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3-13 寒い世界



「え~、居ないの~?」


 サイモンの影武者、おじさんの部屋の前でリリアは不満たっぷりに声を上げた。

 おじさんはエリーの予想通り、地上のほうに出ていると言う。じゃあ帰ってくるか夕食になるまでおじさんの部屋で待つとリリアは言い、しかし居残りで部屋に詰めていた護衛に断られた。私兵といくばくか問答、もとい自分のわがままを聞かせるが、その甲斐もむなしくぴしゃりと、扉は閉じられる。

 思い通りにならないと言うのはリリアをことさら不愉快にさせるものだった。だがどうにもならないことはどうしようもない。

 おじさんがいない、ジゼットもいないとなれば、リリアの次なる遊び相手はエリーとクリスであった。リリアは二人と別れた場所に戻ってみたものの、二人は既にクリスの部屋に移動した後だった。部屋にいるのかと自分とエリーが寝泊りする客室に戻ったリリアだが、二人がいるのはクリスの部屋であった。そしてクリスの部屋にいるとは思わなかったリリアは、そこは探さなかった。

 遊ぶ相手が居ない。洋服も買いにいけない。銃も撃てない。

 つまらない。

 リリアの大嫌いなことが降り積もる。

 不貞腐れて、それでも何かを求めてリリアは足を動かす。船の中などとうに探検し終わっているが、それでも歩く。つまらないから。


「あ~あ」


 彼女の好奇心を満たせるようなものはなく、リリアはあてもなく歩き続ける。狩猟で生きてきた彼女は、その小さな体に似つかわしくないほど体力があった。疲れて探索をやめるという本末転倒なことすら許されない。

 何もかもを持て余して、いろいろなところを回る。だが多くの掃除屋は地上に出ていて、船に残っている人間の数は相応でしかなかった。暇潰しに会話の相手を探すことさえ叶わない。

 自分は何をしているんだろう。

 ここまで来ると、そういう思考が頭をもたげてくる。世界にたった一人残されたような感覚に陥る。

 この感覚は、どこかで覚えがある。リリアは記憶を辿った。そう、山師のおじさんが死んでしまった時だ。おじさんを土に埋めて、火を入れた暖炉の前で毛布に包まって、一人で最初の夜を迎えたあの時。

 静かで、空虚で。寒い。

 寒いのは、嫌いだ。


「エリー、どこに行ったのかなぁ」


 口にはしなかったが、クリスの顔も頭に浮かぶ。少女は二人を求めていた。二人とならつまらない世界ではないから。

 適当に練り歩くうち、おじさんの部屋の前に戻ってくる。リリアはもう一度扉を叩いてみたが、もう一度護衛の私兵が二名出てきて、もう一度追い返された。おじさんはまだ帰ってきていないらしい。私兵からは「またお前か」という感じのやや冷たい視線が送られた。寒いのは嫌いだったので、リリアは離れた。

 自分の部屋に戻ったら、エリーは帰ってきているだろうか。そんな期待をこめて、移動する。少女は階段を下っていく。

 と。

 はたと足を止めた。

 そこはおじさんの部屋のある階でも、自分の部屋のある階でもない場所だった。

 別に何が珍しいわけではない。ただ、私服の男が二人、丁度部屋を出て行くところだった。

 誰でもよかった。このつまらなくて寒い世界から抜け出せるなら。


「ねぇねぇお兄さん!」


 手を振って駆け寄る。これも意識していないことだったが、猫なで声である。

 お兄さんと呼ばれた男二人は、振り返ってリリアに向く。決して友好的ではない表情だったが、この際リリアは気に留めないことにした。


「何だ」

「ねぇねぇ、どこかお出かけするの?」

「そんなところだ」

「どこに行くの? 町にお出かけ?」


 男の下まで寄る。

 そして。

 最早嗅ぎ慣れた臭いが鼻をくすぐって、リリアはわずかに目を細めた。


「連れては行かないぞ」

「そうなんだ。つまんない」

「友達のところに遊びに行ってろ。じゃあな」


 片手を振って、男二人は連れ立って去っていった。

 リリアは彼らが見えなくなるまで、その場で見送った。そして男達が階段を下りていったのを確認して。

 くるりと、横を向く。

 男達が出てきた部屋だ。


(‥‥‥火薬の臭い)


 銃を使う人間なら、多くが服に染み付かせている。ジゼットだってエリーだって、よくよく鼻を使えばそういう匂いがする。

 しかしリリアが感じたものは少し違った。

 時間が経って薄く染み付いたなったものではない。銃を撃った時、排莢した時に鼻を突く。使ったばかりの臭い。

 男達が出てきた部屋。ドアノブに手をかけて、回す。鍵はかかっていなかった。思えば、男達は鍵をかける動作をしていなかった。

 開く。

 同時に、これも慣れきった臭いが鼻に届いた。鉄のような臭い。

 リリアは遠慮なしに部屋に入る。部屋はリリアにあてがわれた部屋同様直線的で、死角はほぼない。それを認識していれば入る必要すらなかったが、入ったところで彼女は気づいた。

 ソファに何かが居る。

 私服の男だ。

 しかしそれは、誰にでもわかる不自然な姿勢でいる。殆どソファから転げそうな、それ。

 壁にはひとつ、絵の具をつけた筆を振ったような赤い液体の汚れ。

 液体は、男の頭からも流れた後がある。

 死んでいた。

 死んでいる男が自身の銃に手をかけた様子はなく、そもそも抵抗した様子もなかった。ソファにただ座っていた所を無抵抗に撃たれた様な感じさえ受けた。血の凝固の感じからして、そう時間が経っていないことも明白だ。

 死体は見慣れている。もっとひどい状態の遺体を見た事だってある。だからリリアは、それについては何も思わない。動物がひとつ転がっている、それ以上の認識はない。

 ただ、疑問だけは思った。

 なぜ見知らぬ彼は、こんなところで死んでいるのだろう。


「‥‥‥?」


 リリアは小さな頭で考える。







 キィ







 聞き逃しそうになるほど、小さな小さな、扉の蝶番の鳴き声。

 だが彼女にはそれだけで十分だった。

 素早く振り返る。

 人間。

 手に銃。

 それを認識し、見えた銃口の射線から横ステップで逃れる。直後、サプレッサーをつけた拳銃から弾丸がひとつ放たれた。鋼鉄の牙は乾いたは咆哮を上げるでも誰を傷つけるわけでもなく、ただ壁を傷つけた。

 それが拳銃であることはわかった。それが先ほど会った男が握っていることもわかった。

 なぜ狙われたのか理由は知らない。なぜ殺されそうになったのか理由は知らない。

 だが、自分に危害を与えてくる人間をどうするべきかは。知っている。

 殺さなければ、殺されることを知っている。

 リリアは片足で床を蹴る。一気に距離をつめて、そして右手で腰のスローイングナイフを一本抜き取る。

 発砲。

 二射目は常人離れしたリリアの動きに追いつけず、空間を貫く。

 リリアは踏み込んだ。そして軸にして体をくるりと回し、男の背後に回る。背に回ったのは単純にドレスが汚れるのを嫌ったからだ。

 軽く飛んで男の背におぶさり、そして手にしたナイフを男の首に。早く、力任せに、閃かせる。彼女の腕力を持ってすれば、切断を用件としていないスローイングナイフでも、肉を引き裂くには十分だった。

 喉を深く深く、動脈もろとも切断された男の首から、血が噴き出す。リリアは男の背から降りつつ、その背を蹴り付けた。男は床に転がった。

 リリアの後ろではもう一人の男が、これもサプレッサー付きの拳銃を向けたところだった。左手にはナイフも握り胸元に構えている。すぐに撃たなかったのは、仲間への誤射を嫌ったからだ。

 その仲間が倒れたことを理解して、トリガーが引かれる。

 だが銃弾が飛び出す前に、その腕をリリアは後ろ足で蹴り上げていた。銃弾は天井へと放たれ、またあまりの蹴りの勢いを手首に受けた男は銃を手放した。

 険しい顔で、男は胸元に構えていたナイフを突き出す。

 蹴った勢いで再度くるりと回ったリリアは、突き出され胸を貫こうとするナイフを、片手で横に弾いた。いや、伸ばされる相手の腕を思い切り横殴った。軌道が変わるどころか、男の腕は壁に盛大に叩きつけられる。男が、手にした最後の獲物を取り落とさなかったことは賞賛に値するだろう。

 だがそこまでだった。リリアは動作の隙も見せずにがら空きになった懐にもぐりこむと、スローイングナイフの切っ先をまっすぐ、男の胸に叩きつけた。狙いは心臓。尖ったものを力任せに叩き込めば刺さる。刺突の為に作られた品ではなかったが、スローイングナイフは違いなく刃物として役割を果たした。

 引き抜いて。

 二度。

 三度。

 また引き抜いて脇に回りこむと、一人目の男ののほうへと蹴り飛ばす。男の正面から逃げたのはやはり、単純にドレスが汚れるのを嫌ったからだ。男はわずかの苦悶のうち、動かなくなった。

 獲物二つが動かなくなったことを、確認する。

 音は、ない。

 リリアは自分の洋服を確かめた。特に汚れたところは見受けられない。だが、手にはわずかに赤い飛沫がかかっていた。その手を、床に転がった男の衣服で拭って。血塗れたナイフも、拭いて。

 遺体が三つに増えたその部屋を、眺める。

 どうして自分が殺されそうになったのか、リリアは理解できない。

 ただ、殺されそうになったから殺しただけだ。


「‥‥‥」


 格闘の心得がなくても、見て、動いて、力で圧倒できる。少女にとって難しいことではない。

 いつも、今までもやってきたことだ。もっと凶悪な武器を持った人間を相手にした事だってある。もっと多くの人数を相手にした事だってある。

 特別なことではないのだ。

 なかったのに。しかし少女の心は、揺れている。

 仕事だったら、殺せばお金が入った。そのお金で好きなことが出来る。それが理由になれた。

 今は、何もない。








―――あなたは、人を殺したいの―――








―――それが、君の世界か。かわいそうにな―――








 少女の頭の中で、女と男の声が響いている。何度も何度も、頭の中で回っている。


「‥‥‥」


 手元を見る。

 一本のナイフ。

 残っている。

 肉を割いた感触。

 空気を吸う。

 むせ返る血の臭い。

 腐り始めた、肉の臭い。

 つまらない世界。


「いいじゃない、別に」


 それでも言葉に力はなく。

 呟いて、少女は佇む。




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