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3-2 乗船券




 体のだるさを感じて、エリーは眼を開いた。

 ぼんやりと、眠気眼で正面の景色を脳に入れる。見慣れた風景だ。木造の、質素なカウンター。見慣れた髪の色と背中と、見覚えのある少年の姿。壁にかかった時計に目を移せば、時刻は2時を指し示している。外から漏れてくる光の具合からして昼なのだろうと察した。

 背伸びをしようと体を動かす。しかし左腕に重量を感じた。

 見れば、長い銀髪の髪をつけた頭が寄りかかっている。それが誰なのかを、回転を始めた頭で数秒かけて理解して、揺り動かさないようにと背伸びをするのを辞める代わり、欠伸をかみ殺す。

 わずかばかりに流れるテレビの音を除けば、静かな部屋だ。

 背後からの気配に気づいたクリスが振り返って、軽薄な笑みを浮かべる。


「おはようございますよ姫様。今日はお早いお目覚めで」

「ん」


 普段なら15時くらいまでは眠りこけるところ、朝に無理矢理お仕事をした後にしては、珍しく早起きである。それもそのはず。覚醒と同時に、エリーは腹部の空腹感を覚えていた。思えば朝から店にレアはおらず、胃に入れたものといえば今日の仕事場までの道中で買った缶コーヒーしかなかった。

 御飯にしよう、とはエリーは言えなかった。今も店内に店主の姿はなく、エリー自身、リリアのせいで身動きが取れない。そして、まぁいいや、と現状を胸中で放り投げるエリーであった。

 

「邪魔でしょそいつ。どかせばいいのに」

「別に」

「お優しいことで」


 腕枕を続けるエリーに、クリスは苦笑して。

 チリン、と、扉につけられた鈴が鳴ったのはその時だった。


「あら、帰っていたのね」

「お帰りなさいませご主人様~」


 やってきたのはこの店の主人にしてエリー達の斡旋屋、レアだった。外着をしている彼女は、やる気のない芝居をするクリスの頭に手を置いて、ガウンを脱ぐとカウンターへと回る。


「ご主人様~、お腹すいた。朝からろくに食べてないの」

「そこで餓死するつもり? キッチンなら使っていいわよ、どうせ勝手知ったるでしょう」

「そうなんですか?」

「働かざるもの食うべからずとか言って、たまに調理手伝わされるのよ。主にエリーが」

「クリスさんはしないんですか?」

「私が料理したら暗黒物質が出来るわ」


 料理についてはからっきしのクリスである。その点、最低限包丁とフライパンを握れるエリーは、レアの小間使いとして動くこともあった。見ての通りの客足で飲食店として破綻しているので、そうして作った夕食を三人で円卓を囲むこともあった。

 肩をすくめて、しかし嫌な顔はせず、レアは手を洗って調理に取り掛かる。味についてはやけに薄味だったり逆に辛かったり見てくれもよくないと、エリーが一緒になって作ったときのほうがマトモになると言うほどの出来ではあるが、目の前で自分達の為に料理をしてくれるその姿に、クリスは頬杖をつきながらも緩い顔で眺める。


「これで味さえよければなぁ」

「犬の餌には丁度いいでしょう?」


 微笑むレア。人の命を毟り取って豪華料理を食すと言うのも胸糞だし、それで味を占めてしまったらこの稼業を辞められなくなるかもしれない。予定はないにしても、だ。なるほど確かに、普通の料理ですら野良犬には過ぎた食事なのかもしれないなとクリスは考えた。


「どこ行ってたのレア。リンクスのところ?」

「当たらずも遠からずね。私にも仕事はあるのよ」

「お仕事内容が気になりますなぁ。チップ積んだら教えてくれる?」

「女はね、秘密があるほうが美しくなれるのよ」

「いい年して何を言い出すかと思えば」

「おいくつなんですか?」


 クリスとジゼットの言葉に、レアは凍りつかせた笑みをカウンター席の両名に向けた。

 さすがのジゼットも、自身が対人地雷を踏んだことは理解した。レアはどう見ても、自分の母親と同年代、もしかしたらそれ以上なのである。年齢は禁句であった。ジゼットは真顔になって。


「なんでもないです」

「えぇ。あなたは長生きできるわよ、ジゼット」

「後でこっそり教えてあげるよ、少年」

「クリス」

「は~い、ごめんなさ~い」


 到底反省の色のないクリスを、割と冗談で済みそうにない眼光でレアは睨めつける。

 するとレアは一度奥の部屋へと引っ込み、ひとつ封筒を手にして戻ってくると、それをクリスの目の前に置いた。


「暇ならこれでも見ていなさいな」

「ん~?」


 差出人の名も宛先もない封筒の表裏を確認して、レアから開封の許可が出たので、クリスは封を切る。

 封筒から出てきたのは。


「えっと、なになに。お手紙、報酬金額、参加報酬すごいね。結構あるなぁ。で、乗船券‥‥‥トゥルビネ貿易?」

「そういうことよ」


 そういう事よと言われても、クリスにはさっぱりわからない。このトゥルビネ貿易なる恐らくは貿易会社がどんなものなのかも知らないし、何をやるのかもわからない。

 しばし悩んだクリスは、両手を広げて。


「わぁお、貨物になって世界一周クルージングでもするの」

「相槌が適当ね、あなた。私から提示する品物は決まっているでしょう?」

「やっぱりね、仕事だよね。で、一体何これは」


 述べるクリスに、レアはパンをトーストにかけ、ベーコンを焼きながら。


「貨客船の護衛よ。珍しいでしょう」

「そういうのは初めて聞くね」


 エリー達は掃除屋だ。やることと言えば町のゴロツキを相手にする、言ってしまえばド底辺のドブ攫い仕事をするしがない違法武装集団でしかない。リンクスと言う組織と絡んではいても、個人で見れば犯罪者に両足ずっぽりと沈んでいるようなものである。民間軍事会社でもなければ傭兵集団でもない彼らに、こんな立派な護衛依頼がやってくるのは珍しいを通り過ぎてありえないことであった。

 これにはさすがのエリーも口を開いた。


「どうして掃除屋なの」

「護衛に傭兵を雇うこと自体は珍しくないわ」

「船を持ってる所が、私兵を持ってないとは思えない」

「あら。少しは賢くなった?」


 口端を持ち上げて、レアは続ける。


「そうね。海賊対策と考えれば、本来は沿岸警備隊の警備艇とかが動くもの。そうではないと言うのには、もちろん理由はあるわ」

「というと?」

「トゥルビネ貿易。表向きはしがない食品貿易会社のさらに末端、片手間に旅客も運ぶ。その実、じゃがいもと一緒に国内に銃火器を持ち込む武器商人」

「どこでも生えるわね、武器商人ってのは」

「しょうがないわ。ここが紛争地帯同然なのは彼らも理解しているし、国際情勢としても、停戦しただけで西の国とは剣呑なままだからね。折角の市場を枯らしたくはない」


 呆れるクリス。それだけではないとはいえ、戦争継続を煽ったのは彼らとも言える。ことにエリー達の国の北部は正規の補給がままならない状態だったため、裏で契約して相当数が舞い込んでいた。リリアの持つIZ91サブマシンガンは北の国の製品であり、ジゼットが持っていたR5-SARは南の国のカービンライフルだ。そんなものが堂々と使われていたわけである。


「で、このトゥルビネ貿易なんだけどね。現在、内部抗争中。ひとつの商人のグループ内で割れちゃったのよ」

「後継争いかは知らないけど、そんな感じって事でいいの?」

「そんな感じね。お互いの失脚を狙って、それぞれがやってるお仕事にも妨害をかけて、今回の話と言うわけ」


 そこで一拍置いて。


「依頼主はサイモン・アルベルト。こちらはいわば、反逆を行ったほう。目的は、トゥルビネ貿易の現オーナー、セイクリッド・ランヌからの襲撃を迎撃すること」

「だから私兵がいないのか」

「少ないといったほうが正しいわね」


 一通り出来た昼食のセットを盛りつけながら、レアは気楽そうに語る。元いた兵士は現オーナーの部下へと自動的にスライドするはずなわけだから、反逆側は本当の本当に自分の兵士しかいないはずである。

 概要はわかったが、クリスが知りたいのはそこではない。


「で、勝算は?」

「あら。それを私に尋ねるの?」

「レアとしても私達は手駒、失うのは惜しいはず。それとも私、レアに見捨てられちゃった?」

「勘とやらはどうしたの」

「ん~、ちょい感じるかな~ってとこ。ただ、これくらいなら正直いつも味わうし、判断材料にはならないかな。前払いがいいって言うのは不安要素でもあるけど」

「なら、リンクスでも何でも行って、自分で調べなさい‥‥‥と、言いたいけど」


 皿を卓に置きながら。


「今回は、特別」

「やった」

「この船に、依頼主のサイモン・アルベルトご本人が乗るそうよ」

「ほうほう。それが確かなら、受けるしかないねぇ」


 反逆のリーダー、依頼主がその場にいると言うのなら、そこは限りなく危険だが限りなく安全でもある。なぜか。依頼主がわざわざ死にに行くだろうか。勝算ありとして、身辺や船そのものの重要部分の防御を私兵に任せて、きちんとしているはずだからだ。その勝利の黄金船に相乗りできるのなら是非である。

 もちろん、危険も伴う。最重要ターゲットが乗るのであれば、その襲撃者も相応以上のはずである。一度戦闘となったら、それなりの事は覚悟しなければならないだろう。ことに場所は船の上と想定される。船の中では、やばそうになったら遠くに逃げると言う手が使えなくなるのだ。その時は船と依頼者もろとも、であろう。


「それにしても」


 最初の質問以来無言を決めんでいたエリーが、また口を挟んだ。

 それに、エリーとリリアの分の食事を盆に載せたレアが、彼女の目の前の卓に食事を置くべく近づく。


「どうしたの?」

「そんな依頼が、リンクスのほうに送られるの」

「何か不思議な事でも? エリー」

「その船の襲撃依頼のほうは来ないの?」

「あなたはいつも言葉が足りないわね。ちゃんと話して、クリスを支えてあげなさいな」


 困った娘だとばかりに呆れ顔を作って、レアは食事をテーブルに並べる。


「つまりこういう事でしょう? 気楽な襲撃依頼のほうは来ないのに、護衛依頼だけが渡されたことが不思議だ、と。それも依頼主の動向を私が掴んだ状態で」

「ん」

「そういう事よ、エリー」


 それで、クリスもはっと気づいた。

 船に乗船しての護衛。そもそもこんな依頼自体来るのが不思議なのだ。さらに依頼主の行動予定まで斡旋屋が知っていて、それを乗船券付きでどうですかと渡してくる。

 もう、案内されている掃除屋は決まっているのだ。そして掃除屋個人の情報は、どうすれば手っ取り早く入手できるかとなれば。


「あ。金を積まれたなぁ~?」

「金で情報を売り買いする。正当な代金であり売買可能な情報なら、私も情報を売るわ。そういう仕事だもの」

「プライバシーもあったもんじゃないわね」

「安心しなさい。スリーサイズは教えてないから」

「そりゃあよかった、っておい」


 それも金次第で売るんかいと、裏手で突っ込む。

 そんな彼女を受け流して。


「クリス、エリー。これは相手があなた達を精査した上で、あなた達個人に対して渡された依頼よ」

「はぁ~。私、そんなに名が挙がるようなことをした覚えないけどなぁ」

「アランファミリーの件で参戦を許された時点で、ある程度察してもらいたいものなのだけどね。あんな依頼、そこらの野良犬に渡すと思う?」

「そうねぇ、そうかもねぇ。待てよ、これはつまり私ら、ウルティスの中でそこそこ有名人という事では」

「女と言うだけでも目立つのだから、あまり派手なことはしないで欲しいのよ」


 カウンターに戻るついでにお盆でクリスの頭を小突いて、レアは飲み物の準備に入る。


「一緒に仕事をする人、つまりジゼットとリリアね。あなた達の事も差し障りない範囲で話したら、どうぞということよ。だから、乗船券が4枚あるでしょう?」

「あ、ほんとだ」

「そうなんですか。でも僕は」

「えぇ。怪我人は送り出したくないわね、あなたは待機して」

「はい」

「これは、あなた達が私以外のコネを作るチャンスでもある。武器商人とのコネも、意外と便利なものよ。あなた達は特に」


 軍採用の新型マークスマンライフルを注文し愛銃とするエリーに、古今東西のサブマシンガンを所望するクリスに、40ミリ擲弾を欲しがるジゼットに、北の国専用の9mm×18マカロフ弾を要求するリリアの四名を、レアはギロリと見回す。四人全員使う弾丸がばらばら。たかだか武装チンピラごときが、自分の獲物に贅沢を言いすぎなのである。


「私はね、本職の武器商人からはもう足を洗ってるの。昔のつてで仕入れてるに過ぎないんだから、要求全部は受け止められないわ。そういうわけで、恩を売っておくのも一興ってこと」

「なるほど。いやぁ、欲しい銃って他にもあるんだよね」

「もちろん危険も相応。定員になり次第締め切りだそうだけど、よく考えなさい」


 語り終えて、後はレアは飲食店の店主らしく仕事に戻った。

 クリスは顎に手をやって、乗船券を見つめる。

 まずひとつに報酬が美味しい。このところ、予期せぬ出来事の結果それなりの資金を得ているクリスにしてみれば特別魅力と言うわけではないが、捨てるには惜し過ぎる金額である。第二に勘がそんなに働かず、状況を鑑みても参加してよさそう。依頼主にある程度信任されているらしいあたりも気分がよい。

 問題点は、やはりこの報酬額を考えれば危険も相応という事。依頼人が直接乗船してそれを襲撃側が狙っているなら、攻撃は激しくなるだろう。依頼人の目的は達成されても自分達の命が、という事も十分にありえる。また、戦場が海上。やったことのないシチュエーションで、しかも内部に敵が来た場合、エリーがまったく働けなくなる。船と言うのは兎に角通路が狭いのだ、マークスマンライフルなど担いでいられる場所ではない。ただ逆に、外からの襲撃である場合はエリーの長射程が生きる。

 トーストを手にとって、サクリと一口。

 悩んで、悩んで。


「まぁ。アリ、かなぁ。エリーは?」

「クリスが行くなら」

「私に投げるか‥‥‥そうだねぇ。じゃあジゼットは当然お留守番で、それでもリリアも行くって言ったらやる方向、かねぇ」

「ん」

「チケット一枚余るけど。あ~、じゃあ、あいつ誘う? 顔見知りは多いほうがありがたいし」

「ディーの事?」

「そうそう」


 言われて、エリーも思案する。

 ホニの町で知り合った掃除屋、ディー。射撃の腕は恐らく自分以上で、誰も彼も知らない連中と船旅という事を考えれば、呼んで損はなさそうである。また、エリーにはちょっとした打算もあった。

 ディーの連絡先は、エリーしか知らない。エリーの携帯には彼の連絡先が入っている。曰く、エリーと「お友達申請」したわけであって、クリスとは無関係だから教えない、らしい。特段必要な情報と言うわけでもないので、クリスも放置していたのだった。


「わかった、声かける」

「ほいよろしく。お、いい香り」


 店内に漂いだしたコーヒーの香りに鼻を誘われて、「私も一杯」とクリスが手を上げる。


「エリーは?」

「私は、いらない」

「おや珍しい」


 ポケットに突っ込んでいた缶コーヒーのふちを指でなぞって答えるエリーに、クリスはやや驚いて、そしてそれがなぜなのかすぐに把握して隣の少女に視線をやる。

 そして。


「んん‥‥‥?」


 香りに誘われたか騒がしさが耳についたか、エリーに寄りかかっていたリリアがもぞもぞと動いて、そしてようやくエリーの左腕を開放した。

 とろりと蕩けた瞳をこする、その仕草だけは天使であった。



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