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3-20 陣地転換




 戦わなくていい。

 どうしていいかわからないところに許容された言葉に、リリアが呆けつつ見つめる中、クリスとサイモンの二人は話を進めていく。


「それで、具体的にどうするの?」

「君は君で好きに戦ってくれればいいよ」

「言われなくてもそうするけど。そうじゃなくて、ここで篭城するとか、脱出するとか、そういうプラン的なものはないの?」

「まぁ、そうだね」


 やや言葉を濁し、しかし焦る様子は見せずサイモンはソファに腰掛けたまま。


「僕は戦闘は門外漢なんだ。戦闘についてはフェルトン、部下に任せている」


 脇に控えていた男を手で示す。

 そこそこ以上の肉付きに、いまだクリスへの警戒を完全に解いていない物腰。少なくとも、この状況においてもサイモンが期待を寄せるだけの人間ではあるらしい。


「あんたが指揮官様ね。で、どうするの」

「傭兵にそこまで教えると思うか」

「あのね、ここで篭城すると思って行儀よく守ってやったら、あんたらがさっさと脱出しちゃって撃ち殺されてなんてまっぴらごめんなわけ。それなら今すぐ降参するわ。方針くらい教えてよ」

「いいよ、フェルトン。さっきの話だと手詰まりだろう。意見は広く取り入れよう」


 サイモンに諭されて、フェルトンと呼ばれた男はひとつ嘆息。

 手詰まりと言う単語で、クリスは嫌な予感を覚えつつも尋ねてみた。


「手詰まりってどういうことかな?」

「脱出する予定だったんだけど、裏切った相手が相手だからね、予定していた逃走ルートには敵の兵がつめているらしい。仕方ないからここで防衛中」

「そのまま損耗して壊滅の典型例じゃない」

「いやはや、どうしようかな。そんなことだから、手品師にも助けを借りたい心境なのさ」

「手品師?」

「ほら、君が見せてくれたじゃないか」


 言われて、彼との面接の時にサイモンを言い当てた件だと思い出した。確かに、種も仕掛けもない手品ではある。

 だからと言って、できてうれしいものでもないが。


「確か君は、軍属経験があるんだったね。参考までに、君ならどうするか窺いたいものだ」

「軍って言ってもただの犬、志願兵。士官学校なり経験あるわけじゃないからね」


 軍編入後の半年間の訓練でやったことといえばライフルとハンドガンの取り扱い方一通りと、市街戦用の簡単なCQBレクチャーと、あとは毎日の体力作りだけだ。射撃班班長などといっても、特殊部隊でもないのだから綿密な指示も来ず、たいした事はしていない。

 前置きしてから、思考を巡らせる。

 サイモンは脱出と言っているが、海の上での脱出方法なんて普通に考えればひとつ。ボートなりでこの船を離れるという事だろうが、この選択肢はまずない。


「向こうは小型艇を持ってる。脱出ってなったらそいつらを振り切らなきゃいけないけど、無理でしょ。船内に留まるしかないわね」

「じゃあこのまま防衛かい?」

「情報寄越しなさいよ」

「情報とは」

「武装はまぁ同等として、残弾、敵と味方の戦力比率、現在の部隊展開状況、互いの錬度。地図寄越しなさい、この船の見取り図。あと、守るのはあんただけでいいのよね。積荷も一緒に狙われて守らなきゃいけないとかないわよね」


 クリス本人も気づかぬうちに真面目になる。おどけた態度とは一転空気を変えたクリスに、サイモンもおやと目を配った。

 サイモンの指示で、船の見取り図が届けられた。万一を考えてプランを考えていた時の品だ。ルートなどが記されていたが、そんな情報は今は要らない。味方の大まかな位置と残存数を記すようクリスが要求すると、フェルトンがペンで記載していく。

 配置は、まずはこの階にいる30名ばかりの兵が生存している。把握している分の裏切り者の数は15名ほど。ここに襲撃側に回っている掃除屋の人数が上乗せされるが規模は不明。そこらの掃除屋の腕前など、元民兵の腕前などたかが知れているので、多少多いくらいでは押し負けはしないだろう。サイモン側のすべての私兵は戦闘訓練もほどほど受けているという事で、錬度を考えればやや優勢と見積もりたいが。

 現在の戦線もラインで引かれる。船の前後にある階段ニ箇所では立地から守りやすくそこで激戦のようだが、一応確保している状況。サイモンのいる階はとりあえず勢力下だ。

 それと、4名ほどと記載されている大分階下の部屋。


「何、この離れの分隊は」

「通信室だ。そこで戦っているらしい」

「通信室‥‥‥」


 何でそんなところで。

 襲撃連絡の役だったのだろう、サイモンの兵が詰めているのは当然だ。そこを攻撃されて防戦中、ということになるのだろうか。

 なぜ攻撃されているのか。と考えて、はたと思い至る。

 現状の掃除屋は、本物のサイモンが乗っていることを知らない。どころか、襲撃側に回っているおじさんこそが仕事での護衛対象だ。皆、そういう意識で戦っている。そんな状況でおじさんが顔を見せて宣言し、放送室を制圧されたら。

 クリスは顔をしかめる。


「あ、やばい。今すぐそこに急行させて」

「なぜだ」

「あんたのせいよ。みんな、おじさんがサイモンだと思いこんで戦ってる。それで放送室占拠されて、裏切り者は金髪の小僧だ討ち取れとか船内放送流されてみなさい。舷側で小船相手に戦ってる掃除屋、皆敵に回るわよ」

「おやおや。他所の掃除屋をそんなに信用してないのもあったんだけど。変に臆病になるものじゃないね」


 言う割には焦りを見せないサイモンをクリスは睨んで、再び見取り図に視線を落とす。隣ではフェルトンが、部下に指示を出して兵を編制していた。


「ちなみに、今から呼びかけて掃除屋を戦わせることは出来ないかい?」

「裏切り連中もワッペンつけて同じ服装でしょうが。掃除屋連中にどうやって敵味方識別させるのよ」

「相手も同じ状況だと思うけどね」

「引き込んだ掃除屋をうちらは戦力にして整然と指示に従って解囲してもらわないといけないけど、相手は捨て駒気分で攻撃地点指定して掃除屋突貫させればいいだけ。ハードルの違いがわかるわよね。はい、質問は」

「とりあえず、通信室が陥落したら詰みだということはわかったよ」


 理解はしてもらえたのでと、改めてクリスは地図を見る。

 クリスがやってきた戦争は、そのほとんどが市街戦だ。CQB訓練はしたとはいえ、多層立ての船と言う狭く立体的な空間での戦闘は中々経験がない。そして戦闘そのものは優勢とは言いがたい。


「逃げ場限定される状況で防衛対象を防御して、敵中取り残された部隊も支援して地点維持しろって? あほくさ。ハンカチない? 無地の白い奴」

「経験はないかい」

「防御対象が砲兵隊で、敵中部隊が拠点防御してると思えばないことはない」

「勝ったのかい? その戦いは」

「拠点が支えきれずに陥落したわよ」

「砲兵は守ったのか」

「歩兵ニ個中隊分の犠牲と引き換えに」

「ではその経験を生かしてくれ」

「気安く言ってくれるじゃない」


 被害は気にするなとの意味と受け取り、クリスは見取り図を眺める。


「放送室に向かう部隊はこの階段、多少の犠牲覚悟で押し出して完全確保するか走って突破。素早く。で、右のデッキ通って放送室に向かって。ある程度は近づけるはず。あんたも放送室もどっちも重要目標だから、全軍の半分を向わせる」

「残りでここに引きこもるかい?」

「拠点防御もありだけど」


 わずか十数名で両脇の階段と、奇襲警戒の兵を残す余裕はないだろう。居残るのならこの大部屋に篭城し、最終防衛ラインの扉で応戦と言う形になる。全軍を閉所に集中させれば撃ち合いでのいきなりの瓦解は防げる、と同時に、身も蓋もない火力をぶつけられたら一網打尽にされる危険性が高まる。すなわち複数の手榴弾、40ミリグレネード、撃たないと思いたいが携行ロケットランチャー。歩兵密集する部屋にこんな爆発物を撃ちこまれれば終わりだ。

 それでも篭城は有用だ。それで手を打ってもいいところだが。

 それはダメだと、クリスの勘が囁いている。ここで残るとやばいかも、と。

 また、防御して放送室を確保したとしても、戦闘は続く。なれば兵力を真っ向からぶつける削りあいになる。ただでさえ少ない人数、弾薬がたんまりというわけでもない状況では消耗戦は避けたい。


「指揮官。ここに残る兵士は15人だっけ。多少忙しい指示でもこなせるなら提案があるけど?」

「聞こうか」


 催促にクリスは小さく頷く。


「ゲームってさ、端取りすれば有利なのよね。断崖絶壁からは敵が来ないから」


 言って、船の後部を指差す。

 貨客船のプログレス号後部は貨物エリアだ。やや小型のコンテナが多数、甲板に積まれている。


「ここなら端っこ。この部屋そのものに価値がないなら、ここまで逃げるの。敵の小船は心配しなくていいわ、エリーが抑えてくれる」

「階段を悠長に制圧しながら下りるのかい?」

「この階から縄でも何でも使って降りなさいよ。五点着地でもロールでもいいし、そのままジャンプしたって両足骨折くらいで済むでしょ。生の喜びかみ締めながら」

「喜んで文明の道具を使わせてもらうよ」

「それで、作戦は」


 サイモンの許可も出たことでフェルトンが催促すると、クリスは握ったペンを紙に走らせながら概要を語っていく。


「6、6、3に分けてチーム作って、1班2班3班。2班は船尾側階段で防衛、最後に撤退。一番きつい仕事を受けるわ、腕利き揃えてね。1班は最初に降りて地点確保した後、この手前側の客室に散開して入って。3班はサイモンの護衛。1班に続いて降りた後、一緒に船の後ろまで撤退」


 続けて、それらの詳細について説明を加えた。

 それらの説明がすべて終わる前に、フェルトンは頷いて部下に指示を出す。手駒の兵士が生きている間に行われなければならない、迅速性を求められることを把握したのだ。

 驚いたのはクリスのほうだ。本人も言った通り、彼女自身は士官学校の講義を受けたことも直接指揮の経験もない。擲弾兵連隊という名の民兵の、4人射撃班指揮経験だけだ。あくまで、ハウンド時代で体験した状況を自分風に最適化して再現しようとしているだけ。


「そんなにあっさりノっちゃって大丈夫?」

「融通が効くうちに相手に打撃を与えようとしているんだろう。敵の企図破砕には攻撃が必要だ。厳しいが価値はある。責任を被せる気はない、安心しろ」

「そりゃあどうも」

「ボスの護衛は私とお前、後二人選出する。いいな?」


 最も安全、よくすればまったく戦闘をせずに済む配置になるのだ。もちろん不服はない。

 クリスはトランシーバーのボタンを押して、屋上に居るエリーに、これから護衛対象を率いて後部甲板に向かう旨、万一を考えて援護出来るようにしてほしいことを伝えた。詳しい経緯をすっ飛ばしていきなりの指示だったが、エリーからは短く同意の返答が帰ってくる。

 大筋の方針が決まったので、クリスは腰の発煙手榴弾をフェルトンに渡しつつ、いまだ呆けて眺めてくるリリアに向いた。呆れも侮蔑もない、ただの子供を見る瞳。


「よし、リリア。あんたも途中まで付いて来い」

「私も?」

「ここはもう放棄する。一応本丸だし、ここに残ると突入した敵が見境なしに撃ってくるかもしれないからね。なるべく安全そうな場所まで送るよ」


 言いながら、クリスはリリアが片手に下げたままのサブマシンガンをそっと握って、彼女のバッグの中に押し込む。

 リゼの時もそうだった。まともに銃を握れなくなった彼女からライフルを取り上げることはせず、しかし隊の後ろで弾薬運搬や救護兵の手伝い、あるいはエリーの護衛をさせた。ローズは死亡し、射撃班の戦力は実質エリーとクリスだけになっていて、そしてクリスは射撃が下手だった。戦力として殆ど機能しなくなっていた射撃班と、戦えなくなったリゼを指差され小言を言われることもあったが、そんなことは些細な話。

 些細な、話。

 だから、クリスは笑いかける。


「戦わなくていい。移動したら目を閉じて耳を塞いで、じっとしてなさい」


 リリアにはわからなかった。

 自分だったら、一緒に戦ってと言うだろう。戦ってくれないならと機嫌を悪くするだろう。なのにこの人はどうして笑って、戦わなくていいと言うのか。

 わからないリリアは、ただ頷くしかない。




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