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4-7 考えること、生きていること




 ぱちん、と、携帯を閉じる。

 そして、クリスはひとつ息を吐いた。




 四人で小さな武器密売人を掃除したのが、つい先日。

 そこで少女が不安定になり、また自分の相方も様子がおかしくなった。リリアについては予想の範疇であり、それ自体にはクリスはさほど驚いていない。とはいえ、鮮烈な虐殺ショーをお披露目した子供にしては、やはり意外と言うべきか。普段の態度に対してあまりメンタルは強くないのか、それとも子供ゆえに回りに感化されやすいのかは判然としないが、あるいはそのどちらなのかもしれない。案外と、脆い女の子として接したほうがうまくいくのかもしれないなとクリスは思い始めていた。

 リリアについてはジゼットと言う安定剤が傍にいるし、町で同年代の友達もできたようだし、仕事のさじ加減は全権を自分が握っているので。あるいはまだ他人と言う気分が抜けないのもあって、それほど深刻には捉えていなかった。

 だが。

 エリーは。

 まいったな、というのが正直かつ一番の感想だった。

 携帯を見つめたまま黙りこくるクリス。彼女ただ一人が客としているその店で、店主のレアはカウンターの向こうから、新聞を読みながら自身で淹れた紅茶を一口。

 何という傍観者だろうか。クリスは恨めしそうにレアを睨む。そしてその視線を店主は受け流して。


「少しは余裕が出てきたかしら」

「何がよ」

「考える余裕」

「余裕なんてないわよ」


 ふてくされながら、携帯をポケットに仕舞う。何かを思い悩むのは、特に、答えがはっきりと出ないものを悩むのは苦手なのだ。

 しかしレアの次の言葉で、クリスは目を剥いた。


「そう? 解決すべきことが、見えてきたんじゃないかしら」

「レア。あんたまさかわざとっ‥‥‥!」


 語気を荒げる。

 レアが珍しく、いや、初めて、拒否を許さない仕事を渡したこと。その仕事がたいした内容ではなかったこと。それの意図していたことがわかって、身を乗り出す。


「リリアが良くない状態なのわかってるでしょうが! 先週だってちょっと気分がよくなって来ただけだって」

「それで休ませて、どうするつもり?」

「どうって」

「撃たなければ腕は鈍る。鈍れば、死ぬわ」


 あくまで穏やかな態度で、しかしはっきりとレアは諭す。休ませるとはすなわち仕事も殺しの練習もせず、ただ日常を送るという事である。そうして何ヶ月か振りに仕事をして思うように動けず、死ぬ。時間が立てば経つほど、休むほどにそのリスクを上げることになる。ならば問題点を浮かび上がらせるなら早いほうがいい、と。まったく持ってその通りなのだ。何も返せなくなり、クリスは押し黙り席に戻る。

 それともうひとつ、レアには別の狙いがあったわけだが。そちらには大して期待していなかったので、言及しない。


「まぁ、別の問題が起こった事は、私としても計算違いだったけれど」


 それが、クリスにとっての一大事。

 エリー。

 しかし思えばこれも当然のことなのかもしれない。彼女が最初から、出会ったその最初からまともな状態ではなかったのは、レアはわかっていた。生きる道を模索しようとしつつもわからずにうなだれていたクリスとはまた違う。それは何の目的も感情もない、死人がただ息をしているような。唯一、クリスと言う単語と存在にだけ反応を示していた彼女。

 これまでは何かの間違いでバランスが保たれていて、たまたま少女と同じ時期に浮き彫りになっただけのことだと。


「エリーは」


 呻くように呟いて、クリスは首を振る。

 あのエリーには、見覚えがある。狼狽しながら友達の傷口を必死に押さえて、事切れた友達の名を呼んで。あの時はもっと、彼女には感情があったけれど。ジゼットの首についた血を見て、ローズの事を思い出したのだろうと思う。

 あんなに必死そうに。

 もう、昔の話なのに。


「死んだ友達のことはさ、私だって悲しいとは思ったよ。でもさ」


 そこで一旦区切る。

 別にジゼットの首が血濡れになったからと言って、エリーのように取り乱すような事はクリスはしない。なぜならば。


「それで終わりなんだよ。そんないい友達もいたよねって、いなくなって残念だよねって、ただの思い出。薄情なのかね、私は」


 思えば船の一件の時もそうだ。リリアについては、おじさんと仲良くなってしまっていて、それで遺体なんて見たのだからしょうがないと思える点はある。しかし、おじさんと殆ど縁のないエリーまで固まっていた。エリーの真意はクリスにはわからない。どうしてそんなに狼狽しているのかと疑問すら抱いてしまうし、それらをまったく語ろうとしないエリーに苛立ちを覚えたりもする。エリーは昔からそうだ。問われれば答えるが、自分からは語らない。

 クリスはカウンターに突っ伏す。そんな彼女にレアは目を配って。


「薄情の意味をわかって言っているの?」

「情が薄い」

「残酷、冷酷、思いやりのない。死んでもどうでもいいと思っている、ということ。悲しむ心があるのなら、それは違うと思うけれど」

「似たようなもんでしょ」


 やっていることが同じなら。

 ローズの弔いなんて、彼女を埋葬したその時で終わりなのだ。彼女が亡くなって何年か経つが、墓参りなんて行った事もない。射撃班の四人友達だとのたまいながら、自分にとってローズの価値とは、所詮その程度でしかなかったのではないかと。だからクリスは、自嘲する。


「ローズの事なんてどうでもいい。それが私の本性かもよ?」

「本性の意味をわかって言っているの?」

「本当の性」

「思考停止はやめなさいな」

「へいへい」


 何度注意されたかもわからない文言に適当に相槌をうつ。悩め考えろと言われるのは、それなりに苦痛だ。

 しかしレアがそれだけの人ではない、と言うこともクリスは知っていて。


「あなたなりに手は打ったんだから、それでいいんじゃないかしら」

「慰めありがと」


 クリスは弱く笑う。


「そういうわけでいろいろお察しの事情だから、うちらしばらく仕事はしないからね」

「ではブローカーとして言っておくけれど。ここに居る以上、あなた達を気遣って仕事を回さない、なんて事は私はしないわ」

「それくらい優しくしてくれたっていいじゃん」

「これが優しさよ。厳しいでしょうけれどね」


 強制なんて意地悪はもうしないからがんばって突っぱねなさい、と付け足してレアは微笑む。それならばと肩をすくめつつもクリスは許容することにした。エリーは元から主張が少ないから仕事を受けたいなんて言い出さないだろうし、リリアもあの件の後ではおとなしくなるだろうし、ジゼットも弁えているだろう。つまりリーダーのクリスが一言弾けばそれでおしまいだ。あとはじっくり、予定日まで待つだけ。

 これは問題の先送りだ。レアの言う通り、エリーとリリアをいつまで休ませればいいかなどわからないし、その見極めも困難だ。リリアについては、彼女の事に詳しいジゼットに投げるとして、となればエリーだ。エリーの件がどうにかなるまではという目標地点はあるので、とりあえずはそうするしかないのだった。


「代わりにとは違うけれど、あなたのガス抜きの相手にはなるわよ。どんどん情報を吐き出しなさいな」

「そりゃありがたいわ。で、うちらの情報なんて買い手がいるの?」

「金になる情報がすべてではないのよ。それそのものが価値。奥様方の他愛のない話でも、貴重な宝石が隠れていることもある」

「斡旋屋は忙しいのね」

「ただの仲介なら脳死でもできるわよ。けれど人間だもの、賢く生きないとね」


 そんなもんか、とクリスはぼんやりと思い。

 ふとよぎる、疑問。

 起きて、食べて、寝て。

 銃を撃って、誰かを殺して。


「生きるって、なんだろうね」

「その問いには、私は3つほど答えを持っているけれど?」

「全部聞かせて」


 促すクリスに、レアは静かに。


「死の恐怖から逃げる為に生き、自身の欲求を満たす為に生き、そして生きるのに意味は必要ない」

「レアはそうして生きている、と」

「概ね」


 微笑む。

 死ぬのは怖い。痛いだろうなとか、知らない死後の世界への恐怖とか。もちろん死を体験してみるというわけにも行かない。だからそれが生きる理由になる、というのはクリスは納得できた。しかし欲求と聞かれると、これが中々難しい。要するに短期的にも長期的にも目的とかやりたいこととか、そういう意味になってくる。そして今のクリスに、そういった具体的なものは。


「私にはないかなぁ」


 そうなると、自分は生きているとは言えない状態ではないのか。これは死んでいるという事か。

 そんなものかもね。死んでいるなら死んでいるでどうでもいいかと、そうクリスは投げる。それこそが思考停止だとレアに小言を言われるゆえんなのだが、やはり、未来と言うビジョンは彼女には見えないのだった。

 案の定、レアは困った子だという眼でクリスを見る。


「生きるのに理由は要らない。呼吸をするのも、意識して行っているわけではないでしょう?」

「まぁね」

「良いのよ、生きていて」


 生きていていい。

 言葉にクリスは、頬を緩める。


「‥‥‥なんかその言葉、ちょっとうれしくなるね」


 悩む自分を肯定してもらえるというのは、心が満たされる。

 クリスはカウンターに顎を乗せて目を閉じ、彼女の言葉を反芻していると、不意に扉の鈴の音が鳴った。レアは壁時計を見る。11時を過ぎたかと言う時間だ。

 しかし、やってきた彼女にかける言葉があるとするのなら。


「おはよう、エリー」

「おはよう」


 やってきた金髪の女性、エリーは閉じそうなほどの細い瞳でもってレアに返す。そして、「おはよ。ほれこっち」とクリスに促されて、彼女の隣の席に腰を下ろした。元々ぱっちりと眼を開くような人間ではないが、それにしてもエリーはこの時間まで眠気を引きずっていた。

 万全とはいいがたい様子は顔にも表れている。きちんと磨けば平均以上は余裕であろう顔はけだるげで、相変わらず目の下の色もよろしくない。

 船の一件以来、エリーはこんな状態が続いていた。船酔いが抜けていないような。それはレアの目からも明らか。


「ひどい顔ね」

「ん」

「コーヒー、いる?」

「お願い」


 そんな彼女を見てクリス達がわかる事は、仕事の射撃の腕に影響するほどひどくはないということと、飲み食いはしてくれる体調ではあるということだけであった。少なくとも外見上は。

 そして自分にできることといえば、いつも通りに振舞うことくらい。


「エリー」

「何」

「来週は全部予定空けておいてね」

「ん」


 なぜ、とは聞き返さない。クリスがそう言うのなら、エリーはそれに従うだけだった。

 わかっている。クリスにとってエリーのこの反応はわかってはいるが、先ほどのレアの三つの言葉を思い出して、そのどれにも当てはまりそうにないこの相方は果たして生きているといえるのだろうか。不安になりながら、クリスはしばしエリーの横顔を眺め続けた。




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