2.5-4 報復攻撃
腹ごなしも終わった四人は、ミロの案内で標的がいると言うアパートに向かった。
ただし、直接出向いて終わらせるという単純な話ではなく、ハンナの申し出によりまずは偵察だということで、アパートの玄関口に面した通りを監視できる廃部屋を見つけて、そこで標的を待つことにした。相手は強盗を働いたらしいいわゆる犯罪者である。装備を整えるかと相談した結果、敵は一人だと言うミロの証言を信じることにして、皆の武装はそのままでいくことになった。標的は、青フードの眼鏡男だそうだ。
手榴弾に関する必要分の講義を済ませると、ハンナは商品と財布とを交換した。
財産をはたいて購入した唯一の武装だ。卵を温めるがごとく大事そうに凶器を手で包むミロと、変な気を起こして暴発させないかと監視するハンナ。エリーは仕事に忠実で外を監視中となると、クリスは手持ち無沙汰になるのであった。
「あ~、暇~」
「クリスに監視業務は向かないわね」
「そういうのはエリーに投げるよ」
あまりにやることがないので、クリスは携帯でネットサーフィンを始める始末であった。ハンナもまた携帯を弄るが、すぐにやめて監視に戻る。
何を言われるでもなく仕事をこなそうとするエリーの背中を見つめて。唐突に、ハンナは口を開いた。
「クリスは一人っ子って言ってたっけ。両親は?」
「母親は病気、父親は戦死、家は野党に荒らされて何もなし。墓掃除くらい、しに行ったほうがいいのかね。その話、エリーに聞かないでね」
「別に、構わない」
「詮索はやめておく」
クリスが釘を刺し、エリーは許諾するが、この話題は誰にとっても地雷なのだ。そしてハンナは、ミロに向く。
「君。一人っ子?」
「妹とお父さんはいるよ」
「学校の友達にあのホテルの事を聞いたって言ってたね」
「そうだけど。それがどうしたんだ」
察しの悪いガキだ、とは思いつつもハンナは続けた。
「うちらは頼る親も、帰る家も、教えてくれる先生も、愉快に話せる友達もいない。だから別れを言う相手もいない。準備なんて要らない、いつだって死ねる」
「お姉さん達は友達じゃないのか?」
「広義にはね。野良犬の馴れ合いよ。同じ境遇だねって言って、傍にいるだけ。いずれどこかで、飢えて寒くて野垂れ死ぬ。そうならないために飼い犬になる奴もいるけど、紐で繋がれるのが幸せなのかって言われると、飼い主次第だし」
劣化した天井を眺める。誰からも捨てられた家の誰にも気に留められない風景だ。掃除屋となった彼女達には、世界にとってこの風景と同程度の価値しかない。自分が価値ある人間だとは、ここにいる誰も思っていない。別に善行なんて詰んでいないから、死と言う未知が怖いから、それだけで生きる。戯言だ。
目を街路に移す。この景色も、同じ。
ハンナは腕時計に目を落として時間を確認した。こんな風景よりはいくばくか価値のあるものだ。
「復讐って楽しい?」
「楽しいとか楽しくないとかじゃなくて。お母さんを殺したあいつが許せないし、そんな奴が平気な顔してるのが許せない」
そして報復行動は社会の常。
「確かに、もしこの世に神がいるとすれば意外なほどに不平等。何十億もいる人間の事なんていちいち見てられないんでしょう。そのくせ神は復讐心を植えつけて、ひとつの家庭から母親に加えて息子まで奪うわけだ」
「‥‥‥」
「君はこれから死にに行くわけだ」
「‥‥‥うん」
「死ぬのは勝手だけど、世話にはなったんだから家族に挨拶くらいしておけば?」
クリスは黙ってその様子を見つめる。彼女としてはてっきり「君の親が心配している」とか「死ぬのは怖いでしょ」とか「殺人なんてやめなさい」といった、反吐が出そうな正論を並べ立てるのかと思っていたわけだが。クリスとしても、爆薬与えて突撃させてひき肉にするなんて事は胸糞悪いので説得すべきか思案していたわけだが、強くもいえない。何せ自分達はまさに銃を持って他人に死を降らせているわけだから。
そもそも、そんな正論を簡単に飲み干せるほど、人の感情と言うものは良くできてはいない。無理に引き止めて止まるなら皆止める。だから好きにしろ、なのだ。復讐するのは自由、死ぬのも自由、行くのも自由、別れの挨拶をするのも自由。
ミロはしばらく黙っていた。そして。
「‥‥‥いいよ」
「そう? あぁこれ言っておこうか。いくら手榴弾でも、即死とかそんなの中々ないから。クソ激痛の中で復讐達成を喜びながら死になよ」
「‥‥‥その。やっぱり銃が欲しい」
死ぬのが怖くなった。いや、元から自分の命を掛けてまでそれをしたいとは考えていなかったのだ。ミロは握っていた手榴弾をハンナに付き返そうとする。
だが、彼女は受け取らなかった。
「カフェで言ったでしょ。銃は訓練しないと使い物にならないって」
「練習するよ。だから」
「じゃあ家から包丁でも持ってきなさい。訓練すれば刺し殺せるから」
「そ、それは」
「相手は銃を持っていて、銃の使い方を知っている。初撃が失敗すれば反撃を受ける。銃にしろ刃物にしろ、反撃されるリスクを負う。だから君は買ったでしょ、失敗しようのない一撃で葬り去れる力を」
ミロの手の中にある手榴弾を指差して。
そこでハンナは口端を吊り上げる。
「いいでしょう、銃を撃ってあげてもいい」
「ありがとう」
「さ、金を寄越しなさい」
そこでミロは固まった。
金などない。有り金はすべて、手榴弾を買うときにハンナに財布ごと渡してしまったのだから。
「これ返すから、そのお金で」
「君は金と言う力で、爆弾と言う力を買った。取引はもう終わってる。私、その手榴弾を金出して買うつもりないから。さ、父親の財布を盗むなり乞食するなりしてお金を、力を稼いできなさい」
「そんな事言わないで」
「使えないガキだね」
ハンナは態度を豹変させた。
バッグに忍ばせていた手で拳銃を掴んで、その銃口をミロの額に向けた。動いたら撃つ、と付け加えて。脅されては逃げることも出来ず、ミロは銃口とハンナの顔を見つめるしかない。それはやりすぎだとクリスが腰を浮かし、エリーもまたその様子に目を向けるが、ハンナが片手で制するのでそれ以上は動かない。
「無料で殺しの方法を教えてあげた、取引してあげた。銃も売ってやるって言ってる。何か不満?」
「こ、これと交換を」
「金を持って来いって。耳付いてる、脳みそある? 女だから組しやすいとか思っちゃってるマヌケが」
ごり、と銃口を額に押し付ける。逃げられないという理解ではなく、ただ恐怖による拘束でミロは動けなかった。
殺されるかもしれないと言う恐怖。
死の恐怖。
そしてハンナは声を上げる。
「ねぇ二人とも。こいつからお金巻き上げられそうにないし、殺しちゃっていいかなぁ?」
「ごめんなさいごめんなさい、銃はいらないから、許して!」
「ちぇっ、それじゃあしょうがないね。じゃあせいぜい爆弾抱えて自爆してみせて、楽しませてよ。実際さ、至近で手榴弾爆発したら、人体ってどうなっちゃうんだろうね。案外痛みなしで即死できるかもよ、みっともなく汚い脳漿ぶちまけて、公衆便所よりもくっさい臭いさせてさ」
述べながら、ハンナは手を伸ばす。そしてミロが手榴弾を掴んでいる右手首を握ると、次は銃口の狙いを額から胸に代えて押し付けて、それでもってミロの体を押していった。
二歩下がり、三歩下がり。やがてミロの背中は部屋の壁に阻まれて、それ以上後退できなくなる。
「銃を買って相手を殺して自分は生きて。強盗と同じだね君。ナメてんじゃねぇぞこのクソガキ」
「ひっ‥‥‥」
「母親を殺された報復に男を殺す。次は男を殺された報復に、男の兄弟がお前を殺す。その次は? お前の妹がそいつを殺すのか。たいしたクソだ。仮にお前が返り討ちにしててめぇの命を守ったとしよう。それで終わりじゃねぇ、そいつの仲間がまた来るんだよ。次はお前の家族も標的だ」
「あ、あぅ‥‥‥」
「引き金一回引いたばかりにそうなるのがこの世界だ。だから私達には何もないんだよ。親も友達も、敵も味方も。クソで汚れた手でケツを拭き続ける。全部を亡くす覚悟もなければ死ぬ覚悟すらない。呑気に復讐を歌いやがって、こっちの世界は甘くねぇぞ!」
とうとうミロはその場でへたり込んでしまった。
少年が変な気を起こして起爆しないようにとミロの手は掴んだまま、ハンナは銃をバッグにしまう。そして、しゃくりあげてしまったミロの前で屈んで、しばし黙って彼に付き合う。
ミロはしばし嗚咽していたが、時間を掛けて落ち着きを取り戻していく。
「じゃあ、どうすればいいんだよ‥‥‥」
親を殺されて、仇に自爆攻撃する気概もなく、力を求めればより力のある人間に飲まれそうになって。
搾取を受けるだけの、何もない世界。
「悔しい?」
「悔しいよ」
「だろうね。エリー、外は何も変化なし?」
「いえ。車が二台、アパートに付けた」
「よろしい。じゃあ、あれ見て」
ハンナはミロの手を引くとエリーの横まで引っ張り、そして窓の外を見るように促した。涙でぐしゃぐしゃの顔の少年はそれでも持ち上げて、街路を見た。
エリーの言う通り、白塗りの車が二台、アパートの玄関前に止まっていた。そして中からシャツ姿の人間が降りてアパートへと入っていく。
「あれは」
「通報しといた。強盗殺人。死ぬより辛い目にとはさすがに無理だけど、今は収容所施設はどこも一杯で生活水準下がってるからね。法の下で不自由な生活をしてもらおう、と思うのだがどうかね。うちの国だと強盗殺人は刑期10年だっけ? そいつが刑期終えて戻ってきた時、また殺すかどうか考えればいいんじゃない」
ハンナが携帯を弄っていたのは、そのためであった。
なるほどと思い、最初からそれが狙いかとクリスとエリーは思った。ウルティスの警察は普段の業務はただのルーチンでしかないが、市民からの通報となれば無視はできなくなる。場所がわかれば、法の番犬を呼ぶことは可能なのだ。
「一応にもここは法治国家、法が私達の力。来ないやってくれないなら、呼べばいい」
「‥‥‥」
「さて。まだ犯人を殺したい?」
ハンナは優しく問い、そしてミロは小さく首を横に振った。
「この件はおしまい。さ、帰りな。犯人は捕まったよって、親にも報告しとけばいいよ」
「うん」
ハンナも拘束を解いたことで、ミロは自由に三人の女性の顔を眺めて。
そして手に握った凶器に思い至って、どうしようかとしどろもどろになった。教義の場面とはいえ買い取り拒否をされてしまい、どうしたものかと悩んでいた。手榴弾などもう不要だし、有り金をすべて持っていかれるのは生きるにはちょっと辛い。
ハンナとしては別に爆弾は持って帰ってもらってよかった。お金が欲しかったという事ではなく、金と言う力をこういう形で失う痛みと、今日の日の思い出には丁度いいだろうからと。何かしら形にしたほうがいいだろうと。クリスは、爆発物を市民に与えるのはどうかとも思ったが、ハンナが何も言わないので口を出さないことにした。
だがその中で動いた人間がいた。エリーだ。ミロに向くと、片手を出して手榴弾を寄越すように催促した。
「あなたにそれは必要ない」
「うん。でも」
ミロがハンナの顔色を窺うと、ハンナは息をついて、バッグからかつては彼の持ち物であった財布を取り出してエリーに投げ渡した。そしてその財布と手榴弾とを、エリーとミロは交換しあった。これで彼は、自分達と出会う前の世界に戻る。
エリーは、財布を握り締めるミロと目を合わせて。
「あなたが生きるのに必要な力。大事に」
「‥‥‥はい」
「もうあのホテルに近づくんじゃないわよ」
「うん。ありがとう、お姉さん達!」
財布を返してくれたハンナに、優しくしてくれたエリーに、警告してくれたクリスに深く頭を下げて、そしてミロは廃墟の部屋を出て、元の世界へと戻っていった。
エリーに突き出された手榴弾を手にとって仕舞いながら、足音が完全に遠ざかったのを確認して、ハンナは改めて深くため息をついた。そんな彼女にクリスは軽薄な顔で近づいて、肩を叩く。
「こっちの世界は甘くないぞ、ね。甘いなぁ。普通は警告なしにズドンだよ」
「最初に泣き出した時点で根性ないのはわかってたから、灸を据えただけよ」
「ま、野良犬野郎を増やすこともないしね」
自分達が、随分とろくでもないところにいるのはわかりきっている。人生のジェットコースター真っ逆さま中にレールを外れ飛んだと。間違っているのだ。だから道連れなど要らない。帰る場所があって、守るものがあって、そういう奴らはそうすべきだろう。
落ちた野良犬は、惰性で生きるだけ。
「少年にわずかばかりに勇気があったらそのまま見守る気だったというのには、賛同しがたいけども」
「反面教師ってのはこういうもんでしょ。二人とも、付き合わせて悪かったわね」
「なんのなんの。面倒事でなければ大歓迎」
クリスはにかりと笑う。エリーは表情を変えないが、迷惑と言う色はなかった。
「ディナーでもと思うけど、あいにく仕事の続きがね。このままじゃ遅刻よ」
「お疲れさん。じゃ、現地解散ってことで」
「えぇ。たまにはリンクスに寄りなさいよ、男苦しくて息が詰まりそうだもの」
「レアの店はいつでも閑散としてるよん。ハンナから来なよ」
「一見様お断りでしょ、あそこ。それにあの人は苦手だわ」
口調通りレアの掃除屋に対する扱いはいいが、何かと試そうと言うそぶりを見せるので苦手な人もいるそうだ。思考停止でなんとなく生きようとする人間からすれば、煩わしいとか鬱陶しさに近いものがある。クリスもその点についてだけは同意だった。
廃アパートを出た三人は、そこで分かれた。日が落ち始めて茜に染まり行く空を眺めて、クリスとエリーは並んで歩く。ミロは家族との夕食に間に合いそうかな、などと思いながら。
「にしても、エリーもアツいよねぇ」
「何が」
「お金はあなたが生きるのに必要な力だ、なんて」
「別に」
エリーとしてはそんな偽善的なことを考えて行動しているわけではない。殺しをしないミロに武器を持たせておきたくなかった、と言うのが動機である。が、結果的に偽善になっていることが多いのは、そしてそれがエリーの気質であるのは周囲の知ることだ。
なおも無口な友人をからかいつつ歩くうちに、噴水広場に戻ってきた。どこか未知の店を探すよりは、いつも通りレアの店で味の不安定な夕食を食べようということになり、二人は店に足を向けて。
「あ、エリーだ!」
道中、買い物袋を手にしたゴシック服の少女、リリアとばったり遭遇した。
少女は軽やかに駆けてエリーの前までやってくると、頬を膨らませてエリーを見上げた。
「どこ行ってたのよ。お店で待ってたのに戻ってこないんだもん」
「あんたのスケジュールに合わせる義理がどこにあるのかと」
「クリスには聞いてないわ」
「こんのクソガキ」
一発殴らせろと拳を上げるクリスに、リリアは踊るようにステップして逃げ始める。
野良犬同士が戯れる、ひと時。面白くもない世界だが、今だけは少しだけ、楽しいのかもしれない。そのまま追いかけっこを始める二人を、エリーはしばし眺めていた。




