表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/113

4-8 ラモレール




 数日。

 この日は、昼を過ぎてからリリアとジゼットの二人組も、レアの店に姿を現した。ラモレール兄弟との遊び予定はなく、しかし大分長居してきた宿にいてもつまらないという事で足を運んだのだった。

 そんな二人を迎えつつも、リリアを、クリスは睨め付けた。ここは斡旋屋だ。ここに来る以上は仕事を渡される可能性があるのに、先日あんな醜態を晒しておいてなぜ来たのかと。今度は撃つ前から躊躇うかもしれない。仕事にならないのはいいとしても、誰かが撃たれる危険性がぐっと上がる。その事は許容できるものではない。

 対するリリアはと言うと。


「あ~! チャンネル変えないでよ、あれ見たいのに」

「リモコンの使用権は私にあるのよ」


 クリスの気などお構いなしにこの調子であった。

 今この瞬間は、船の事をまったく気にする様子がない。こいつは直近数日分しか記憶を保持できないのかと、少女とリモコン争奪戦をしながらクリスは呆れる。それで油断しての、先日の仕事の件なわけだが。きちんと少女の心には刻まれてはいるのである。ただし、他に優先することがあるとポンと頭から飛び出るが。

 このままずっと仕事を受けずに、のらりくらり生きていればいいんじゃないかと考える。いままでリリアが斬り殺して回ったのは、生活費と旅費を稼ぐのにそれが最も手近にある金策手段だったから。現状この子供二人組はレアからの縛りにより町を出て行けない身でありながら、大口仕事を立て続けに行ったことで懐は豊かな状態である。数年と持たない資産だが、適当に全うな職を探してぼちぼち働始める、その行動も可能。リッパーの名は返上されるし船の事も思い出さずに済む。そして大人になる前の今なら、生き方の路線変更も可能だろう。

 そこまで考えて、手にしたリモコンを空高く掲げる。クリスは年齢としては小柄であり、事実として年下のエリーにすら身長で上を行かれているが、14歳の小娘に負けるほどではない。身長差的にクリスの圧勝であった。


「何で私があんたの人生設計しなきゃいけないのよ」

「何がよ」

「うっさい、あんたのせいだ」

「それっ。取ったわ!」

「あ、こら!」


 無駄に異常身体能力を発揮してジャンプしリモコンをもぎ取るリリアに、クリスが追いすがる。そして二人は、そう広くはない店内を駆け始めた。

 ジゼットは席に付いて、二人を困り半分うれしさ半分で眺める。一方エリーは、番組などどれでもいいがチャンネルは一定させてくれと、両者がリモコンボタンに触れるたびにぐちゃぐちゃ弄られる画面を少しばかり不機嫌そうに見つめる。

 そして、カウンター内で電話をしていた店主のレアはというと、にっこり笑顔で。


「あなた達。静かにしなさい」

「だってクリスが」

「だってこいつが」

「静かに、しなさい」

「は~い」

「は~い」


 圧力に屈して、クリスとリリアは追いかけっこを辞めた。

 そして携帯で通話しながら店の奥へと消えていくレアを見送って、二人は静かに戦いを再開した。レアにしてみれば、それを見越しての退避でもあったが。

 しばしの後、リモコン争奪戦はリリアの勝利にて終結した。勝因はクリスの体力切れである。クリスが貧弱なわけではない。素の時点でさえ底なしの体力を有する上、少し本気になるだけで腕力も瞬発力も、持久力すら強化されるリリアなのである。そんな彼女はエリーの座るソファに寄って、くっつくように隣に座ると自分の見たい番組にチャンネルを合わせた。

 見たい放送‥‥‥料理番組である。

 想定外のチョイスに、エリーは脇に座るリリアに一目。


「好きなの。料理」

「お料理は好きよ。露店で買うとたまにおいしくないのに当たるから、自分で作ったほうがいいわ」

「うん。リリアのは美味しい」

「そう」


 それにエリーは少し思案して。

 それは本当に、なんとなくの疑問。


「レアとどっちが美味しい?」

「断然私」

「リリアかな」

「だめだぞ少年。いくらリリアをよいしょしたいからって、過大評価はこいつの為にならない」

「いえ、本当においしいですよ。クリスさん」


 からかわれたからと言って焦る様子はなく、ジゼットは至極真面目に語る。

 素材は相応以上、洋服はいつも気にする、小物にも気を使っている気がする、体動かすのが得意、きれいなものや素敵なものには素直に感動する、料理も得意。あれ、こいつもしかして女性として完成してね? と我が身を思いつつ考えるクリスだった。まさかこのクソガキ相手に敗北を認める日がこようとは。


「そんなに自信がるなら、今晩作ってもらおうじゃないの」

「どうしてそうなるのよ」

「百聞は一見にしかずってね。それとも、やっぱり料理上手の話はほら話かな?」

「むむむ」


 もしもレアよりも美味しい食事が食べられるというのなら、それを利用しない手はない。そんな意図を持った煽りにリリアは頬を膨らませつつクリスを睨んで。

 そして、唐突に眉を落として弱気な顔になった。


「ねぇ、そしたらさ、クリス」

「どうしたの」

「‥‥‥おいしかったら、誉めてくれる?」


 嘆願するように。

 思わぬ質問に、一体どうしたのかとクリスは目をぱちくりとさせた。リリアの態度は、冗談で済ませそうな軽いものとは思えなかったのだ。

 もちろん、舌を唸らせるような品を提供してもらえるのならその程度お安い御用である。ありがとうやおいしかった位の感想は、それでなくてもするものだ。


「クリス様の査定は厳しいぞ~」

「誉めてね。約束よクリス!」

「はいはい、おいしかったらね」

「ねぇ、エリーも」

「ん」


 エリーも頷いて返す。


「よしっ。ジゼット、買い物に行こうよ!」


 大きくやる気を出したリリアは、テレビを見るのも辞めてぴょんとソファから飛ぶ。食材調達から、すべて自分でやる気であった。

 ジゼットも同意して、席を立つ。


「待ちなさい、二人とも」


 そんな二人を呼び止めたのは、奥の部屋から戻ってきたレアであった。

 折角のチャンスと約束を出鼻から挫かれて、リリアは心底不機嫌そうな顔になる。そんな少女の視線を受け流しつつ、レアはクリスへと目を配った。言わんとしていることを理解して、クリスも表情を引き締める。先ほどの電話の内容が、それ絡みであったのだろうという読みも沿えて。

 レアはもう一度奥の部屋に下がると、大きな茶封筒をひとつ手にして戻ってきた。そして、クリスの座る席へと足を運んでそれを手渡す。


「仕事の依頼よ。詳細はその中」

「あ~うん仕事ね。しばらく休むからパ~ス」


 封筒を開きもせずにつき返すクリス。エリーもジゼットも、そしてリリアも、彼女の決定には口を挟まず動向を見守っている。

 しかしレアは、やんわりと封筒を押し返した。仕事の話は断って終わり、強制もすることはないと話がついていたのに押し戻されたことに、クリスは怪訝な表情を浮かべた。


「依頼主のご指名でね。是非にと」

「誰よそいつ」

「クラバニよ。覚えている?」

「何だっけ、聞き覚えあるねそれ」

「ホニの町の」


 エリーの発した言葉で、クリスも思い至る。楽しい楽しい小旅行になるはずが、なんやかんやあってギャングの縄張り争いに巻き込まれた件。クラバニとは、その時の依頼主の勢力の事である。


「って、何でウルティスにいるうちらに」


 ウルティスからホニの町へは、車で数時間かかる程度の距離がある。確かにクラバニはホニで名を挙げているギャング集団だが、少なくともここウルティスに居てクリス達が耳にすることのなかったような、所詮小さな町ひとつを勢力化に置いているだけの連中だ。

 まさか仕事のためにはるばる遠征して来いという事なのだろうか。考えるクリスに、レアは封筒を指差す。答えは中に、ということだ。

 仕事を受けないことは決めているのだ。中身を見てやる義理はないし、見たところで何も変わらない。クリスはレアを睨みすえて。


「一応聞いておくけど」

「元からあなた達を指名。以前から打診されて手元で握り潰していた。遠出していて町にいないことを伝えたけれど、報酬をさらに吊り上げて話を通すよう頼まれた。今日のは催促の電話」

「一応、弾こうとしてくれてたのね」


 あるいは言葉以上のことをしてくれたのかもしれない。ならば、クリスとしても義理を果たしておきたいところではある。すなわち、目を通した上で私は受けませんと答えることだ。

 封筒の中身を取り出す。中には地図と、数名の顔写真。写真が手に入らなかったのか、名前だけが羅列された紙もある。それらは、もしも現場に該当者がいれば特別報酬の対象と言うことであった。それに合わせて、レアも補足を入れていく。


「アランファミリーの消滅後、ウルティスではいくつかの集団が出来上がりつつあるわ。それが大きくなる前に、利益の一部を貰い受けようとクラバニが動き出した、と言うのが発端ね」

「こっちにまで手を伸ばすってことか」

「現時点ではあまり、本腰を入れている感じではないのだけどね。取れるものなら、と言うところでしょう。そこで、ひとつの集団に目をつけた。パヴィオという人間が取り仕切っている集団、それの襲撃依頼」


 説明を聞きながら写真を眺めるクリスに、横からリリアも顔を覗かせていく。

 入っている地図には、赤丸が記されていた。どこぞの駐車場のようだが、まさかそれが寝床と言うわけではないだろう。これは集合地点だ。もちろん興味などないので、クリスは話半分に眺めるだけだ。


「他の掃除屋と協同ってことみたいだねぇ」

「今後はこういう依頼も増えるから、留意するといいわよ」

「了解了解」


 ウルティスが本格的に騒がしくなってくる上、報酬金額や地理的なやりやすさだけで釣られると面倒が起こりかねないから注意しろ、ということだ。そして地雷を踏まない為の情報は、これまで通りレアがチェックしてくれるだろう。

 まだリリアが覗き見たりなさそうだったので、ぱさりと資料を机の上に置く。といっても、リリアとて食い入るようにと言うわけではない。レアに待てと命令されたから、終わるまで待つ間の暇潰しだ。


「そういうわけで改めて。お断りの電話よろしくね、レア」

「えぇ、任されたわ」

「よしガキ共、出かけて来ていいわよ」


 話も終わりだ。脇のリリアに呼びかける。

 しかし、反応がない。返事がないことに怪訝に思いつつ、少女を見やる。

 その視線の中、少女は小さく口を開いた。


「ねぇ。クリス」

「どうしたの」

「これ。読み方、ラモウラー、だよね。読んで」


 言いながら、リリアは名前だけが羅列書きされた紙の一部分を指差した。

 クリスは改めて名前欄を見る。家族か何かなのだろう。その紙には、同じ苗字が連続して並んでいる箇所があった。一族郎党皆殺し、というよりは、家族ぐるみでそういう事をしていると言う話であった。その中で示された一部分に目を通して。

 クリスとて軍隊に志願する前はきちんとした教育を受けている。読みくらいはたやすい。


「ラモレールよ。ジェローム・ラモレール、リュック・ラモレール、テオ・ラモレール」


 その名が示す意味を知らず答えるクリスに、不安が的中したリリアは固まる。

 そして、小さく首を横に振る。


「違うよ。違うよね、ジゼット」


 嘆願するように問いかけられた少年は紙面を見る。リリアと違って初等教育を受けている彼は、やはり文字は読める。読めるが故に、正しくも厳しい事実を述べるしかない。


「ラモレール、だね」

「‥‥‥」

「少し、変かなとは思ったんだ。でも、この町でああいう事ができる人って言うのは」


 ひとつの区画を整備するだけの人脈と資金力。そしてそれらを使用して実行する意味。そして、リリアと兄弟達が最初に出会った場所。

 あれらは資金源でもあるのだ。店の安全を守る為と言って「用心棒」を押しかけさせ、その代金を強制的に納めさせる。ウルティスのような町で身を守ってやると銃器を片手に問われれば、ただの一般人に拒否権はない。警察に通報すればどんな報復があるか、一般人には対処できない。


「何の話してるの?」


 クリスは問いかける。最近出来た友達とお話の概要は覚えていても、話半分に聞いていたその話の個人名、リュックとテオの名前までは覚える気がなかったし覚えていなかったからだ。ましてやラモレールと言う苗字自体、リリアは口にもしていなかった。

 それら説明を一つずつできるほど、少女は平静を保ってはいられなかった。


「‥‥‥わ、私、聞いてくる!」

「待ってリリア」


 飛び出そうとする少女を、ジゼットは後ろから抱きとめる。

 当然、振りほどこうとリリアは暴れた。リリアの力は腰を捻るだけでジゼットの体が床に浮く有様であったが、それでも離さない。


「だってジゼット!」

「大丈夫だよりリア、大丈夫だから。他にいい方法があるから」


 その言葉で、リリアは暴れるのを辞めた。もっといい方法がある、というのが救いになったからだ。

 しかし実際の所、ジゼットには何か手段があるわけではなかった。例えば彼らの父親が手を染めていて、クラバニが殺害対象にしたというだけなら、ただの子供である二人が紙に書かれる事はないはずなのだ。クラバニに情報が届くまでの間に齟齬が発生してターゲットにされてしまったか、あるいは。

 あるいは。

 拘束を解いても良いと判断してリリアから離れると、ジゼットはレアに向いた。


「レアさん。この、ラモレールという三人の情報って集められますか? 調査費用は支払います」

「末端構成員の一部となると、すぐには難しいかもしれないけれど。やってみましょうか」

「お願いします」

「その仕事は来週に決行。それまでにはできないかもしれない、ということは覚えておいてね」

「はい。それまでは待って、期限が近くなったらまた考える、としようと思う。いいよね、リリア」

「‥‥‥もしも間に合わなかったら?」


 間に合わなかったらどうするのか。

 問いに、ジゼットは首を横に振る。直接問いただしてどうするというのか。自分達はギャングの仲間ですなどと答えるとは思えないし、仮に答えたとして、それを聞いた自分達はどうすればいいのか。黙って見過ごせばいいのか。この襲撃情報をリークさせるのか。


「それは‥‥‥また考えよう」


 具体性のない諭しに、リリアは弱弱しくも、少年の意見に頷いた。

 こいつを止められるのはジゼットだけだなと、クリスは感心しつつ眺める。逆に、もしジゼットが居なくなったらリリアはどうなるんだろうとも。見る限りジゼットのほうも、少女に対して少なからぬ感情はあると思うが、それだけでずっと一緒にいるのかと疑問にも思いつつ。


「クリス。その資料を片付けて、ついていらっしゃいな。少し、時間を貰うわよ」

「ん? いいけど」


 クリスの許諾を確認すると、レアは三度奥の部屋へと引っ込んでいった。何を突然と思いつつ、リリアの視線を浴びる中で書類を封筒に仕舞い、それを抱えてレアの後を追う。

 多くの雑事は表の設備で片がつくので、奥の部屋は殆どレア専用だ。元々はスタッフ休憩室と思われる空間には多少の私物と、レア個人のつてで入手した「仕事道具」が積んである。彼女達が掃除屋を始めて随分最初の頃に、欲しい銃があるなら好きに選んで行きなさいと案内されて以降は、そもそも立ち寄る理由もなかったのでクリスも入るのは久しぶりだ。

 ひょいと覗き込む。中からレアが自身の唇に人差し指を当てつつ手招きしてきたので、クリスは黙って歩いていった。

 レアは、表側の三人には聞こえない小さな声で囁く。


「しばらく待っていなさい」


 声を出さない為か、それ以上の説明はない。仕方なくも、クリスは黙って同意することにした。

 しばし、空間が静黙する。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ