4-4 ラモレール兄弟
数週間ぶりに、リリアは自分でもわかる上機嫌になっていた。
なぜか。それはもう、この周囲の光景がまさに答えとなっている。
広い室内。明るくもシックな壁紙や電灯。目を飽きさせない為に装飾や絵画も整えられている。整然と並んだ卓には純白のテーブルクロスがかけられ、周囲の客もスーツなどでこぎれいにしている。とどのつまり、リリアの場違い衣装も通じそうな、品の良いレストラン。そんな場所にお招きをいただいたのだ。
少女を招いたのは、つい先ほど知り合った少年二人だ。その二人と同じテーブル席について、そして順次出されてくる、これまた美しく盛り付けられた食事を楽しむ。小さなときから一人暮らしで、美味しい料理が食べたいと自然と腕が磨かれたリリアは味にも五月蝿いのだが、そんな彼女の舌も納得の品々だ。
まさか、外見の家壁はボロボロだわ掃除はされないわ、ギャングや生活困窮者があちこちで見受けられるウルティスに、こんな店があろうとは。それも普段縄張りにしている、ウルティス中心部の一角だ。灯台下暗しとはまさにである。
「とてもいいわ!」
魚料理を頬張って至福に震えるリリアを、少年二人も上機嫌で眺める。
「これが二人のお店なのね」
「俺達のじゃなくて、父さんのだけどね」
年長の黒髪の少年が頬をかきながら答える。
そして、年長の彼のほうから自己紹介が行われた。
「改めて。俺はリュック。リュック・ラモレール」
「僕はテオ。よ、よろしく。お姉ちゃん」
リュックは落ち着きつつも堂々と、栗毛のテオは頬を染めつつしどろもどろと名乗った。テオがリリアのことをお姉ちゃんと呼ぶのは、ひとつだけリリアのほうが年上だからである。なお、リュックのほうはリリアよりも二つ年上である。
二人は兄弟で、見た目の通りリュックが兄、テオが弟であった。リュックはリリアよりも頭ひとつ分大きい。上半身も比較的がっちりとしていて、何かのスポーツか、でなければ荷運びかで鍛えられている様子だ。対してテオは男の子としては細身。身長も、リリアと目線がちょうど合うくらいだ。
そんなラモレール兄弟にリリアも自分の胸に手を当てて。
「私はリリア」
フルネームを名乗ろうとして、やめた。
捨て子である彼女には、本来姓も名前もない。リリアと言う名前は、拾ってくれた山師のおじさんがつけてくれた名前だ。そして。彼はリリアに親しく接し育てはしたものの、実の娘としては扱わなかった。そのことをリリアは察していて、リリアにとって山師のおじさんとはどこまで行ってもおじさんであった。だから、これまでもリリアは好んでおじさんの姓を名乗ることはなかった。
本当の家族じゃないから。
もちろん、宿を借りる時などフルネームが必要なときは使わせてもらっているが。
そんな事を気にする場でもない。
「さっきはありがとうリリア。助かったよ」
「ううん。私こそ、こんな素敵なレストランに連れてきてもらえてうれしいわ」
「お礼だよ。いっぱい食べて」
「うん!」
言われるまでもなく、やってきた肉料理に早速フォークを運ぶ。習ったことのないテーブルマナーはさすがに滅茶苦茶であったが、行儀悪く見えない範囲でリリアは遠慮しない。この味付けは自分でも作れるかしら、などと考えつつ、ぱくぱくと。
一度気分が乗れば、それまでの自分のペースを取り戻す。リリアは遠慮いらずの質問を投げつけた。
「二人はどうしてあんな場所に居たの?」
「父さんの仕事でね。リリアは?」
「私はお散歩」
「あんなところを?」
「うん」
かなり治安の悪い貧困区画を、派手な衣装を着て一人で散歩。リュックは頭の上にハテナマークを浮かべたが、事実ではある。
「リリアはどこに住んでるの」
「シトラ通りのハイバールホテル。私ね、南を目指して旅行してるんだ」
「じゃあ、すぐにウルティスを出ちゃうのか」
「ううん、しばらくは居ると思うわ。リュックは?」
「俺達はここの生まれだよ。家も近くだ」
「へぇ。じゃあ」
リリアは人差し指を立てて。
「また会えるね」
素敵な場所に連れて行ってくれる人はいい人だ。いい人ならばまた会って、お話して、遊びたい。実に単純な欲望だ。
それに喜色を示したのは弟のテオだ。
「うん! ねぇお姉ちゃん。その」
「なぁに?」
「え、えっと。‥‥‥洋服、きれいだね」
節目がちになりつつ。
どこかのパーティにでも着て行きそうなゴスロリ服は、小さな女の子が着てこそかわいさが引き立つ。身振りはおしとやかとは程遠いが、その快活さはまさに子供らしい。手入れを忘れていない長い銀髪も輝いていて、さらに加えていうのであれば、リリアの顔立ちは高いポテンシャルを持っていた。黙っていれば、どこかの小さな令嬢で通じるレベルである。
そしてその素材から、屈託ない本心からの笑顔が放たれるのだ。
「えへへ。こういう衣装気に入ってるの」
「う、うん。あの、とても、いいと思う、な」
「でしょ、でしょ?」
「それは認めるけど。すごく目立ってる」
「もうっ、リュックはわかってないわ。このひらひらで、黒くて可愛いのがいいのよ」
笑ったかと思えば、丸く頬を膨らませる。そのしぐさは、テオの頬を染めるには十分すぎた。
そんな弟を横目にして、リュックは代わりに話し続ける。
「リリアは、外で遊ぶのが好きそうだけど」
「そうね、お部屋で本を読むよりは動いたほうが好きかも」
「それなら。今度どこかに遊びに行かないか。旅行っていうならウルティスの事はそんなに知らないだろ? いくらか案内できるよ」
「うん、中心街のいくらかしか知らないわ。中心街から出ると寂れちゃってるし」
「だな。でも、観光業を再開出来るようにってやってるらしくて、ちゃんとしてるところもあるよ。今週はちょっと、俺達は父さんの仕事の手伝いがあるんだけど。来週とかリリアはどう」
「私はいつでも空いてるわ」
「来週の丁度同じ曜日にしよう。10時くらいでいいか、ここで待ち合わせ」
是非もない。二つ返事で同意して、リリアは手を伸ばしてリュックと握手する。絶対に面白い場所に連れて行ってよ、と期待の視線を送りながら。
そして。
リリアはテオにも向いて、同じく手を差し出した。
テオは数瞬固まり、そして耳まで赤く染めながら、おずおずとその手を握る。
□
「っていうことがあってね!」
語り終えて、少女は切り分けたベーコンを口にする。ちょっと焦げていて塩も効きすぎて辛めだったが、そんな事は今のリリアは気にしない。
そんな楽しげに語る少女を見て。
数週間ぶりにやっとレアの店に顔を出してきたかと思えば、ラモレール兄弟との邂逅から直接やってくるなり挨拶すらすっ飛ばして語り始め、何のことはなく目の前で愉快に振舞う少女を見て、クリスは大いに顔を引きつらせ。それでも彼女のガトリングおしゃべりが終わるまで黙って。
一体何十分制圧射撃が続いただろうか。ようやく一区切りつけてリリアが話を止め、運ばれてからずっと放置され続け冷め切った紅茶を飲み干す。
そんな満足げの少女を見て、クリスは一つ大きく息を吸い。
そして。
「こんの、クソ娘がぁ~!」
吠えた。憤りの吐き出し方を他には知らなかった。
お前、おじさんの件で凹んでたんじゃなかったのかと。
おじさんが私刑にかかるのはわかっていたから、そこは何とか嘆願して助命できなかったのかとか。おじさんが死ぬそのシーンは見せずに済んだが、できれば遺体とかも見せちゃいけなかったんじゃないかとか。あんなことが起こるなら、そもそもの時点でジゼットと一緒に留守番させればよかったとか。クリスの後悔は尽きないのだ。
同じ円卓を囲むジゼットも、今のリリアには苦笑いだ。なお、エリーはいつも通りの無表情。ただ、視線はちらちらと少女に向いているので気にしているのであろうことは見た目にもわかる。
吠えるクリスを見つめて、リリアは首をかしげる。まさか船の一件以来クリスの気をもませているとは思っていなかったリリアには、彼女が叫びだす理由に皆目見当がつかないのだ。
「何よ」
「返せ、私の葛藤と心配を返せこのやろう」
「何かあったの?」
「あぁ、もう、いいわよ。好きなだけのろけてろ。あんたはそのほうがお似合いだ」
言いつつこめかみを押さえる。
だがしかし、朗報であることには違いない。下手をすれば、ローズを失った時のエリーのような状態になることさえ危惧していたのだ。最悪の展開が繰り広げられることを考えれば、時間をかけてでも立ち直ってくれただけ、全然いいことである。ああいう出来事は大人だって堪えるのだ。少女を直接的に引っ張り上げてくれたラモレール兄弟とやらには感謝だろう。
「って、何で私がこいつの為に謝辞を」
ごちる。なんだかんだ気にはかかるのよね、と思いつつ。
我侭、仮にも旅の途中で定住しない、掃除屋と言う職業。不利な点しかないが、こんな娘でも友達は出来るらしい。掃除屋を始めて以来、友人と呼べるような人間がハンナと、羅列していいか怪しいがアナベル以外ろくに増えたことのないクリスにしてみれば、それはまぁ、眩しく見えないこともない。
銃から離れて。これが普通の人間の普通の生活なのだ。
「ま、よかったね。あんた」
「うん!」
リリアは子供らしく、満面の笑顔で頷く。
クリスとしては、彼女に伝えておきたいことはいくつかあった。船の件での報酬が振り込まれたことや、彼女の機嫌を直す為のサブマシンガンを買ってあることや、仕事と被らないように遊びの予定を教えて欲しいことなど。だがリリアの顔を見て、それらすべては取りやめにした。今この場で汚い話をするものではないだろうと。そう、ここは少女の話に乗って適当に騒ぐべきである。
であればと、クリスは餌としてジゼットを見やり、いやらしい笑顔を貼り付けて。
「大変だねぇ少年。ライバルよライバル」
「あ、はは‥‥‥」
「そうだ! ジゼットも一緒に行こうよ。四人で遊べばきっともっと楽しいわ」
リリアの思い付き。ジゼットとてリリアとしては切り離しがたい存在である。
「いやぁそれは実に悩ましい話だねぇ。そのなんだっけ、兄弟の弟君。聞く感じだとあんたに一目惚れてそうだし、ジゼットと言う婿様の登場ははてさて」
「ホレテソウ?」
首を傾げるリリア。一般教養を受けていない少女は、知らない言葉がたくさんあるのである。
それに目を輝かせるのはクリス。気を回して教えようとしたエリーを、人差し指一本で黙るように命令して。
「‥‥‥へぇ。あんた、言葉知らないんだ。ほぅ?」
「何よ」
「知りたいならジゼットに聞けば?」
言われたので、リリアは無垢なる瞳をジゼットに向けた。
ジゼットは、たじろぐしかない。
「ねぇジゼット。ホレテソウって何?」
「え? あの、リリアのことを好いているってことだよ」
「友達ってこと?」
「友達よりも、もっと深く、かな」
「少年よ。そのバカ娘はもっと直接的表現で言わないとわからないよ」
「く、クリスさんっ」
それはさすがに言えるわけがないと動揺を見せるジゼットに、クリスは押し殺した笑いを零した。人の不幸はなんとやら。同時に、ジゼットがただ朴念仁で一緒にいるわけではなく、そういう感情も持って隣にいることも確認できた。リリアの見てくれは、テオが一目ぼれしたという事実で語りつくせるが、やんちゃながらも表裏はないこの性格は好む者もいるだろう。
リリアが止まらずにジゼットにすがりだす。そんな円卓に、レアが料理の皿を持ってやってきた。注文した覚えのない料理だ。この店はとりあえずでも飲食店である。お抱えの掃除屋だからと言って特別に無料提供されることもなく、そこは毎度きちんと注文して支払ってとなっている。
「あれ。頼んだっけ?」
「私からの気持ちよ。一杯食べていきなさい」
「これで味さえちゃんとしていれば」
「あなたが作ってもいいのよ、クリス」
「ほ~れみんな、私のおごりだぞ~」
厨房提供の誘いは無視して、クリスは調子よく声を上げた。生まれてこの方調理器具などろくに持ったことがない。作ったものが食事としてとりあえず食べれるだけ、レアの料理のほうがいくばくかマシである。
「レアも一緒に食べれば? どうせ客なんて来ないわよ」
「そうね。店は閉めてしまいましょうか」
微笑んで、店仕舞いの為にレアは動き出す。ついでにもう一品、何か手軽なものを造ろうかと考えながら。
ジゼットとのちちくりあいを中断したリリアは、そんなレアの後姿を見つめて。そして、作りたての暖かい魚料理にフォークを伸ばす。
今ならば、どんな料理も幸福と言う万能調味料が夕食をおいしくしてくれた。




