3-17 やりたい事
敵船接近の放送が流れた時、リリアはおじさんの部屋でずいぶんとくつろいでいた。
放送の直後、部屋に居た取り巻き達はハンドガンやサブマシンガンを握り締め、臨戦態勢に入る。一方で「おじさん」はそういうあからさまな行動はせず、放送にきょとんとしているリリアを見つめていた。
「何、今の」
「敵が来たのさ」
「ふぅん」
緊張感なく、リリアは相槌を打つ。
「それで、そのカリナンって言うのはなぁに?」
「驚くほど大きなダイヤモンドだ。その建物に展示されている。宝石は好きか?」
平然と会話を続ける男に取り巻きの一人が険しい顔で物言いたそうにしたが、男は「わかっている」と片手を上げて制した。
「世界には、綺麗なものがたくさんあるという話だ。そういうものに目を向けるといい」
「へぇ」
「話はおしまいだ」
「え~?」
「放送は聞こえていただろう」
男が言わんとしていることは、リリアも理解していた。お仕事の時間なのだ。こんなところで世界旅行記を語っている場合ではない。
リリアがバッグを手にする。心躍らせるお話の後では、なんとなく、銃の重さが億劫に思えた。
「君は、仲間と一緒にいるのか?」
「エリー達のこと? う~ん、どうかしら。もしかしたらクリスとは一緒にいるかもしれないけど」
多分エリーはどこか場所を決めて射的でもするだろう。得意な交戦距離がまったく違うので、普通に考えればエリーと一緒にいる状況にはならない。だから騒ぐな暴れるなと注意されながら、ついて来いとクリスに言われるような気がして、リリアはため息をついた。クリスは口煩くて、好き勝手もさせてくれないと。
立ち上がるリリアに、男は声をかけた。
「危ないと思ったら、海に飛び込め。船を降りた人間まで撃ちはしないだろう」
「嫌よ、そんなことしたらお洋服が濡れるわ」
「なら、手を上げて降参しますだ」
「どうして? ハウンドの時は、コーフクはしないで戦えって言われたわ」
皆は戦うんだから一緒に戦いなさいと、そう言われてきた。リリアには仲間意識というものはなかったが、言われたからととりあえず守った。だからあの風車小屋でも、敵が小屋に突入してきてもちゃんと戦った。撃って斬って殴って、殺した。全部、殺した。
コーフクしなさいと言われたのは、初めてだった。やったこともない。だから、それをしたらどうなるのか知らない。
知らないが、それはつい先日エリーに習ったことだ。自分が絶対優位の時に呼びかける。そしたら、殺さなくて良くなるかもしれない。殺したほうが速くて確実だ。狩猟の時だって、頭か心臓を狙うように習った。だから降伏をする利点はやはりリリアにはわからなかったが、呼びかけたらコーフクするものなのかもしれないと思うことにしていた。
少女の答えと態度に、男は複雑そうな顔をしながら。
「子供なんだ。無為に死を選ぶものじゃない」
「おじさんも、私を子供だって馬鹿にするの?」
それに、男は嘆息。
「言い直そう。無為に死を選ぶものじゃない」
「ん~、まぁ、わかったわ」
自分の気に入った人がそういうのなら、それが「いいこと」というものなのかもしれない。クリスと違って、あれはダメこれはダメではない。じゃあどうすればいいのと聞いても答えてくれないが、おじさんはこうしろという。なら、そうしようと思えた。
リリアは笑顔を振りまいて、にこやかにおじさんに手を振る。
「またね、おじさん」
「あぁ」
廊下に出る。扉が閉められる。
ナイフを刺した腰のベルトを身につけると、リリアは左右を確認した。遠くから喧騒が聞こえたが、それくらいだった。
リリアはどうしようかと考えた。どうしようかとは、どこに行こうかと言う話だ。一人で好きに動いたら、後でクリスが五月蝿いかもしれない。どやされるくらいなら、とも思った。クリスは五月蝿いが、エリーと違っていろいろとおしゃべりできる人だ。クリスを困らせることの多いリリアだが、別に仲が悪くなりたいと思っているわけではない。
まずはクリスの部屋に行こう。いなかったら、適当に探すだけだ。リリアはくるりと回って、マイペースに歩き始める。殆どの掃除屋は表に出てしまっていて、廊下を歩き階段を上がっていっても、すれ違うのは警備に残ったサイモンの私兵いくばくかだけであった。
何事もなく、自室にたどり着く。
まずは自分の部屋を開けて見てみたが、当然と言うかエリーは居なかった。ならばと向かいのクリスの部屋の扉をノックしてみたが、こちらも反応はなかった。ドアノブに手をかけてみても鍵がかかっている。当然だった、二人は外出しているのだから。
「むぅ」
つまらない。その感想自体が場違いであったが、そう思ってリリアは唸る。
しかし困った。ここに居ないとなれば、他に行きそうな場所がリリアには思いつかない。やはり適当に探すしかないのか。
「あれ?」
バッグの中から音がして、おやと思ったリリアはバッグ見つめる。
リリアは携帯などは持っていないし、音が鳴るような代物も持ってきた覚えがなかった。中に入っているのは投擲斧とサブマシンガンと、その予備弾倉。あとは櫛とかリボンとかの小物。しかし、もう一度ノイズのような音がしたのでリリアはバッグを開いてみた。
そして、いまいち見覚えのない道具が目に留まる。
何の変哲もない、何の飾り気もない小型トランシーバーとイヤホンだ。乗船時に、クリスから渡されていた品。
そういえば仕事用に渡されたなと思い出して、耳に当ててみる。しかし反応はない。
「‥‥‥クリス~?」
どうせ呼び出すのはクリスだろうと思ってマイクに向かい声を出してみたが、何も返ってこない。実はボタンを押しながらでないと送信できない仕組みだったからであり、クリスには何も届いていないわけだが、使い方を知らなかったリリアはわけがわからないと首をかしげた。かしげて、やっぱり可愛くないと思ったのでバッグに詰め戻した。何はともあれ移動だ。開かぬ扉の前や誰も居ない部屋の中でじっとしていられるような娘ではなかった。
「あぁ、待ってください」
さぁ歩き出そうとしたところで、リリアはそう呼び止められた。
女性の声だが、エリーでもクリスでもない。となれば後はこの船には一人しか居ないはずであった。果たしてアナベルが、ショットガンを片手に下げてリリアに向けて手を振ってやってくるところだった。
「あ。こんにちは」
「こんにちは。これからお仕事ですか?」
「うん。でもその前に、クリスを探さないと」
「あら。クリスさん、もう行っちゃったんですか。困りましたね。どこに行ったかはご存知ですか」
「ううん、知らないわ。とらん、しーば? を使っても返ってこないし」
「そうですか。まぁ、仕方ありませんね」
眉を落として、アナベルは残念そうに語る。
同じくクリスを探しているらしい。目的は一緒ならば、わざわざ分かれる必要もないだろう。
「じゃあ一緒に探す?」
「そうですね。ではあっちから行ってみましょうか」
言って、アナベルはリリアの背後の通路を指差す。丁度アナベルが来た方向とは反対側に向う形だ。
方針に特に異議はない。リリアは意気揚々と歩き出した。目的地などないが、示された方角に歩くくらいは迷いなく出来る。
それに、アナベルも後を付いていって。
「あぁ、ではリリアちゃん」
「うん?」
呼びかけに、リリアはくるりと向き直る。
そして、銃口と対面した。
「投降してくれますか?」
アナベルは変わらず丁寧な口調で穏やかな顔で、しかし指はいつでも撃てる状態だった。
リリアは慌てない。確かにアナベルが急にそんなことをしてくるとは考えていなかったが、その程度だ。それよりも、投降と言う言葉に、最近になってよく聞く言葉だなとリリアは思った。
エリーの言う通りであれば、絶対優位の時に呼びかけるものらしい。おじさんの言う通りであれば、手を上げて降伏しますと言えばいいらしい。エリーの言う通りであれば、呼びかける人には殺す気がないらしい。おじさんの言う通りであれば、無為に死を選んではいけないらしい。そういう知識を記憶から引っ張り出して、物思う。
「あなたは、私を殺すの?」
「そうはさせないでください」
アナベルは、困り顔を浮かべる。
簡単だ。手を上げて降伏しますと言えばいい。
簡単だ。銃口から逃げて相手を刺せばいい。
あまりにも簡単すぎて、だからこそ考える。
今までは考えずにやってきた。向かって来たら殺せばいい、銃を向けてきたら殺せばいい、痛いのは嫌だから殺せばいい。銃を向けてくる人は、刃物を向けてくる人は、痛くしてくる人は、殺せばいい。それしか知らなかったから、そうしてきた。
―――あなたは、人を殺したいの?
―――それが君の世界か。かわいそうにな。
まるで呪いのように、言葉が巡る。
ほんの数日前、二人の人間を切り裂いてきた、その感触が戻ってくる。不愉快とは言わないが、愉快ではないあの感触。人を確かに貫いたという事だけを知らせる感触。
じゃあ、どうすればいい。
息を吐く。見上げる。
アナベルは、黙って返答を待っている。
時間は、解決してくれない。
「ん、いるじゃん。リリア~」
エリーの送迎を終えたクリスが、その廊下にやってきた。
もしかしたらリリアが部屋に戻ってくるかもしれない。クリスのその予想は的中だったが、同時に、背を向けたまま返答しないリリアと、少女に相対しているアナベルを見て不審に思った。そして、リリアの姿に隠れる形で見えた銃器を認めて、ある程度理解した。この状況で自分の仲間―――こんなわがまま娘でも、表裏はない仲間だ―――に銃を向けることが、どういう意味か。
クリスはそれらに気づかぬふりを決めて、軽薄な笑みを貼り付けて接近を試みる。
「アナベルもいるじゃん。よかったよかった」
「止まってください、クリスさん」
「‥‥‥アナベル」
「ホールドアップ、ですよ。わかりますね?」
リリアに銃口を向けたまま、ショットガンがクリスにも見えるように傾ける。クリスは致し方なく立ち止まった。
肩にかけたアサルトカービン、S553はまだ捨てない。状況を覆せるかは兎も角、簡単に手段を投げ捨てるのはよくはない。しかし取り出すわけにも行かず、ただ止まる。ただし、態度はまだ崩さない。
「あ~、何? 裏切りですかなアナベルちゃんや」
「裏切っては居ませんよ。元々こちら側です」
「あらま、大変だ」
「護衛の抵抗を煽って被害拡大、はこちらとしても思わしくありません。投降するのなら武器を取り上げて部屋に押し込むことになっていますので、どうか利口な判断を」
「それを信じろとな。全部片付いて最後にうちらも、じゃない?」
「それをするとこちらの士気や、ランヌさんの信用に関わりますので」
笑顔同士が、駆け引きをする。
彼我距離は15メートルほどで、リリアと言う人質をとられた状態。銃を取り出して構えて撃つ時間があれば、それよりも遥か早くにアナベルのショットガンが火を吹くだろう。仮にそれが叶ったとして、リリアを盾にされた状態の咄嗟射撃で当てられるほど、クリスは自身の射撃の腕を信用していない。
だからこそ。
「リリア」
クリスは呼びかける。声でもわかるよう、子供でもわかるよう、最大限の真面目さをこめた声で。
「何?」
「まずは、よく我慢してるねと誉めてあげよう」
銃を向けられて黙っているような娘ではない。完全に背後を取られて動けないと言うわけでもない。どうしてかはクリスにはわからないが、何かしら思うところがあって『リッパー』をしていないのだろう。それは誉めてやれるところだ。
リリアは喜ばない。今は誉めて欲しいわけではない。自分がどうすればいいか、教えて欲しいのだから。
「それで、どうしたらいいの?」
「好きにしていいよ?」
「え?」
クリスならリーダーとして命令するだろう。クリスなら指示に従えと言うだろう。その通りにすればいい、そう思っていたりリアは驚いて抜けた声を上げた。
アナベルの指先からは目を離さないまま、リリアはクリスの言葉を待つ。
「私の勘が囁いてる。アナベルの言ってることは多分間違いない。ここで投降したって痛い思いはしなくて済みそうだね。ここで保身に入るのは利口な女だ」
「そう。じゃあそうするの?」
「一方で、当初の約束通りサイモン・アルベルトの護衛仕事を続けるのもありだ。約束を守る女はいい女だよ。もちろん今日は命はかかるけど」
そこまで語って、クリスは鼻で笑う。
「死ぬのは嫌だけど、約束破るのもね。ご法度って父親から言われてきたし、私はどっちも嫌でさ。でもって、私はエリーじゃないからさ。この距離で撃って、リリアに誤射らない自信はない。だから判断としては投降が正解、私に選択権はないんだこれが。そういうのに従うって、癪じゃん? でも‥‥‥あんたは違うでしょ」
人質を取られて、不利な戦闘体制で。とりあえずのところリリアを見捨てるつもりもないクリスには、選択肢などない。
だがリリアは違う。
その力があるから。
選べる。
それが強者の権利。
「好きなほうを選んでいい。今日はあんたに付き合ってやる」
リリアは、黙って背中で言葉を受け止める。
ぐいと、少女の胸が押された。アナベルが銃口を押し付けたのだ。圧倒的不利はわかっているだろう、諦めなさいと。
板ばさみだ。リリアは、唇を尖らせた。
「エリーも、クリスも。意地悪だわ」
「わがまま言っていいって言ってるのに?」
「うん」
難しくて、わからなくて、困るけど。
自分は自分の好きなように。自分の好きな道を。それは自分がやってきたこと。
やってきたことなのに、わからなくなる。
「ねぇクリス。好きな事って、どういう事?」
「自分がやりたい事でしょ?」
やりたい事。
自分が、やりたい事。
それは一体なんだろう。今やりたい事は、なんだろう。生きることか。殺すことか。
やりたい事の為に選ぶのは、どちらだろう。
「わかった」
決めたら、やるだけ。
一瞬。
リリアは右手で素早くショットガンの銃身を掴み、払いのけた。
『相手に投降の意思、対話の意思があるなら、話も通じると思う。もしくは、相手を戦闘不能にする』
エリーの言葉が頭に響く。
『銃を向けたり威嚇射撃をしたら、投降する人間がいる。他にも催涙スプレー、組み伏せる』
そして。
左手で握り拳を作る。
「顎を殴る!」
予備動作なく、振るった。
身長差から発生したアッパー気味の拳は、驚く間もなく固まっていたアナベルの顔を捉え、そして少女の圧倒的な力に吹き飛ばした。アナベルの体が浮くほどのパンチを放つ一方で、右手はしっかりとショットガンを握り、もぎ取る。
奪ったショットガンを素早く持ち直し、床に崩れたアナベルを狙う。まだ引き金は引かない。別に殺しても良かったが、やりたい事とは少し違ったからだ。
リリアが撃つべきか悩んでいると、リリアの勝利を確認したクリスが寄ってきた。彼女は肩に下げていたライフルを片手で構えアナベルの元で腰を下ろすと、その頬を叩きながら「お~いアナベル~?」と呼びかける。反応はない。だが、息はしていた。
「気絶かね」
「そう」
「あんたのことだからナイフでぐさりと思ったんだけど、どういう心境の変化?」
「好きにしていいんでしょ?」
答えに、クリスは肩をすくめる。リリアとしてはエリーの言葉が想起されたからそうしただけであるが、なぜ『殺す』方法を取らなかったのかリリア自身わかっていなかったので答えようがなかった。わからなかったが、とりあえず殴ったほうの手はとても痛かったので、今度やることがあったら棒的なもので殴るかにしようと決めるリリアだった。
「それに、クリスの友達でしょ? 殺さないほうがいいんじゃないの?」
「やむなきこともあるけど、まぁね。そこについても誉めてあげるわ。さて、ここに放置も考え物だし、とりあえず部屋に運んどくか」
「その後はどうするの?」
「襲撃側についてる掃除屋はアナベルだけじゃないはずだし、みんながわらわら居るところには行きたくないね。エリーのために、屋上に繋がる梯子でも防衛しとこうか、とも思ったけど」
そこで区切る。目的がないのなら、やることはエリーの護衛くらいであろうが。
クリスは、笑う。仕方のない娘を見る。
「アナベル殴り倒したって事は、あんたも何かやりたい事あるんでしょ。約束は約束だ、付き合ってあげるから。リリアは何したいの?」
「私は」
やりたいと思ったこと。
「おじさんを守りたいわ」
「よっぽど気に入ったんだね」
「おじさんはとても素敵よ。いろんなところのいろんなお話を教えてくれるの。楽しいわ」
「そっか。じゃ、おじさんの部屋まで案内して頂戴な。ど真ん前で仁王立ちするのはあれだけど、近くで護衛してあげよう」
「うん」
頷く。
誰かを守りたいと思う。リリアにとっては始めての感覚だった。ジゼットももちろん大切ではあるし、怪我をすれば恐慌もしたが、彼は友達であってそういう対象とは少し違う。
誰に命令されているわけでもないのに感じる使命感と、まだ成していないけれど思う満足感。それは決してつまらない世界ではなくて、だから少し、少女は高揚していた。こういう世界は、悪くない。
クリスは自室の扉を開くと、気絶したままのアナベルを引きずって押し込む。奪った武器を使う気のなかったリリアは、部屋の中にショットガンを投げ捨てた。それをクリスはどうしようか悩んだ。起きてまた銃を向けられるのは困るが、護身用具のひとつもなくほっぽり出すのは気が引けたので、部屋にあったメモ紙に『ママが帰ってくるまでおとなしくしているように』と書き付けて丸め、ショットガンのトリガーガードの輪の中に押し込んだ。これなら確実に目に留まる。
作業を終えて、一息。
「じゃ、行こうか」
「えぇ」
扉を閉めて、二人は歩き出した。
やりたい事の為に。




