3-15 復路
翌日。
クリスとリリアは出航までの間、風の感じられる外に出て港を眺めていた。
日もいいところまで登ったころに、プログレス号に乗船してくる人間も出始めた。それはもちろん一日陸地に外出していた掃除屋たちである。中には土産袋か何かを携えて戻ってきたような連中もおり、そういう連中の満足げな姿を見るにつけリリアが小言をもらしていた。一方で、そこに含まれていたアナベルの姿も認めて、二人は手を振って出迎えた。
「はい、酔い止めです」
「あんがと。で、うちらへのお土産は?」
「ないですよ?」
微笑むアナベル。これで自身用の何かしらをちゃっかり購入してきていたらリリアが暴動を起こしていたであろうが、幸いにしてそうはならなかった。代わりに、クリスが昨日起きた掃除屋暗殺の話をする。アナベルは非常に複雑そうな顔をして、そして、陸地でも同じような襲撃があって掃除屋がいくらか命を落としたらしいことを聞くことになった。
正午。二度寝から現世に帰って来たエリーも合流し、四人が見つめる中、プログレス号は予定通りに南の国の港を出港した。
出来事としては何もなかった。
ただ、船内の空気は大いに変化している。襲撃側による暗殺は、リリアが撃退した分を除いてそのすべてが尻尾もつかませず成功してしまっている。一方で護衛側は、どの相手が襲撃者なのか皆目見当がつかない。今正面に座っている人間が、後ろの席にいる人間が、隣の部屋にいる人間が、襲撃側に回っていないとも限らないのだ。
敵がわからない恐怖。
身近にわかりやすく危険を示されて、彼らが熟睡できるはずもない。往路の軽いノリは、一転掃除屋達に緊張を強いた。
□
「ま、私には関係ないけども」
復路三日目。船内の掃除屋が緊張と睡眠不足、疲労で衰弱を始める中、クリスは鼻息混じりにハンドガンの点検をしていた。
彼女には「勘」という姿なき友人が居る。今まで全幅の信頼を置いて付き合ってきた仲だ。それが一切囁かないのなら、何の問題もない。エリーのように船酔いもしていない彼女は、すこぶる快眠快調であった。さらには手のかかるリリアも、「おじさん」が船に戻ってきたことでそちらに吸い寄せられ、わざわざ面倒を見なくてよくなっていた。
リリアはそもそも気を張るような人間ではなく、エリーもマイペースに午前中の惰眠を貪っている。船酔いエリーについては万全な状態とはいい難いが、それでも現状では大きく体調を崩しているわけではないので戦闘行動に問題はない。
「アナベルは寝れた?」
「はい」
笑顔で返すアナベル。クリスの目から見ても、こちらも不調はなさそうだった。
「女ってのは図太いねぇ」
「頼りになる男の方もいますよ」
「中々どうして、出会ったことがない」
せせら笑うクリス。男と言えばハウンド時代の部隊のメンバーか、リンクス所属の飲んだくれ共。あるいはもっと記憶を遡って、学生時代の同級生か。友人関係こそ築いたことはあれど、残念ながら、クリスが憧れに思うような異性は現れなかった。恋心などというものは、影も形もない。
「あんたは好きな奴でもいるの?」
「えぇ、まぁ、そうかもしれませんね」
「永遠の伴侶はいずこやらっと」
ハンドガンのマガジンをはめて、腰のホルスターに仕舞う。これをつけて堂々と町を出歩くわけにも行かないのでいつもであればズボンにねじ込む代物だが、今回は人目を気にしなくていい。
「結婚の願望があるんですか?」
「ん? まぁね」
曖昧に答えて、メイン武器たるアサルトカービンに手をかける。
S553。ハウンド時代に支給された銃のカービンモデル。これを手に取ると、かつての戦場に戻されたような気持ちにもなる。思い出そうとすれば、どれほどでも鮮明に思い出せる。銃声。爆音。土埃の臭い。焼ける臭い。
一方で、朧げになっていくひとつの思い出。
「死んじゃった友達とさ、話したんだよね。除隊してご飯食べて買い物して。で、結婚式にもみんなでからかいに行ってやるって。四人で揃ってお酒を飲もうって。それはもう、永遠に叶わなくなっちゃったけどさ」
「‥‥‥」
「だからその分も幸せになるとか、そんな湿っぽい話じゃないからね? 結婚は人間として当然の願望でしょ。もっとも、今の所そんな気はないけど」
軽薄に笑う。掴み取るのはブーケではなく。
「ま、この仕事をやめて普通に過ごしたくなる時はある」
「同感です」
「アナベルは洋服扱う仕事するんだっけ? お店開いたら呼んでね、茶化しに行くから」
「自分のお店を持つかどうかは、うぅん」
そこまでは考えていなかったアナベルが、頬を掻きながら困り顔を浮かべた。
そして彼女は、問いを続ける。
「クリスさんは、掃除屋をやめたら何かするんですか?」
「それを私に聞いちゃう?」
「聞いちゃいます」
「はっはっは」
感情なく声にして、ハンドガードを握り直す。
クリスの思考は停止していた。エリーはどうか知らないがレアにはばれている、クリスの悪いところ。自分に都合が悪くなると、途端に思考を放棄すること。苦痛から逃れようと働く自己防衛。
そして、すべてを手放す。
「そんなものあったら、こんなことしてないよ。安穏と生きたいとは思うけど」
それすら本当に望んでいることなのか、クリスにもわからない。平然とこんな仕事をしているあたり、自分が嫌悪の目で見た、平然と人を惨殺するリリアと何も違いはないんじゃないかとすら思う。自分はもうぶっ壊れていて、だからこそこういう凶器のが似合うんじゃないかと。リゼのような平穏な生活なんて、眩しすぎて自分には無理だと。
嫌になるから、考えない。
後に残るのは、日々、生にしがみつくだけの野良犬。意味もなく死にたくないと思い、意味もなく息をして、意味もなく暮らす。
「何でもいいと思いますよ」
そんなクリスに、アナベルは声をかける。
表情は、穏やか。
「ん?」
「何でもやってみるんです。そして、前の生活と今の生活どちらが良いかを考えて選んで、それを繰り返す。そしたら少しずつでも活力ある生き方が出来る。その間に、もしかしたら別の道が出来るかもしれません」
「アナベルはそうしたの?」
「そうですね。服飾に興味が沸くまでは、パティシエがいいと思っていました。その前は学校の先生ですね。料理は、少し勉強もしたんですよ」
「心移りの激しいことで」
「意外と一途ですか? クリスさんは」
「意外とは余計よ」
いつもの手榴弾があるかを確認しながら。
「将来とか、人生とか。少し、先を見すぎなのかもしれませんね」
「足元だけ見てもしょうがないでしょ」
今のところ、その足元すらおぼつかないが。
これと言ってすることがなくなったので、クリスはテレビのリモコンに手を伸ばして電源を入れる。クリスの知らない世界で回っている、何の変哲もないニュース番組が映し出された。チャンネルを転がしてドラマ、天気予報と画面は移り変わるが、特に興味を引くようなものはない。
「今日は何しようかねぇ」
「私は午後、少し出かけます」
「何、男でも引っ掛けた?」
「それは秘密です。クリスさんは?」
「そうだねぇ。部屋でエリーといちゃらぶしてようか」
予定ともいえぬ予定を口にする。外出予定がないからこそでもあったが、それとは別に、クリスには思惑があった。
『勘』だ。
それはまだ極微量だ。だが確実にある。今日は何か危険なことが起こる。
下手に出歩くより、自己防衛の難しいエリーと行動に共にして、護衛ついでに協同して対処したほうがいいだろう。エリーにも、いつでも動けるよう武装一式を手元に持って置くように伝えるつもりであった。リリアは‥‥‥どうせおじさんのところに行くといって聞かないだろうし、事実そうであるし、自分の身くらいは余裕で守れるだろうとの推測。あとは、ディーに連絡するかどうかといったところだ。
「気をつけて出かけなよアナベル。いつ敵が来るかわからないんだしさ」
「はい、ありがとうございます。いざの時は海に飛び込みますよ。クリスさんもそうしてください」
「何で?」
「標的はサイモンの首ですよね。さすがに殲滅戦はしないでしょう、対象でもない相手に機銃掃射なんてしないはずですから」
「着衣水泳って難しいって聞くけど」
尋ねると、アナベルはさも当然と言うような態度で。
「脱げばいいじゃないですか」
「タダで裸体晒せとか死んでも嫌」
「わがままですね。生きていけませんよ?」
「じゃあ先にアナベルが脱いでみせてよ。写真にとってネットの海にばら撒いてくれるわ」
「嫌です」
携帯を掲げて見せるクリスに、アナベルはにっこりと笑う。
その表情は、右目を覆い隠す眼帯のせいで少しだけ怖いものがあった。




