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4-5 軋み




 掃除屋と言うのは、稼げない。

 そもそもが一攫千金を叶えられるような仕事ではない。適当に買ったり奪ったりした銃で、ちょっと賞金のかかった人間の命を自分の財産に変換する。そこに世間的に価値のない自分の命を掛け合わせたところで、収入は釣りあがらない。技術も人脈もない人間が超大物の情報を仕入れて、超有名スイーパーになって大金持ちを夢見るくらいなら、有り金はたいてカジノ一発勝負でもしたほうが比較して健全かつ、可能性的にもよほど現実的である。掃除屋と言うのは所詮は、その日を生きる為の手段以外の何でもないのだ。

 それを考えると、今のエリー達は、掃除屋と言う業種としてはそれなりの小金持ちだった。アランファミリー、ホニの町、先日の船護衛。元々のマージンにそれらを累計した収入は、一年二年くらいなら何も働かずに生きていけるくらいの資金になっていた。逆に言えば、三回も大きな命の危険が発生しても、一生は生きていけないという事だが。

 水を差すのはやめにして、兎に角、彼女達は当面掃除仕事をしなくても生きていけるようになっていた。

 しかしエリー、クリス、リリア、そしてジゼットの四人はまさに今、銃を手にひとつの車に相乗りし、あるアパート前に下りて移動していた。

 銃を持ったお出かけ。

 仕事だ。


「世知辛いったらないね」


 手にしたC5Kサブマシンガンの具合を確認しながら、クリスはごちる。

 言葉の通り、今日の仕事はクリスとしては受ける気がなかった。前述して当面の生活には困窮していないことに加え、復帰したてのジゼットを抱え、明日にはラモレール兄弟とのお出かけを控えるリリアまでいて。さらにはクリスにとってもうひとつ懸念もあるのだが、兎に角、乗り気がしない。そして今回、リリアも仕事には執着せず、行かないならそれで良いとまで言っていたのだ。

 それでも仕事場にやってきてしまっている。


「レアめ。何が拒否は許さないよ」


 続けて、今回の仕事を受けないなら一生仕事を斡旋しないとまで言い切った。

 それは困る。働き口、稼ぎ口がなくなる。金は力だ。なので、仕方ないのだ。

 ならばそんなに重要な仕事なのかと思えば、いつもの掃除屋のいつもの仕事、小さな小さな武器密売人の掃除ときた。殺害許可も下りている。刑務所の人口密度が上がる一方の昨今、新たな入居予定者は、現世ではないどこかへ住んでもらうしかないわけだ。しかしこれではやる気も上がらない。


「嫌でもやらなきゃいけない、これが大人になるってことかぁ」

「でもお金が増えるのはいいことよ」

「あんたはお気楽でいいわね」


 変わらぬ様子のリリアを、クリスはけだるそうに見やる。

 少女の手には新しいサブマシンガンが握られていた。RU2000。ジゼットにだけ新装備を進呈したらどうせリリアがぶつくさ言うだろうと想定して、そしてそれを契機に少しでも機嫌を直してもらう為にと、クリスが買っておいた北の国の品だ。物を買い与えるくらいしか、そしてそのモノとは実用的な凶器しか、いい方法が思いつかなかったのだ。

 だからと言うわけでもないのだが、クリスが選んだRU2000はかなりの最新型だ。流行のポリマー素材を使用した小型銃で、特異な姿とは裏腹に両手でも片手でも非常に持ちやすく設計されている。小型サブマシンガンは構造上分間1000発は当たり前と、人を殺すにしても非常に「お行儀の悪い」連射速度であることが多いが、RU2000はそれにしては抑えられている。リリアの戦闘スタイルは片手に近接武器、もう片手にサブマシンガンでばら撒き踊るという具合なので、小さく軽く、連射速度も抑えられている品は便利だ。ぴかぴかの最新武器に、リリアもご満悦。

 そもそも、少女がご機嫌な理由は別にある。

 明日はラモレール兄弟と約束したお出かけの日なのだ。明後日以降は予定がわからないのでと、どうせ受けなければならないのなら今日この日に仕事しようと言い出したのもクリスである。

 少女を眺めながら、トランシーバーのスイッチを入れる。いつも通り一人、向かいの建物からのプレッシャー役。


「さて。エリー、準備は」

「配置についた」

「了解。やるよ」


 伝えて、一人廊下にいるジゼットに向けて親指を立てて見せた。

 ジゼットはひとつ頷く。目の前には今回の標的の部屋の扉。覗き窓から見難い場所には、貰ったばかりのライフルA9-ONEがスタンバイ済みである。子供相手なら向こうも油断する、油断してくれれば仕事が楽になる。ジゼットも同意したので、めでたく作戦決行と言うわけだ。

 やるのはクリスのお得意戦法。

 ジゼットが外開きの扉をノックし、中の人間を呼び出す。

 銃の購入希望者を装って頑張って誘導し、ドアチェーンを外してもらう。

 そして今回は複数味方がいるので、ジゼットの手のサインを確認してドアで相手の死角になる場所からクリスが接近し、ドア越しにサブマシンガンを放つ。

 予定は、違わず実行された。

 ラウンドノーズの9ミリパラベラム弾は木製のドア程度は容易に貫通し、応対に出た密売人を倒した。あとはリリアと再武装したジゼットを伴って、三人で正面から戦う。一方ではエリーが向かいの建物から、襲撃に対応できず椅子でくつろいでいた人間を一人撃ち抜いていた。

 普段なら弾薬費節約の為にエリーに頑張ってもらうところだが、今回は隣に子供もいることだ。クリスは特に迷いもなく予定通り閃光手榴弾をリビングに投げ入れ、耳を塞ぐ。

 炸裂。

 そして銃を構えて身を乗り出す。無防備に射線上にいた一人をジゼットが、彼からは少々見辛い場所にいるもう一人をクリスが、ぞれぞれにタップ撃ちで沈めて。

 まずはクリスが先頭に立ってリビングに踏み入り、勘が囁かないことを確認してから「いいよ」と残る二人に声をかけた。


「リリア。大丈夫のはずだけど、一応風呂場とトイレ確認して」

「は~い」


 毎度変わらずの「暴れるな」の指示を聞いて、珍しくも履行している最後尾にいたリリアが、片手にRU2000サブマシンガンをぶら下げて、言われた場所を確認しにいく。そんな少女からクリスは目を離して。

 毎度毎度、嫌悪感を駆り立てる光景だ、とクリスは思う。自分が撃った相手は、もう既に手遅れであろうとはいえまだ小さく呻いて生きている。人道的には止めを刺して楽にしてやるべきなのかもしれないし、過剰殺傷を止める為に放置すべきなのかもしれない。今回は子供二人の手前放置に決定したが、その扱いは未だに悩むのだった。


「ほいじゃ帰るわよ」

「はい」

「は~い」


 号令に、子供二人が返事をする。風呂場を覗き終えたリリアが、踵を返して。

 部屋の入り口でずっと待機していたジゼット。そのすぐ背後。クリスからもエリーからも死角になる場所。

 扉で最初に倒したはずの男が首を持ち上げ睨みながら、ジゼットの背を震える手で握った自動拳銃をまさに向けようとしていた。

 リリアは反射的にサブマシンガンを構え、引き金を引き絞る。控えめなレートで立て続けに放たれた弾丸は男の背や首を射抜いて。

 そのうちの一発が首の動脈を射抜き、噴出した血がジゼットの首元を濡らした。そして密売人の彼は、今度こそ地に伏した。

 銃声と、ジゼットは首への異物感に振り返って。

 静寂が戻る。


「まだ生きてたか」


 ドア貫通の為にエネルギーを使って、男を倒すには至っていなかったらしい。突入を優先したとはいえ、きちんと無力化を確認しなかったのはまずかったなと反省しつつ、クリスはリリアに労いの言葉をかけた。

 正しくは、かけようとした。

 少女は、もう起き上がることない男を見つめて。


「あ‥‥‥」


 一歩後ずさって、ひどく動揺していた。

 視線は逸らさない。逸らせない。腕を小さく震わせながら下ろして、そして固まる。

 リッパーとしての狂気は見ていても、これほどに不安定なリリアを見るのはクリスは初めてだった。ジゼットもまた少女の反応に驚いて、次には彼女に腕を伸ばして手をぎゅっと握った。


「リリア?」

「あ‥‥‥ジゼッ、ト」

「大丈夫だよ、リリア」

「ち、違うの。違う、おじさんじゃない。あれ、私、なんで」


 言葉になっていない。リリア自身理解ができていなかった。

 少女は眼を開いて怯えていた。何に怯えているのかジゼットにはわからなかったし、リリアはそれ以上にパニックを起こしていたが、クリスはなんとなく察することができた。

 リリアが口にした、おじさんという単語。

 船での出来事を、仲の良くなった人の死体を見た日のの事を思い出したのだろう。クリスも、あれだけ遠慮なく殺して回ってきたリリアがまさかこんな反応をと驚き、同時に、やっぱりかと納得もした。過去、目の前で友人を殺されてパニックを起こした人間なら、すぐトランシーバーの向こうにいる。

 このままここに居ても彼女の混乱は悪化するだけだろう。

 クリスもどうすべきか悩んだ後、先ず気楽を装いリリアに寄る。


「リリア、銃ちょっと貸して頂戴な」


 求めにこくこくと頷くその手から、サブマシンガンをゆっくりともぎ取った。握らせていたら何をし始めるか非常に危険だからだ。そしてさっさと出てしまおうと、いまだ固まる少女の体を半ば抱きかかえるようにして、クリスは部屋を後にする。ジゼットも、後に続いた。

 やる事はいつも力任せだなと嫌気が差しつつも、トランシーバーでエリーを呼び出して、帰る旨を伝える。

 少女を連れながら、後ろのジゼットに目をやる。先にリリアに寄って安心させようとするその心意気と行動力は賞賛するが、多少とはいえその首元の血濡れで言われても相手が困るだろう。なるべくお気楽を装って、続ければリリアも復活してくれるかなと期待もしつつ口を開く。


「すまんね少年。ハンカチのひとつでもあれば貸すんだけど、あいにくと女子力がなくて」

「いえ、大丈夫です。こちらの不注意ですし」

「こういう細かいところでも気配り足りてないからなぁ私は」


 ただ飛沫がかかっただけだ、怪我などしていない。それに、エリーはいつものバッグにタオルくらい詰めていたはずである。すぐにどうとでもできる。

 階段を下りて、乗り付けてきた車の後部座席にリリアを押し込む。少女はクリスを見上げて何かを訴えようとしていたが、口がパクパクと動くだけで声になっていない。その瞳は未だに動揺で揺れている。そんな彼女の頭を撫でて。


「ジゼット、銃はトランクに詰めちゃって」

「わかりました。クリスさんがいてくれてよかったです」

「こいつがああなったのは、私のせいかもよ?」


 言葉に、ジゼットはやや困り顔を作った。ジゼットにしてみれば、クリス達と三人で船旅に出かけた後に彼女の様子がおかしくなったわけであり、その可能性は否定しがたかったからである。

 言われた通りに銃を仕舞いながら。


「リリアがこんな風になるの、久しぶりに見ました」


 ジゼットの言葉に、クリスはおやと思い見返す。


「それって、前もあったってこと」

「本当に最初の時に、一回だけ」


 それにクリスは疑問符を頭に浮かべる。

 これまでのリリアの言動から推測するならば、人の命なんてそこらの家畜同然と思って躊躇うことのない、異様に身体能力に優れた大量殺人経験者といった風情なのだが。この少年はそうでない彼女を、一度だけとはいえ見たことがあるらしい。そんな人間味溢れる反応をよこしたことがあるなどとは、かなり新鮮な情報だ。

 そのあたりの話は是非聞いておきたい。というよりは聞きたい。

 だが質問時間はキャンセルされた。向かいの建物から、エリーがライフルを担いで戻ってきたからだ。

 親友のご帰還に、クリスは笑顔。


「お帰りエリー」

「‥‥‥」

「さ、ちゃっちゃと積んじゃって。ちょっと話したいこともあるし」


 まさに話題のものが後部座席にいるわけだが、明るく装って促す。

 エリーもトランクに向けて歩く。可能性は低いとはいえ、銃声を聞いて警察が来ないとも限らない。トランクの傍にいるならと、クリスは彼女のクソ重たいライフルを預かろうと手を伸ばした。

 そしてエリーは。

 銃を、路上に取り落とした。

 彼女が非常に大切にしている、愛銃を。

 どうしたのかとクリスが問う間もなく、エリーは隣のジゼットに近づく。

 そして。

 彼の血塗れた首を、両手で強く包んだ。


「え‥‥‥エリーさん?」


 少々の圧迫感を覚えつつジゼットは見上げて問い、そして彼女のただならない雰囲気を感じ取って口を閉ざした。

 その蒼眼は、大きく見開かれていた。そしてジゼットの血塗れた首元を見つめて、ぐっと力を加えて圧迫していた。

 それは首を絞めるためではなく。何かが漏れ出さないように、押さえつけているように。だからジゼットは苦しい事はない。ただただ、普段から笑わない彼女の冗談で済まない瞳に、困惑し続ける。横からクリスが腕を解くように動かそうとしても、びくともしない。


「エリー」


 間近で親友を見る。

 そして、はっとする。

 いつか見た、その表情。

 だから思わず、クリスも叫んでしまった。


「おいエリー!」


 呼びかけても反応しない。クリスは彼女がまだ肩にかけている鞄の蓋を開けて中を漁り、タオルを引っ張り出す。そして、ジゼットが浴びた返り血をエリーの手の上から乱雑にふき取っていく。血を拭うのに邪魔だ。エリーの指を一本一本指を引き剥がしながらタオルをねじ込んで、きっちりと吹き上げ。

 エリーの頬を軽く叩く。


「見ろエリー! ジゼットは怪我してない、わかるわね」


 それで始めて瞳を揺らして力を緩めたエリーの手をタオルで包み、その血も拭い取る。殆ど固まっていた血がざらざらとして、手のひらを滑っていく。それらを目立たないまで拭き上げて、いまだジゼットに釘付けの視線に割り込んで、エリーと間近で見つめ合う。

 もう一度頬を叩く。

 そうして、ようやくエリーの焦点が合った。


「‥‥‥」

「落ち着いたかい、エリー」

「‥‥‥、ん」


 到底そうは見えないが、返事できるまでになったエリーは小さく頷く。


「よし。じゃあ銃を拾って、帰るよ」

「ん」


 頷いて、エリーは地面に落としたライフルを拾い上げ、トランクに仕舞う。そしてもう一度ジゼットを一瞥して。


「ごめん」

「いえ。ありがとう、ございます」


 礼を言うのもおかしな話だが、それでもジゼットは会釈した。

 短いやり取りだけで、微妙に重い空気のまま四人は車に乗り込んだ。

 運転席に座ったクリスがキーを回して、エンジンを動かす。車が走り出す。

 助手席では、エリーが握ったタオルをじっと見つめて、時折爪の間に入り込んだ血の固まりを拭っている。後席ではさすがにパニックからは復帰したものの、リリアがジゼットと手を繋いで、外の景色も見ずにふらふらと視線をさまよわせている。ジゼットは、ただ握り返して見守るしかない。


(滅茶苦茶だわ)


 そんな仲間達の様子を一通り確認して、不満を叫び出したい感情を堪えてハンドルを握り続ける。




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