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3-4 箱庭へ




 ウルティスは、海沿いの町ではない。少なくとも、海へ行こうかといわれれば多少躊躇われる程度には内陸にある。

 なので車を転がすこと2時間。ようやく三人はその港へとたどり着いた。

 潮の香りを胸につめて、クリスは背伸びをする。空気と気分の入れ替えとしては、十分以上の効果を発揮した。


「わぁ、すごいすごい!」


 一息入れるクリスの横では、リリアが一面に広がる青い水平線を見てぴょんぴょんと跳ね騒いでいる。まさに子供らしく。

 本物の海を見るのは、エリーもクリスも始めてである。最寄の海水浴場まではまだ車を走らせなければならず、エリーの住んでいたダチランもクリスが元住んでいた町も、ウルティスよりまだ内陸にある。学校では水泳なんて課目はなかった。また、リリアのいたエーヴェに至っては山岳地帯である。泳ぐ機会と言うのはなかったのだ。それはつまり、三人は最低限未満の水泳しかできないという事でもる。船が転覆などを起こす可能性があること、三人は未だに思慮の外であった。

 特にそれはリリアが顕著であり。


「またえらくおめかししてきたわね、あんた」

「ふふ、かわいいでしょ?」

「はいはい」


 今日のリリアはいつものゴスロリ服とは違い、足をすべて隠してしまうほど丈の長いロングスカートだった。いわゆる少女用ゴシックドレスどいうもので、もちろん普段着にするような代物ではないうえ、ブーツを着用しているとはいえ明らかに動きにくい服である。だがクリスの反応など意に介さないほど、今のリリアは海に魅せられていた。

 天気も快晴だ。どこまでも遠く、空と海が伸びている。


「いいもんだわ」

「ん」

「船に乗ったらことさら楽しめそうだね。さて、今回の仕事場を拝見と行きますか」


 クリスが二人を促す。

 始めてくる土地を、港の作業員らしき人を捕まえながら歩く。そして彼女達は、目的の船を見つけることが出来た。艦尾部分に「PROGRESS」の文字が塗られていた。プログレス、それが艦名らしい。

 全長200メートルほどの長さの船体。後方四分の一ほどにはコンテナが積み込まれ、そのほかは乗客用スペースであった。ここに至るまで三人は貨物船だと思い込んでいるが、ある程度旅客を乗せるスペースがあるそれは正しくは貨客船である。

 三人は、これほど間近で船を見るのも始めて。その感想はただ一言。


「うわ。でっか‥‥‥」

「なんだか綺麗ね。あっちみたいな船じゃなくてよかったわ」


 思わず口を開けるクリスと、隣に並ぶ中型コンテナ船と見比べての感想を零すリリアであった。

 船の中ほどではタラップ、梯子が船に乗り込める形でかけれている。船の上にも下にも、黒スーツ姿の人間が見える。あそこから乗船するらしい。

 が、その前に。彼女達には一件片付けなければならない野暮用があった。さてもと首をめぐらせて探すと、果たして目当ての人間はそこにいた。大きなガンケースを二つ脇に置く、黒服の男。


「やっほ、いつだか振り。待った?」

「いいや」


 黒服の男、ディーは答えると、一行の中にエリーの姿を見つけて視線を送る。

 何のことかとばかりに無表情を貫くエリーとの間に、クリスがすっと割って入る。そして、虫を払うように手を振って。


「うちのエリーに色目使うんじゃありません」

「そのつもりはなかったんだがな」


 言いながら、ガンケースのひとつを掴むと、エリーの目の前に置いた。


「これ?」

「一緒に仕事をするなら銃を持ってきて、と言われるとは思わなかったよ。銃の修理はまだなのか」

「終わってる。レアが確保できる銃、限られてるから。他のも触りたかっただけ」

「なるほどね。長物で、スコープ付きで、セミオート。ご期待に沿えるかな」


 ディーはガンケースを開く。

 お披露目されたのは、黒塗りの銃だ。概観は直線的で、すらりと伸びた銃身はかつて使ったことのあるF3ライフルにも似ている。スコープやバイポッドは当然のように搭載済み。加えてフルアジャスタブルと呼ばれるタイプの調節可能なストック、ポジション調整用のパームレストグリップが大きな特徴といえるか。銃身から、銃弾口径は5.56ミリ弾と思われたが、軽狙撃用と考えると随分と凝った作りだった。

 エリーは目を細める。いくらか外観こそ変わっていたが、それは、エリーにとって見慣れた姿の銃であった。


「S550」


 この国の軍正式採用アサルトライフル、S550。だからこそ軍属、ハウンドとして戦っていた時分も支給されたライフルだ。5.56ミリ弾ないしは専用の5.6ミリ弾を扱うが、銃自体の性能の高さは評判だ。自国の山岳地帯への考慮として、低温に晒されても容易に作動するタフさを持つ。もちろん、銃の精巧さから来る性能分、価格も相応のものだが。


「スナイパータイプだ。セミオートオンリー。有効射程600と思ってくれ」

「あら奇遇。私もS550系列なんだ」


 言いながらクリスは自分の銃をかざす。彼女の持っている銃はS553。S550のコマンドカービンモデルであり、これに倍率のないダットサイトをつけていた。カービンタイプなので室内戦も一定こなせるが、普段使うさらに小さいサブマシンガンに比べれば大型である。


「C5Kは?」

「一応、中距離いけるようにね。外と中、どっちからくるかわかんないし。弾足りなくなったら貸してね」

「ん」


 同じS550ファミリーという事で、両者の銃にはマガジンと銃弾の互換性がある。珍しく、二人の間で弾の共有が出来る日だ。エリーは小さく頷いた。

 エリーは、ディーの持ってきた銃を取り出して担ぐ。S550スナイパー自体は始めて触れたが、触り慣れたモデルという事もあり、存外に馴染んだ。この銃のことなら知っている、何の不満もない。


「で、あんたの銃も違うね」


 リリアはピストルグリップのサブマシンガンを吊っていた。愛銃と呼んでいたIZ91でもなければホニの町で使っていたベリットでもないことを、クリスは問いかける。

 リリアはそれを掲げてみせる。先に述べた二つに比べると若干ながら大きいだけだが、肉厚なハンドガード部が銃を大きく見せている。自分に合うサブマシンガンを求めていろいろとむさぼっているクリスである、その銃のことも把握していた。


「ウィプカか。IZ91はどうしたの」

「レアがマカロフ弾扱ってないんだもん。手持ち分もなくなりそうだから、仕方なく、持ってる銃の中で9ミリパラベラム使えるの持ってきたの。これもマカロフ弾用だと思って間違って買った奴なんだけど」


 倉庫ならぬ旅行バッグの肥やしだった品らしい。

 自前の銃を持ってきたリリアは、不思議そうな顔をエリーに向けた。先の通りH28A2も既に修理済みで、わざわざ気に入らない銃に当たるかもしれない可能性を抱えてディーに任せる理由はない。


「エリーは何でわざわざに頼んだの。好きな銃持って来ればいいのに」


 質問に、エリーは当たり前と思っているとも受け取れるような態度で、ガンケースにS550スナイパーを仕舞いながら。


「潮風って、銃に良くないと思った」

「愛用の銃が潮風でべたべたになるのが嫌だってことでよろし?」

「ん」

「ひどい女だ」


 ディーとクリスが肩をすくめる。エリーとしては、以前ディーが用意した銃が気に入ったので、頼めば今回もいい銃を紹介してくれるだろうと言う打算から、共に仕事をするための条件として付け加えたのであった。主目的がそれである以上、二人の反応などどこ吹く風である。


「思うんだが。もしも気に入らなかったらどうしたんだ」

「車に積んできたL68LSRを使う」


 銃の受け渡しも終わったので、クリスは余っている乗船券をディーに渡して、四人は貨客船のほうへと向かった。

 タラップでは幾人かの人間による列が形成されている。衣服は様々で、銃の隠し方も布を巻きつけているだけの適当なものから、旅行鞄に入れているらしい者も居た。見る人間から見れば、明らかに「同業」であった。わかりやすくて結構だと、列の後ろについて順番を待つ。

 そう人数が居たわけではない。クリスから順に、手前のスーツ男に乗船券を突き出す。スーツの男は手にしたタッチパネルで何事か確認して、乗船券を受け取る代わりにワッペンを渡してきた。会社のロゴを使った代物だった。


「身に着けろ」

「これって私兵もつけてるの?」

「乗船する人間は全員だ」

「りょ~かい」


 つまり、身につけた人間は味方なので誤射をするなと言うことだ。十中八九、襲撃側も何らかの手段によって入手し侵入していそうであるが、とりあえずのところ指標にはなる。客室の鍵は内部で渡すので、ホールに向かえとのことだった。

 残りのメンバーも滞りなく手続きを終わらせて乗船を果たす。

 貨客船だが、乗客のスペースが優先して確保されている外見同様、内部も掃除が行き届いた小奇麗なものだった。ちょっとした客船以上だろう。

 貰ったワッペンを袖につけながら通路を見分していると、ふと下のほうが騒がしくなったのに気づいてクリス達は身を乗り出す。タラップの乗降口のところで、何か問答をやっているようだった。


「お帰り下さい」

「あぁ? チケットも持ってるだろうが」

「顔写真と一致しません」


 等々。

 しまいにはスーツの男達が懐に手を伸ばしたのを見て、乗船希望者は悪態をついて立ち去っていった。それを眺めて、ディーが脇から言葉を挟む。


「依頼を受けた人間を暗殺して、チケットを奪う事例があったそうだ」

「早速って奴ね」


 これはつまり襲撃そのものは行われる可能性が増えたという事だ。ただのクルージングは楽しめそうにないなと、クリスは肩をすくめた。

 その横ではリリアが、ワッペンを見つめてじっと考えていた。自分のゴシックドレスに付けるにはあまりにセンスがないデザインなので、取り付け位置を悩んでいるのであった。

 バッグに仕舞おうとするリリアを見咎めたエリーの提案で、スローイングナイフを留めているベルトにつけることにした。




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