4-3 路地裏の少年達
ウルティスと言う町は、かつては美しかったのであろうと伺わせる古風な町並みを残している。
先日エリー達が仕事の為に寄った港町と、内陸のかつての経済都市ダチランとを中継していたウルティスは、昔からそれなりの人口があった。いた、と過去形なのは、長い歴史の中で主たる経済圏が移動した為に、共に歴史の流れにおいていかれたからである。だから高層ビルなどは立たないまま、しかし経済規模が極端に縮小したわけでもないので人間もその場に留まり、やがてその景観は多少なりとも観光客を呼び込める価値を生み出した。戦争前のウルティスは都市ではないが別段田舎でもない、それでいて観光業が営める規模があった。
転機は5年戦争。
国境沿いの住民が避難に多く流入してきた。そして港と小さいとはいえ都市を結ぶと言う関係上輸送路の要所となっており、後方撹乱の為の人間が入り込んできた。ゲリラ活動が頻発するとなれば、ウルティスは軋む。そしてリンク先の小さな経済都市ダチランが瓦礫の山と化した瞬間、ウルティスという土地に戦略的価値はなくなった。
その後の歴史はもう、語るまでもなく目の前に転がっている。
経済力のある人間はさらに内地へと避難していった。
経済力のない人間は生活に困窮して身を落とした。
元ゲリラや諜報員は、残って混乱を煽り立てる。
社会不安に乗っかって参入してくる人間。
「‥‥‥」
まだ人間の住む場所としてマトモな営みを続ける中心部。だが一歩出れば、そこはもう別の世界。人が作った町並みは、人が手入れをしなくなったためにどこまでもすさんでいく。
そんな世界を、少女は歩いていた。
今日は白を下地に黒のゴスロリ服。それを身に纏って、歩き続けている。
目に映るのは手入れされなくなった町並み。活力があるとはいえない人間。ひっそりとモノの売買を行う人間。今日の空は薄いとはいえ雲が完全に覆っていて、快晴とはとてもいえない。
つまらない世界だと少女は、リリアは思う。
目的があって歩いているわけではない。けれどもこの世界は嫌だなと。
もうずっと、こんな日が続いている気がする。なんとなく一人で居たくて一人で過ごすのだが、何が満たされるわけでもなく一日が過ぎて、それでもお腹は空くからジゼットと御飯を食べて、眠って、また次の日を迎える。それの繰り返しだ。こんなことなら、今日誘われた射撃場へのお出かけについていけばよかったかもしれない。そうすれば今よりは気持ちよく過ごせるのかもしれないと考えるが、けれどやはりそんな気分にはなれない。
「‥‥‥おじさん」
呟く。
とうとう名前を聞くこともなかった、あの人と過ごすのは楽しかったなと、思い出して。そして彼が倒れているその光景も、思い出して。沈鬱になる。
もうあの人はいない。死んでしまったのだ。
喪失感。
なんて、つまらない世界。
リリアは歩き続けた。山育ちの彼女だ、確かに幼いが体力には自信があった。疲れなんて知らない。だから、特に急ぐ理由はないのでマイペースに歩き続ける。沈んだ気分に活気ある空気はそぐわずその足は自然と煩わしい喧騒を避けて、静かなほうへと向っていく。
静かなほう。人気の少ない、郊外。
町並みの痛みが激しさを増していき、売春宿が目立ち、わずかにあった車の往来もなくなる。高台や十字路では子供が突っ立っている。薄給で雇われた、取引の為の見張り達だ。近くの路地では、違法と呼ばれる品物が売買されている。少女の場違いな派手な衣装も、ここに居る人間達の興味の的にはならない。異物を一瞥して、ただ見送る。リリアの不満がまたひとつ積もるだけだった。
気の向くまま道を直進して、曲がって。大通りも路地も関係ない。すべて、思うまま。どうせとうに知らない場所である。町の中心部への行き方さえわかっていれば宿には帰れるので、問題はない。時には大人たちから声をかけられることもあったが、すべて無視して歩く。
そうして何度目の路地に入った頃だろうか。
路地の、さらに奥まった場所。曲がり角の先が騒がしい。
五月蝿くなる場所を自主的に避けていたリリアだったが、なんとなく、本当になんとなく、興味に思って歩を進めてみた。その行動は、今のリリアに残っていたリリアらしさから来るものだったのかもしれない。
音もはっきりと聞こえてきた。大人が数名、語気荒くしている。
「ここはソラルのシマだって言ってるだろうが」
台詞からなんとなく察する。
以前一帯を仕切っていたアランファミリーと言うギャングが壊滅して以来、ウルティスはこうして中小集団が、残された領地を巡っていた。そういう衝突らしい。
つまらない。騒ぎに興味を覚えてしまったことを後悔することこそなかったがそう感想を出して、リリアは踵を返す。関わりあいたくないという意味ではなく、本当につまらないからだ。
しかしその歩みは、次の台詞で止まる。
「だから言っているよね」
子供の、男の子の声だ。
リリア自信も子供であるわけだが、なぜ子供の声が。気になったのでくるりと戻って、角から頭を出してみる。
五人の大人と、二人の子供だ。大人が子供を壁際に追い詰めて囲んでいる。子供達二人の表情は丁度大人の体が邪魔になっていて見えなかったが。
大人のうちの誰かが、舌打ちした。そして顎で周りに合図すると、そのうちの数名が懐からナイフを取り出した。
「言葉でわからねぇなら、どうなるかな」
大人たちが一歩詰め寄る。
どうしたらいいのだろう。
知らない人同士のやり取りだ、助ける理由も加担する理由もない。ここは見てみぬふりが一番なのだろう。ただなんとなく、それは後ろ髪引かれる様な、躊躇われる選択な気がリリアにはしていた。
悩んでいる間にもさらに一歩が踏み出される。さぁどうしよう、と考えていると、気配でも察知したのだろうか。大人たちのうちの一人が、リリアに振り返ってきた。
「なんだ、お前もこいつらの仲間か」
もちろんそんなことはないが、返事するのもつまらなそうだったのでリリアは黙った。
その大人はリリアに寄ってきた。リリアが黙ったことを肯定と受け取り、男の子供よりも女の子供のほうが組しやすいと思い、また、きれいに着飾った素質ありの少女に好奇がでたのもある。兎に角彼は不幸にも標的をリリアに変えて、腕を伸ばした。
リリアの細腕を、掴む。
つまらない。
いや。不快だ。
リリアは空いた手を腰にやろうとして、止める。サブマシンガンもナイフも、今は身につけていない。
だから、掴まれた腕をそのまま振るった。あるいはそれまでのストレスから、少女が思っていたよりも強めに男の体は壁に叩きつけられる結果になった。結果はリリアとしても少しだけ想定外だったが、自分の腕が自由になったのならどうでもいいことだ。
「こいつ!」
唐突の事に大人たちは驚き、そして目の前の少年達を無視して、手にしたナイフでリリアに切りかかった。
リリアが見ているのは、動きだ。関節の動き、指の動き。凶器としての手足の動きと、標的としての胴体の位置。刃物が空を斬る音や銃声は攻撃行動把握に、服のこすれる音やスラングの声は位置把握に。それらすべてを認識し、対応する。彼女なら可能だった。彼女は完璧だった。完璧な、人殺しの才能だった。
たいした事はない。
リリアには怖いものはない。たとえ相手が銃や刃物で武装していたとしても、自分で何とでもできる自信と事実があるからだ。これまでの人生の中で、彼女が苦戦を強いられるような個人は一度として現れた事はなかった。集団でやってこられると手間だが、苦労と言うわけではない。事が終わるのに無駄に時間がかかるだけだ。
それにしてもこの大人たちと来たら、なんてつまらない。そうリリアは思った。以前の船で襲ってきた相手はきちんと最小限度の動きで正確に攻撃してきたというのに、彼らはまるで大振りで狙いも正しくない。当たり前の話。以前の彼らは訓練された兵隊で、目の前の彼らは武装チンピラ。おかげでリリアの無駄な苦労は減った。ナイフが振るわれる前にその手を蹴りつけて獲物を取り落とさせ、続く回転蹴りで胴体を吹き飛ばす。殴りかかってきた拳をしゃがんで避けつつ、相手の獲物だったナイフを拾い。顔を上げる。
そこで、少女の手が止まる。
相手の顔を見てしまった。
表情を見てしまった。
感情を見てしまった。
相手の、感情。
少女がナイフを持って反撃に転じようとする、それを理解して恐怖に歪む顔。
―――あなたは、人を殺したいの―――
―――君は、人殺しが嫌いなんだ―――
「っ!」
迷い。そして。
格闘を挑んできた男の胸倉を掴んで、背負い投げのように反対側へと思いきり投げ飛ばす。男は数メートルを飛んでゴミ山へと頭から突っ込んだ。
三人目の男は、やや離れた距離。二人が立て続けにやられたことで二の足を踏んでいた。
その一瞬でリリアは周囲を見る。そして、最初に自分の腕を掴んできた男が床に転げているのを見つけて、彼の目の前へと手にしていたナイフの切っ先を突きつけた。
あたりが、沈黙する。
息を吸って。
「‥‥‥。どこかに、行って」
声を絞り出す。
男達は動揺した。そしてリーダー格の男、それはまさにリリアにナイフを突きつけられている人物だったが、彼が頷いたのを確認して、男達は武器をしまってリリアを遠巻きにしつつ逃げ出した。リリアはナイフを引くと、彼とゴミ山に突っ込んだ男も連れ立って、リリアを恐怖の瞳で見つめながら去っていく。
そんな情けない姿には興味もなく、リリアはナイフを地に捨てた。
息を、吐く。
この、力を使った後の高揚感。最近は引きこもって使っていなかったことに加え、今回は加減も考えずに行った。ゆえに消耗も少しある。消耗の規模は、高揚感を比例させる。使えば使うだけ、その時だけは気分が良くなるのだ。少女にとっての麻薬だった。
胸が躍る。すべてが愉快になり、すべてが痛快になる。
けれど。
この胸の苦しさは、どこから来る。
さすがのリリアでもわかっているのだ。エリーの、おじさんの言葉。あれが自分を変にさせているのだと。でも振りほどけない何かがそこには確かにあった。
どちらの気持ちが正しいのか、わからずに固まる。
「ねぇ!」
そしてその声で、現実に引き戻された。
声のしたほうを向く。そこでは少年の片方、より年齢の低い子のほうがリリアに寄ってきていた。だいたい、リリアと同じくらいの身長だろうか。その表情は恐れるものではなく、むしろ嬉々とした瞳でリリアを見ていた。だからリリアも少し、気分が良くなった。
そしたら、先ほどまでの悩みはどこかに飛んでいった。




