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3-12 パスポート




 数日。

 プログレス号は往路のその航海を何一つ支障なく無事に済ませ、港へと入っていった。接舷したプログレス号は地上と橋を架け、人モノの出入りを許容する。

 タラップからは人が降りていき、後部甲板ではコンテナの積み込み作業が行われている。武器商人の船だ。任務が任務とはいえ、恐らくはお仕事も同時にやっているであろうから、コンテナの中身が一体何なのかを語るのは無粋と言うものであった。これが今から自分達の国の中に持ち込まれ、そしてばら撒かれるのかと思うと、クリスは複雑な面持ちで見つめるしかなかった。彼らにとってそれだけ需要があるというのが、ことさらにだ。

 クリスの横では、船酔いからある程度立ち直った、そして少しは慣れてきたエリーも並んで同じ景色を眺めている。リリアも一緒だ。

 サイモン側からは、最初から下船許可は降りている。だから一度船を離れて各々の目的の為に上陸していく掃除屋達がいるわけだが、しかし彼女達三人は海上に留まっている。ことにエリーなどは一度体調を崩したのだから、いかに錨を下ろして停泊しているとはいえ、休む意味をこめて地上に出してしまうのが上策であったが、しかしそれが出来ない。

 今居る港はエリー達の国の隣国、南の国が領土を主張する土地である。つまり。


「そりゃあ要るよねぇ、パスポート」


 自国民の身分を国が保障してくれる証明書。それなしに「越境」は不法入国で即逮捕だ。

 下船して入国ゲートに向かう掃除屋たちを見て、クリスは頬杖をつく。考えれば当たり前のことであった。そしてそんなもの、生まれてこの方国の外に出る予定のなかった彼女達は用意などしているはずもなかった。そんな彼女達の乗船をプログレス号が許したのは、別に彼らが向かいの国に上陸できなくても護衛に支障がないからである。船の上ならセーフ。なおプログレス号は、今日一日はこの港に停泊することになっている。

 それなりの船体とはいえ、所詮船であり行き場所が限られている、娯楽施設もろくに用意されていない船だ。彼女達を欲求を満たすにはあまりに小さすぎた。リリアなど、そのまま船べりから飛んで大地に降り立ってしまいそうな勢いで身を乗り出している。


「ないものは仕方ない。アナベルには酔い止め買ってきてって頼んであるから、安心しなよエリー」

「ん」

「ねぇクリス~、行ってもいいでしょ? 降りてもばれないわよ」

「せめて、そのド派手なドレスを脱いでから言って貰えない?」

「ぶ~」


 ふてくされながら、足をパタパタと振る。自分がどれほど目立っているのか、カケラも理解していない少女だった。別に彼女は大衆に注目されたくてこのような服装をしているわけではない。あくまで、可愛いと思って着てみたいと思ったから身に着けているだけである。


「あんたはおじさまの所にでも遊びに行ってればいいでしょう」


 投げやり気味に提案する。一昨日も昨日も、部屋にもおらず何をしているのかと思えば、件のおじさんのところに通っているらしい。だったら今日も遊びに行けばいいじゃないかと。

 クリスとしてはとりあえずリリアがおとなしくなってくれればなんでもよかったのだが、そのリリアはしばし考えるそぶりを見せた後。


「そうね、そうだわ」

「え。納得すんの?」

「うん。じゃあ遊んでくる!」


 あっさりと同意してぴょんと飛び降りると、リリアはエリー達に手を振って船内に駆け戻っていった。

 また冷たいだの何だのと小言を言われると思っていたクリスは、しばし呆けて彼女の行った先を見つめ。


「よっぽどおじさんの事が気に入ったらしい」

「いるの、クリス」

「何が?」

「その人、護衛対象でしょ。サイモンを演じるのに、船を下りてるんじゃないの」

「あ、そっか。かもね‥‥‥まぁ、いいか。居なければ居ないで喚いて戻ってくるでしょ」


 その姿が目に浮かぶようで、クリスは気苦労に肩を落としつつ。


「じゃあエリー、何しよっか。何したい?」

「射撃練習したい」

「弾と場所は?」

「ない」


 エリーなりのジョークなのかと考え、そんな人間ではないことを知っているクリスは相方を冷ややかに見つめるしかなかった。そしてエリーはと言うと何食わぬ顔で外を眺めるので、クリスもそれに倣う。

 やることなど、それしかない。

 趣味がないから何もやることがないということだろうか。殺すしか生き方を知らないから、こんなに時間を持て余すのだろうか。そうクリスは考えて。

 いいや、これは仕事という名の立派な旅行だ。やることがないのではなくゆっくりと休む時間なのだと考えるようにした。リスは風景を眺め続けているエリーの背後に回って、そして腰に抱きついた。同じ休むなら、一緒のほうがいいと。

 声は変わらないが、それなりに困惑したエリーの顔がクリスに向く。


「何、クリス」

「おとなしくテレビでも見てよっか。うちの部屋にきなよ、一緒に見よう。この船に来てから、エリーとろくに顔合わせてない気がするし」

「ん」

「よしよし、エリーちゃんはかわいいでちゅね~」


 恍けて見せて、エリーの頭を撫でる。友達友達とは思ってはいても、クリスからしてみればどうしても「かわいい妹分」と言う気分が抜けない。こういう態度で接してしまうから、ハウンド時代は友達と呼べる感じではなかったんだろうなと思いつつ。

 ふと、気づく。


「エリー」

「何」


 エリーがまっすぐに見返す。クリスもまた、じっと彼女の顔を観察する。

 そして頭を撫でていた手を動かして、エリーの頬に指を這わせた。無口無表情さえなければ、それなりに評価されるであろうその顔立ちに似つかわしくないもの。


「目の下、くま出来ちゃってる。やっぱり具合悪い?」

「別に」

「本当?」

「ん」

「‥‥‥なら、いいけどさ」


 追求はせず、目の下の青くまから目を離す。船酔いを起こして倒れたほどだし、未だに船上。完全に回復するはずもない。

 エリーはどれだけ具合が悪かろうが、限界が来てぶっ倒れるまで絶対に言わない人間である。クリスとしても前からそんな気はしていたが、まさか本当に実践するとは思いもよらなかったことである。放って置いたらどれだけ具合が悪かろうとどれだけ無理難題であろうと、やってくれと言ったら黙ってやろうとしてしまうに違いない。仕事に限らない。エリーに無茶はさせたくない。それは間違いなくクリスの思いだった。

 そう。自分はちゃんと彼女の様子を見ておかなければならないのだ。

 使命ではなく、友達として。


「さ、行こ行こ」


 エリーの背中を押して、二人並んで船内へと戻る。




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