4-10 洋服店
結論だけ言えば、レアの調査は不発に終わった。
兄弟の父親であるジェローム・ラモレールは、パヴィオと言う人物を頭にしたギャングの、加入から日の浅いただの数多いる構成員の一人であった。一応、それなりの働きを見せて会議に同席をする程度の力はあるようだが、それでも下働きという風情であり、組織内部での発言力は高くはないらしい。その父ジェロームの過去の経歴程度はまるで参考にはならず、レアが調べることができたのはそこまで。
一方でレアは、彼らを殺害リストに載せたクラバニにも手を伸ばした。リストアップされた人間について詳細を、と。対するクラバニからの返答は、期待するほどのものではなかった。彼らの放った内偵が調べた結果、グループの主要人物らしいからリストにした。ただそれだけであり、その中に子供が含まれていることすら把握していないという反応だったという。相手方の頭数を減らし圧力を強めたいだけの本件で、そんな仔細まで調査していないということだ。
兄弟はそのことを知っているのかいないのか。兎に角、兄弟が語るほど父親は大きな人物ではないという事だ。そんな超絶小物の情報まで数日と言う短期で集められるほど、斡旋屋集団リンクスは万能ではない。彼らは国家付きの捜査機関ではないのだから。粘っても期限までに情報を手にすることは出来ないだろう。それらからレアは見限って、自分の調査を待つのは賢明ではないと、早い段階からレアはジゼットに伝えた。
それらの結果は残念なことだが、ならばジゼットとしても手は打っておきたい。
レアの店で問答をやったその日に、リリアを彼らの父親のいるレストランに突撃させて、そこにいた兄弟と直近で遊ぶ約束を取り付けさせていた。積極なアプローチは、極短い間とはいえリリアを見ているのなら、特別不審な行動でもない。そして弟のテオが快く同意したことで、それはすぐに実現された。
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「ウルティスにも、こういう店ってあるんだね」
ショーケースに並んだ衣服を眺めて、ジゼットは感心する。
リリア、ジゼットとラモレール兄弟。四人は、本日も天気に恵まれて町を散歩していた。今日は、テオが案内したいという店にやってきていたのだ。それがここ。ふりふりひらひらの、到底常用とは思えない服がショーケースに並んでいる。店自体は小さめだが、そういうジャンルをまとめて扱うということなのか、子供用も大人用も取り揃えてある。
そう。リリアが着ているような服を販売しているのだ。
「わぁ~!」
当初の目的を忘れて、リリアは嬉々として商品を物色にかかる。その後ろからはテオが付いていって、リリアの「似合う?」という試着攻撃をこれもまた喜んで浴びていた。一方でジゼットとリュックは完全に置いてけぼり。二人並んで、少し離れたところから様子を眺めるに止めていた。
そして、苦笑。
「好きだなぁ、リリアも」
「昔からか?」
「旅を始めた頃にね、洋服を買おうって話になって。好きなのを選んでいいよって言ったら、気に入ったんだろうね。以来、こういうのを買うようになった」
彼女の趣味に口をだす気はないジゼットは、店内をぐるりと見回して。
「この店をよく知ってたね」
「テオが見つけてきたんだ。リリアなら気に入ってくれるかなって」
「うん、大満足だと思うよ」
それに、胸中にわだかまりを残したまま演技をしてなどと言っても、リリアには出来ないだろう。良くも悪くも表裏のない娘なのだ。いつも通りにはしゃぎまわってくれるのなら、ラモレール兄弟に変に勘ぐられずに済む。
そういうのは、嗅ぎ回るのは自分の役目だ。ジゼットはひとつ息を整えて。
「またこの店に来たいって言い出すかもね」
「テオも、またリリアに会いたいって言うだろうしな」
「来週の23日、僕達の仕事が休みになるんだ。その時とかどうかな」
23日。それは件の襲撃決行日だ。
対するリュックの返答は、ジゼットをより警戒させた。
「23日かぁ。悪い、それは無理だ」
「お仕事かな?」
問いに、リュックは頷く。
「いや、父さんに付いていってちょっと遊びにな。父さんの友達と一緒に」
「日帰り?」
「3泊くらいって言ってたか。近場の山ででっかいログハウスに泊まるんだってさ」
回答に相槌を打ち外面を装いながら、しかしジゼットはさて困ったと思った。
クリスに許諾を得て見せてもらった地図は、ウルティスから少し離れた小山にある元キャンプ場敷地だった。戦争期に所有権がどこかに行ってしまった、そしてウルティスで跳梁した元アランファミリーの所有物。もちろん、既に正規の営業はなされていない。
仕事場と指定された場所に、出かける予定。これでリストアップされた名前が間違いではないのは、そして兄弟も狙われているのはほぼ確定だ。
これ以上の詮索は勘ぐられるかもしれないが、それこそがジゼットたちの欲しい情報だ。自分なりに考えてきた質問を、ジゼットはリュックにぶつけた。
「ねぇリュック。この前教えてくれた街路だけどさ」
「おう、どうした?」
「ここだけの話さ。あの地区の良くない噂を聞いたんだ。子供は行くな、みたいな。だから心配になってね」
自分は噂は信じていないよとの空気を頑張って出して、ジゼットはリュックに目を向ける。
「僕も、旅の時にそういう、良くない仕事はしたんだ」
「例えばどんなだ?」
「バッグに銃をつめて運んだりとか、麻薬の取引が妨害されないよう見張ったりとか。リリアには内緒だけどね」
自分もやった事があるけど、君はどう? と聞いたほうが相手も答えやすい。そう考えて用意した嘘だ。実際にしている殺人という真実は、さすがに過激すぎるので使わない。
問いに、リュックはやや首を捻った。
「そんなに悪いことか?」
「運ぶだけだからね。でも、いい事でもないよ。それでね。ラモレールって言う人が、街路地区でそういうよくないことをしてるって聞いたんだ」
瞬間。
リュックは眉をつり上げた。
「父さんは悪いことなんてしてないぞ」
「リュック達も?」
「あぁ。父さんにはいつも誉められる」
「うん、それならいいんだ。どうせ噂話だから」
両手を振って、リュックをなだめる。
正直、今の話はジゼットとしては良くない情報ばかりだ。
まず密売関係の仕事を悪いことと思っていない。悪気なく、そして意図して加担している可能性があるわけだ。次に唐突に怒り出したあたり、父親を信用しきっている。父親の言う事ならどんな事でもオーケーと言ってしまうだろう。クラバニが兄弟をリストアップしたのには、それなりの理由があったのかもと推察してしまう。
彼は何も悪いことはしていないという。果たしてリュックの発言を、そのまま受け取っていいものか。非常に怪しい所だな、とジゼットは考えた。知らぬうちに加担させられていた、と楽観視出来る材料がない。
仮に彼らが悪いことをしていて、自分達に向けて嘘をついているとしたら。あるいは言葉通り、悪いことをしているという自覚なくしているとすれば。
それはジゼットが最も危惧していることだ。
その時自分達は、どうすればいいのか。
未だに答えは、出ない。
「おい、ジゼット」
「あ、うん。何?」
リュックの呼びかけに気づいて改めて彼の姿を意識すると、リュックは正面を指差していた。
指し示されたほうへと目を向けると、目の前にはリリア。その両手には一着ずつ、衣服が掛けられている。
「ねぇジゼット。これ、どっちがいいかな?」
そう言って、リリアは手にした衣服を見せびらかした。ひとつはフリルをふんだんにあしらった若々しい、もうひとつは比較すれば大分落ち着いた印象の、どちらも黒を基調にしたゴシック服だ。自分は洋服の事など考えられないくらい悩んでいるのに、本当に自由な人だな。そういう所も含めて、と言うのがジゼットの思いでもあるが。
「えぇと、そうだね。こっちかな」
それでなくても目立つのに、フリルのほうは外着には派手過ぎる。ジゼットは、おとなしいほうの衣服を指差して答えた。
すると、リリアは困り顔になった。そしてフリルのほうの衣服を掲げて。
「う~ん、どうしよう。テオはこっちがいいって言ってたんだけど」
「リリアはどっちがいいの?」
「両方好きよ。悩んじゃうわ。ねぇリュック、リュックはどっちがいいと思う?」
「どっちもいいよなぁ」
リュックはにやにやと笑いながら答える。わかっていてわざと逃げたな、とはジゼットもわかった。彼女の後ろでは、どうか自分の選んだほうに一票入れてくださいとテオが兄に向けて視線を送っていたのだ。
等身大の鏡の前まで行って、そしてどちらか選びきることが出来ず、リリアはうんうんと悩み始めてしまった。
「両方買ったらいいんじゃないかな」
「そっか、そうよね!」
ジゼットの出した助け舟にリリアは大きく同意して、二つの衣服を手にレジへと走っていった。
「もう少し悩ませてやればよかったのに」
「苛めたらかわいそうだよ」
二人は笑う。
そして話題の変更と実益のために、ジゼットは話題を変える。
「ねぇ、リュック。携帯電話とかは持ってないの。連絡に便利だからさ」
「それな。子供だから持つなって言われてるんだ。悪い」
「そっか、残念だ。旅行はいつから?」
「22日からだ」
「22日かぁ。仕事、それまでに休み取れるかな」
惚けながら、本当に残念だと思う。持っているなら、いつでも連絡をつけて彼らを逃がすなり何なりできるというのに。リュックは父親の事を信用しているようだし、実は君の父親が云々といったところで聞いてくれるとも思えない。今は言うべきではないだろう。彼らの日程がわかっただけでも僥倖だ、それまではレアさんの調査を待てる。そう前向きに思いなおすことにした。
リリアが大きな袋を抱えて戻ってくる。とても幸せそうだ。ジゼットとしてもとりあえず用件は済んだので、後は遊ぶだけだ。それ自体はまったく吝かではない。
「次はどこに行くの?」
いつも通りを装って、ジゼットは催促した。




