2.5-5 制裁攻撃
男にとって、それは十分想定していた展開ではあった。
強盗。生活苦からやらねばならないと言う身勝手ながらも理由はあった。殺人。必要はなかったが、無力なるモノへの虐げはストレス発散になる。当たり前にどこからか足が付くだろうが、それと同時に、他の皆もやっているなら自分だけが捕まることはないだろうと言う驕りもあった。
捕まる。その危険性そのものはきちんと理解していた。そして同時に、警察に一定額を掴ませたり、黙って聴取に応じて納得できそうな言葉を並べれば刑が軽くなる、うまくやれば無罪放免になることも彼は知っていた。こんな町だ、防犯カメラなどろくにないのだから、当事者の証言以外は材料にならない。だから男は、そこそこ身だしなみを整えた男連中に部屋に突入され連行され、車の後部座席に座らされても楽観していた。
だから、車が町の中心部とは逆側に走行し始めても、まったく気に止めなかった。
彼が始めて疑問を抱いたのは、通りを3つほど曲がって車が停車した時であった。
「降りろ」との指示で何もない場所に下ろされた男は、警察―――少なくともそのはずである人間―――に囲まれて路地に連れられた。だが彼はまだ何も気にしていなかった。ここで金を要求されるんだろう、程度の認識であった。金は力だ。何でも買える。強盗を働くほど手元に銭がないとは言え、有り金すべてをはたけばまた強盗が出来る。銃なら自宅の具合のいいところに隠してある。
両腕を捕まえられたまま、数十秒。
「お疲れ」
振り向けないが、背後から女の声がした。正面に立っていた男が敬礼をしたので、警察の上司なのだろうなとのほほんと考えて。
「間違いなし?」
「はっ」
「悪いね使っちゃって」
なにやら気軽そうに会話をして。
女性の足音はすぐ背後までやってくる。
「袖の下で減刑狙い、無期でもせいぜい10年で仮釈放。人権騒がれる時代であぁ、自由の国」
そして。
「がっ‥‥‥!」
その瞬間、男は後ろ腰に強い痛みを感じた。
それが背中に、腎臓にナイフが突きたてられたのだと理解しそれを苦悶の叫びとして吐き出す前に、手袋をした手で後ろから口元と鼻を強く抑えられ、絶叫はくぐもった吐息になるだけだった。
痛みの中、女性の声が、耳元で。
「ハンムラビ法典って知ってる? 目には目で、歯には歯でって奴」
「んぐ、ぅ」
「やり返していいって意味じゃないのよ。法の下で同等とされる懲罰を与え過剰報復を禁じる。それがあの有名な法典、それが法治国家。うちの国も他国も、だいたい無期拘束が多いんだったかしら。それが強盗殺人に対する同等の懲罰と規定している。あなたは法の下で、生きる権利が与えられる」
「むごっ、ん!」
「だからこれは私刑。謝罪も懺悔もいらない」
ナイフは捻られてことさらの激痛に襲われる。
右肩の後ろから、手が伸びた。正面に立っていた警官、そのはずの誰かが腰から肉厚のナイフを取り出して、伸びてきた手に受け渡される。そしてナイフを渡した男性は、正面から逃げるように移動。男に見えるのは、夕日の届かない狭い路地の風景。
刃は、喉元へ。
「祈れ」
抵抗しようにも、両腕は拘束されている。
ナイフが奔る。
鮮血が、首元から噴出した。
痛みと、浮遊感と、力が抜ける感覚と。それらを抱えながら、男は永遠に意識を手放す。
絶命を確認して、女性は人間を蹴りつけた。路上へと、男の体は前のめりに倒れた。
遺体から腰に刺したナイフも引き抜いて、別の男から受け取ったタオルで汚らしい血を拭っていく。借りたナイフも同様にしてから持ち主に返すと、転がったそれを女性は睥睨した。怒りも後悔も、充足もなく。
そして、踵を返す。
「ディナーにしましょ。皆に一杯奢ってあげる」
「頂きます」
そして、警察を装った複数の男性と一人の女性を乗せた二台の車は、その場から何事もなかったかのように走り去った。




