3-22 ショットガンの女
クリスは、己の勘を絶対的に信頼している。
勘が囁いた時は、絶対に近寄らない。まぁいけるだろうと高をくくったところ、機銃掃射を受けて半泣きする目に会ってからはより気をつけることにしていた。また、その時危険も顧みず救いに来てくれたリゼには、今でも頭が上がらないほど感謝している。
逆に言えば、勘が何も言わない時はさっさと行動してしまう。忠告を受ければ一度は立ち止まるが、やはり勘と相談して進んでしまうことも多々ある。
だが、だからと言って勘と噛み合わない忠告を鼻で笑う人間でもなかった。同様信頼しているエリーの言葉であればことさら。
だから「挟まれている」との通信を耳にして、クリスは即座にコンテナに張り付き、曲がり角にライフルを向けた。
同時に、おかしい、と思う。ここに至るまで、姿なき友は何も教えてくれていなかった。普通なら、よく体験する戦いの中では大なり小なり告げてくれるのに、それがほとんどないのだ。何度相談してみても、やはり同じ。
「あんたらそっち見張って。エリー、詳細報告」
疑念を抱きつつも護衛に付く私兵に指示を飛ばしつつ、それらを目にしている友に聞いてみた。
「敵残り4、2-2で左右に展開。全員私服」
私服という事は、掃除屋だ。
報告の間にも、私兵に見張らせた方向で射撃戦が始まった。角を曲がってすぐのところにいるらしい。
インカムを差した耳と、そうでない耳から同時に単発の銃声。エリーが撃ったのだ。
「一人排除、残り3。一人コンテナの上に登った。射撃不能」
「おーらい」
ならば自前で処理しなければならない。クリスは空を見上げ、銃口も同じく向ける。確かに、背にしているコンテナから空箱を叩くような足音とその振動が伝わってきた。
「クリス」
「どしたの?」
呼びかける声には、エリーには珍しく当惑の色がある。あれ、おかしいなと言うような、軽めのものではあったが。
問い返すと、エリーはひとつの単語を口にした。
「アナベル」
「ん? アナベルがどうかした?」
「上にいる」
アナベル、そう、アナベルらしい。上にいるらしい。いいや、アナベルならリリアがおねんねさせて部屋に放り込んである。話の整合性が取れずに、クリスの思考が数瞬混乱した。
要点しか言わないエリーの報告は、こういう時ばかりは不便だ。しかしどう脳内で反芻させても、それ以上の情報には変換しようがない報告と言うのはそれはそれでありか。
アナベルが、襲撃者に混じってこの場に来て、コンテナの上にいる。
足音は、すぐそこだ。
銃口を向けたまま、焦れる。どうして勘が何も言わないのか。そして。
ショットガンが陰から突き出されて、豪快な音を鳴らして火を噴いた。
銃口は、クリスには向いていない。
「ぐっ!」
同時、角で戦っていたフェルトンが呻いた。
「おっさん!」
「構うな!」
フェルトンがコンテナ上に向けて自動拳銃で撃ち返す。それが急務と、クリスも合わせてトリガーを引いた。二人分の銃弾が高射砲よろしく空へ飛ぶが、ショットガンはすぐにコンテナの陰に姿を消した。アナベルののショットガンがポンプアクション式なのは既に知っている。連発はされないが、こうなると不利は否めない。
「おっさん、怪我の具合は?」
「掠っただけだ」
大して血も流れていない。本当に掠めただけのようだ。
なおも散発的に撃ち相手の動きを制限して、フェルトンはクリスに寄ると、指で招いた。そして、小声で耳うちする。
「上の奴を足止めしてくれ。その間に下を片付ける」
「任せてとは言わないわよ」
言いつつも口端を吊り上げる。フェルトンの持つ自動拳銃よりも、より多くのマガジンで連発できるカービンライフルのほうが継続して撃つ事ができ、相手の頭出しを長く押さえ込みやすい。それに、相手の行動を留める算段がないわけでもない。エリーが張っている以上相手もコンテナ上から動けない状況であるし、手元にも、後ひとつ閃光手榴弾が残されている。不可能と言う状況ではなかった。
クリスが承知すると、フェルトンは下の敵を相当すべく残る味方を連れて移動していった。クリスの元に残ったサイモンは自分の頭を飛び越えて話を決めてしまう彼らに肩をすくめつつ、懐からGool19と呼ばれるハンドガンを手に取る。最低限自衛はする気らしい。
敵といえば。
最初にエリーが報告した一団はどうなったのだろうと思いを巡らせた。よくわからないがリリアが動いたという報告以来、敵が攻めかかってくる様子はない。耳を立ててみてもあちこちで波の音と銃声がしている為音が回っており、状況も把握できない。よくわからないまま、エリーとリリアに任せるしかないようだ。
今はやれる事は、ひとつしかない。
「へい、アナベル!」
よく聞こえるように、クリスは声を張り上げた。
返答は、存外に早くやってきた。
「あら、クリスさんですか」
朝のおはようを述べる気楽さを声に乗せて。それは本当にアナベルの声だ。昏倒したがすぐに回復して、ここに来たのだ。
クリスは残り少なとなったマガジンを静かに交換しながら、続ける。
「お早いお目覚めで。ママにはちゃんと会えたかしら?」
「えぇ、夢でお茶会をしてきましたよ」
アナベルのショットガンのコッキング音。
アナベルが会話に乗ってきた。これはクリスにとってはありがたいことだ。いい時間稼ぎになる上、アナベルを相手にするという心の整理もできる時間にもなる。
「そのまま寝てればいいものを」
「リリアちゃんはそこにいるんですか? 女の子の顔を殴ってはいけませんって説教をしないとですね。すごく痛かったんですから。顔を殴られて気絶って、本当に起こるんですねぇ」
「あいつのグーパンチは確かにやばそうだ。あんたの代わりに叱っておいてあげるわよ」
「あの子の保護者なんですか?」
「かわいくないかわいくないクソわがまま娘だよ。私は一人っ子だけど、あんな妹はいらない」
しゃべって稼いだ時間で、クリスもマガジン交換を済ませる。
ショットガンは、その丸いラウンド弾故に貫通力は低いが、拳銃弾並みの威力の弾が複数同時に放たれる。防弾ベストもないクリスがその弾を受け止めたら、腕でも心臓でも受け止めたら、そこはほぼ確実に使い物にならなくなる。だが相手を負傷させるだけであれば、指先ひとつで連発できるライフルが有利だ。
「クリスさん」
「なぁに?」
「降伏してください」
感情は見せない、だが明るい声。
「私は銃を突き出して乱射すれば勝てます。サイモンさんを差し出せとは言いません。ただ、銃を捨てて黙っていてくれればいいんです。リリアちゃんの時と違って、戦う義理はないでしょう」
「ここで仕事を投げたら女が廃るって奴よ」
「前にも話ましたかね。やっぱり、クリスさんって一途ですよね。素敵だと思います。私はどうも移り気でして」
「じゃああんたのほうが銃を捨てて出てきなさいよ。そこから一歩も動けないでしょうが、不利なのはそっちだ。撃ちも殴りもしないから、安心してママの胸に飛び込んできなさい」
言って、一拍置き。
「あんたを撃ちたくない」
本心を込めて。
誰が撃ちたいものか。
仲が悪くなったわけでもないのに、必要もないのに。生まれた国が違う、違うから敵だ。そんな理由で戦争をして、今もまた金に踊らされて戦っているぶっ壊れた人間だが。狂っては、いない。そう信じて。
気配を感じて、クリスはちらりと横を見る。下の残っていた掃除屋を片付けて戻ってきたフェルトンがそこにいた。武装した一般人程度は問題にならなかったらしい。そして、フェルトンの手のサインで、残っていた私兵がコンテナの裏手に回りこんでいるらしいことも理解した。
だから、声を上げる。
「諦めな。あんただって命張る義理はないでしょう」
述べて、クリスは待った。
「それで、私は助かるんですか?」
「えぇ」
「下の同業は撃ち殺しておいて?」
言葉に、クリスは口を噤む。どれだけ本心でも、事実は変わらない。
直後、ショットガンの咆哮。裏に回ろうとしていた私兵に向けられたようだった。
クリスから見て裏手なら、エリーの射線に入るはずだ。
「エリー!」
「射撃不能。コンテナの陰」
「ちっ。走れ!」
このまま残っていても、アナベルの言う通り撃ち下ろされてしまう。クリスはサイモンの片腕を絡め取ると、そのまま引っ張って走り出した。向かうは緊急時を考えて残していた最後の空間、最後部、船の角。かなり無理な体勢にさせられてサイモンがよろけるが、それでも走る。
一方でその場に留まったフェルトンが上空に向けて拳銃を発砲。その援護もあり、クリスとサイモンは無事に後退した。すぐにサイモンをコンテナに張り付かせた。最悪、海に飛び込んでもらうことにもなるかもしれない。
サイモンを陰に隠し、クリスはライフルを向けようとする。だがアナベルの銃口が見えて、それは引っ込めた。頭を押さえ込めなかったのは美味しくない。だが、コンテナから距離をとった分、不利は解消された。これならば正面からの射撃戦が展開できる。
「ほらほら、標的が逃げちゃうよ。どうするアナベル」
「あぁ、これは困りましたね」
本当に困っているらしく、声にはあまり余裕がないようにも聞こえる。
だが、次には。
「だから、こうします」
宣言。
何かを仕掛けてくる。何かはわからないので、クリスは警戒して角に銃口を向ける。
それは突然だった。
クリスの足元が、突然燃え出した。
炎は急速に勢いを強めて、床から腰の高さ辺りまで火が上った。
「うぉっと」
唐突の発火に、思わず一歩後ずさる。
一メートル四方程度の範囲で甲板が燃えている。丁度角。ライフルを突き出してアナベルを狙うには、この炎を踏まなければならない。耐火スーツでもない以上、人間がそれをやればよく燃えるだろう。
「火炎瓶」
独り言を呟きつつも、疑念を持つ。
火炎瓶は名前の通り、瓶や陶器などに可燃液体を入れた、極初歩的な投擲武器。過去には対戦車武器ともなりえたが、今となってはさすがに軍用としては使う機会はない。実践使用した経験はクリスにもなかった。
だがそれにしても、入れ物の破砕音が聞こえなかった気がするのだが。
そんな悠長な思考を巡らせる間に、またひとつショットガンの銃声。アナベルの足元にいたフェルトンが銃撃を受けて身を縮めていたが、炎に足止めされているクリスには見えない。
代わりに、彼の警告。
「上だ掃除屋!」
同時、クリスが盾にしていたコンテナの上に、何かが乗る音。フェルトンが怯む間に彼女が飛び越えてきたのだ。
このままでは先ほどと同じ状況だ。まずいと、炎とは逆側に移動しようとしたクリスだったが、その目の前でも再び火柱が立ち上がった。両サイドを、炎で阻まれる。本能的に危険を察知して、クリスは足を止めた。
やはり、投擲物の類は見えない。
(また何もないところで燃えた)
疑問に思っている場合ではない。
敵はすぐ上だ。後は、突き出されたショットガンから散弾の雨を浴びるだけ。
「こんのっ!」
最終手段。
殆ど反射的に腰に手を伸ばして最後の閃光手榴弾を手に取ると、素早くピンを抜いて、コンテナ上に投げ込んだ。
目と耳を、塞ぐ。
炸裂
瞬間的とはいえ、航空機のエンジン音を凌駕する破壊力。至近での爆発は、手で塞いでなお鼓膜を振動する。
音で眩む。それでも堪えて、クリスはライフルをコンテナ上に向けた。
揺れる視界の中。
コンテナ上から、影が飛び出す。
眩んでぶれる照準で、それでも影に狙いをつけてトリガーを引き絞る。火薬の炸裂音と銃の作動音を鳴らしながら、5.56ミリ弾が立て続けに放たれた。トリガーを引き絞ったまま連射する。
影はそのまま落下して。
船縁の下へと、消えていった。
その先は海のはずだ。しっかり視認できていなかったとはいえ、あの大きさは人間のそれだろう。それはつまり。
「落ちた‥‥‥?」
クリスは頭を振っていまだキンキンと響く耳鳴りを堪えつつ、縁に歩み寄ると、何かが落ちたであろう船の下を銃を構えながら覗き込んでみた。
波を立てて進む船。海面は白い泡だらけで、そしてそれ以上のものは見えない。誰かが海面を漂うという事も、赤い色が混じることもない、ただの海。
ならばまだコンテナの上にいるのかもしれないと思い見上げてみたが、そんな気配もない。勘は、やはり働かない。危険はない、ということなのだろうか。満足のいかない答えに不満を募らせつつも、とりあえず危機は去ったらしいとまずは胸を撫で下ろし。
そして、大きくため息。
「殺しちゃった、かな」
撃たない、撃ちたくない。呼びかけのときはそう言ったのに。やっている事はどうだ。
殆ど腰だめ撃ちに近い状態とはいえ、5メートルと離れていない距離で、人体目標めがけて連射だ。あたらないほうがおかしいとまでは言わないが、全弾はずれたとも考えにくい。例えそうでなかったとしても、こんな広い海のど真ん中で漂流となれば誰が見つけてくれるというのだろうか。
もう一度海面を捜索して、やはり誰もいないことを認めると、クリスは片手で顔を覆った。
折角、友達が出来たかなと思ったのに。
「クソ野郎には友達も出来ませんって?」
腰に手を当てて、自虐。
「嫌になるね、ほんと‥‥‥」
違う形で出会ったら、仲良く出来たんだろうか。
考えても詮無いことだ。頑張って気を取り直して、クリスは移動する。フェルトンがそこにいた。ただし、深く怪我をしている様子はない。というよりも、まったく無傷と言っていい。
「おっさん、大丈夫~?」
「あぁ、部下も無事だ。ボスは」
「頭が痛いけどね。あぁいうものを投げる時は、事前に言ってもらえると助かるんだけど」
「次の機会はないから安心しなさい」
もう閃光手榴弾の在庫はないし、それを投げるべき相手も今のところいない。
サイモンの軽口に返しつつ。
「さて」
クリスは、船の反対側を見やる。
あのクソ娘のほうはどうしているだろうか、と。




