4-1 MPOA計画
テレビの中で、しがないニュースが、キャスターの口で紡がれる。その音声が店に小さく響く。
警察による犯罪者の摘発を、報道する。しがない話だ。誰の興味も引かない、自分の得にもならない、けれど誰かは得をする話。
電波が電波なら、紙面も同様だ。報道と言うものは、そういうものだ。
それでも片隅にはある。まるで紙面の隙間を埋めるように、小さな小さな記事として。流して読むだけでは目にも留まらない。ほんの一時期テレビ出演した一般人が、自室で心不全で亡くなったという、小さな話。
「人間は、薬物によってその身体能力を高めることができる」
ドーピング。
興奮剤、血液ドーピングなど現代では多岐にわたるが。体力や筋力の増強。効率的で効果的な訓練効果を生むのがドープだ。
それらの効果は本来微小だ。増強剤系統はそもそも鍛錬の効果を上げるのが効能であり、継続多量に摂取したとしても、それだけでは効果はない。鍛錬した所で他の人間よりは少しだけ優れる、より優れた人間に並ぶ、その程度でしかない。それがこれまでの常識であり、認識であった。
人間は探求の生き物だ。古くには不治の病とされたものも、今日では治療法が確立されているというのはままある。
では。
常識を超えるドーピング作用を発揮する薬物が出来たら。
投与しただけで、人を超えることのできる薬剤が出来たら。
「仮称、MPOA計画」
人間に投薬される薬と言うものは、その製作に当たって臨床試験を必要とする。代表としてはモルモットだ。そしてその最終段階として、人間で試験する。完成の暁には不特定多数の人間が摂取する品物だ、ならば人間でテストを行うのは当然。本来の薬は、そうして出来上がる。
それらは平時においては健康問題や責任問題、人道だとか道徳だとか、そういったあれこれによってかろうじて制御されている。
だが。それらタガが消滅する瞬間がある。
国家危機。戦争。
戦争になると、法律は沈黙する。
「投与者には、筋力を初めとした器官の発達を認めることがある」
落とされる健康水準、混乱でうやむやになる責任、道徳を踏みつけ、それら問題に他の問題は見え辛くなる。そしてすべてが急がれる。早く食料を、早く弾薬を、早く治療を。早く救援を、早く新兵器を、早く戦争決着を。
やってきた人間を訓練へ、訓練された兵士を戦場へ。
早く。早く。
そうして突き動かされ、一線を踏み越える。
ドーピング薬剤の、将兵への投与。
内密に許諾を得ての、将兵の摂取する食品への混入。
「投与者には、程度を問わず人格障害を認めることがある」
戦争というものは、徹底的な効率主義によって出来上がっている。余剰は構わないが欠乏はあってはならず、無駄は極力排除されるべき事項だ。より早い兵器製造、より安い兵器コスト、より高い兵器性能。より優秀な兵器を、より優秀な兵士を。一人で一殺よりも、一人で十殺。十殺よりも百殺。ライフル弾で一人よりも砲弾で十人を、砲弾で十人よりも爆弾で百人を。爆弾よりも。
その為にはあらゆる分野からの技術を投じられる。その最初が兵器ではなかった技術でも、使えるものならば軍事利用を研究される。その中に投げ込まれたものは、否応なく効率化を図られる。遅れれば、他国に先を越される。越されれば、過去のものは無力化され圧倒的不利に立たされる。
より実用的に、より効率的に。
より多くの薬剤投与を、より効果のある薬剤開発を。
早く。早く。
「投与者は、投薬量に応じてそれら程度が増減する」
戦争は終わった。だがそれですべてが終わるわけではない。
一度千切れた鎖は、元には戻らない。
臨床試験は続いている。具合の良いサンプルを見つけて、調査し。その先に何があるか、今は誰にもわからない。人の命を救う道具が兵器になるなど、兵器として作られた技術が国民を豊かにするなど、どちらもあったことだ。今はただ、それが何を及ぼすのか探求のために、使える技術かそうでないのかの調査のために。
その為に。
サンプルは、必要。
「人間が肉体の限界さえ超えて最も力を発揮する瞬間。ひどく興奮した時、死に直面した時、強い恐怖を受けた時。投与者は、危機に際して力の増幅を認めることがある」
「それらが投薬により安定して、自身の意思でコントロールできるようになれば」
「その先は、偉いさんが決める」
「不愉快な話ね」
勝手で実験に使われて、勝手で弄ばれる。
カウンターの中にいる女性は目を閉じる。
「同情は自己満足」
カウンター席に座る若い女性は、そう述べて。
「でしょ?」
卓の向こうの女性に、同意を求めた。




