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3-14 良い事、悪い事





「掃除屋がやられたんだってな」


 船の中で夕食に参加した人間は、数が減っていた。もちろん現在陸地に上がっている面々の人数だけ減った絶対数によるものだが。その分だけ静けさを増した食堂で、掃除屋達が会話をしている。


「見てきたぞ、二人がナイフでざっくりやられてた。派手に揉み合いなった感じもねぇ」

「そっちは知らなかったな。俺が聞いたのは、部屋で休んでたらしい奴が撃ちぬかれてたって話だ。あとは、夕方に海に浮かんでた奴」

「護衛対象は一晩、陸で仕事だろ? 何でこっちが物騒になるんだ」

「警備も厳重になるし、陸じゃやれない理由でもあるのかも知れんな」

「ただの護衛仕事だと思ってたが、うちらもやばいか」


 男性グループが会話をしている。そう大きくはない声だったが、人数の少なさもあり、耳を立てれば聞こえる程度には食堂は静かであった。

 そんな中、隅の席に付いていた女性三人組は特に会話することなく、黙々と食事を取っている。

 エリーは元からしゃべらない。リリアも語り聞かせるような愉快な話題は持っていない。そしてクリスは、そんな場を盛り上げる気も起こらずに、しかし不機嫌さは隠さずに手と口を動かしている。リリアは居心地の悪さを感じて、そしてどうせこの後行われる叱責を思ってやや不愉快に思いながらもおとなしくしていた。

 気まずいと言えば気まずい食事時間を終えて、三人は席を立つ。

 そして十分に食堂から離れ、周囲に誰も居ないことを確認し、ようやくクリスが言葉を発した。

 ぎろりとリリアを睨み吸えて。


「‥‥‥あんたね」

「いいじゃない、別に! 私、襲われたのよ」


 わかってはいたが、もちろん許容できないリリアは膨れ面で対抗する。

 素直にごめんなさいの一言でもあればまだ堪えたものをと、クリスは息を荒くする。そもそもリリアからの報告が遅かったのである。リリアの口から「やらかした」のを聞いたのは、事の後自室に戻ってじっとしていたリリアと合流して、食堂に向うその道中であった。そして食堂についてみれば、その話は船内全体に行き渡っている始末だ。

 クリスとリリアの間には、リリアを仕事に連れて行く代わり、リリアは暴れないという取り決めがある。リッパー‥‥‥刃物を使った異常殺人を行うなと言う話だ。これが完全に履行されたことは今までないようなものだったが、とはいえ。


「もうやるなって言ったでしょ。後何回約束を破る気なわけ?」

「だって!」

「だってもクソもないわよ。あんたが暴れると私が、わ、た、し、が、怒られるの。わかる?」


 切実にクリスは語る。勝手をさせた瞬間これとあっては、後は首輪でも繋いで置くしかあるまい。

 その少女は眉をひそめて、そして少し弱ったように声を上げる。


「じゃあどうすればよかったのよ」

「知らないわよ。あんたが言う事聞かないクソわがまま娘って事はもう百も承知だから、せめて銃使って、頼むから。あんたが切り刻むと言い訳が立たないのよ、ナイフと斧取り上げるわよマジで。いや待って、素手で捻り潰されるのはもっとまずいかも。あぁもう何でクソガキの面倒見なきゃいけないのよ」


 自分は自分のことで精一杯なのに、面倒ばかり押し付けられている感覚にクリスは頭を痛める。アランファミリーの件では一階層十数名惨殺、教会の時には投擲ナイフで一名、その後にはやっぱり一室数名惨殺。三番目については、エリーが気を回して全部の遺体に銃弾を残したのでまだ揉み消しが出来たというレベルで、あの件についても結局レアに筒抜けてクリスは小言を言われているのだ。現状では、リリアの起こした問題事はすべてクリスが責任を持つ形であるため、彼女の憤りはもっともでもある。


「私、何か悪い事したの? いいじゃない、勝手じゃない」

「誰かの勝手が誰かを巻き込んで迷惑するのよ。そういう世界なの。自分勝手にやりたいならどうぞ一人、人里離れた山で思う存分好き勝手して頂戴。そうでないなら指示に従え」

「‥‥‥じゃあ、どうすればよかったのよ」


 リリアは視線を落とす。

 と、頭に重さを感じた。リリアが頭を上げると、エリーが慰めるかのように頭に手を置いていた。

 そのエリーは、クリスに向いていて。


「でも、内部に敵がいるのは確定した」

「護衛数を削りにきてるってことは暗殺じゃなくて、勝ちを確信した時点で正面からやる気だろうね。うちらも危険だ、寝込み襲われちゃうかも。気をつけといてねエリー」

「ん」


 エリーが頷く。起きている限りは、クリスに何かあったらすぐに駆けつけるという意味で。アナベルは外出先で一泊するということで、クリスは今晩部屋に一人だった。もっとも、そのクリスは絶対自信を持つ武器、勘でどうにかしてしまうし、事実まったく勘が働かないから気楽なものであったが。

 三人が部屋の前まで来る。

 クリスはひとつ息を吐いた。そして、視線を落としたまま不機嫌でいるリリアの肩を叩いた。


「言い過ぎた、ごめん」

「‥‥‥」

「じゃあね」


 肩を叩いた手を振って、クリスは部屋へと入っていく。そんな後姿を眺め終えてから、リリア達も部屋に戻る。

 リリアとしては、クリスの言葉はさほど気にしていなかった。もちろん、クリスがいろいろな責任を被ってくれることに感謝していたわけではない。馬鹿にされて呆れられて怒られた事実は理解したが、理不尽にも感じる叱責に喚きもしたが気分を害するほどではなかった、ただそれだけだ。

 少女が悩んでいたのは、別のこと。

 リリアはソファにぽすんと座る。そのリリアの頭を撫でるのを辞めたエリーはというと、ベッドサイドのS550スナイパーを掴んで座っていた。少しでも触れて、体に馴染ませる為に。ただ銃を膝の上に乗せている。

 彼女は何かを尋ねない限り、何も言わない。

 彼女は何かを言えば、何かを返してくれる。都合の悪い質問でなければ。

 だから、リリアは彼女を呼んだ。


「ねぇ、エリー」

「何」


 声に、エリーはまっすぐな蒼眼で返す。

 そして少女は、胸にしていた思いを口にする。


「もしもさ。相手が襲ってきたりとかしたら、殺していいんだよね」


 自分のやったことは怒られることではないよね、と。

 エリーの視線は静かだった。何を訴えるわけでもない、淡々とした目線。それでもきちんと、リリアを見ていて。

 リリアはこの視線は嫌いではなかった。恐怖もなく侮りもなく、ちゃんと自分を見てくれるから。

 しかしその言葉は、少女を悩ませる。


「あなたは、人を殺したいの?」


 頭の中で何度も巡った言葉をリピートされて、リリアは難しい顔になる。

 殺したいか殺したくないか。その究極二択を答えろと言うのなら、どちらかと言えば殺したくないとなるのだろうなとリリアは思った。リリアは確かに類稀なる身体能力を持っているし、生物の死にも耐性があるが、人間を切り刻むのを趣味にするつもりもなかった。


「そうじゃない、と思うけど。仕方ない時だってあるじゃない。そういう時はいいんだよね?」


 訴える。今日の事は、自分は悪くないんだよね、と。

 エリーは銃を脇に立てかけた。以前のように脅すつもりはないという意味で。エリーの聞きたいところは殺したいか殺したくないか、それだけであり、その答えはもう貰った。だからこれは、純粋にリリアの質問に答える意味しかない。


「人殺しがいいなんて、言わない。どれほど仕方なくても、悪い事」

「その、悪い事っていう意味がわからないけど‥‥‥。じゃあ、敵が撃ってこようとしたらエリーはどうするの。悪い事だから黙って撃たれるの?」

「クリスを危険から守るには、相手を無力化しないといけない。腕を撃っても足を撃っても、敵意を持っている人は生きている限り、危険。殺すのが一番確実。だからやる」


 質問に対して正しい答えではないのは承知で、エリーは口にする。


「じゃあ、私もやっていいんだよね」


 やって良いか悪いか。倫理的には悪いことで、効率的にはよいことだ。だから、ダメ、と明確に答えるのはエリーは避けて。

 それでも否定したい気分だったエリーは、少しだけ昔の話を持ち出した。


「‥‥‥昔、考えながら撃ってた」

「何を?」


 尋ねるリリアに、エリーは静かに答える。


「スコープに頭を捕らえて、引き金を引く時に。それでいいなって、一度考えること」

「どうして?」

「自分の指ひとつで、スコープの先の人間から永遠に人生を奪う。相手は血を流して倒れて、即死でなかったら苦しみもがく。それはいい事なのかって」

「でも撃つんでしょ?」

「必要と思ったら」

「必要と思えばやっていいのね」

「それはあなたが決めること」

「むぅ‥‥‥」


 唸る。自分で考えろ、と言われるのがリリアは苦手だった。わからないから尋ねたのだから。

 エリーは再び黙った。エリーをしゃべらせるにはどうすればいいか、なんとなく理解していたリリアは頑張って悩みをひねり出して、そしてまた質問する。


「教会の時にさ。エリーは、私を撃たなかったよね。私が生きてたらクリスが危険なんじゃないの? 何で撃たなかったの?」


 ホニで切り裂いて回った時。

 エリーはリリアに銃口を向けて、同じ質問をした。負ける気などリリアにはなかったが、エリーはいつでも少女に対して引き金を引ける状態であった。なのになぜそれをしなかったのかと。

 エリーはその時のことを思い出して。


「あの場にいたのは私とリリアだけ。あなたが暴れてもクリスはすぐに危険にはならない」

「まぁ、そうね」

「撃たないならそのほうがいい」

「‥‥‥そういう時は、どうしたらいいの?」


 エリーがやや首をかしげる。


「撃たない時はどうすればいいの。敵に会った時、殺す以外の方法って何?」


 狩猟の獲物、仕事の標的、自分に危害を与えるもの。それはすべて殺してきたリリアが、尋ねる。殺すことをクリスに怒られたのなら、一体自分はどうすればよかったのかと。

 殺さなければ、殺されるのに。

 エリーはしばし黙った。答えに窮した訳ではなく、どれくらいの事を自分から提供できるかと考えて。


「相手に投降の意思、対話の意思があるなら、話も通じると思う。もしくは、相手を戦闘不能にする」

「どういうこと?」

「銃を向けたり威嚇射撃をしたら、投降する人間がいる。催涙スプレー、組み伏せる、顎を殴って脳を揺らす、足を撃って逃走不可能にする、腕を撃って戦闘不能にする、相手が弾切れを起こす。いろいろあるけど、相手の戦意喪失を誘う」

「そっか。そしたらお話できるね」


 相手が攻撃をしてこないで両手を挙げてきたら、そして自身も交戦をやめたら、それ以上戦闘は発生しない。単純だが、リリアはどれもやったことがなかった。やったことがないから思いつきもしなかった。

 しかしエリーはかぶりを振る。


「私は好きじゃない」

「何で?」

「やっても抵抗をする人間がいる。というより、多い。それに、投降したふり。後ろ腰に予備の拳銃を隠し持ってて、こっちが油断した時に使う人とかいる。ボディチェックの為に近づこうとしたら、格闘の心得があって殴りかかってきたり。どれも見たことはないけど、あるって聞いた。確実じゃないから好きじゃない」

「‥‥‥やっぱり、殺したほうが早いね」

「でも、撃たなくて済む」


 それは価値のあることだ。少なくともエリーは価値を見ている。殺しても殺さなくても目的が達成されるのなら、殺人行為は必要のないこと。今まで撃って殺してきたのは、そうしなければクリスを襲う危機が増えるから。だが必要のないことをする理由はない。あるとすれば、それが目的である時だけ。

 意味のない銃弾に、意味はない。


「私は遠くから撃つのが仕事。クリスを守るのが仕事。格闘も苦手。だから私は捕虜を取るとか、そういうのはできない。でもリリアは運動神経がいい。相手が抵抗してきてもどうにかできる自信、あるでしょ」

「もちろんよ」

「自分が絶対優位の時に、やればいい。銃とかナイフを突きつけて、手を上げろって言う。利口な相手だったら降伏するかもしれない」

「もし、しなかったら?」

「再度警告するか、撃つか。あなたが決めること」


 また判断を丸投げされて、リリアは困惑する。

 殺せ、殺すな。殺す方法ならもう知っている。なら、殺さない方法を。方法さえ教えてくれればその通りにできる自信はあったが、クリスはやるなと言うばかりで方法を教えてくれない。だからエリーに期待したのだ。ああしなさいこうしなさいと言ってくれれば、それでよかった。しかし彼女はそれをしない。

 今までは思うとおり好きに生きてきたのに、ウルティスに来てからはままならないことばかりだ。


「クリスはあれするなこれするな、時々あぁしなさいこうしなさいって言うけど、エリーってあんまり言わないよね」


 黙っているか、指示通りに動くか、誰かの質問に答えるか。時には自発的に動くこともあるが、誰かに指図することはほぼない。ホニの件で命令する立場になったのでさえ、クリスからの指揮の委託があったからにすぎない。


「私は」


 エリーは表情を硬くする。

 それはエリー自身が、答えを出せていないことだから。


「自分の選択が正しいかわからない。誰かの生き方に責任、持てない」

「自分がしたいと思ったことをするのがダメなの? クリスにいろいろ言われるの、好きなわけじゃないけど、それでいいと思うわ。だってそれって、クリスがやりたいと思ったことでしょ? 私だってそうするもの。でもエリーは言わない。私は、エリーがどんな風に考えてるのか知りたいな」


 それでやり方を答えてくれたら万々歳だ。エリーの言う「して欲しいこと」の通りにすれば考えなくて済むし、エリーが指定してくれるなら、よくわからないまま怒られることも減ると思ったからだ。少し期待しつつ、リリアは答えを待つ。

 エリーは視線を外した。先ほどの態度はどこかへ去り、今は気弱なエリーになっている。


「どうでもいいこと」

「私はそうは思わないわ。エリーは、私にどうして欲しいと思ってるの?」

「そんなもの」


 小さな声に、リリアが身を乗り出す。


「わからない」


 その声は、ひどく弱弱しい。



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