2.5-3 ミロ
自宅とレアの店を往復するのが日常のエリーとクリスは、彼女達が思っている以上にウルティスの町のことを知らない。そもそもが生まれ育った町というわけではない。現地解散の除隊時にいた町がここだったというだけであり、そこから移動し定住する理由を持たなかっただけだ。この町に愛着があるかといわれればそうでもない。とはいえ、彼女達はもっと知るべきなのかもしれない。
なのでこのオープンカフェも、彼女達以上には町を知るハンナが勧めて連れてきたものだ。通りを二つ向こうにいけば噴水広場がある。
「‥‥‥」
そして、目の前に座るクリスとハンナを、怯え半分睨み半分で見る少年が一人。
冗談にハンナがバッグを漁る動作をして見せたら、肩をびくつかせて隣席のエリーに救援要請の視線を送る。唯一脅さないどころか人としてマトモに応対してくれたエリーに、すっかり頼りきりである。
「そいつも美人でしょ、少年」
「‥‥‥」
からかわれているのがわかって悔しかったのか、少年はがんばってクリスを睨む。
人数分のケーキセットが届いた所で、ハンナは本題に入ることにした。
「まずは名前を聞こうか」
「俺は、ミロ」
ミロと答えた少年は、テーブルに並んだ甘味に目を奪われつつも頑張って男の子であろうとしていた。
立場が危うい少年と違って三人は気楽なものだ。グラニュー糖を紅茶に混ぜてみたり、早速ケーキにフォークを運んだり、コーヒーを飲んだり。各々自由に行動する。ケーキも、コーヒーもそこらの品とは一味違う。いい店知ってるなと二人はハンナに感心しながら、彼女の奢りということで遠慮なく頂いていく。
「ここ数週間、君が私を追いまわしているのは知ってた。誰かから小銭掴まされた? 暗殺計画?」
「違うよ。俺はただ」
「ただ?」
ミロはハンナのバッグを見つめた。銃とナイフの入ったバッグ。
「お姉さん、殺し屋なんだろ?」
「その表現は嫌いだけど、否定はしないでおこう」
「さっきの銃とか、買ってるんだろ。それを売って欲しいんだ。買うよ!」
声を上げて身を乗り出すミロに、ハンナは口元に人差し指を立ててみせる。この町では最早暗黙の了解とはいえ、銃の違法所持違法売買は大声で触れて回るような話題ではない。ミロもすぐに理解して、元の席に戻る。
「買ってどうするの?」
「決まってるだろ」
「誰を狙ってるのかって話」
ミロはしばし黙して。そして語り始めた。
およそ二週間前。販売店での襲撃事件が起こった。
何のことはない、ウルティスでは珍しくもない武装強盗の類だ。それで何を思ったのか、あるいは何も考えず気の高ぶりに任せたか、強盗は銃を発砲した。その時不幸にも店に居合わせたミロと、彼の母親は当然巻き込まれたのだが、母親は銃弾を受けてその場に崩れ、帰らぬ人となった。
「その時、俺は犯人の後を追ったんだ。住んでる場所を見つけたけど、相手は銃を持っててどうしようもなかったから」
「で、居場所はわかるからそいつを殺したいと」
ハンナの言葉に、ミロは頷いた。
事件なんて珍しくもない。それで出来た親なし子がストリートに落ちることも、彼らが復讐を歌うことも。
「それで、どうして私にストーカーを?」
「友達から聞いたんだ、あのホテルは銃を持ってる人が一杯出入りするって。銃を買った奴もいるんだ。でも俺は知り合いとかいないから」
「うん」
「‥‥‥怖い人ばっかりだから、話しかけやすそうな人を探してて。あとはお姉さんがそういう人だったら頼むか、バッグを盗むかしようと思ってて」
クリスがせせら笑う。確かにリンクス通いの連中はそこそこ腕のある、体格のいい人間が多い。その中で唯一細身の女性となれば。男の子とはいえ子供だ、組しやすい相手を探したかったのだろう。どこかからの偵察だとか暗殺だとかを心配していたハンナからすれば、ひどくお粗末な話だったが。
ハンナは紅茶をすすった。ミロの話を鵜呑みにするかを考えて、一度自分の周囲に尾行らしき人間がいないかを確認して。
「事情は理解したわ。君の望む銃も持ってる」
「じゃあ」
「次の質問ね。君、人を殺すのに一番の手段って何だと思う?」
「ちょいハンナ、話進めちゃうの?」
「無視したってこいつは続けるわよ。ストーカーはやめてもらいたいし。さ、答えて。確実な人の殺し方」
唐突な問いにミロは首を傾げる。
もちろん彼には答えがある。まずもって最初に思いついた手法であり、実行する為の行動を行い、それを目の前で実行して見せられたのだから。
「銃だよ」
「確かに銃は、極短い訓練でたやすく相手を殺傷できる理想の兵器。概ね異議はない。けれど外れ」
「違うの?」
「今言ったでしょう、『極短い訓練で』って。そこ数メートルの距離をまともに当てるにも訓練が必要なのよ」
確かに最初はさっぱり当たらなかったなと、ハウンド時代の訓練を思い出してクリスは微妙な顔をした。
そもそも軍隊では、いきなり実弾訓練はしない。扱いひとつ間違えば事故に繋がる以上、撃つ真似事や銃の操作を反復学習して一通り馴染ませてからようやくやるのだ。そして、この国の正式採用拳銃45口径弾の実際の射撃反動にびっくりするまでがセットだ。挙句に震える手で正しい姿勢を意識しながらじっと狙って、それですぱーんと外すのである。
「.357マグナム程度じゃ人は確実には死なないし、あんな反動子供が扱えるわけないでしょ」
「いや、さすがにマグナム食らったら死ぬんじゃ」
「それこそマグナムと言う響きが作る神話、エネルギーなんてたかだか9ミリパラの1.5倍程度よ。反動を逃がす練習するくらいなら9ミリのホローポイントでも使えっていうのが私の意見だけど」
今ハンナが持つ自前の拳銃、S239DAは9ミリパラベラム弾を扱う。マニュアルセーフティのない、引き金を引けばそれで用を成す簡便な代物だ。数メートルの距離から狙って当てるのは厳しいかもしれないが、きっちり密着して叩き込めば銃は正しく銃としての威力を発揮するだろう。とはいえそれをぶっつけ本番でやれるか。それこそが訓練というものだ。
銃を否定されたミロは、次なる武器を口にする。
「じゃあ、ナイフとか?」
「刃物。極原始的な武器で、ゆえに扱いも単純。でもそれも技量あっての話よ。確殺には急所を狙うなり、何度も貫くなりする必要がある。白兵なんて、相手が徒手格闘のひとつも齧っていれば破綻。訓練のない子供がすぐに使うには、銃もナイフも適さない。それと銃もそうだけど、防弾防刃ベストはクラスの低い奴ながら出回ってる。防がれる可能性もあるわ」
「じゃあ何がいいのさ」
「ここで私が出した答えはこれ」
そこまで講義して、ハンナはミロの疑問に答えるべくバッグを漁り、そしてひとつのボール上の物体を掴んでミロに見えるようにした。
パイナップルを連想させるようなざっぱな網目模様の、球体。
「何それ」
「PG51」
「?」
「手榴弾」
聞いた途端、少年は身を引いた。
爆弾。名前は知っているがさすがに実物を見るのは初めてだったのである。
顔を引きつらせるミロには興味を示さず、ハンナは続ける。
「ピンを抜いてレバーを外しておよそ5秒。半径数メートルは致命ゾーン、これは破片手榴弾だから数十メートルに殺傷効果。単純ね」
「蓋を開けて熱湯5分みたいに言うんじゃない」
「手軽ってことよ」
「にしても手榴弾なんてものをバッグに常備するとは」
「フラッシュバンとスモーク握る奴が何を言っているの」
クリスの苦情もなんのそのである。
手榴弾。身も蓋もなく範囲を破砕する爆発物。
「でも投げてる間に逃げられるんじゃ」
「投げる? 何言ってるの」
そしてハンナはミロを睥睨し。
「これ持って相手に抱きつくのよ」
「‥‥‥」
「そっと近づいて抱きつく。ピンを抜いて5秒耐える。はい、殺害成功。相手が徒手格闘できようが、レバーさえ外しておけば何の障害にもならない。費用は手榴弾代のみ、訓練いらず、銃より目立たず、しかも確実。これ以上の方法を私は知らない」
銃のように狙う訓練も、ナイフのように致命箇所を覚え実行する技量を身につける必要も、正しく投げる練習すらいらない。ピンを抜いて飛びつくだけだ。しかも銃弾以上の威力を広範囲で約束されているし、手のひらサイズの球体は隠密で近寄るにも便利。
エリーやクリスにとっては愉快な話ではない。敵の手榴弾に覆いかぶさって味方を守ったり、逆に爆発物を抱えて敵の装甲戦力に突貫したり。いずれも経験はなくじかに見たこともないが、そういう話は良く聞いたものである。あるいは投擲ミスによる自爆。もちろんいずれの話の登場人物は、もれなく天に召されている。
当然、抱きついて起爆などしようものなら。
「それは、その」
「もちろん自分もドカンね」
「‥‥‥」
「さて。以上を踏まえた上で、君は何を買う?」
まっすぐに見つめる。侮蔑も驕りもない、ただの商談として。
こうもセールスされてはミロの選択は一つ。というわけでもない。自分の命を掛けるか否か、その葛藤はやはりあるのである。しかしハンナに試されているような気がしたミロは、先ほど脅されて泣き出すと言う醜態を見せたことで馬鹿にされている気がして、少々意固地な結論を出した。
「いくらで売ってくれるの?」
そしてミロは、すぐに言葉を失うことになる。
「有り金全部」
「え?」
「あんたどうせ死ぬんだから、金を残したって仕方ないでしょ、全財産寄越しなさい。あまりに少ないならやっぱり売らないわ」
さぁどうする、と手にした手榴弾を見せびらかす。
ミロは狼狽した。いきなり全財産差し出せと言われれば驚くだろう。
「そ、それは」
「できない? じゃあ売れないわね。軍用手榴弾なんてそうそう販売されてないわよ。あぁ、お手製爆弾の製造購入は、動作効果の保障がないからおすすめしないわ」
逃げ道を塞ぐ言い方をしつつ。
ミロは意固地であった。唸りはしたものの、決めた彼はポケットから財布を取り出して、それごとハンナに突きつけた。特に色もなくハンナは受け取り、中の金額を確かめる。元々銃を購入する為にいくらか紙幣を入れており、そこらの三つ葉委任から銃を買うに必要な分は、といった所であった。
「家財も含めて全部って言いたいんだけど、まぁいいわ」
「お金は払っただろ、くれよ」
「爆発物よ爆発物。こんな所でピン抜きされたらたまったもんじゃないわ。それに、話の詳細をまだ聞いてない」
「もう話すことなんてないぜ?」
「標的の居場所。私、まだ君の話を全部信用したわけじゃないから。君がこいつでむごたらしく爆散するまで見届けるから」
財布を一度ミロに返すと、ハンナはケーキに手を伸ばした。ついでに、この話にも興味がなくなったのか携帯を取り出して弄り始める始末である。
「それはまた後で案内してもらいましょう。ほら君、最後の晩餐だよ、折角払ったんだから食べな」
「は、はい」
「人の金で食べるおやつは、おいしいわよ」
「あんたそんなキャラだったんだねぇ」
携帯を弄りながら気もなく語る、悪役臭を消さないハンナに、クリスは感心する。
普段このような粗雑な態度はハンナは取らないので、演技か何か機嫌を損ねたか。まぁいいと、話も終わったのならとクリスも今は舌鼓を打つことにした。喫茶のケーキの味は確かなものだったのであったからだ。また今度、リゼとエリーの三人で来ようかなと考えながら。




