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2-20 親




 車と言う閉鎖空間。

 エリーの視線の先にあるグラウンドで、子供達が球技をして遊んでいる。

 何の不安もなく、スポーツに興じている。エリー自身は昔からそう運動するほうではなかったが、何も悩まず何も恥じず、その日その日を楽しんだ記憶ならある。今やおおっぴらに言えない仕事をしているエリーにとって、それは眩しい光景だ。それを眺めること、ここに居ること自体が場違いな気さえしてくる。

 来るべきではなかったのかもしれない。

 この閉鎖空間から先は踏み入れていい場所ではないのかもしれない。

 後悔。いや、躊躇いをもってぼんやりと、眺める。


「エリー」


 聞き慣れた声が鼓膜を叩く。視線を移すとクリスが、運転席から降りて、顔を車内に突き出していた。

 エリーは視線を逸らす。帰ると言えばクリスは聞いてくれるだろうか、そう考えながら。

 しかし、それは許されなかった。隣からぐいぐいと体を押されて、車外に出るよう強要されたからだ。エリーの体を押しているのはリリアだった。一件以来すっかりと調子を戻したリリアは、エリーの体感2割増しくらいで騒がしい。なんだかよく絡まれる気さえする。

 そんな少女にせっつかれる。


「エリー。行くんでしょ」

「‥‥‥ん」


 後部座席に居座っていてもリリアに絡まれ続けるだけである。仕方なしと観念して、エリーは閉鎖空間から出るべくノブに手をかける。

 車外に出る。

 目の前の礼拝堂を、エリーは見上げる。

 話は、少しだけ遡る。

 仕事を終えて、ついでに借り物のKAC-Mk25Mライフルを、あの血濡れの虐殺部屋を思い出すからと言う理由でディーにつき返して数日。

 先に帰路に着いたリゼとジゼットを見送ったエリー達には、これ以上ホニの町に留まる理由はなかった。なので、ウルティスに帰るついでにマイヤーの店に立ち寄り、報酬を受け取ってオサラバしようという事になったエリー達。滞りなく報酬を受け取りさあ帰ろうという段で、エリーの携帯電話に、先にウルティスに戻っていたリゼからコールがあったのだ。

 内容は単純だ。ホニの教会から、エリーを指名して会いたがっている人がいるので、立ち寄ってみてという連絡であった。ウルティスの教会経由で連絡が届いたのであった。

 エリーを指名している教会関係者。誰かは言わなくてもわかる。

 しばしの逡巡ののち、エリーは「わかった」と答え。

 そして、今に至る。


「‥‥‥」


 エリーは建物を見つめる。

 シスターは確かに、エリーにとっては大切な人間だ。家と両親をなくしたショックの中で出会った、決して無視することのできない恩人。

 一時とはいえ自分の親代わりをしてくれた人と会うのはもちろん歓迎だ。だが、それは今の自分を何も見られていない場合に限りである。自分は人殺しになりましたと示しておいて、堂々と対面するだけの蛮勇はエリーにはなかった。だから憂鬱だった。

 そんな、車を降りただけで動かないエリーに寄って、クリスは肩を組んでいく。


「今は気弱なエリーちゃんかな?」

「別に」

「ほんと、仕事してる時とプライベートの時って全然違うよね、エリーって」


 言って、クリスはエリーの頬を指でつまむ。痛かったので、エリーは眉を潜めた。

 そして、肩を組むのを辞めて、背中をばんと叩く。これまた痛い。


「痛い」

「ほれ、行って来い」

「‥‥‥ん」


 友人に背中を押されて、エリーは一歩踏み出す。振り返ると、クリスとリリアが気楽な笑顔で手を振っていた。

 息をついて、前を向いて歩き出す。

 相手と、待ち合わせ場所は決めていなかった。なので扉の開いている礼拝堂に回って適当に関係者を捕まえ、取り次いでもらう。呼び止めたそのシスターは偶然か必然か、ここの襲撃事件の時に花壇を手入れしていた中年のシスターだった。彼女はエリーの姿を見て驚くが、貫禄の見える営業スマイルで用件を受け、そして消える。

 そして戻ってくると、ついてくる様にと案内された。

 誰に会うのかはわかっている。

 どんな顔で会えばいいのだろうか。どんな顔をされるのだろうか。

 何を話せばいいのだろうか。どんな話をされるのだろうか。

 悩みながら、不安になりながら、付いて行く。

 場所は職員棟。その一室の前まで案内した中年シスターは、「ここですよ」と示して、会釈して去っていった。

 この中で待てばいいのだろうか。

 それとももう、この中にいるのだろうか。

 ここまで来て、エリーは足踏みする。

 「久しぶりに再会した一般人エリー」ではない。今度は「平気で銃を撃つ人殺しエリー」として会うのだ。撃った相手は悪人だったかもしれないが、少なくとも今のエリーも、世間から言えばアウトローだ。警察のように何か権限があってやったわけではなく、自身の行為には変わりはない。

 相手に合わせる顔が、ない。

 なぜ呼ばれたのか、わからない。

 それでも「親」に呼ばれたのだ。エリーは唇を結び、意を決して扉をゆっくりと開いた。


「あら」

「あ‥‥‥」


 そこには先客がいた。

 シスター、ルーフォ。

 自分の「親」。

 微笑を浮かべるルーフォを見て、エリーの決意はあっさりと砕かれた。早速引き返したいと逃げ腰になる。それは、席に座っていたルーフォが立ち上がったことで余計に強くなった。


「こんにちは。どうぞ」

「‥‥‥はい」


 逆らえない催促に、エリーは表情を堅くしながら中に入り、扉を閉める。

 そしてそのまま、棒立ちになった。

 動けず視線をそらすエリーに、ルーフォは困った子を見るような目で微笑んで。


「こんにちは」

「こん、にちは」

「あなたの連絡先を聞いていなかったから、ウルティス教会のリーゼロッテさんを通して連絡をさせてもらったの。わがままを言ってしまってごめんなさいね」

「いえ‥‥‥」


 目を合わせられないまま、小さく答える。顔を見るのが恐ろしかった。


「怪我は、ない?」

「‥‥‥はい。特には」

「そう。よかったわ」


 声だけはエリーの耳に届く。柔らかな声だったが、それすらエリーには怖かった。

 自分を責めているようで。

 耐えられない。


「あの。シスタールーフォ」


 顔を見ないまま。


「ごめんなさい」


 他に言葉が見つからず、襲撃事件のときと同じ言葉を口にして、エリーはただでさえ俯いていた頭を下げた。

 あなたに折角よくして貰ったのに、まっとうな人間として生きることが出来ませんでした。

 人殺し。

 自分なりの意思があったとはいえ、シスターの顔を見ると、この道を進んできたことを悔いに思う。辞める気はないが、こんな姿を見せてしまうことが恥ずかしくなる。

 そして恐ろしい。謝るから、どうか怖い顔で見ないで。あなたに見捨てられたら、自分の世界にいる人間がクリスとリゼと、あの少年少女だけになってしまう。

 もう嫌なのだ。誰かがいなくなるのは。


「エリーちゃん」


 ルーフォが歩む。足音と声音だけがエリーに届く。

 そして声が近くなった。


「私は立場として、エリーちゃんの生き方を肯定することはできないわ。できることならやめてほしいし、あなたが好きでそういう場に身を置いているわけではないことを望みます」

「‥‥‥、はい」


 絶望的な言葉だ。

 残念ながら、選んでこの道を歩んでいる。きっと変える事はないだろう。死ぬまで。

 お叱りを甘んじて受ける。

 ルーフォの言葉は続く。


「それでも、あなたのおかげで救われた人達がいます。それは、誇って」

「‥‥‥」


 果たして誇れるようなことだろうか。

 誉められたいわけではない。ただ自分は、守りたいだけだ。





 そして。





 エリーは次に、驚きで目を見開いた。

 エリーは包まれた。

 さらに寄ったルーフォに、やさしく抱かれる。


「また、いつでも遊びにいらっしゃい」


 静かに、やわらかく。

 それは恐らく、エリーが一番欲しがった言葉。

 暖かい。

 目を細めて、エリーもルーフォの背に手を回す。


「‥‥‥ありがとう、ございます」


 不器用に薄く笑って、エリーは目を閉じた。




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