2.5-2 挑発攻撃
「ほうほう、あれが」
酒場を出てホテルの上階にやってきた三人は、そこから窓の外を見下ろして眺めていた。
ホテル前の道路の向かい側。そこで一人、じっと立ち止まっている人間が一人。青の帽子をかぶったラフな格好のそれが、ハンナの言うストーカー野郎だと言う。
この距離からでもわかるほどの。
「あの男の子がねぇ」
「ここ二週間くらいずっとね」
「そっかそっか、ハンナはショタの性癖が、あいたっ」
冗談に小突きつつ、ハンナは嘆息する。
「二週間っていうのも、私が気づいてからの計算だけどね。ホテルを出たら後を追ってくるのよ。巻くのも一苦労だわ」
「で。あのコの告白を受けるのかい?」
「馬鹿言わないで。どこからかの偵察とか、暗殺とか、そういう直接的な被害を心配してるの」
「心当たりはありすぎる、っと」
掃除屋はそういうものだ。誰かの命を摘み取るのだから、恨みを買って回るようなもの。確かにリンクスは中立的に仕事を受けるというスタイルを持つ傭兵派遣組織にも似たコミュニティだが、それらの抑制は中規模以上の人員を抱えるグループにしか効果はない。個人的な怨恨まではどうしようもない。それにもっと別の、ハンナにも理解が及ばないような理由でつけられている可能性もある。
偵察は終わったのでカーテンを閉じ、三人は部屋を後にして一階へと降りていく。
「ハンナとしてはどう処理するつもり?」
「捕まえて目的を吐かせる。それが早く確実に済むわ。でも、共謀者の可能性も考えるとね」
「子供を偵察に、本命はまたどこかでと考えると一人じゃ動けないか。まぁいいでしょ、クリス様が手伝ってあげよう」
「お得意の勘?」
「特に何も囁かないんでね」
クリスは、理屈不明ながら危険を察知することが出来る。だがこと今回については一切胸はざわつかないので、たいしたことはないだろうと高をくくっていた。
それでも何があるのかわからない以上、最低限自衛の準備は必要だ。武器は今持っているかとハンナが問うと、クリスはUP45ハンドガンを吊った腰のホルスターを叩く。45口径のハンドガンだ。
「大口径主義」
「拳銃についてはね。ハンナは?」
尋ねると、ハンナは肩にした小さなバッグから一丁の自動拳銃を見せる。
S239DA。改良を続けてきた息の長いシリーズの小型版で、小ささゆえに装弾数は控えめなものの扱いやすさは高い。エリーの持つW99Cもそうだがマニュアルセーフティがないので、装填さえ済めばあとは抜いて狙って撃つだけである。
「手間なく使いやすい高価優等生銃。性格出てるわ」
「大口径馬鹿とは違うのよ。エリーも何か持ってる?」
「ん」
「私も新しいの欲しいなぁ」
「それで足りるでしょう」
「やだやだ、新しい銃の新しい操作感を堪能したいのだ。そのうち自分に合った銃が出てくる」
クリスがUP45を使っているのは、それが掃除屋を始めて銃購入を考えた時点で一番馴染んでいた銃器だったからだ。なにせ国軍の正式採用拳銃、戦争期はどれだけでも触ったことがある。セカンダリウェポンとなれば超緊急時に使用するもの。勝手のわからないものに命を託したくはない。
嘯くクリスと共に一階まで降りてきた。
「私が先行して釣って、適当に街路で捕まえる。二人は標的の後ろを付いてきて」
「そのままとんずらしてもいい?」
「そうしそうな人間には頼まないわよ」
「ご信頼いただきました」
酒場の掃除屋に頼んで早期の解決を図らなかったのは、直近で実害がないならと泳がせておくつもりだったのと、もしくはそのあたりの事情もあった為だった。
まずはハンナが一人ホテルを出て行く。標的の少年は少し待ってからハンナを追い始めたので、本当にストーカーなんだねと会話しながらエリー達もついていった。
ハンナは尾行されやすいよう人通りの多い場所を避けて、噴水広場から遠ざかる。ウルティスは中心街から一歩出れば閑散地域だ。かつて観光客を引き付けた古きよき町並みは小さな路地がたっぷり。人気のない路地などどれほどでもある。そのどれかをハンナが好きに選んで決戦場に設定するだろう。
「エリー、後ろは?」
「異常なし」
自主的に後ろを警戒するエリーに尋ねるが、自分達のさらに後ろからついてくる人間はいない。こんな時代、GPS機能だとか言うものもあるのでまったく安心できるわけではないが。勘も何も言わないし、背中にエリーが居るというだけでクリスは気分が楽と言うものであった。
昔から、ハウンドの時からそうなのである。クリスは前、エリーは後ろ。彼女が後ろにいるから、自分は前を見て戦える。
「ほんと、エリーがいると前見ていられるわ。愛してるよエリーちゃん」
「愛が軽い」
「あぁ、私の思いはいつ届くのか」
わざとらしく、しかし思いとしてはそれなり以上のものを持ってクリスは嘆いてみせる。
そうしている間にも移動を続けて。人気のない通りまでやってきた所で、ハンナは曲がって車が一台通れるかという道に入っていく。続けて少年も曲がっていき。
「取った!」
どうやら角待ちでお縄になったらしい。ハンナの声を聞きつけて、エリーとクリスも駆け足だ。
通路を覗き込むと、標的の少年は地面にうつ伏せに、片腕も拘束されて後頭部には銃口まで突きつけられた状態で転がっていた。女性とはいえ背中からのしかかられてさすがに身動きが取れない。
「見事な手際。うちら必要だったの?」
「共謀者の可能性って言ったでしょ」
「まぁそうだけどね」
一応周囲を確認するが、これと言って怪しい影はない。それならそれで構わないと、クリスも屈んで少年を睥睨した。
「少年よ。こいつが美人とはいえストーカーはいけないねぇ。さて、ゲロ・オア・ダイ。吐くか死ぬか選びな」
「吐くって何をだよ!」
「ストーカーの理由、依頼主のこと、事の背後関係から何から全部」
「何の話だよ、俺はただ」
「私の銃、鉛弾は12発あるけど。君の指一本ずつふっ飛ばすには足りるねぇ」
クリスは空いた少年の手首を掴んで、ホルスターから抜いた45口径ハンドガンの銃口を少年の指に押し当てる。いやいやと少年は暴れるが、多少動いたくらいでは負傷は免れない。
逃げる少年の指をほれほれと銃口でつつき回すクリス。これにはさすがのハンナも呆れ顔だ。
「何やってるの」
「ほら、テレビの手品番組で見ない? 広げた指の間をナイフでカカカッと突いて回る奴。怖いよねあれ」
「あれは見えている恐怖、ナイフだからこそ。銃じゃ効果は薄い」
言いながらハンナは銃をバッグに仕舞うと、今度は黒塗りのサバイバルナイフを取り出す。そして、怯える目でクリスの銃口を負うその目の前に、カツンと突き立てて見せた。当然と言うか、少年はことさらに恐怖で顔を引きつらせる。
そのナイフで少年の首をひたひたと叩いてもみせて。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝罪より先に吐くものがあるんじゃない?」
「許して‥‥‥ぐすっ」
とうとう泣き出してしまった。
これだけ脅せば当然でもあろうが、泣き出して会話が進まなくなったことにクリスとハンナはさてどうしようかと、顔を見合わせた。少年の反応を見る限り一般人のそれである。どこからかお金を掴まされてやらされたのか、それとも本当にハンナのファンなのか。
黙れと言って黙ってくれる様子でもなくなってしまい、クリスはエリーに振り向いて助けを求めた。完全に悪役を演じてしまった自分達が何を言ってもどうしようもないからと。エリーは息をついて近寄ると、屈んで少年の頭に手を載せた。
「大丈夫、何もしない」
そう静かに述べて、エリーは少年の頭をそっと撫でた。




