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3-5 眼帯の女




 その後は大きな出来事もなく、彼女達を乗せたプログレス号は予定通り出航した。その船の中。

 銀色のコインが、蛍光灯の光を受けながらくるくると縦回転している。

 様々に光を反射させながら、重力に導かれて落下していく。そのコインを、クリスは裏手で迎え、そして触れようとした瞬間に開いた手で覆い隠す。


「さぁどっち」

「表」


 突き出された手に、リリアは悩むことなく即答する。命も金もかからない勝負事なら、それは娯楽。気楽なものだ。彼女が少しばかり本気になり、その並外れた動体視力を発動させればこの程度は簡単に見破れるが、そんなことはしない。してもつまらないし、どちらでもよいからだ。

 答えを受けて、クリスは硬貨を覆った手を払う。果たしてコインは、裏を上に向けて鎮座していた。


「ハズレ。ってことで、あんたはエリーとね」

「は~い」


 リリアにしてみれば口煩いけど会話の弾むクリスか、話は弾まないけど邪険にしないエリーかの違いでしかない。良い悪いで言えばどちらも「悪くない」ので、結果に不服はない。

 なぜコイントスをしていたのか。それは今回のこの貨客船プログレス号で彼女達にあてがわれた客室が、二人用だったからだ。

 女性三人組。二人用の部屋となると、一人はあぶれることとなる。幸いにして今回参加の決まった掃除屋の中に一人女性がいるらしく、その女性と相部屋となると鍵を受け取る際に聞いていた。下手をすれば男性のディーと同じ部屋になれと言われるかもしれないと思っていたクリスにしてみれば僥倖であった。いくらなんでも着替えに睡眠という、この上ないプライベート時間を異性に侵食されたくはない。

 が、ここで扱い悩む娘がそこに一人。まさか子供に「私は気心の知れてるエリーと寝るから」と言うわけにも行かず、また見ず知らずの人間にこの小娘を預ける気にもなれず。勝手に異能性を発揮されて目立ってしまうのは、保護者役になっているクリスとしても好ましくはないということで、どちらかがリリアと組むこととした。別に、リリアと共に居ること自体は、二人は苦には感じていない。

 結果はリリアとエリーが同じ部屋、そしてクリスがまだ見ぬ女性の誰かさんと決まったのであった。


「あ、そだ。リリア」

「何?」

「ほい」


 クリスは取り出した小型トランシーバーを少女に手渡す。ワイヤレスの小さなヘッドセットも一緒だ。

 お互いが離れた場所で同一の仕事をすることが多いエリーとクリスは、仕事の際はこれで連絡を取り合っている。今までは二人分しかなかったが、今後リリアとジゼットとはしばらく仕事をする仲だからと、追加購入していたのが間に合ったのだった。

 何の変哲もない、何の飾り気もないただのトランシーバーである。ワッペンに続いて自分の服装に似合わない道具を渡されて、リリアはあからさまに嫌そうな顔をした。


「かわいくない」

「使うのは仕事する時だけでいいから、持ってなさい」

「いらないわ」

「使って」

「‥‥‥は~い」


 エリーが頼むと、やはり不服顔ではあったが文句はいわず、リリアは一式を受け取り自身のバッグにつめた。何が理由だか知らないがエリーの言う事は聞くようになっている、これならじゃじゃ馬娘のも多少はは扱いやすくなる。もしかしたらリッパーの力も制限してくれるかもと、クリスはかすかに期待に思う。こんな大量に掃除屋の居る場所で騒ぎを起こされたら、クリスもレアから睨まれるだけでは済まないだろう。

 そんな気も知らず、リリアはエリーの手を取って、自身の部屋に決まったその扉を開けるよう彼女に催促した。

 「わ~、きれい!」と感動しながら部屋の中へ消えていくリリア達を見送って、さてとクリスは腰に手をやる。


「どうかまともな人でありますようにっと」


 何せ会うのは一般人ではない、掃除屋だ。そもそもまともな人間ならこんな仕事はしない。叶うかわからない願いを信じても居ない神様に祈りつつ、クリスは受け渡された鍵で客室の扉を開いた。

 リリアの言った通り、部屋は非常に綺麗になされていた。客室は20平方メートルはない程度で狭くはあったが、ソファや小さなテーブル・テレビといった一通りの調度品、シャワー付トイレもある。ツインベッドも決して安物ではなさそうだ。その整った様子は船の外観通り、貨物船に客室があるのではなく、客船に貨物が載せられるといった具合であった。こんな仕事で乗ることになった船なので期待していなかっただけに、意外でありうれしくもある。

 そしてその窓際。

 淵に腰掛けて外の水平線を眺めていた女性は、立てかけてあったショットガンに素早く手を伸ばした。勘こそ働かなかったがクリスは慌てて両手を振って、それを制す。


「すとっぷすとっぷ、驚かせたね。同室の人間よ」

「あぁ、失礼しました」


 言うと、女性はショットガンから手を離した。

 わずかに赤みかかった髪の女性だ。後ろ髪を巻き上げている。エリーよりも高い身長に、仕事柄というのもあり細身のジーンズだが透け感のあるチュールスカートが、女性として見た目にも気を使っているのがわかる。夏用の暗色タートルネックは、女性として出るところはきっちりと出ているそのラインを浮かび上がらせる。

 射撃班一身長が低い上に、女性として出るところもエリーとリゼに負けていることが気になるクリスとしては、まさに理想である。唸るなと言うほうが無理な話であった。

 しかしクリスが一番に目を奪われたのは、顔だった。

 飛び切り綺麗だとかそういうことではない。確かに水準以上ではあったが、そうではない。

 眼帯だ。

 見てくれを気にしているのか花か何かの刺繍を入れていたが、黒の眼帯を右目にあてているその姿はやはり目を引く。


「どうも。クリスって言うわ、よろしく」

「アナベルです」


 兎も角と手を差し出して握手を求めると、アナベルも微笑みながら礼儀正しくそれに答えた。眼帯なんてものをしているので性格も荒々しいのかと身構えていただけにクリスは拍子抜けした。これなら気楽に話しかけられる。


「お察しだろうけど、私も掃除屋」

「多分、一般の人は乗っていないんじゃないですかね」

「だろうね。その目は名誉の負傷か何か?」

「そんなところです」


 お洒落に眼帯をつける人間は少なくともクリスは知らないし、こういう業界だ。視野が狭くなり遠近感も得がたい「片目を塞ぐ」行為を好んでする人間はいないだろう。

 もちろん、致し方なくする人間ならいる。戦争での負傷、四肢の喪失や視力聴力を著しく悪くした人間なら知っている。片目を失ったくらいは自慢にもならないと言うのは寂しいものだ。ハンデを背負っても掃除屋をやらなければならない女性。クリスは同情的になったが、表には出さない。


「いやぁよかったよ、筋骨隆々の男と同室になるんじゃないかとひやひやだったわ」

「はい。中々、同性の同業者にも会わないですし」

「こんな男の職場だとは思わなかった」

「女性だったらまずは娼婦でしょうしね。そっち方面は願い下げですが」

「同意する」


 くすくすと笑うクリス。何にせよまともな人間に当たったらしい。

 掃除屋になってから、友達と呼べるような人間はほとんどできたことがなかった。女性は少ないし、そんな人間関係を構築するような場でもない。だから、ちょっと話が通じそうな相手でも期待してしまうクリスだった。

 ふと武器のほうを見やる。短銃身型のポンプアクションショットガンだ。確かPA345だったかなと、ドアブリーチング用にショットガン購入も視野に入れていたクリスが品名当てなどをする。12ゲージ弾を使用可能。それが主兵装とは、また随分と豪快なものを持っているなと思うクリスであった。

 ショットガンは、その射程と貫通力のなさから、防弾ベストが普及した現在において軍事用としてはある程度見限られた銃器である。だが、防弾ベストなんて用意できないそこらの武装集団を相手にするだけならむしろ過剰火力である。対人に用いられる12ゲージのバックショット弾は、一粒9ミリパラベラム弾程度の威力があるものを6粒や9粒程度同時発射、これが弱いわけがない。また、ショットガンと言う品物への認識。すなわち一発で人の体が吹っ飛ぶとかの映画演出や、近距離最強というゲーム的知識。それだけで威圧力はそれなり以上だ。


「ショットガンかぁ」

「ドアを壊して突入するには便利なので」

「なるほど。私は毎回頑張ってドア開けさせてるわ。あれ不意は撃てるけど手間なのよね」


 多くの相手は、すなわち数人規模の武器や粉のバイヤーは内心ビビッて、アパートなどの一室に居ることが多い。出掛け中は警戒されているし、アパートに居る時はたいてい扉も開けないかドアチェーンをかけているので、それを何とか言いくるめて開けさせていた。それに比べれば、ショットガンと言うマスターキーで蝶番を一発。奇襲は出来るし便利な代物である。

 クリスは、どちらかといえば連射武器が好きなのでショットガンには今ひとつ手が伸びない。アナベルの持っている短銃身ショットガンも装弾数は6発程度、ポンプアクションという事でリロードが手間、つまり一発一発の射撃間隔が長くなる上に、装填分を撃ち切るとそのリロードタイムがとんでもなく隙が大きい。エリーと違って無駄撃ち大好きなクリスとしては辛いのだった。


「アナベルは、仕事仲間と一緒だったりするの?」

「いいえ、一人ですよ。クリスさんは?」

「女三人で優雅にクルージング。オマケに男が一名いるけど。夕食の時にでも紹介しようか」

「はい。楽しみです」


 これから数日はかかる船旅、折角女同士で同室になった縁だ。仲良くしておきたいし、紹介しておくのは吝かではない。それはアナベルにとっても同じであったらしい。クリスが申し出ると、アナベルはうれしそうに同意した。




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