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3-24 それでも世界は残酷で




 戦闘と言う行為が終わり、エリーが屋上から後部甲板にやってきたとき、周囲は惨状の一言だった。

 負傷もしくは死亡して、廊下等に倒れている襲撃側の元私兵。同じく犠牲を出しながらも生存者を後部甲板に集め、また一部では遺体処理も始めている私兵達。帰ってしまった小型艇との戯れを終えて戻ってきたところ、よくわからないまま事態が終息しているらしいことを理解しつつも、やることなく佇む掃除屋。

 それは死傷者を同じくボロボロになった味方が集めて、横では治療を受けながら放心する仲間達。ハウンド時代の光景を髣髴とさせる。

 重苦しい思い出と紐付けされつつも、エリーはライフルを担いで歩く。

 そう広い貨物エリアではない。クリスを見つけるのには苦労はしなかった。片手を掲げて、しかしいまいち元気を失ったクリスと合流する。アナベルの件についてはクリスは話さず、またエリーも尋ねることはしなかった。襲撃側の人間として登場して、そして甲板上にその姿がないことから、そういう事なのだろうなとエリーはただ思った。

 サイモンの姿も甲板にあった。彼の目の前では、比較的軽症で捕らえることの出来た襲撃側加担者、俗に言う裏切り者3名ほどが、後ろ手に跪されている。

 そして、二人はそれに目を向ける。

 リリア。

 そして彼女が言う「おじさん」が、自身の頭の後ろに手を回して連れ立っている。

 彼女がまたしても指示を破って救命ボートを飛び出し、戦闘をしたことについてはクリスは特に何も言うつもりはなかった。そこは少女の自由意志だ。一方で、事が終わったことの喜びに気軽に声をかけることを考えたが、クリスはそれもやめにした。どう考えてもそういう場ではない。エリーも理解している。

 だから、ただ。

 クリスは、リリアの脇に寄る。エリーもまた、少女の元へと向かう。


「何、クリス」

「何でもないよ」


 クリスはリリアの後ろに回ると、その肩に両手を乗せた。やってきた二人を見てリリアは内心首を傾げつつ、怒られる様子はないのでと気にしないことにした。

 そんなリリアを横目に、サイモンの私兵の指示で歩いていくおじさん。

 クリスとエリー、二人の視線と、男のそれが、交わる。言葉がなくても通じるものは、ある。

 男は、リリアに一瞥することもなく前に進み出ていった。それをリリアは、満足して見送る。

 他の生存していた捕虜同様、男は甲板に膝をついて降伏の意思を見せた。その彼らを、サイモンとその私兵達が銃器を片手に囲んでいた。依頼主サイモンの手にも、ポリマーフレームのハンドガンが握られている。


「さて、これで終わりかな?」

「完全に確認は取れていませんが」

「いいよ。もうどこも戦っていないみたいだし、こうなると点呼も困難だろう。いやはや、明日からの人員配置に苦慮しそうだ」


 手の中から相応の人間が出て行くことにサイモンは肩をすくめる。並んでいるフェルトンも、浮かない表情だ。

 サイモンはそのまま、クリスに向く。


「さてと。えぇと、クリスだったかな」

「なぁに?」

「今日は助かったよ。とりあえず、ここから先の仕事はないから部屋に戻ってくれていいよ」

「そうね。リリア、行くよ」


 クリスは少女に載せていた手に力を加えて、体を押していこうとする。

 だが、リリアは動かない。

 クリスは唇を結んで、さらに力を込めた。


「ほれ、行くぞクソ娘」

「何でよ」

「残っててもすることないでしょうが。私も疲れたんだから」

「私は疲れてないわ。それに、おじさんが、また面白い話をしてくれるって約束したのよ。ご飯まで遊ぶわ」

「あんたね」

「リリア、帰ろう」


 語気を荒くするクリスを制して、エリーからも静かにしかし強く見つめられて言われる。こうしてたしなめられるのは最早恒例行事である。「またか」と思い不満をあらわにするが、そこはエリーの言葉だ。不承不承承知して、頷く。リリアは、クリスに押されるようにしてその場から背を向けた。後ろからはエリーもついていく。


「まったく。あんたには言いたいことが山ほどあるけれども、一件落着したからいいや。休も休も」

「そんなに疲れたの? クリスったらへなちょこね」

「はいはい、そうでござんすよ。ちゃんと前見ろ。そこら中に薬莢転がってるんだから」


 ぐいぐいと押しながら、薬莢と血溜まりが点在する甲板を歩いていく。

 リリアはやっぱりよくわからない。おじさんはこの二人を大切にしろと言うが、あまりどころか殆ど自分の好きにさせてくれない人たちだ。だいたい、付き合いだってそこ二ヶ月そこらでしかない。出会ってすぐに仲良くなったおじさんのほうがもっと優しくて、いろいろなことを教えてくれる。それは別に、だからエリー達を大切にしないと言う話ではなく、する理由が良くわからないと言うだけの事だ。

 兎にも角にも仕事は達成してお金は入るし、今回は誰も怪我をしていないし、おじさんとも仲良くなれたし、海もきれいで楽しかった。総合すればいいお出かけだった。

 そんな風に思いながら、リリアは歩く。






 パンッ


 パンッ


 パンッ






 あまりにも聞き慣れた、9ミリ弾の拳銃の音。

 背中から。


「ん?」


 どうしたのかと振り返る。いや、振り返ろうとしたが、それは「あのやろっ」と呟いたクリスが背後から抱くようにしたことで押し止められた。

 それでも気になるのでもぞもぞと動く間にも、複数の銃器の複数の銃声が鳴り響いていく。


「ちょっとクリス、離してよ」

「見るなっ!」


 強く抱く。だが、クリスの物言いにカチンときたリリアがわずかばかりに本気を出すだけで、拘束は解かれた。

 振りほどいて振り返ったその先では、今度はエリーが視界を塞ぐように立っている。

 エリーの後ろには、きっとよくないものがある。リリアはわかってはいなかったが、そのことは心のどこかで理解していた。だからこそ不安に駆られつつ、リリアは邪魔なエリーに手をやって押し出す。


「‥‥‥」


 銃を持った私兵達。

 銃を持ったサイモン。

 銃口から立ち上る硝煙。

 倒れている男達。

 あまりにも見慣れた、死体となって転がっている人間達。

 そして。


「‥‥‥」


 倒れている、男。

 表情は見えない。男は仰向けに倒れてはいたが、リリアから顔を背けている。

 胸にふたつ、小さな穴。小さな穴から染み出す、赤い液体。

 後ろ頭にひとつ、小さな穴。小さな穴から流れ出す、赤い液体。

 どうして倒れているのか。簡単だ。撃たれたからだ。

 どうして倒れているのか。簡単だ。

 あまりにも、簡単な答え。

 何度も、何度でも見てきた、何度でも周りに与えてきた、当たり前の答え。


「‥‥‥おじさん」


 少女の呼びかけに、答えはない。

 ふらつくように、少女は歩みだす。それを、そっとクリスが制した。

 そして、真実を受け止めるのに時間をかけるリリアの後ろから、彼女はぎろりとサイモンを睨んだ。


「ねぇ、空気を読んでもらえない?」

「いつだって世界は残酷さ」


 すべての勝者が、懐に銃を仕舞う。

 男達はいわば裏切り者だ。表面上でも一度はサイモンの側についた以上、そういう扱いになる。そして裏切り者の扱いなど、多くの場合は決まっている。

 擲弾兵連隊。ハウンドの時だって見てきたこと。味方を装って入り込む内通者、銃火器を下げた抵抗運動者。そして彼らが捉えられたときのその処遇。彼らは超法的に殺人を行う軍兵ではなく、卑劣なる犯罪者の扱いになる。ゲリラやテロリストと類別された人間には法の保護は何もない。彼らの処遇については何もかもが「自由」なのだ。

 そして、最も手間のない方法が取られる。銃弾ひとつですべてが解決するのだから、これほど安上がりな事もない。

 クリスとエリーはわかっていた。不穏分子を生かすより、ここで見せしめたほうが示しがつく。わかっていたから、仲良くなったおじさんが殺されるであろうことがわかっていたからリリアを連れ出したかったのだ。目の前で処刑を見るよりも、後で言葉だけで伝えたほうがどれほどマシだろうと。

 だが。世界は、残酷。


「人生にリセットボタンはないんだ。失敗したらそこで終わり。だからこそ、間違いのない道を慎重に選ぶ必要がある」


 また裏切られる可能性を孕んで飼うよりも、ここですべてを切ったほうがいい。

 当たり前の、判断。

 サイモンが、歩む。

 リリアに近づこうとしているのを悟ってエリーが静かに割って入るが、それを手で制して、彼は少女の目の前までやってくる。

 リリアの瞳はおじさんに釘付けだった。かんばって目の前の光景を理解しようとして、それでも受け入れられずに。そして寄ってきたサイモンの顔を見て。

 怒りと言う、感情。

 ぐっと、歯を食いしばった。


「なんで」


 どうして。

 殺す必要なんてなかった。おじさんは降伏したのだ。それ以上何もない。あとは彼が許して、それで終わり。そしたらまた面白い話を聞いて、船旅も無事終わって。

 何が悪いのか。何もいけないところなんてない。

 なのに。


「なんでっ!」


 詰め寄ろうとする少女の体を、クリスが抱き止める。殆ど無意識に腰のナイフを抜こうとするその腕を押さえつける。こんな襲撃の後で空気は張り詰めている。そういう挙動だけで、周囲の私兵が黙ってはいないだろう。それこそ少女が撃たれる可能性も。そこから先の展開は、どのように転んでも胸糞悪い。

 何も子供に処刑の場を見せることはないだろう。そうサイモンをひっぱたいてやりたい思いはあったが、クリスは黙る。それが、大人だから。


「君は彼を捕虜にしたね。それが君の選んだ道だ。そしてこれが僕が考えた、僕にとっての道だ」

「おじさんは降伏してくれたわ。なんで許してくれないの!」

「許す許さないではなく、これはケジメなんだ。大人としての責任。大人は、生きるのにも背中が重くなる」


 おじさんも言っていた言葉に、リリアは言葉を失う。

 それでも、到底納得できることではない。


「命を奪う行為の代償は、命で行われるべきだ。人の命には本来それだけの価値があるべきだし、行為には責任がなければならない。自分がどれほど重要な決断をしているのか理解する為にもね。その点で銃はよくないね。たやすく殺せてしまうと、その価値感が薄れる」

「そんな話を聞いてるんじゃないわ。どうしておじさんを」

「納得できないだろうね。人というものはわかりあえないものさ」

「それ以上しゃべらないで」


 リリアを煽るようなことを辞めろ、とクリスが声を低く投げつけるが、サイモンは一瞥しただけで止まらない。それは自分の仕事ではないとばかりに、当たり前のごとく続ける。


「しかし、理解をする努力はするべきだ。そういう人間もいると、そういう考えもあると。理解して覚えるといい。それが君の経験になる。それが君の次の選択の時に、役に立つ」

「‥‥‥」

「そうだね。君の経験の為に言葉を選ぶとするなら‥‥‥彼は君を殺さずに済んでよかったと思っていたし、君に救われて幸せだったと思うよ。君はどう思った? 結果が同じなら、自分の手で殺すべきだと思ったかい? 手を差し伸べたことは間違いだったと思うかい?」


 そんな事はない。

 おじさんを助けたことは、無駄になった。結果は変わらなかった。そのことが腹立たしい。

 だから、間違いだったのだろうか。

 リリアには、わからない。わからなくて、弱り顔になる。


「私は」

「後悔先に立たずという。未来の見えない僕達には、より後悔がないと判断した選択肢を選んで、そして自身の選択を信じて進むしかないのさ。それが例えどのような結果を生んだとしても、振り返る余裕はない。思い出を懐かしむ間にも、人生にはすぐに次の選択がやってくる」


 まっすぐに、少女を見据えて。


「選択の時に、時間があるのならじっくりと、ないのなら一度だけ、こう自問するといい。それで後悔はないな、とね。それで決めたものが、君の心だ。確かに世界は、君一人の力では変わらないこともある。けど、自分の意思は持つべきだ」

「‥‥‥私は」

「話が過ぎた」


 少女とのにらめっこをやめて、サイモンはチームリーダーであるクリスに向く。彼女の視線は今なお厳しいものだったが、やはりサイモンは動じることはなくさらりと受け流す。


「兎に角、良い働きだった。船の掃除は手の者に任せるから、君らは船内で休むといい。少々血生臭いけどね」

「‥‥‥まったく、最低ね」

「そういう仕事だろう、お互いに」

「なんか、あんたを助けたことを後悔しちゃうからそれ以上しゃべらないでもらえる? 本当に」


 治らぬクリスの不機嫌に、サイモンは肩をすくめ、黙って踵を返した。

 そして。


「あっ」


 リリアもまた、再度クリスの腕の中から飛び出して。そして、逃げるように客船区画のほうへと走っていってしまった。

 適当にほっつき歩くか、それとも自室に戻るのか。わからないが、限られた船内だ。本人の気持ちの整理は兎も角としても、夕食の時間にはきっと合流できるだろうからと、クリスは後を追うことはしなかった。慰めの言葉も思いつかず、またそういう役回りは苦手だと自負しているので、手が出なかったというのもある。

 少女にとって、今回の事がどれほど後を引くかはわからない。おじさんと仲良くなったとはいえ短い期間での触れ合いだったからたいした事はないと思いたいし、あれでも子供だから深く抉っているかもしれないと沈鬱にもなり。

 どうしようもないことは、これ以上考えないことにして。

 自分もこの後部甲板にいてやることもない。おとなしく部屋に戻ったほうがいいのだろう。戻ったところで部屋のペアはいないけどね、と自嘲して。


「エリー」


 突っ立ったままの相方に、声をかける。

 だが、返事はない。

 音量を上げてもう一度声をかけてみても同じだった。エリーはじっと、男達の遺体を見つめている。

 あまりに微動だにしないので、不審に思ってクリスは相方の顔を覗き込んでみる。

 エリーの瞳は。


「‥‥‥」


 近しい誰かを失うこと。

 目の前で血まみれになって倒れていること。

 何も出来ず、ただ。

 ひどく動揺に揺れる、蒼眼。


「‥‥‥行こう、エリー」


 連れ出す為にクリスは強めに手を握って、引っ張る。

 後部甲板を抜けて客室廊下に入り、自室に戻る為に階段を上っていく。

 クリスは振り返って、様子を窺った。

 彼女の瞳は、未だに揺れている。




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