3-19 戦わなくていい
武装解除の命令に従い、リリアと共に銃器類を彼の護衛に渡しながら、クリスは物思った。
まずは落ち着こう、そう心に決める。
自分達はサイモンの影武者の護衛仕事を受けた。本物のサイモンは乗らないらしいと聞いた。
サイモンの影武者のおじさんが、自分達に向けて撃ってきた。
本物のサイモンが、目の前にいる。
「うん、わからん」
5秒ほどで考えるのを辞めた。
考えるのは苦手だし、考えるにも材料がないのだ。なので答案用紙を貰おうと声を投げる。
「どういうことよこれは」
「その質問は僕が先にしてもいいかな? バルコニーから乱入したことについて」
微笑み。
武器を取り上げられて銃を突きつけられてのこの状況では選択肢などないようなものである。黙秘する理由もまたなかったので、クリスは全部を話すことにした。といっても、クリスから話せるようなことは殆ど実がない。
「ご依頼通りおじさんを守ろうとしたら、おじさんが部屋から出てきて撃ってきて、対話むなしく逃げてきたらこうなった。以上」
「おじさんとは?」
「影武者おじさんよ。あんたが言ったでしょ、自分は船に乗らないからこいつを守れって」
「フェルトン」
「そのようです」
護衛の一人に話しかけ、なにやら確認を取るサイモン。
クリスが外の喧騒によくよく耳を済ませると、どうにも程近い場所から銃声がしていた。まるですぐそこの通路で戦っているかのような響き方の気もする。アナベルの件も考えれば、規模こそ不明だが襲撃側は掃除屋の一部を抱き込んで戦力にしているのだろう。本命はここに居るのだから、戦闘発生も当然ではある。
「私にも質問の権利はくれるのかしら」
「どうぞ」
「で、結局何が起こってるわけ」
「そうだね。お察しの通りだとは思うけれど」
「何も察してないわよ」
「ありのままだよ。僕も最初から船に乗っていた。そして君の言う影武者のおじさんを含め、相応数が僕の敵に回って、現在戦争中」
サイモンの私兵も一枚岩じゃなくて、いくらか裏切り者が出たということかと、ようやくクリスは理解した。襲撃側に回った人間はそれ同士で連携を取っているだろうが、彼の様子からして、サイモンにしてみれば奇襲同然の状況であるらしいことも。
理解して、鼻でせせら笑う。
「この船に乗せたって事は腹心もいいとこでしょ。人望ないわねあんた」
「それについてはいくらか釈明もあるが、まぁいいさ」
「で、何であんたがこの船に乗ってるの。乗らないって言ってたじゃない」
「僕は『乗らない』とは一言も言った覚えはないよ」
でたよ、と肩をすくめる。リンクスのブローカーもレアもそうだが、そうとしか受け取れなくても私は言っていないと嘯くのだ。話が違うじゃない、いいえ私は言っていないわというやり取りを何度やったことか。散々レアに泣かされたものだ。まぁこれも、漫然と生きるなという意味で自分を教育してくれているのだろうと思うことにしているが。
「あ、そ。んで、私が聞きたいのは後ひとつ」
「処遇、かい?」
「そうそう、それ一番大事だからね。あぁどうかお助けくださいな~」
おどけてみせる。だが、こんな態度を取るクリスには勝算があった。
先ほどまで鳴りっぱなしだった『勘』が働かないのだ。周りの人間からも、そう剣呑な空気を感じない。つまりそれは、目の前のサイモンが自分を殺す気はないというに等しかった。よっぽど変に煽らない限り、問題はないだろう。
その通り、サイモンは特に険しい顔もせず。
「特には何もないよ。帰りたいなら帰っていい」
「そりゃあよかった」
「襲撃にしても、あんな無様な侵入の仕方はないだろうしね」
「ぐぅの根も出ない」
その意思がないにしても、どう考えても突入のそれではない。
サイモンの許可が出たことで、一度は没収された銃があっさりと二人の手元に返却された。本当に形式上、あるいは最低限の警戒に武装解除してもらっただけなのだろう。間違っても銃口がサイモンに向いて妙な誤解をされないようにしながら、クリスはハンドガンをホルスターに仕舞い、ライフルを肩に担ぐ。
「さて、ここからは商談になるんだが」
語りに、やっぱりなとクリスは思う。それ以外はないだろう。
「依頼内容を更新して、あんたを護衛しろってことかしら?」
「そうだね。表通路も戦闘中だ。人手が欲しいし、君らも帰る道がないだろう」
「依頼主も依頼内容も変更はなし、と」
護衛対象が変わるだけだ。ただ、やや不利な状況からの依頼スタートという事になるが。それも追加される戦力は女が二人。どうよく見積もっても、余裕とは言いがたいだろう。もちろん、リリアの『リッパー』を解禁すればその限りではないのかもしれないが、そうさせる予定はクリスにはない。
クリスとしてはこの依頼更新についてどちらでもよいし、どちらかと言われれば心も決まっている。
あとは。
「リリアはどうする?」
腰に手を当てて、脇の少女を見やる。
リリアは。
らしくもなく、弱弱しく俯いている。そして年長の彼女に尋ねた。求めるように。
「クリスは?」
「一応受けるつもりだよ。依頼には違いない」
「じゃあ、そうする」
「いいの? あんたが気に入ったおじさんと戦うことになるよ」
言葉に、リリアは肩をびくつかせる。サイモンの味方をするという事は、そういうことだ。必要となれば、おじさんに銃を向けて撃つことになる。
あんなに、いい人だったのに。
仕方ないのだ。リリアは自分に言い聞かせる。
仕方ないのだ。
仕方ないから、今までと同じようにおじさんを撃って斬って、殺す。
「‥‥‥」
わからなかった。
わからなかったから、ふるふると、リリアは首を横に振る。
そんな少女にクリスは口端を吊り上げると少女の頭に手を置いて、そのきれいな銀髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「いいよ、あんたはここで降りなさい」
「クリス?」
「戦いたくないんでしょ。なら戦わなくていい」
人を撃って激しく動揺していたあの頃のリゼを思って、クリスはなおも頭を撫でる。殺すのが得意ならそれが価値だとか、リリアに戦って欲しいとか、そんなことを思っているわけでは断じてない。それはエリーに対しても同じだ。黙っていても付いてきてくれるから背中を任せているわけだが、もうライフルを持ちたくないというのなら、クリスはどうぞと許容するつもりはあった。
自分がクソまみれの汚れた犬だと思っているのだ。嫌だと言っているのにクソにまみれて付いて来いなどと、クリスは言う気はない。
そして、呆けて見上げるリリアをそのままに手を離して。
「そういうわけで一人減るけどいいわよね?」
「そうだね」
特に問題と思う反応をするでもなく、不機嫌な顔を浮かべるでもない大人二人。
戦えと言われると思っていたのに。戦うのが普通だったのに。
二人の様子を、リリアは黙って見つめる。そうすることしか、今の少女にはできなかった。




