表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/113

3-8 ソシオパス




 リリア達掃除屋にあてがわれた客室に比べ2倍以上の広さを持つその部屋は、広さに見合っただけのグレードを保っていた。あらゆる調度品は何ランクも高いと思わせ、船の客室としては広々な空間と共に安らぎを提供する。プライベートバルコニーまでついており、平時であれば優雅なひと時が過ごせるであろうこと請け合いだ。

 とどのつまり、少女を感激させ興奮させるには十分すぎるのであった。


「いいな、いいな!」


 バルコニーまで出て、その空間と景色を楽しむ。部屋に戻っては調度品や部屋の隅々まで視線を通わせる。そして、冷蔵庫から取り出されたオレンジジュースを受け取り、これにもご満悦。一通り楽しんだりリアは、サブマシンガンで武装している護衛がいる中、男の対面のソファに遠慮なしに座った。


「素敵よ、この部屋」

「満足してもらえて何よりだ」


 悪意も他意もなくはしゃぐリリアに、男は必要なだけの警戒色を残して彼女に応対する。


「楽しむのは結構だが、方法は考えるべきだな」

「何を?」

「廊下の。わざとだろう?」

「うん」


 悪びれることもなく、リリアは頷く。


「だって、この階だけなんだか違ったんだもん。気になるわ」

「掃除屋の勘とやらか?」

「そんなところかなぁ」


 クリスだったら、こういうのも事前に察知したりするのかな、などと考えつつジュースに口をつける。


「縄張りに入った瞬間、警告なしで撃つ人間もいる。今後はこういう事は控えたほうがいい」

「別に、大丈夫だもん」

「大人の忠告は聞くものだ」

「は~い」


 答えたからと言って辞めるつもりがあるわけではない。同意して見せなかったらさらに口煩くなりそうだからそう答えたに過ぎない。自分の「この力」があれば、どんな事があっても何も難しいことはない。自信であり、おおむね事実でもあった。

 忠告もそこそこに、男は当たり障りなく会話を続ける。


「それで、どんな暇潰しがいい?」

「何でもいいわ。ボードゲームでも、テレビの話でも。そうね、何か面白い話が聞きたいわ」

「そう言われても難しいな。この通り、こちらも硝煙の中で生きている」


 周囲に控えた複数人の護衛に目をやって、男は述べる。


「つまらない仕事だ」

「そうね。私も、面白いと思ったことは、ないかも。あ、そうだ。それなら、今までどんなところに行ったのか知りたいわ。おじさん、この船に乗っていろんなところに行くんでしょ?」

「船旅限定ではないが、いくつかの国に寄る機会はあったな」

「ふぅん。私ね、今、旅をしてるの。そのために掃除屋でお金を稼いでるんだけど。どこかいいところとかない?」

「お仲間三人でか?」

「ううん、ジゼットと二人で。今日は来てないんだけどね、ジゼット。出来れば暖かいところがいいわ」

「何をしたいかによるだろうな。世界的な遺産を見たいとか、リゾート地で楽しみたいとか、どこか憧れの国があるとか。住む場所を求めるなら治安一択だが」


 まさかリリアの述べるジゼットも子供で、子供で二人旅しているとは思いも寄らぬまま男が語ると、リリアは首を傾げて悩み始めた。彼女の出身エーヴェは山岳の雪地方、住むには冬場が辛い物があるが、あの広大な緑と白のキャンパスは少女は決して嫌いではない。その地を離れたのは単純に、ジゼットが南に行こうと言ったから。特に目指すと決めた場所があるわけではないのだ。ただしこうして改めて尋ねられると、リリアも考えさせられた。

 歴史的な遺産に興味があるわけではない。そもそも歴史の勉強なんてしたことがない。特に憧れの国があるわけでも、いろんなところが巡りたいと言う手段そのものへの関心もない。その知識がないのだから未知には手は伸びない。彼女が好きなのはもっぱら。


「かわいいもの、綺麗なところ」

「そうだな。比較的近い場所でとなると、海向こうの島国だな。王室が住む有名なバム宮殿。少々晴れの日が少ないが、あそこは海も綺麗だ。海辺のブランと言うところに仕事で行ったが、リゾートとしても有名だな。かわいいものは、わからないが。無難にどこかのテーマパークでいいんじゃないか」

「てーまぱーく?」

「御伽話とかをテーマに掲げた大きな遊び場だ。子供には丁度いいかもしれないな」


 遊園地を知らないのかと意外に思いつつ、男は答えていく。一方でリリアは王室、綺麗な海辺、御伽話といったちりばめられた単語に興味を引かれて、知らずのうちに身も乗り出して聞き入りながらまだ見ぬそれらに思いを馳せていた。

 それを皮切りに、男は仕事や家族で行った旅先の話を、リリアに催促されながら展開した。自分がよいと思った場所は薦め、逆に治安がよくなかったり町並みがよくはなかった場所は、ちょっとした警告ついでによくなかったエピソードも交えて語る。

 リリアにとって未知の世界が、そこには広がっていた。すばらしい世界を想像しては、頭の中で膨らんでいった。

 彼女は知る。世界には素敵な場所が一杯あるのだと。

 彼女は思う。素敵な場所に行って見たいと。

 今乗っているこの船に乗り続けていれば、そんな場所まで運んでくれるのかもしれない。ジゼットと一緒に行ったら、どんなに楽しいだろう。彼をここに連れてこなかったことを、心底残念に思うリリアであった。

 ある程度旅の話が終わると、話題は次第に男の家族に向っていった。男にとって楽しい思い出から連想されるのはやはり貿易会社での仕事ではなく、それになるのだった。


「娘が一人いてな」


 リリアは聞き入る。男はここからはとても遠い国で結婚して、娘を一人授かっていること。年頃はリリアと同じくらいであること。最近は仕事のほうが慌しく、電話で声を聞くくらいしか出来ていないこと。それを男自身やや不満に思っていることなども苦笑混じりに語る。


「この前の電話でも、小言を言われたな」

「こごと?」

「今回の出張は長いね、とな」

「会ってないの?」

「今回は1年以上、直接会っていないな。電話はするんだが。娘の誕生日もすっぽかしだ。何か、土産でも買ってやるか」


 男の話を、リリアは言葉少なに聞いている。


「最近の声は随分不機嫌に聞こえる。確かに父親としては落第だ、嫌われたのかもしれん」


 それでも男は、わずかに苦笑の笑みを浮かべる。

 するとどうだろう。

 リリアは眉を落として、やや沈んだ様子になった。

 それに気づいて、男は話を一旦切った。そして、娘と同じ年頃の少女を、一般的なスクールに通っている自分の娘と違い、ナイフと銃を持つリリアを見て。


「始めて見た時は驚いた。娘と変わらん年の子供が、殺し屋とはな」

「うん。まぁ」


 リリアはあいまいに返答する。

 娘の境遇と、それを楽しそうに話す男が羨ましかったわけではない。それを感じるほどリリアは自分が不幸だとは思っていないし、不幸と感じるほどの知識や経験もなかった。

 ただどうしてか。その話題は、彼女の胸をもやもやとさせた。


「ねぇおじさん。子供って、男の人と女の人が作るんでしょ?」

「そうだな」

「おじさんって、その子供の事、好きなの?」

「好きな人との間に授かった娘だ。大切だ」

「そうなんだ」


 呟く。

 そして、じっと男を見つめる。


「ねぇおじさん。自分の子供が嫌いな大人って、居ると思う?」

「両親から望まずに生まれた子供、というのも、世の中にはあるだろうな。娼婦だったり国の政策だったり、あるいはただの遊びの結果か。稀には、産み落とす前に『下ろして』しまうことも。子供の君に聞かせる話でもないが。どうしてそんなことを聞く?」


 尋ねはするが、男の表情も明るくはない。

 リリア達のいる国が、西の国と数年にわたる戦争状態だったことは、世界の大多数の人間が知っている。そして今、銃とナイフを持って、犯罪に手を染めることを生業としている目の前の少女。日の当たるような明るい過去を歩んでいるわけではないと。想像には、難くない。


「両親は、いないのか?」


 質問に、リリアは即答はしなかった。

 つまらない話だ。リリアはつまらない話は好きではない。だから、普段はわざわざ口にすることはない。

 しかし、聞いて欲しい、いや、誰かに理解されたいと言う感情もどこかにあった。仲のよいジゼットやそこそこの知己になったエリー達には、今更こんなつまらない話をする気にはなれないが、目の前のおじさんなら良いかなと。

 行儀悪く足をぶらぶらとさせて。そして、口を開く。


「山で、おじさんと暮らしていたわ」

「家族じゃないのか」

「私、捨て子なんだって。山に捨てられてたのを、おじさんが見つけて拾ったって。リリアって言う名前も、おじさんから貰ったの。私は本当の親の顔なんて覚えてないけど、知りたくもない」


 唇を尖らせるリリア。侮蔑や憎悪からではなく、ただただつまらないお話だから。生んでおいて自分を山に捨てた人間の事など、親愛を持って知りたいと思う人間はどれほどいるだろうか。


「山で野菜を育てて、ライフルを持って鹿狩りとかをしてたわ。おじさんは優しい人で、いろいろ教えてくれた。畑の耕し方、ライフルの使い方、動物の捌き方、料理の仕方。あと、簡単なお金の計算と文字」

「そのおじさんは?」

「死んじゃった。熱を出して寝込んで、ある日冷たくなってた」


 具合の悪いおじさんを少女なりに看病して。その日の朝も同じように起きて様子を見に行ったら。少女を拾い育ててくれたその人は、布団の中で静かに息を引き取っていた。何を書き残すこともなく。

 氷のように冷えた体に触れて、少女はすぐに理解した。ライフル弾を受けて倒れた鹿と同じ。その人は死んでしまっているのだと。


「それからは一人でお野菜を育てて、動物狩りを続けたわ」


 一人で墓を作り、一人で畑を育て、一人で狩りに出かける。おじさんと過ごした小屋で寝食した。

 それが苦痛と言うわけではなかった。苦痛と言うのは、幸福と感じる別の世界を味わって、比較して初めて感じる感情だ。他の世界を知らなかった当時のリリアにとって、それは当たり前の生活。共に過ごすおじさんがいなくなってしまったと言う点以外は、なんて事のない日常。

 食料が足りなくなれば取りに出かけ、薪が足りなくなれば教わった通りに斧を振るい、調味料や弾丸などが足りなくなれば、家に残っていたお金と言う価値を持って、下町に下りて買出しに。おじさんは動物の皮や薪を売って資金にしていたが、さすがに当時一桁の歳だったリリアにそこまでは無理だった。稼ぎ方を知らなかった少女は、お金は無駄使いしないように、大切にした。

 なんてことない、毎日。

 戦争が始まったことも知らずに。

 少女の年齢は、二桁になる。


「ある日、家に兵隊がやってきたの。ここは戦場になるからって下町まで連れて行かれて、おばさん達に囲まれながら弾薬製造工場で働くことになったわ」


 少女の人生は、転げ落ちていく。


「住むのは、工場の人たちが住んでるプレハブ。配給食糧は美味しくないし、荷運びで毎日くたくたで、退屈。そんな時にまた兵隊がやってきた。そしたら銃を配り始めたの。今日からあなた達も戦うようにって。ライフルの使い方を知ってるって言ったら、私にもくれたわ」

「くれたって。志願兵の年齢制限はあったと聞いているが」

「さぁ。知らない」


 そのあたりの事情は本当に知らないリリアが、短く答える。

 リリアの住んでいたエーヴェは山岳地帯だ。西の国の主力軍はもちろん主要街道や施設を押さえる為に平地を行く。それを迎撃する為に部隊が展開する。主戦場はそこになるわけだ。なのでエーヴェの防備は、防衛用に初めから配置されていた山岳師団だけがあてられた。戦争最終期に派遣された擲弾兵連隊を除けば、それ以上の「正規の」援軍はついに送られなかった。

 滞りがちの補給と、補充されるあてのない人員。

 武器は、どうにかなった。幸いにして山岳地方、敵から送られる装甲戦力は限定的なものだった。よって迎え撃つ側も、歩兵携行火器だけで足りたのだ。非正規に、あるいは国の内密指示を受けて入り込んだ武器商人から買い付けることができた。銃は人を選ばない。支払うべき対価さえ用意できればどれだけでも用意できた。

 国民擲弾兵。志願兵の応募はいち早くに行われた。同時に、方面軍の上層人物達の方針で、若者の正義心と愛国心を煽って気運を高め、「学徒の自主的な参戦」を促した。主要都市から離れた山岳地帯部だ。小都市はあっても戦争が出来る男手の人口などたかが知れている。正規の応募だけでは補充が追いつかないのだ。

 そうして参戦したスクール通いの子供達は主に居住地域の防備に当てられ、または軍需工場の働き手となったが、やはり一部は国民擲弾兵と混同されて扱われ補充員として前線にも出た。ジゼットもまたその一人。公式には子供達が「火器をつめたトラックやコンテナから武器を強奪して」「勝手に戦った」ことになっている。彼女自身が所属していたと言う第513擲弾兵連隊の看板もまったくの後付で、エリー達とは内実が異なる。リリアは、エリー達が受けてきた最低限の軍事訓練すら施されていない。

 その中にあって。

 猟師は足腰の強靭さや手馴れた銃器の扱いからそれだけでも即戦力級であり、獲物をじっと待って狙い撃つその特性から、戦場では優秀な狙撃兵となることも多々だ。それで生活してきたリリアには、初めから優秀な兵士の素質があった。


「そして、山に戻って戦い始めたわ」

「人を撃つのは、嫌じゃなかったのか?」


 殺人。道徳がわかる人間の多くは忌避する行為である。

 しかしリリアは、何のこととばかりに首をかしげる。


「私は鹿を撃って肉を捌いて食べるわ。それが、人を撃って配給食糧を食べるようになっただけ。別に変わりなんてないでしょ?」

「不要な殺生だ。それが許されないのが戦争でもあるがね」

「あなたもなのね」

「何がだ?」

「工場のおばさん達が言ってたわ。兵隊になるのはやめなさい、人を殺してはいけません、って。あなたが食べる豚肉や鶏肉は、あなたの代わりに誰かが豚や鶏を殺して捌いているから食べられるものなのに、そのことには誰も触れないの。変なの」


 狙う相手が、動物から人間になっただけ。しかも彼らは狩猟される動物と違い、自分達に対して意図して直接的に危害を加えてくる相手。リリアには、殺してはいけないと言われることが心底理解できなかった。


「山師のおじさんも、動物のお肉はありがたく頂きなさいとは言ったけど、殺してはいけませんとは言わなかったわ」

「道徳の話だ」

「そのドートクというのには、豚や鶏は殺しても構いませんって書いてあるの?」

「豚や鶏だって、共食いはしないよ」

「お腹が減ればするわ、きっと。飢えて苦しむのは嫌だもの」

「人肉を貪る為に撃っているわけでもないだろう」

「食べた事はないけど、必要なら食べるわ」


 それで、男は口を閉ざした。この子供は、少なくとも今の人間社会を生きるに学ぶべきことを何も教わらずに育ってきたのだろうか、と。

 そしてもうひとつ、ある単語が男の脳裏に浮かぶ。

 シリアルキラー。

 世の中には、殺人で世間を賑わす人間がいる。殺人鬼と、単純にそう呼ばれる人間達。そういう彼らには、多くに一致する特徴があった。

 育児放棄され、捨て子であることという精神的虐待。心身が育つ子供の成長期間で、孤立して生きてきたという負荷と学習不足。物理的虐待を受ければ暴力に対して肯定が強くなり、狩人なら殺して生きることを学んだ為に、殺しに対して罪悪感がない。

 この短い会話の時間だけでこの有様だ。少女が当たり前と思いすぎて語らなかったり、まだ語っていない側面が残っていることを思えば、それ以上の共通項があるであろうこと。想像は容易だ。

 また少女のきらびやかな衣装は、自己愛の体現とも取れる。楽しいこと、利益と思ったことを優先する。利益を前にしては恐怖も共感もない。廊下で踊りまわっていたことも、襲われる危険よりもこうして誰かと会うことの利益を優先したから。ソシオパス、社会病質者の特徴のいくつかだ。

 もちろん、適合するからと言って必ずそうであると言う話ではなく、男もそうと決め付けるわけではなかったが、少なくともリリアを見る目は変わった。目の前の子供はただの愛らしい少女ではない。他の、人間として出来上がっている大人の掃除屋など比べ物にならないほどの、危険性を持った何かだと。

 男の目の色が変わったことを、リリアは察した。いつだったか、最近にもこんな目を向けられたことがある気がすると記憶を辿って、リリアの脳裏にはクリスの顔が浮かんだ。そう、アランファミリーの一件の時。

 ああいう目は、好きではない。

 同時に思い浮かべるのは、エリーの瞳。そしてジゼット。二人は、自分が力を使っても何も変わらなかった。ホニの町でのエリーはどこまでもまっすぐに鋭利で、自分の気持ちを尋ねてはリリアを仲間と言った。ジゼットはいつも傍でリリアに笑顔を向ける。自分の力ではなく、自分を見てくれる。子供だから、女だから、リッパーだからと区別された視線を浴びてきたリリアにとって、その二人の行動は本人の自覚こそなかったが満足を与えていた。

 それに比べて。

 はぁ、とわかりやすくため息をついて、それでもリリアは話し続ける。話したかったからだ。それ以外にはない。


「嫌な事だって、もちろんあったわ。爆弾で崩れた瓦礫に当たって、痛い思いもした。お友達になったお兄さんが、翌日には血のあぶくを吐いて死んじゃった。折角買った最初のドレスが血で汚れちゃった時も嫌だったわ」

「怖いとは、思わないんだな」

「怖いことなんてないわ。皆は死ぬのが怖いって言うけど、私は別に。銃を向けられたって、ナイフを向けられたって怖くない。自分で何とでもできるし、出来なかった時でも怖いとは思わなかった。痛いのは嫌だけど。銃がひしゃげるまで相手の顔を殴っても、事切れるまでナイフを胸に突きたてても、私はいけないことだとは思わない。鹿を殺すのと同じ」


 淡々と、彼女は語る。

 それでも、だからと言って勘違いされるのはやはり好まない。リリアは続ける。


「肉の腐る臭い、赤い鉄の臭い。鹿狩りの時から嗅ぎ慣れてる。なんとも思わないけど、だからって別に好きではないわ。好きじゃないけど、私は出来るわ。銃で撃たれて、銃床で殴られて、銃剣で刺されるほうがもっと痛くて嫌だから。嫌だから殺すの。ひもじい思いをするのは嫌よ、洋服も綺麗なものがいいわ。殺すと食料が、今はお金が送られてくる。だから殺すの」

「‥‥‥君は」

「知ってるのよ。嫌な事があっても、銃とナイフがあれば解決できるって。だから私、武器は好きよ」


 銃があれば鹿を撃ち殺せる。ナイフがあれば鹿を捌ける。

 銃があれば人を撃ち殺せる。ナイフがあれば何でも刻める。

 そんなものがなくとも、今のリリアであれば素手ひとつ、蹴りひとつでたやすい。だが、あればもっと簡単になる。生きて活動する為の道具として使っているだけだ。ただの手段。善悪や社会的道徳の入り込む隙間は、そこにはない。

 男は目を閉じる。


「それが、君の世界か。かわいそうにな」

「かわいそう? 私が? なんで?」


 リリアはきょとんとした顔で、首をかしげる。かわいそうと言う感情は知ってはいたが理解できなかったからだし、それを自分に向けられている理由もまたわからなかったからだ。

 男は眼を開いて、リリアを見る。自分の娘とは随分と違う世界を渡ってきた少女を。


「お世話になったおじさんが死んでしまった時は、悲しかったか? 泣いたか?」

「泣いてはいないわ。悲しいはわからないけど、う~ん‥‥‥とても残念だったわ」

「それが、悲しいという事だ」

「ふぅん?」


 その感情すら欠落しつつある少女にもどかしさを感じながら、男は続ける。


「今は、ジゼット、君、か。その子と旅をしていると言ったな」

「うん」

「もしジゼット君が死んでしまったとしたら。君は悲しむか?」


 これにはリリアは明確な答えがあった。つい先ごろ、ジゼットがその危険を受けたばかりなのだから。

 びっくりして、慌てて、よくわからなくなって。そして、助けてくれたエリーに心で感謝した。多分、あれほど人にありがとうと思った事はなかったと、リリアは思う。

 つまり。


「とても嫌」

「悲しむか、悲しまないか。どちらかで答えなさい」

「え~? むぅ。悲しむ、と思うわ」

「同じだよ」

「?」


 何が同じなのか理解できないリリアが、ジュースを飲むことも忘れて男の言葉を待つ。

 そして彼は語る。


「誰にでも大切な家族や仲間がいて、皆生きている。家族や仲間と傍にいたいと思いながら、皆幸せになりたいと思いながら、皆生きている。そんな中で、銃弾ひとつで人を殺したとしたら、それで悲しむ人が生まれてしまう。君も、怪我をするのは痛くて嫌だし、おじさんが死んでジゼット君が死んでしまったら悲しい。そういう辛い思いを、相手に渡してはいけない。誰も傷つけなければ、誰も傷つかない」

「傷つけにくる人がいたら?」

「諍いはどうしても起こる。人間の罪だが、その時は仕方ない、立ち向かう必要も出てくる。しかしそれは本来不要なことだ。銃以外の方法で好きな洋服を買っておいしいものを食べて、ジゼット君と遊ぶことができるのなら、別に銃は要らないだろう。君が人を殺すことが好きで好きで、それでやっているというのなら、私からは何も言えないがな」


 ―――あなたは、人を殺したいの?

 その台詞が、リリアの頭の中で再生される。ホニの町での、エリーの言葉だ。

 エリーはいつも言葉が少ない。だからわかりにくい。それはわかっていたが、要するにエリーが言いたかった事は、目の前のおじさんが長々と話したことなのかもしれないとも思った。


「エリーと同じ事を言うのね、おじさん」

「エリー、一緒にいた金髪のほうか。大人は同じことしか言わないよ。体験して失敗して、そうして同じところに行き着くものだ。多くの場合はな」


 全部が理解できたわけではなかったが、なんとなく言いたいことはわかった気もしたので、リリアは「ふぅん」と適当に相槌を打った。


「おじさんも、人を殺してはいけませんって言うんだ」

「一言で言うとな」

「じゃあ、なんでおじさんは銃を使うの?」


 スーツの懐のふくらみ。裏側に隠している拳銃という名の塊を見やって、リリアは尋ねる。武器を否定し殺しを否定するあなたは、なぜ説教通りにしないのかと。

 男はひとつ息をつく。小さな吐息だったが、何よりも暗い。

 口を開く。


「歳を取ると、重くなる」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ