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3-16 蒼眼の射手




 掃除屋が自主的に警備をしなくとも、プログレス号には各所にサイモンの私兵が配置され、24時間の監視体制が敷かれていた。

 エリー達が毎日客室で遊んでいても、なんら支障はない。問題事が起きれば船内放送で呼集がかけられるだけだ。そもそも本件における掃除屋の存在など、頭数の水増し以外の何者でもない。その錬度統率からして、私兵集団が圧倒しているのだ。本気で護衛を完遂させたいのなら、もっと別で頼むべき場所がある。最低限武器を取って戦えればいい。最低限戦えばいい。お互いにそういう認識であった。その基本はエリー達も変わりない。あとはそこにどれほど誠実さを注ぐか、それだけだ。

 だから主たる「業務」は、私兵が行う。両舷に二名ずつ、船首と船尾にも一名ずつ見張りが立てられ、それが数時間おきに交代する。船内も、道の交錯する要所には監視が立っている。護衛対象たるサイモン、その影武者のおじさんの部屋の前には警備はないが、それは居場所を悟られないようにする意味合いでだ。もっとも、リリアを迎え入れた時点で思惑は破綻しているわけだが、幸いにして彼女は無用に情報漏洩はしなかったので、掃除屋達は―――エリー達も含めて―――おじさんの部屋は知らない。

 蟻一匹通さない厳戒態勢とは程遠いが、海中から夜間に極少人数で潜入してくる、などという特殊部隊的手段でもとられない限り、その役目は正しく果たしていた。

 正午過ぎ。

 その警備の一人が、右舷に配置されていた私兵が水平線の異変を見咎めた。

 小さな黒点は、波を大きく蹴り散らかしながら大きくなっていく。

 彼はまず、同じく右舷に配置された味方に確認を促した。艦橋からも同様に。

 接近してくるのは小型高速艇二隻だった。確信を得て、男は通信担当に連絡を入れる。

 そして、船内のスピーカーからその報が通達された。


「接近する小型艦艇あり」


 慌てて銃を取る者、数瞬考えてからゆっくりと動く者、転寝から飛び起きる者。

 様々だったが、兎に角掃除屋達は放送に反応し、そして外を見に行こうと獲物を持って動き出した。待機していた私兵達も同様に動き出す。


「どこだ」

「右側に居るらしい」

「いたぞ、小型船が二隻だ」


 決して広くはない通路を駆け交錯し、彼らは舷側に出て銃器を構える。まだ発砲はしない。近海をクルーズしている民間船の可能性はまだ残っており、また彼らの持つアサルトライフルやサブマシンガンでは到底狙って当てられる距離ではない。

 さらには。

 誰とはなしに、彼らの一部は自身の横や後ろに居る同業に視線を配る。

 襲撃者が船内に居ることはほぼ確定なのだ。彼らの銃口が自身に向くかもしれない。互いを知らないが故の、恐怖と不審。何よりも重要なのは自分の命だ、まず守るべきは自分の身だ。それが脅かされている。彼らは、これからやってくるであろう小型艇との戦いに集中できていなかった。

 ただの戦場とはやや異質の、ピリピリとした空気。


「おっと?」


 そんな中、エリーを部屋に連れ込んで、自室のベッドに転がってテレビを眺めていたクリスは体勢そのままに、音のしたスピーカーを見つめた。まだまだ「勘」が遠かった為彼女は気を抜いていて、それは放送を聞いた後でも特段変わらなかった。他に思ったことと言えば、エリーが覚醒している昼間に来てくれてよかったなという事と。


「乗ってるの、偽者サイモン様なんだけどなぁ」


 楽な船旅だと思ったのに、と愚痴に思う。

 なにはともあれ仕事だ。彼女は身を起こす。

 椅子に座っていたエリーも、一度スピーカーに目を向け、そして用意していた装備一式へと手を伸ばした。


「意外と正面きって攻めてきたね。もうちょい絡め手使うと思ったけど」

「相手も掃除屋でしょ。組織行動は出来ないのかも」

「侮ってかかりたくはないけど、過大評価も考え物っと」


 これがあからさまな陽動で、本命がまだ控えている可能性はあった。もちろん、サイモンと言う本命が乗っていないことを知った上で行っている軽い小突きかもしれない。だが戦力分析などしようがないのだから、推測しか出来ないなとクリスは肩をすくめる。


「エリーはどうする?」

「屋上、行く。クリスは」

「リリア呼び戻して、あとはここでアナベルを待つのも手か。とりま、道中護衛兼ねて見送るよ」


 室内戦にエリーを残していても仕方なし、敵に移乗の腹積りがあるなら彼女の長射程は対敵船において有用だろう。それに屋上となれば、そこに至るまでの侵入経路は限られる。同時に攻められた際の逃げ場も減るが、どこに敵がいるかもわからない客室階よりはマシだろう。エリーが苦手な近距離戦に持ち込まれる状況を減らす、なるべく安全そうな場所への避難としても丁度よい。

 二人は長さの違う同じ銃を肩にかけ、部屋を後にする。

 何が起こるわけでもなく屋上に上る梯子までたどり着く。躊躇いなく手をかけて、エリーは上り始めた。


「がんばってねエリー」

「ん」


 片手を掲げるクリスに、エリーは小さく頷いて変わる事のない返事をした。




 □




 潮風の中、エリーは梯子を上っていく。

 体調はいまだ万全とは言いがたいものの、慣れと酔い止め薬によって少なくとも戦闘ができる程度にはなっていた。ハウンド時代などは常に寝不足と抜けきらない疲労のダブルパンチだったのだから、今日が特別に困難だとは感じない。海上での戦闘は初めてだが、やることは変わりない。

 特に警戒もせずに屋上にたどり着くと、そこには先客の姿があった。ボルトアクションライフルを用意する、黒の衣装。

 二秒ほど止まってその姿を確認して、そして近寄る。先方のほうも、エリーの接近に気づき一度は懐のものを抜こうと動作を見せたが、すぐに取りやめた。


「空いてるよ」

「そう」


 横へどうだと手で示すディーに、エリーは素っ気無く返す。

 近くでポジションを取る理由はないが、離れて作業する必要もない。歩幅にして三歩ほどの距離で隣に陣取り、S550スナイパーのバイポッドを展開して設置する。バッグも脇に下ろして、中からレンジファインダーを取り出す。耳にインカムを押し込む。そして、伏射の姿勢になった。

 敵はと尋ねる必要はなかった。遮蔽物などない平らな海上。その中に異物があれば、目に留まる。エリーはレンジファインダーを覗き込んで測距してみたが、1キロメートルほどを測定可能なその器具は正常に動いたが、しかし測定は出来ない。どう見ても、敵はまだ遠かった。

 エリーの目には、二隻が見える。


「あれだけ?」

「今のところはな。俺は、反対側を監視すればいいのかな?」

「好きにすれば」


 二人で同一目標を対処してもいいし、一人ずつ別々の場所を警戒するのもまたありだ。正しい答えなどわからないから、エリーは丸投げた。

 敵が射程内に入らないのなら、まだまだやることはない。エリーは時折レンジファインダーを覗いて確認をしながら、風景を見つめる。横になって遠くの景色を眺める。船の上部と揺れの激しい場所ではあったが、それが不調を煽る事はなかった。

 待つ。じっと。

 それが仕事。


「俺が襲撃側に居るとは考えないのか?」

「私が襲撃側に回っているとは考えないのね」


 黒の衣服から覗く、銀色に光る懐のリボルバーに、視線を寄越す。返しに、ディーは肩をすくめる。ひとつの信頼のようでもあり、無関心の極地でもある。何にせよお互い様、だ。

 その間も、敵船は近づく。レンジファインダーの測定距離に入り、船影がはっきりとしてくる。小型船と言うよりも大型モーターボートと言ったほうが近いか。艦首側には機銃らしきものが据え付けられている。恐らくは12.7ミリ弾の重機関銃であろう。

 それが、発砲された。

 数発の機関銃弾はプログレス号の横腹を殴りつける。重い銃弾は防弾など考慮されていない貨客船の壁を貫く。数瞬頭を下げた掃除屋達は、立ち直ると返礼に手持ちの火器を放った。狂想曲の始まりだ。

 撃ってきたのなら。それは敵だ。

 エリーはレンジファインダーを横に置いて、ライフルのスコープを使用した。向かってきている標的の船体は大きく揺れており、その分だけ面倒だがどうにも出来ない。だからただ狙う。

 距離600メートル。

 トリガーに指をかける。息を止める。

 一発。

 トリガーを引く。

 銃弾は正しく放たれ。

 右側に大きく逸れて、海中に飛び込んでいった。

 初弾の試射も兼ねているとはいえ、予想外の結果に、エリーは眉をひそめる。5.56x45mm弾がどのように、どこまで飛翔するかは知っている。エリーの所持銃の中にはそれを使うライフルもあるからだ。今使っている弾丸は弾頭重量が0.1グラム大きい専用弾の5.6x45mm弾であるため特性がやや違うが、それを勘案しても、やけに逸れた。


「‥‥‥?」

「これはしまったな」


 呟くのは、その射撃を双眼鏡で観戦していたディーであった。


「この風だと、小口径高速弾は流れる。バトルライフルにすればよかったな、すまない」


 エリーの銃に装填されている5.6ミリ弾。確かに狙撃用に調整された専用銃弾ではあったが、その大きさ自体、所詮はアサルトライフルがアサルトライフルとして戦う為に開発された近距離弾だ。遮蔽のない広大な戦場での狙撃。この条件が揃うならば風で流されやすく落ちやすい小口径高速弾ではなく、大きい弾のほうが遠距離特性は安定する。

 だがエリーは黙って銃を構えた。狙いを、敵船の機関銃手に絞る。

 風で振れるなら、風を読めばいい。船の揺れで上下に振れるなら、動きを読めばいい。一度撃った結果がそこにあるなら、それを元に修正すればいい。

 数値は、計算は。軍隊のシューターなら座学で教わるが、そんな事は彼女は知らない。だが全身で感じる。ハウンドの時だって風の強い日はあった、雨の日もあった。装甲車の移動中の射撃で揺れる時だって。

 距離は450メートルに縮まっている。

 集中。世界から音を消して。

 ただ静かに、引き金を絞る。

 撃針が雷管を叩く。火薬が爆発し、弾丸が飛び立つ。

 銃弾は風に乗り、横滑りしながら。

 機関銃手の左肩を貫いた。彼はもんどりうって倒れる。致命傷ではないが、確実に負傷していた。

 その様子を双眼鏡で見つめていたディーは、少しだけ目を大きく開いて横の女性に向く。また外したと胸中で呟く女性に。

 後悔もなく、満足もない。冷たくも、熱くもない。ただただ、どこまでもまっすぐな確かな意思を秘めた、静かな蒼眼。

 どこか達観してどこか遠くを見つめる、気だるそうですらあるいつもの瞳とはまったく違うそれが、ディーの目に映る。

 しばし、見つめる。

 そして蒼眼が、ディーに向く。


「‥‥‥何」

「いや」


 ディーは答えずに双眼鏡での観戦に入った。エリーも、自らの仕事に戻る。

 負傷した機関銃手の代わりに、別の人間が飛びついた。そして再びプログレス号に射撃を加え始める、その人間を狙う。

 もう一度。

 今度は機関銃に当たり、その兆弾が射撃手の胸を射抜いた。機関銃を扱っていた人間が立て続けに倒れたことで、敵船ではやや騒ぎになっていたが、その声まではエリー達には届かない。エリーは喜ぶどころか、頭を狙った三発がすべて狙い通りにいかなかったことに心底不満げに、しかし別人格のように静かに次なる脅威の選定を始めていた。

 その女性を横目に。

 揺れる海上、不安定な風、移動目標、小口径高速弾。シチュエーションはかなり悪く、それでも「外れない弾」を立て続けに放つ。エリーの技量による修正が、状況を上回っているからこその結果だ。純粋な才能だけで言えば、この女性は自分など及びも付かない場所に居るのかもしれない。そう考えながら、ディーは素敵な瞳をする女性へと口を開く。


「弘法筆を選ばず、と言う言葉があるらしい」

「何、それ」

「君が曲芸師だという意味だ」


 彼にして最大の賛辞だったが、エリーの機嫌は変わらなかった。

 射撃手としていまいちだ、と言われたようで、到底誉められたようには感じなかったのだ。



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