達以外は依頼主のことさえ知らない。野良犬がどこからかの餌の情報を聞きつけてやってきた、それだけの話。兎に角この場を取り仕切る人間はおらず、集まった彼らは同業の臭いをかぎ分けつつ、ゆっくりと合流を始めていた。
豪放磊落な人間というのは、掃除屋としては長生きできない類である。ビッグマウスは災いの元。度胸では銃弾を防げない。銃弾を受ければ死ぬ。自然、臆病なくらい慎重さを持った人間のほうが生き残る。よほどの友人関係でもない限り、顔見知りであっても警戒するくらいの心持ちで丁度よいくらいだ。なので。
「おう、お前ら来てたのか」
彼のような人間は、割と珍しい。
来るなり見覚えのある車を認めたパーカー姿の彼は、用意もなく近づいてクリスのいる運転席の窓をノックした。見知った顔にクリスは車の窓を下げ開けると、彼はさらに顔を近づけてきた。
「ナンパなら他所でやりな」
「冷てぇなぁクリスティーナ」
「フルで呼ぶなって言ってるでしょうが」
自分のフルネームを呼ばれて、クリスが顔をしかめる。だが何度注文をつけようと、この男の耳には届かない。
男の名はマティスという。ウルティスのリンクス支部たる酒場に入り浸る掃除屋で、故にエリー達とは面識があった。初めてのリンクスの酒場。場の空気に呑まれて緊張しているさなかにフルネームを口走ったのが悲劇の始まりだ、と、彼にフルネームで呼ばれるたびに後悔するクリスであった。
「で、マティ。あんたも参加なの?」
「おう。何人かとつるんでる。つうかお前は何だ、ピクニックにでも来たのか?」
後部座席に座る見知らぬ子供二人を見て、マティスは怪訝顔を浮かべる。リンクスの大きな溜まり場には近づかない子供二人とは、まったく面識がないのだ。
「いろいろあんのよ。あぁ、丁度いいわマティ。頼まれ事してくれない?」
「べらぼうなことでなけりゃ聞くが、どうした。子供の為にジュース買って来いってか?」
「じゃなくて」
メンバーが適当に集まったのを見計らってクリスが声をかける予定だったのだが、威厳的にも人柄的にもこちらのほうが適役だろう。こういう業界。女と言うのは、それだけで発言力が低いのである。
「今回、何人か高額目標がいるらしいのよ」
「らしいな。とはいえキルオールだろ、できるかは兎も角としてもそんなの見分けてられねぇ」
「キャンプ場のログハウスも複数あるらしいし、どれを襲撃しろって話よね。そこでよ。こいつらを一般人のふりして偵察に出そうと考えてたんだけど」
「こいつらって、こいつらか?」
マティスは、クリスの指差した子供を見やる。ここで始めて、彼は子供達が掃除屋であることを理解した。
これがクリスの目的だ。偵察名目でリリア達を先行させて、ラモレール兄弟に絡む所用を済ませてもらい、掃除屋たちを完全にバックアップ要員にしてしまう。リリア達はその間安全に作業が出来るし、無造作に突撃していくであろう掃除屋たちの統御にもなる。
リリアとジゼットが具体的にどうするのか。その詳細はクリスは丸投げだ。クリスはあくまで、勝手に手伝いに行ってしまうエリーと一緒にいるためにやってきたのであり、ついでにリリア達の補助をしてやろうと言う程度であり、ラモレール兄弟に関するその辺の話は興味ないのだ。それでも、これくらいの知恵出しとお膳立てはしてやるという話。
提案に、マティスは少しだけ考えるそぶりを見せて。
「別にいいが、そいつら」
「これでも一応掃除屋よ、その辺の遠慮は要らない」
「で、その話を他の奴に通せってか」
「もののついでにあんたが連中を仕切ってくれればいいってこと。頼むわよマティ。よっ、男前!」
「クリスティーナに言われちゃ断れねぇなぁ」
煽り返しに、いつか絶対眉間に.45ACP弾をぶち込んでやる、とクリスが青筋を浮かべたが、言葉にするのはぐっと堪える。今断られたら、初対面の男掃除屋達の前に躍り出て、全員に説明して了承を得るというクソ面倒な作業をもれなく自身が背負うことになるからだ。この仕事、経験者だけを集めたとも考えにくく、こうも無秩序に集うと、そんな小細工いらねぇさっさとぶちかまそうぜと言う死にたがりが数人に一人いるものなのだ。そして、理論効率関係なく声の大きい男の意見のほうが良く通るのが世間というもの。言葉通り死を実践するだけならまだしも、それで迷惑が増えてはたまらない。
せせら笑うマティスを「いいから行って来い」と追い散らして、彼の背中を目線で追う。さすがと言うべきか、マティスは連れてきた仲間を連れて物量を確保すると、旧友と会うような気安さで別グループに接近して話し始める。人だかりが出来たのならと、様子見を決めていた別の掃除屋も集まりだしていた。あるいは、彼を指揮官か何かと勘違いしたのかもしれない。
「こういう時便利よね、あいつ。一応、うちらも顔見せに行っとく?」
「ん」
エリーの同意も得て、四人は車から降りる。
そしてマティスの作った輪に向おうと数歩歩を進めたところで、クリスは立ち止まった。
体格様々な男達が集うその場所に、一人、背の低い細身の人間。体格どころか、まず服装からしてその場では異質だった。それは明らかに女性であったからだ。
仕事柄、衣服に気を使う人間が少ない中、ノースリーブの服を着こなしてまるでショッピングにでも出かけるような出で立ちの女性。後ろ髪を巻き上げた、わずかに赤みかかった黒髪。そして何よりも目立つ、花柄の刺繍を入れた黒の眼帯。
「ん~‥‥‥あ、あ~!!」
指差して、小走りに駆ける。そして完全に識別して、男共を掻き分けながら思い切り詰め寄った。
「あんた!」
「あら」
指差されたその女性はクリスの姿を認めて驚いて見せて、しかしすぐにしなやかに微笑んだ。
「こんにちは、クリスさん」
「こんにちはじゃないわよ。何、あんた。生きてたのアナベル!?」
アナベルは、以前の船での以来の際に知り合った女性だ。それぞれが受けた依頼の関係上、クリス達と敵対する間柄になって至近での撃ち合いとなった結果、閃光手榴弾とクリスの銃撃で多分海に落ちて死んだ、とクリスは思っていたのだが。
驚愕のクリスに、眼帯の女性、アナベルは女性らしさを失わない態度のまま。
「はい。おかげさまで怪我もなく」
「嫌味か」
あなたの下手糞な射撃は一切当たっていませんでしたよとも聞こえる台詞に、クリスは数瞬顔を引きつらせる。確かに、腕を露出させた彼女の体にはどこかしら負傷したような跡は見受けられない。
ふと、クリスは思い至る。
今回もまたお互いが受けた依頼が違っていて、こいつは敵になったりしないだろうか、と。
「あんた、また裏切ったりしないでしょうね」
「私は裏切ってなんていませんよ?」
「うん?」
訝しむクリスに、アナベルは目を細めて。
「あの時は最初から、襲撃側の人間でしたから」
「あぁそうですかい。じゃ、今度はあちらさんに付いてたりしないでしょうね」
「ご想像にお任せします」
「そうくるかぁ」
意地悪な返答である。
クリスはアナベルの片目をじっと見つめて、唸る。態度をはっきりさせないのは単にからかっているだけなのか、それとも腹になにかあるのか。信じるも信じないも後一歩足りないのである。なにせ、クリスお得意の『勘』は、アナベル相手には今回もやっぱり働かないのだ。
そこに、後ろをついてきたエリーがぼそりと声を出した。
「大丈夫じゃないの」
「私もそうは思いたいんだけどさ」
「アナベルが裏切るなら、向こうが依頼を出してることになる」
それはそうなのである。完全に情報が筒抜けていることになるのだが、それならこの駐車場なりで待ち伏せればいいし、外野の力を借りなければならない状況とも思えない。ことに今回はクラバニ直属の部下は誰もいないフリーの襲撃だ。サイモンの件のように人員を選別しているとも思えない。無秩序に集った掃除屋の動向を把握し、わざわざ内部に毒を潜り込ませるなんて手間を掛ける必要すらあるのかどうか。だいたい、そのあたりの条件はそこらの顔も知らない掃除屋たちも同じだ。アナベルだけを、と言う話ではない。
クリスは悩んだ。悩んで、最終的には自分の勘と相談して。
「まぁいいや。あ、私の半径200メートル以内に近づかないでよ。背中をショットガンでズドンとか勘弁だわ」
「信用ないですねぇ。大丈夫ですよ、今回は」
「何かそんな気はしてる。んだけど、船の時もあんた相手に勘が働かなかったしなぁ」
頼りにしている姿なき友人があの時働かなかったのがどうにも不満なクリスだったが、とりあえずは許諾することにした。それに、そういうのを抜きに考えればこの再会は喜ばしいことなのだ。煤けた掃除屋人生でできた同性友人なのだし、少なくともクリスはそう思ってあの時は接していたわけだし、怪我がないと言うのならそれでいい。
「まぁ、うん、よかったよ。後でお話しよ」
「えぇ。あ、リリアちゃんもいるんですね。私から一言ありますから」
「あのパンチは痛そうだった」
クリスは苦笑して。
「ガールズトークの途中で悪いんだが、話を進めていいか?」
ここまで律儀に待ってくれていたマティスの一言を聞いて、クリスはあたりを見る。完全に男共に包囲されて、視線を一身に受けていた。




