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4-2 射撃場にて



 火薬の乾いた炸裂音。

 落ちる空薬莢の金属音。

 覗きこむスコープの先。放った弾丸による小さい穴が、ひとつ開く。

 一度、息を吐く。呼吸を安定させる。

 そしてじっと、見つめる。

 一射目は違わず狙い通りに飛んだ。だから、次も同じようにやればいい。

 風はない。逆光も、雑音も、潮の臭いも体の痛みもない。何もない。

 クロスヘアは上下に、左右にわずかに揺れる。自身の呼吸によるブレだ。規則的であって、規則的ではない。

 トリガーに再度指をかける。数度息をして。少し吐いて、ゆっくりと絞り込むように呼吸を止める。

 静かに、しかし滑らかに、指に力を加えて。

 狙いは。

 今。




 同じ銃から、同じ銃声。





 地に落ちる薬莢の音を耳にしながら、スコープで見つめ続ける。

 弾丸は。

 射撃姿勢を、解く。

 息を、重く吐く。


「また、外した」


 呟いて、エリーは小さく頭を振り、愛銃H28A2のセーフティをかけた。銃には何の咎もない。いつも通りの仕事をいつも通りに機械的にこなしてくれている。それが銃と言うものだ。咎があるとすれば己自身。射撃を阻害するものは何もないと言う条件化でのこの結果に、原因はそれしかない。今日のエリーの不機嫌は加速していく。

 先にある今日の標的―――シューティングターゲットペーパーを見つめて、エリーは唇を結ぶ。

 今日のエリー達は仕事ではなく、ジルゲンと言う地区の射撃場へ訓練としてやってきていた。撃たなければ腕は落ちる。腕が落ちれば死ぬ確率がぐっと上がる。そして、実践という人殺しで技術を維持する気はない。彼女達は掃除屋を始めた頃から、レアの薦めもありこうして射撃場での練習を行っていた。それほど根をつめているわけではなく、なんとなく練習しておこうかと気分が向いた時だけではあるが。

 怪我人も、死者も、それで不幸になる者も幸福になる者も。この射撃場であれば、銃弾によるあれこれは何も発生しない。発生するものと言えば、射撃場を借りる代金とそこで消費される弾薬代くらいのものか。それとてリンクスの息のかかった射撃場であるので、戯れにやってくる一般の利用者よりもこっそりと料金が格安だったりする。実に気楽なものだ。

 そんな彼女の今日の標的には、穴が開いている。

 これに対して首を捻るのは、隣で双眼鏡を使って観戦していた少年、ジゼットだ。


「二発とも当たってますよ?」

「外れた」


 呟いて、エリーは肉眼のまま、100メートル先のターゲットペーパーを睨んだ。一発目は中心ど真ん中、二発目はそこからわずかばかり右上を射抜いたそれを見つめて。二つの銃弾による二つの穴は繋がるどころか、半分以上が重なっている。


「二発目、外れてる」

「‥‥‥あの。もしかして、あれで不満なんです?」

「ん」


 エリーは小さく頷き、足りない言葉から意図を汲み取ってジゼットは表情を固める。

 自分では到底できないことなのにと呆れるのはジゼットばかりではない。その隣でエリーの射撃の様子をじっと見守っていた今日の同行者、ディーも、自称マークスマンのエリーの顔を見つめて。


「ミニッツオブアングルって知ってるか?」

「何、それ」


 わからないと無表情に返すエリーに、彼はかぶりを振る。規格化、そしてライフリングと言うものを人類が開発して以来、銃の精度は飛躍的に上がったが、それでもどうしても個体差が発生する。それは銃弾側もだ。よって、どんなに機械的に狙おうと着弾点のずれは致し方ないものである。だがエリーは、メーカーが出している有効射程までは、銃弾は狙ったところに1ミリのずれもなく飛んでいくものだと思っていた。外れた時は、自分の力量が問題なのだと。

 逆に言えばこの完璧主義がゆえに成り立った技量なのだろうと思うことにして、ディーは余計な知識は吹き込まないことにした。この女性がより精度に優れるボルトアクションライフルを扱い、我流ではなく正しい射手としての教義を習得したらどうなるのか。それは、彼も気になるところではあったが。

 ディーは、棚に並んだ銃器に目をやる。勝手に持ち込んできた違法銃ではなく、この店が合法的に管理しているそれ。


「他の銃は触らないのか」

「長物で、スコープ付きで、セミオート」


 信念を呟くエリー。

 長物とは遠距離射撃を可能にする精度を持つもの。スコープはホログラフィックサイトのようなものではなく数倍の倍率のある遠距離用。連射を可能にするセミートは、複数目標に対処し初弾リカバリーをできる素早い連弾の為。この射撃場の限られたラインナップの中でそれらすべてを満たす品は。


「ないな」


 条件に適合しないのであれば、例え愛銃が壊れてクリスから護身用に買い与えたW99Cハンドガン一丁となって戦場に立っても、使わない。重量ある長物で戦える腕があるのなら、ハンドガンだろうが普通に戦えるだろうに。

 ディーの知る限り、少なくともエリーは数百メートル先の射手を見つける洞察力とカウンタースナイプが出来る素早い射撃、波風の悪条件も乗り越える読みの深さを持つ、銃手として充分すぎる技量の持ち主。いずれも遠距離特性だが、戦場の洞察力と素早く正確な照準は近距離においても有効。彼女が本気になればCQBは難なくこなすだろうとディーは思っているし、事実としてホニの教会の一件では、室内戦闘でも十分な技量を示している。そんな彼女を縛るのが、彼女のこの信念だ。

 このこだわりが心底もったいない、と思いつつ、やはりディーは何も言わないことにした。人を殺すのが上手いですね、は人間として決して賛辞にはならないし、どんな理由にせよ個人の問題だ。

 物思う彼から視線を外して、気を取り直して、エリーは構える。

 狙うのはただの紙だ。本番ほどの緊迫と気負いはないが、それでもエリーの瞳には覚悟の色がある。絶対に外さないという、覚悟。

 物事へ集中して取り組む姿は、どんな作業であれ、それだけで絵になる。一種の美の形だ。

 ふと視線を感じてエリーが横に目を向けると、標的の観測ではなくエリーの観察をしているディーと目が合った。


「何」

「何でもない」


 その割には視線を逸らさないディー。害はないからと、エリーは無視することにした。

 そんな彼女達の元に、もう一人がやってきた。

 手にはガンケースと、小袋。それらを持ってきた彼女、クリスは満面の笑みで声を上げる。


「さぁさぁ皆の衆、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」


 呼びかけられたので、エリー達はそれぞれの荷物をその場にしてクリスの元へ向かった。

 用件については、エリーはわかっている。エリーはそっとジゼットの背中を押した。


「何でしょう、クリスさん?」

「そんな他人行儀に、ですますじゃなくていいのだよ少年。最初の時とかほぼタメ口だったじゃん、どうしたの」

「あの時は、その。低頭にしていると全然仕事をもらえなかったりしたから」


 ジゼットの最初の態度は、自衛行動のようなものだ。弱い者はそのまま踏みにじられる。そう見えないようにと。だが今は違う。リリア共々良くして貰っている年上のお姉さんに対する、彼なりの信頼の示し方であった。

 そんなもんかと理解して、クリスは続ける。


「さて少年よ、誕生日はいつかね?」

「半年後ですけど」

「あ、そ。まぁ名目なんてどうでもいいや。とりあえず君にプレゼントだ、じゃん!」


 床に置いたガンケースのロックを外し、そしてご開帳。

 お披露目されたのはポリマーフレームのブルパップ型ライフルだ。それ故にアサルトライフルとして全長が短く仕上がっている。最も特徴的なのはハンドガード部で、銃身下方に擲弾筒が一体型で取り付けられていた。

 持ってきたクリスはそれを掴むと、至極得意げだ。


「A9-ONE。ちゃんとグレネード装備だよ。見てこれ、排莢口が側面にないでしょ。前方に捨てるタイプなんだよ。これでアツアツの空薬莢が頬に当たる心配なし」

「は、はぁ」

「ほれ、あげる」

「え。僕にですか?」


 手渡してきたそれをおずおずと受け取りつつ、ジゼットは不思議そうな顔をクリスに向けた。

 理由なら、半分は道楽だが、きちんとある。


「ジゼットさ、ホニの町の時に銃紛失しちゃったでしょ。R5-SAR」


 ジゼットは以前一緒に仕事をした際に足を負傷。この時に、今まで使っていたカービンライフルR5-SARを取り落としており、拾い忘れてそのまま失くしていたのだった。これまでは足の治療という事で戦いには出ず、したがって銃も必要のなかった彼だが、今では彼の足は無事に治癒して戦える状態になっていた。掃除屋と言う稼業で食っているのだ、道具は必要だ。

 ジゼット負傷についてはクリスの責任というわけではないが、彼女なりに悩んだ結果買い与えることにしたのだった。クリスなりの侘びと、復帰記念だ。


「好きに使っていいよ」

「ありがとうございます」

「今から具合を確認するといいよ。はい、予備マガジン。弾は5.56mm×45弾だから間違えないでね。それとイヤーウィスパーと、トランシーバーと、グレネード弾と。青いのは訓練用弾ね。なんか光学サイトいる? 手持ちにあるのならあげるけど」

「あ、わっ、と」


 重みのある小袋もどさどさと上乗せされ、ジゼットの視界が塞がる。


「はい、その荷物横に置いて」

「は、はい‥‥‥」

「それと、これ」


 一度荷物を卓上に置いたジゼットに、クリスは今度はリボルバータイプのハンドガンを少年に受け渡した。

 5発装填の小型リボルバーだ。銃は知識のない者が見ると全部同じに見えるが、それはリボルバータイプのハンドガンとしてもハンマー部に一目でわかる特徴を持っていた。スチールフレームがハンマー部を覆って突起を減らし、携行性を高めつつ、しかしシングルアクションの操作を可能にしている。


「君、護身用の武器何も持ってないでしょ。ウルティスを丸腰で歩くとか、自殺志願者と同義だよ?」

「すみません」

「だから、持ってなさい」


 そしてクリスはジゼットを見つめて、肩をぽんと叩く。


「銃の名前はEscorter(付き添う人)」

「‥‥‥ありがとうございます、クリスさん」


 自分が、誰に付き添うのか。それはいわずもがな。

 真摯な眼差しでこくりと頷いて、ジゼットはエスコーターを懐に仕舞った。

 プレゼント会は終わった。クリスは満足げな顔で手を叩く。


「さぁさ、者共練習にいそしめ。ジゼット、そのライフルの操作教えるから」

「はい、お願いします」


 号令で、それぞれが自分の場所に戻っていった。

 ジゼットは貰ったばかりのマガジンに弾丸を詰めていく。久しぶりの操作でややスローダウンしつつも、黙々と二つ目のマガジンに手を伸ばした。

 この場にはいない、少女の事を思いながら。




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