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3-9 銃の名




 日の落ちた海の上。

 思う様に明かりを点灯させているプログレス号では、いっそ騒々しいくらいの賑やかさに包まれていた。

 それも必然か。船と言う閉鎖空間の中で娯楽は少なく、知人もそう多くは乗り付けていない。そんな場所に放り込まれた人間は、おおよそ二つに分けられるだろう。そんな孤独の中でも平然と自身を保って寡黙に過ごすか、集団欲にかられて知己を作り、グループを形成するか。群れを作ると言う行動は、多くの動物が身を守るための本能として持っているものだ。複数で固まっていれば、仲間が居ると精神的安寧を得られる。プログレス号内でも、そうしてグループ化された人間達が出来上がっていた。

 今は夕食の時間。人間の欲望のひとつ、食欲を満たし、またストレスを取り除き娯楽になりうる時間。実際にプログレス号の「最低人員」に含まれて乗船している料理人達の手による食事は、船内のものとしては必要十分の質と量があった。彼らは今、ダイニングルームに集まり、食事に舌鼓をうちながら会話を広げている。自身の紹介や過去の武勲。愉快ではない身の上話も、賑やかしに丁度いい話題であった。

 彼らの大多数は男性だ。体格や筋力、脳の作りから男性は女性よりも戦闘向きともされるが、兎に角、女性の掃除屋と言うのは人口が少ない。

 そんな、プログレス号に乗船したわずかの女性掃除屋が、端のテーブルのひとつに固まっている。


「遅いぞチビ助」


 一人遅れてダイニングルームにやってきたリリアに、クリスは片手を上げて声をかけた。リリアも見知った顔を認めて駆け寄る。夕食はバイキング形式という事で、先に来ていた三人は自分の分を持ってきている。クリスに場所を教えてもらい、自分の食べたいものを皿につめて戻ってきたりリアは、空いていたエリーの横の席に飛びついて四人席のテーブルを埋めた。

 そしてそこまでしてから、ようやくリリアは見知らない女性に意識を向ける。


「この人は?」

「紹介するよ。アナベル、同室になったニューフレンド」

「よろしくお願いします」


 会釈をして、アナベルはリリアに微笑みかけた。

 アナベルを見てやはり目を引くのは、右目の眼帯である。手を伸ばさんばかりの無遠慮さで興味のままにリリアは尋ね、アナベルは差し支えない範囲でニコニコと応対する。そして四人は、周りに出来たグループ達と同じく食事と歓談に入った。

 話題も、特に代わり映えはしない。


「戦争の時は、第507擲弾兵連隊にいました」

「ハウンドなんだ。うちらもだけどさ、やっぱ、掃除屋してる女ってハウンド出身多いよね」

「どうしてもですね。除隊したはいいけれどで、戻る人たちが多いみたいです」


 始めは、お互いの身の上話などが中心だ。クリスとアナベルがメインで話し、気になればリリアが横からあれやこれや質問を投げ、エリーは黙ってフォークを進める。

 しかし、エリーのその手は止まり気味。俯いたまま、皿に盛りつけた夕食を眺めている時間のほうが長い。


「エリー」

「‥‥‥」

「エリー?」

「‥‥‥。ごめん、何か言った?」

「飯食べながら寝るなこの野郎」


 笑って、クリスは足でエリーを小突く。

 彼女が孤立しないように気を回してクリスが、あるいは一人寡黙にしているエリーにも接しようとアナベルが、会話にエリーを引っ張り込む。黙ってはいるが、何かを求められたら答えるエリーだ。質問形式にして問いかければ、存外とエリーは口を開く。

 クリスとアナベルは夕食前から部屋である程度仲を深めていたので、次はリリアの番だった。ジゼットへのプレゼントは何にしようかから始まり。


「それでね‥‥‥えっと、おじさんと会ってお話したの」


 さすがにサイモンという名前は伏せる。それくらいの良識はかろうじてあるリリアだった。ついでに言えば、おじさんの本当の名前をついぞ聞き忘れてもいたので、単純にわからなかったのもある。

 少女は、昼の出来事を話す。おじさんに会って、話をしたこと。愉快な話はもちろんだが、もうひとつのその話も内容も、ある程度かいつまんで。男の言っていることは、理屈としてもリリアはあまり理解していないのだ。だから質問ついででもある。

 そして、リリアはアナベルに向く。


「あなたはどうして掃除屋をしてるの?」

「私ですか? そう、ですね。その、大人にはいろいろあるんですよ」

「アナベルって何歳だっけ」

「22です」

「私の一個上か」


 殆ど歳が変わらないのに、自分は縦にも横にも出てほしいところが出ていない。アナベルはこんなにも長身でボインで綺麗なのに、とクリスがやや嫉妬を燃やす。14歳のリリアから見れば、十分に大人か。

 もちろんアナベルは答えたくない為に濁しているわけだが、リリアは止まらない。


「いろいろじゃわからないわ」

「‥‥‥実はですね。そろそろ、足を洗おうかなと思っているんです」

「そりゃあ私も常々だけど、何かやりたい仕事でも見つかったの?」

「ファッション関係の仕事につきたいなと思っていたんですが、いろいろありまして。でも、一念発起しようかなと」

「その眼帯をして?」

「こら、リリア」

「何よ。私、何か悪い事言った?」


 膨れ面をするリリアに、アナベルは困った笑みを浮かべて。


「そうなんですよ。眼帯の店員が出てきたら、お客さん達がびっくりしてしまうだろうから悩んでいたんですよね。でも、何とかなるかなと」

「ふぅん、そういうことなんだ」


 刺繍で誤魔化しつつもやはり異質さと無骨さの消えない眼帯に視線をくれて、リリアは納得してうんと頷いた。


「にしても、あんたにしては珍しいよね。他人の事とか気にする性質だったっけ」

「気になったから聞いただけよ」

「気になるんだ。他人のことが」

「何よ。ダメなの?」


 むくれるリリアを、クリスはじっと見返す。

 クリスとて、リリアと出会ってからまだ数ヶ月も経っていない。特別に仲良しと言うわけでもなく、腹を割った会話などろくすっぽしていないのだから、深くを知るわけではなかった。二人の関係は、仕方なく保護者役をやるお姉さんと、仕方ないのでお姉さんに付いていく娘に留まる。それでも、リリアと言う人となりは理解できる時間だ。クリスの知る限り、この少女は自分の言う通りにならなければ不満を吐き、隙あらば勝手をやる我侭娘であった。斡旋屋たるレアに銃口を向けることも、人を切り刻むのも躊躇いなく行う、どこか理性の欠けた女の子。

 それなのに、他人の生き方が気になるという。いつも通り、特に何も考えていない思い付きの問いである可能性は否めないが。

 明らかに人の道を踏み外しつつある少女が、もしかしたら今だけはまともな思考をしているのかもしれない。普段の彼女に何を言おうと馬に念仏と言うものだが、もしも言葉が届くのであれば、教育も吝かではない。自身がクソみたいな人生を歩んでいるのは承知なのだ。こんな子供まで自分以上の畜生になることもないだろうと、それは殆ど同情とお節介。


「あんたのその銃さ」

「これ?」


 リリアが自分のバッグを、正確にはその中に入っているサブマシンガンをぽんと叩く。

 クリスはひとつ頷いて、続ける。


「その銃の小話をしようか」


 前置いて、クリスは少女を見つめて脳内の知識を引っ張り出した。


「その昔、ある地域が大国同士の戦場になった。地域の彼らは義勇兵を募って戦った。彼らはある峠で何度も防衛戦を繰り広げて、そしてついに撃退した。この勝利のおかげで、その地域は独立して自治をなした。戦争の岐路になったその峠の名前は、ウィプカっていうわ」

「物知りなのね、クリス」

「銃関係だけね。で、その後独立して、それでもいろいろあったけど。時は巡って、その国はある短機関銃を製造した。その国の軍の車両搭乗員や警察にも使用されてる、サブマシンガンの名前は」


 リリアのバッグを指差す。


WIPKA(ウィプカ)

「‥‥‥」

「その銃も、9ミリパラ弾だし購入検討はしたんだけどね。この話知って、買うの辞めちゃった」

「どうして?」

「私のくだらない生き方のために使うには、重いよ」


 ウィプカの名がその理由で命名されたかまでは知らないけどね、としまらない落ちを付け加えて、クリスがご高説を終える。

 リリアは頭を垂れてバッグを見つめた。攻める為ではなく、守る為。国を背負う為。もしかしたら、そんな意味が込められた銃なのかもしれないと。何かを考えられるほどの知識はなかったが、何かが思考に引っかかっているような。黙りこくって、ただ見つめる。

 そして。


「銃なんてどれも同じだわ」

「それでこそあんただわ」


 結局無意味なのねと、クリスは嘆息したのだった。




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