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4-9 困惑の中で




 レアとクリスが裏へ引っ込んだ後。

 お出かけして晩御飯を作る。そんな気分ではなくなってしまったリリアは、外出をやめてエリー居るソファに戻り、ぽすりと座った。ジゼットもまた、自分の席に戻る。そんな子供二人の様子をエリーは眺めて、次にクリス達の消えた奥の部屋を見つめて戻ってくる様子がないことを確認して、瞳を閉じた。

 数秒。


「私は」


 静寂を破るのは、リリア。


「もしもレアが何もわからなかったら、リュック達に聞きに行く」

「リリア、それは」


 やめよう、と言おうとしてジゼットは言葉を飲み込む。ならばどうするのか、と言う答えを彼自身持っていないから。


「本当にリュック達が何もしてなくて何も知らない可能性もあるし。それに、もし自分が悪い事をしてるって知っててやっているって答えたらどうするの」

「何もしてないって答えたら、この襲撃の話を教える。何かしてるって答えたら、やめてって言うわ」

「‥‥‥聞くとは思えないよ」


 リュック達はリストアップされるようなことをしている、そう想定した上でジゼットはかぶりを振る。


「それに、いつ聞きにいくの。来週のあの日に襲撃が決まっているという事は、リュック達それよりも前に移動してる。あの地図、ぱっと見でもウルティス市街じゃないのはわかったよ。レストランに行っても会えないと思う」

「それなら襲撃の当日に、集合場所に行けばいいわ!」

 

 そうしてどうやって会うつもりなのかも考えず、リリアは必死に答える。リリアの中では、ラモレール兄弟は何も悪いことはしていないと根拠なく決め付けられていた。

 いい友達だと思っていたのに。悪いことをしているはずがない。きっと何かの間違い。

 そんな風に信じ込んでの、その思いが裏切られることへの、漠然とした恐怖。


「それで、会ってどうするの。何もやっていないって言った時と、悪いことをしてるって言った時と」

「何もしてないなら‥‥‥そう、二人は悪くないって掃除屋達に伝えるわ!」

「そうじゃなかったら?」

「え、と。その、時は」


 言葉に詰まり、リリアは肩を落とす。結局、今の時点では何も判断できないし、できないから手も打てない。そもそもリリア自身、明確な目標があるわけではない。そんな少女に。

 ジゼットは、緩く笑みを浮かべる。少女の為に頑張って作った顔を。


「わかった。レアさんがなにもわからなかったら、リュック達に話をしてみよう」

「いいの?」

「うん」

「えへへ。ありがとう、ジゼット」


 少女も笑う。絶対に傍に居てくれる人の存在。

 とりあえずはレアからの情報を待つしかないのだ。ぼんやりとはいえ方針も決まったことで、それで部屋またテレビの音声だけになった。

 クリス達が戻ってきたら、気を取り直してお出かけしようか。けれどやはりそんな気分ではなくて、さりとてずっとここに居るのも息苦しい。どうしようか、などとリリアが考えていると。


「‥‥‥わかってる、ローズ」


 その小さな小さな、エリーの呟きはテレビの音にかき消されたが、傍らに居たリリアだけがうっすらと耳に出来た。

 リリアは顔を上げる。エリーも、それまで閉ざしていた蒼眼を開いて少女を見つめ返していた。感情の見づらい、けれどまっすぐな、視線。

 そして今度は、ジゼットにも聞こえるはっきりとした音量でエリーは述べた。


「クリスが怒る。やめたほうがいい」

「それでも」

「理由、聞いていい?」

「仕事のターゲットになってる人達の中に。リリアが友達になった子がいるんです」


 ジゼットが一文で伝える。それ以降の話は傍らでずっと聞いていたから、それだけで十分だった。

 では具体的にどうするのか。それはエリーは問わなかった。それは、エリーにとっては何の問題にもならないことだから。


「場所、詳しくわかる?」

「いえ。もう一度地図を見せてもらわないと‥‥‥あ」


 そこで、ジゼットは問題に直面していることを知った。

 当日まで粘って会いに行こうにも、兄弟が行く場所がわからないのだ。仕事は、クリス達と共にと言うのが条件。クリス達なしにはレアは情報閲覧を拒否するだろうし、クリスが突っぱねる以上、あの地図をまた目にすることは出来ない。

 もちろん、レアからの情報収集が間に合えばそんな懸念はいらなくなる。だが彼女自身から、確約は出来ない旨を伝えられたばかりだ。その悪い状況を想定すると、「情報待ちを切り上げて兄弟に聞きに行く」か「最悪当日まで粘って、当日現場に会いに行く」のどちらかである。何をどう話すのかも決められていない現状、なるべく待ちたいジゼット達にすると後者を選びたくなるし、そうなると「仕事場」の場所を知る必要も出てくる。

 どこに出かけるのかをラモレール兄弟に直接聞く、と言う手もなくはない。ただしその場合、兄弟がちゃんと仔細を教えてくれるかと言う懸念があり、あまり食い下がっては何かしら勘付かれる可能性もある。兄弟が悪い事をしているのかそうでないのか、わからない今時点でその手段は下策にジゼットは感じていた。もちろん、探りくらい入れるつもりでいるが。

 固まるジゼットに、エリーは静かに語る。


「約束、覚えてる?」

「どの約束ですか?」

「仕事をする時は、私達と」

「はい」


 リリアとジゼットの二人組では、レアは仕事を回してくれない。仕事をする時は必ずクリス達と。ジゼット達だけではあの資料を見せてもらうことすら叶わないのだ。

 となると方法は二つ。ひとつは夜なりに忍び込んで、どこに保管されているのかもわからない書類を捜す。もう一つは。


「私単独で仕事を受けて、二人を連れて行く」


 エリーが居るのなら、二人は仕事を受けられる。

 もっと言えば仕事を受ける必要すらない。必要なのは地図情報だ。見てから考えるとでも言って、資料を閲覧するだけでもいい。しかしエリーは、次に示した条件の為に仕事を受けるという手を出した。


「条件は三つ。もしも行くなら私を連れて行くこと、クリスには内緒、無理はしない」

「あの、それは」

「いいなら、手伝う」

「うん!」


 渡りに船に喜び飛び乗るのはリリアだ。

 リリアは単にエリーが理解して付いてきてくれると思って喜んでいるだけだが、ジゼットは難しい顔でエリーを見た。普段から一緒にいるクリスとエリーである。この外出を隠し通すなんて事は無理と考えていいだろうし、そうなると発生する責任一切はエリーが負うことになる。掃除屋が銃を持って襲撃するその場所で、穏便に事が終わるかどうかすら怪しい、その責任をだ。そこまでしてもらっていいのかと。

 そんな視線の訴えに、エリーは動じない。


「もしもの可能性はあるんでしょ」

「それは、多分」

「もしもは援護する。他は手を出さない、好きにして」

「本当に、そこまでしてもらっていいんですか」

「ん」


 ごく短く、しかしはっきりとエリーは頷く。

 まっとうな手で資料閲覧できるし、責任は被ってくれるし、自分達の行動に口は出さない上、最悪の事態の際の援護までしてくれる。ここまで至りつくせりで拒否を発動できるほど、ジゼットも手段があるわけではなかった。

 一方で、どうしてここまで手厚くしてくれるのかと疑問にも感じる。ジゼットが考えうる限り、エリーにはさしてどころか得がない話だ。義理だの何だのを持ち出すには、共に仕事をするという仲間意識は確実にあるにせよ、ジゼット達とはそれほど長く付き合っているわけでもない。好意として言葉通り受け取っていいものか悩み、結局、ジゼットはありがとうございますと述べて頭を下げるに留まった。

 ではどうやってクリスの席を外させようか。それを議論しようとして。


「エリー、あんた!」


 それまで奥の部屋から耳を立てていたクリスが、我慢できずに飛び出した。

 どうして仕事を受けないのか。それはリリアだけではない。エリーにも、しばらく戦場から離れて欲しい為だ。仲間がちょっと血塗れたくらいで大きく取り乱すような状態では連れて行くのも躊躇われるからだ。そのエリーが、普段主張することのないエリーがこのような時に限って拘り始めたことに、クリスは怒り心頭だった。何年付き合ってると思っているのか、こんな時くらいこちらの意図を読み取って欲しいのに。

 つかみ掛かる勢いで詰め寄るクリスに、エリーは表情を変えない。


「私がリーダーだ。私がダメだと言ったらダメなの、指示に従って」

「仕事を受けるわけじゃない。依頼内容をもう一回見るだけ」

「許可しない」

「許諾はいらないはず」

「っ! エリーっ!」


 今だけは達観したようなエリーの平坦な態度が腹に据えかねて、クリスは胸倉を掴もうと手を伸ばそうとしたが、止まる。親しき仲にも礼儀だし、今は。今は、エリーを刺激するようなことをはしたくないのだ。

 クリスはぐっと歯を食いしばって。


「わかった。私がリリア達連れて行くから、あんたは待ってて」

「クリスが行くなら、私も行く」


 クリスの妥協案すら、淡々と断って。

 エリーの答えは単純で、まっすぐで。その表情には迷いとか後悔とか、そういう感情はまるでない。

 エリーの普段の表情は、読み取るのも困難。


「‥‥‥ねぇエリー。何でそんなにやりたがってるの」

「別に」

「エリー」

「‥‥‥」


 二度尋ねても、エリーは答えない。こうなると彼女は絶対に教えてくれないだろう。今までの経験からそう悟る。

 それに。

 エリーは確かに、正面に立つクリスを見返していた。だがその焦点はわずかに合っていない。ただ見返しながら、何か別の事を考えているような。それにクリスは気づいて。

 彼女が何を思っているのか、クリスにはわからない。しかし彼女の考えがどうであれ意志を曲げない以上は、それはそれとして対応しなければならない。放り投げてしまいたいが、目の届かないところで何かが起こることのほうが恐ろしい。

 クリスはうなだれて首を横に振り。

 そして腕を伸ばして、エリーにそっと抱きついた。

 それくらいしか、できない。


「わかった。じゃ、四人で行こう。それならいいよね?」

「ん」

「貸しだからね。あんた後で覚えてなさいよ」

「ん」

「というわけだ。レア、ジゼットに見せてやって」


 エリーを抱いたまま出された許可に、レアは、クリスに見られていないがゆえに作った複雑な顔でわかったわと答えて、ジゼットに封筒を手渡す。恐らくはリリア達の側からエリーに助力を求めるだろう、そう予想して一度クリスの席を外させたのだが、この流れはレアにとっても想定外であったのだ。ジゼットもまた、クリスが納得して許諾したわけではないとわかっていたので、すみませんと謝罪しながら物を受け取った。

 ふと思いついて、クリスはエリーのすぐ横に座っていたリリアにくるりと顔を向けた。一部始終を横で見ていたリリアは、怪訝な顔で返す。リリアとしては手伝ってくれるならそれで万々歳であり、かつほかの事など考える余裕もないので、言ってしまえばエリーが手伝ってくれる理由やクリスの機嫌が悪い理由などどうでも良かった。ただ、いきなり視線を飛ばされ事に対してだけ、何だろうという思いで。


「何よ」

「あんたにエリーはあげないから」

「別にいいけど」


 占有しているつもりのないリリアは、変なのと思いながら返すだけだった。




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