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3-7 船の上の少女




 プログレス号は、客を運ぶことを重視された貨客船である。

 人間を運ぶ船ということで、人間用の施設も揃えてある。客室、レストランはその通りで、あとは旅の客の為に売店も設置されていた。

 客を乗せて航海に出たなら開いているはずのそれは、今は営業されていない。何せ乗っている人間は、船の運航及び食事提供に必要なわずかばかりの一般人を除けば、サイモン配下の兵士と掃除屋。要するにマトモではない人間だ。そんな人間を相手に商売が出来るはずもなく、売り上げも見込めない。むしろ、いざ銃撃戦が起きた時の言い訳や「被害」が出たときの補償のほうが大変だ。必要外のクルーは、サイモンはあらかじめ下ろしていた。

 店は格子状のシャッターで、誰も立ち入れないようにしてある。

 その売店の中を覗き込む少女が一人。


「あれ、かわいいのになぁ」


 猫のキーホルダーを見つめて、リリアはつまらなそうに唇を尖らせる。店が開いているのなら買ったのに、と。

 だが不満も一瞬。リリアはくるりと回って、そして小走りに駆け出した。掃除されていた綺麗な船の廊下を、自分のペースで走り抜ける。手入れされた道は、彼女は好きだった。

 船の探索に、案内表などは参照しない。自分の足で気になったところを直進し、曲がり、階段を使う。同じ場所を通ればかわいらしく小首をかしげ、船のデッキに出れば一面に広がる景色を眺めてはしゃぎ、レストランに迷い込めば何を作っているのかとコックに話し掛ける。底なしの体力と好奇心で、サイモンの私兵や掃除屋が出歩いているその脇をするりと抜けながら、なお進む。なんでゴシックドレスを着た少女がこんなところに、と怪訝な視線を向けられること多々だが、もちろんそんなことは彼女は気にしない。


「ジゼットも連れて来ればよかったわ」


 怪我だからと参加を見送った彼を思う。あるいは、今日の冒険に誘ったけれどついてこなかったエリーのことを考えた。この船と景色を独り占めするにはもったいない、一緒に共有してくれる人が居ればもっと楽しかったのにと。

 そうならなかったらならなかったで、クリスやエリーを相手に後で話のネタにするだけだ。ジゼットへのお土産も今のところ買えていないが、いろいろ話を聞かせることが出来る。ジゼットも生まれ育ちはエーヴェで、海は見たことがないはず。ジゼットのことだし、きっときちんと聞いてくれるに違いない。この生まれて始めて見る大海原と大きな船の話。私はこの目で見たぞと、綺麗な船にも乗ったよと存分に偉ぶれる。

 リリアは箱庭の探検を続ける。

 海は満喫したので次は船内と、上へ上へと目指していた方針を変えて、船の下層を目指すべく階段を下りていく。もちろんたどり着いた階ごとの探索は怠らない。息を乱すこともなく船の前後を思う様探検して、さらに降りていく。なお、その時まさにエリーが居る屋根上にはリリアは行かなかった。乗船客用ではない簡易梯子を上ればいけたのだが、そこまでは思いもしなかったのである。

 そしてリリアは、下層にたどり着く。

 船内に音楽がかけられていたわけではないが、その階はずいぶんと静まり返った印象を受けた。

 それでいて、何かが違う。そう感じた。誰かが廊下に居るわけではなかったが、他の場所とは何かが違う。

 それはクリスの勘と同じような、野生の勘と同じような、漠然とした何か。リリアの驚くべき身体能力を持ってすれば、背後からの奇襲だろうと集中さえしていれば「音を検知して、見て判断し、動き殺す」までを一瞬で行える。だが、見えないものはわからなかった。

 リリアは足を止めて、廊下を眺める。別に何も変なことはない。

 周囲を見回して誰もいないことを確認したリリアは、サブマシンガンを入れたバッグを道の脇に置いた。

 そして、腰からスローイングナイフを一本、右手で抜いて手に取る。

 正面に掲げる。

 右に振る。左に振る。

 斬り上げる。くるりと回る。

 突く。前方にステップする。

 一つ一つの動作は、何を急ぐでもなくゆっくりとしている。

 何かの演舞をやっているわけでも、格闘術の型を行っているわけでもない。そんな心得は彼女にはない。ただただ気ままに、その場で次の動作を思いつきながら舞い続ける。縦に伸び、横は決して広くはない廊下を目一杯に使って、器物を傷つけないよう最低限配慮しつつ、彼女は好きに踊り続ける。

 横に一振り。

 それで、リリアは舞をやめた。

 ポーチにナイフを仕舞って、振り向く。

 そこには、先ほどまではいなかった男が一人。ひとつの客室の扉を開いて、身を乗り出してリリアに視線をくれていた。廊下で踊りまわっていれば、「廊下に気を配っている人間」は釣れるだろう。これはリリアの計画のうちだった。ひとつ予想外なことがあったと言えば、出てきた人間が顔見知りであることか。


「あ。偽サイモンのおじさん」

「あまり大きな声で言うな」


 言って偽サイモン、「面接」で正面の席に座って面接官をしていた男は嘆息する。

 今回の仕事の護衛対象は、続けて。


「君は何をしているんだ」

「遊んでいるのよ」

「ここは遊技場じゃない。出て行きなさい」

「しなかったら、撃つのかしら?」


 開いた客室の中からわずかな金属音―――銃のセーフティの外れるカチリと言う、小さな音―――を耳にして、リリアは笑いかける。護衛が数人、部屋に詰めているらしい。当然の話でもあるが。

 それはリリアの、いつもの好奇と思い付きによる行動だった。折角会った護衛対象の、顔見知りのおじさん。いい暇潰しになると。リリアは二歩ほど歩み寄る。警戒した男は懐に手を伸ばそうとしたが、彼女は意に介さない。


「ねぇねぇおじさん、部屋で何をしてるの?」

「いろいろだ」

「私ね、船の探検も一通り終わったの。夕食までは時間があるし、退屈だわ。お話しましょうよ」

「大人を困らせるものじゃない」

「だめ?」


 身長差を利用した上目遣いで見上げる。別に意識して行ったわけではないが、こうすれば子供相手だからと邪険にされないことを、リリアは経験則で理解していた。ただでさえ女で子供。警戒されることは稀である。

 男はしばし困り顔で見返していた。そして、子供と言う侮りと、既に正体を知られている間柄と言う状況。そして、護衛に囲まれて部屋で待機せざるを得ないと言う拘束された自身の身を思って。


「菓子は出せないぞ」

「わ~い!」


 同意を得られて、リリアはぴょんと飛び跳ねる。そして、廊下においてきたバッグを拾って駆け戻ってくると、腰のナイフを入れたベルトも外して一緒に男に押し付けた。どうせ武器持込は禁止と言われるだろうからと、先に渡したのだった。




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