3-11 無口
エリーは今、ベッドに寝ている。眠り姫エリーではなく、具合が悪くて横になっているという意味でだ。
船旅の目的が目的だ、本職の医師は乗船していない。診察をしてくれた、多少知識のあるサイモンの私兵に手を振って送ると、クリスは息をついて腰に手をやる。目の前ではエリーが、傍目にも顔色悪くしている。
病名。いや、そう呼ぶこともはばかれるが、兎に角。エリーの症状の原因。
「あんたね」
吐く息に若干の怒気をこめて、クリスは寝ているその人物を睨めつける。
何のことはない。
船酔いである。
船酔いは知らないが、車酔いも対して差はない。そして車酔いだったらクリスは知っている。唐突に眩暈と吐き気でぶっ倒れて、しかも動けなくなるなんて代物ではないことを知っている。その前に絶対に気持ち悪いとか、胃の具合が変だとかあるし、それは徐々に悪化していくものだし、症状を訴えて回避する暇くらいはある。
何でその過程をすべてふっ飛ばして、いきなり重病人みたいに倒れるのかと、それら意見をクリスは端的にまとめ。
「何で言わないの、エリー」
「別に」
「エリー」
「‥‥‥風邪だと思ってた」
言って、エリーはバツが悪そうに視線を逸らす。
「そんな勘違いの仕方があるか馬鹿。あぁわかった、昨日の夕食の時に上の空だったの、眠かったんじゃなくて具合悪かったわけね」
「別に」
「今更否定して信じるわけないでしょうが、エリーちゃんよ」
そこから先も言葉を浴びせようとして、しかしそれ以上の突っ込みはクリスはしないことにした。口数以上に自己主張のないエリーは、きちんと観察しておけばならないこと、すっかり失念していた自分にも非はあると思い至ったからだ。アナベルと言う新しい友達を得て舞い上がっていた点は否めない。
口を閉ざしたクリスに代わって、横からはアナベルもやってくる。
「とりあえず、酔い止めです。使ってください」
「ありがと」
エリーは半身を起こして、アナベル持参品の酔い止めとリリアが自販機から購入してきた水入りペットボトルを手に取ると、それらを口に含み飲み込む。そして、ベッド脇に置いてあったS550スナイパーを近くに引き寄せると、エリーは改めて布団を被った。
「銃抱いて寝なくたっていいでしょうに。大丈夫だよ、クリス様の勘も何も言ってないから」
「ん」
「外の景色でも見て、ゆっくり休んでなよ。昼までに落ち着いたらご飯食って、また休む。おっけ~?」
「ん」
同意しながらもエリーはいきなり両目を閉ざして寝る体勢である。そんな彼女の頭に手を伸ばして軽く撫でると、また来るよと言葉を残して、クリスはアナベルとリリアの背を押して三人連れ立って部屋を出て行く。看病が必要と言うものではないのだから誰がいてもいなくても一緒だ。だから、睡眠の邪魔になる五月蝿いリリアを連れ出す意味が大きい。
扉を閉めて、エリーを一人にする。
廊下に出たリリアは振り返って、扉を見つめた。そして。
「エリー、朝御飯は?」
「どうせ食ったって吐くだろうし、水で我慢してもらいましょ。ほれリリア、先に食堂行ってな」
「クリスは?」
「野暮用済ませてから」
言って、リリアの頭の上にぽんと手を乗せる。
野暮用とやらに付き合う理由はリリアにはないし、また興味もなかったので、少女はうんと頷いて元気に駆けていった。それを見送って、クリスは自室に戻る。枕元に置きっぱなしにしていたUP45ハンドガンとそのホルスターを手にして身につけ。
ぎりっ、と、唇を噛む。
昔から、簡単に弱音を吐くような人間ではなかったが、でも言うべきことはちゃんと訴える子だった。
彼女は何も言わなくなってしまった。催促しなければ何も言わないし、したって答えてくれることがないこともある。
エリーとクリスの仲は友人と称して支障こそないが、エリーと仲のよかったローズや、相談事を引き受けるお姉さん分のリゼに比べるとどうしても下になる。これは昔からだ。射撃班長として、今ではチームリーダーとして振舞わなければならないクリスの立場からも来てはいるが、対等の親友関係とはやや違う。エリーにとってクリスは自身の問題を語るべき相手ではなく、クリスにとっても対等目線からの対話をできる相手ではない。
それに、きっと自分が頼りないせいなのだろうとクリスは考える。外見からしてエリーより低身長、加えておちゃらけて威厳なし。戦いでは常に逃げ腰、射撃成績はリゼすら認める射撃班四人組中最低。物事の判断もその場のノリに任せたり流されたり、勘に頼ってふらふらしたりと行動が一定でなく、とても信頼のおけたものではない。それで自分について来いなどとのたまい振り回すわけだから、エリーにしてみればいい迷惑であろうと。
打ち明けて貰える仲ではない。頼りない。班長としても友人としても素質がなくて、そのくせどちらにも改善努力をしない。エリーが黙っているから、それに気をよくして調子に乗っている。ジゼットにも言ったが、やはり自分はドブ野郎だち。
と、結論まで出ているのにやはり何もしないあたり、自分のダメさ加減がわかると。クリスは自身の血の味を舌に感じながら。
ふと通路側を見ると、アナベルの顔があった。彼女の用事が終わるまでと待っていたのだった。
「クリスさんは優しいんですね」
「はっ、どこがよ」
クリスは肩をすくめ、口内の傷を舌で舐める。仮にそうだったとしても何の役にも立っていない。
護身用具回収と自責時間の確保、そこから「クリス様」に演じ戻ることも済ませて、彼女はアナベルの元まで戻る。顔にはいつもの軽薄な笑みをべったりとくっつけて、二人で並んで食堂に向う。
彼女の野暮用は見なかったことにして、アナベルは語った。
「あとはまぁ、こういうのを私が言うのも何ですが」
「うん?」
「お二人とも無警戒すぎます。私の渡した薬が、毒物の可能性だってあるんですよ?」
「ていうことはエリーに盛ったって事かい、アナベルちゃんや」
「いえ、ちゃんとただの酔い止めですけど」
わたわたと手を振るアナベル。
なにせ敵は外からだけと言うわけでもない。そして現状、クリス達サイモンの依頼を受けている側の人間は、敵味方の正確な識別方法がないのに対して、襲撃側はそれらも済ませている可能性がある。常に後手に回らざるを得ない護衛チームに対して、寝込みをズドンでも何でもやりようはあるわけだ。それこそ、今から食べる朝食に下剤あたりを仕込まれても不思議はなく、またそれに対して何も対処出来ない。
しかしその危険は、少なくともエリーの飲んだ薬や今から食べる朝食に、命に関わるような薬物が混入されているわけではなさそうということをクリスは把握していた。お得意の「勘」だ。種も仕掛けも原理も理論もない、手品。
なので、顔に笑顔を貼り付けたままアナベルに向き。
「エリーを殺したら絶対殺すから」
「目が笑っていません、怖いです」
クリスが本気であることに、アナベルは冷や汗をかく。




