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2-19 意思




 エリーは静かに、アイアンサイトでリリアの胴体中央を狙う。当たる可能性の高い場所だ。

 彼女の銃弾をもかいくぐる身体能力、そして1分足らずでやってのけた所業の結果。もはやそれは、普通の人間が出来ていい内容ではない。

 目の当たりにして、率直に驚きはあった。クリスから前もって話は聞いていたエリーだったが、いざ目の前にして、やはり理解は追いつかない。静かに鋭利に構えてポーカーフェイスは維持していたが、やはり動揺はあった。

 しかし。

 それ以上の感情が、エリーを動かす。


「リッパーの話、クリスから聞いた」

「そう」

「クリスの指示は『暴れるのは禁止』だった」

「それで?」


 アイアンサイトの先の少女は悪びれることなくくるりと回り踊り、リリアは微笑む。


「そんな忠告、今日は言われてないわ」

「許可は出てない」


 言葉で不快感のほうが勝り、リリアは笑顔を消す。

 二人の距離はおよそ5メートル。エリーのライフル弾が吐き出されるほうが早いだろうが、同時に、リリアの身体能力があれば十分に間合い。リリアの腰にはまだ一本スローイングナイフが残されているが、たとえそれがなかったとしても関係はないだろう。エリーの格闘技術は並未満だ。

 状況が決定的になるまで。そして銃弾一発程度は避けられる自信から、リリアは会話を続ける。


「だって、この方が早いもん。何か問題があるの?」


 周りを見てよとの意思表示の為に、リリアは両手を広げる。

 「結果」がそこにある。彼女の周囲には、当たり前のように死が横たわっている。すべて、少女一人が生み出した世界だ。

 促された光景にエリーは脇目もふらず、ただまっすぐに少女を見つめる。そんな光景など、エリーには何も重要ではない。

 そして、問うた。


「あなたは。人を殺したいの?」


 いつも通り、呟くように。声には何の感情もない。ただ平坦だ。

 リリアは、わからないと首をかしげる。子供のような、子供らしい、あどけない仕草だ。


「エリーだって撃って、殺してるじゃない。何か違いがあるの。それとも、人を殺してはいけません~なんて言うつもり?」

「何も違わない。私もあなたも、同じ人殺し。異議もない」

「じゃあいいじゃない」

「あなたは。人を殺したいの?」


 答えた上で、もう一度同じ質問を繰り返す。

 リリアがいぶかしむような顔をする。エリーの言いたいこと、言っていることがわからないのだ。

 本当にわからないのだなと、今の彼女とこれまでの彼女に対して理解して、エリーは言葉を続けた。


「あなたは、ナイフを持ってる」

「そうね」

「殺す為にナイフを持つの? ナイフを持つために殺すの?」


 問い方を変えるが、リリアにはやはりわからない。

 元々、エリーは饒舌ではない。それでも意思疎通には語る必要がありそうだと小さく息をつき、なんとか目の前の少女にも理解してもらえそうな言葉を探して、自分なりに言葉にしてみる。


「私は人を殺せる。私の守ろうとした奴に危害を加えようとするなら、そいつを殺せる。あなただって、ジゼットが危険になるなら、危害を加えようとする奴は殺せるはず」

「もちろんよ」

「必要な殺し。私達にとってそいつは殺す必要があり、殺してもいい相手と思っているということ」

「そうね」


 物事の善悪ではなく感情として。エリーの意見にリリアも同意する。


「あなたにとって、思い通りにやらせてくれないクリスは邪魔な存在」

「‥‥‥」

「いたら不都合。それは、殺してもいい相手ということ」

「それは」

「あなたが人を殺したいというのなら、クリスが危険。だから私はあなたを殺せる」


 エリーの銃口に迷いはない。意思にも、指先にも、迷いはない。たとえ勝てない相手だと脳も本能も理解していても、そこに躊躇いはない。それが覚悟だ。脅しでも何でもなく、本気で撃てる、自分にはその意思があると。

 リリアのナイフに迷いはない。意思にも、指先にも、迷いはない。だが。


「クリスは生きる金が欲しいから殺す。私はクリスを守るために殺す。ジゼットも、守るために殺してる。多分だけど。でもあなたは違う。あなたには覚悟がない。なんとも思わない。お金が欲しいわけじゃない。殺したことで、結果的に報酬が発生するから受け取っているだけ。それだけ」


 資金なら、彼女達は以前のアランファミリーの件で当面困らないだけの報酬額を得ている。クリスがこの仕事を渋ったのは、別に今は資金に困っていないから。金の為にやる、には理由が薄かったからだ。だがリリアは嬉々として受けた。それがクリスのリリアの違いであり、クリスが思考の食い違いと違和感を覚えた理由だった。

 リリアは、何のために仕事を喜んで受けるのか。


「あなたは出会う人間を構わず切りつけるわけじゃない。殺すだけの理由をもってやってる。お金じゃない。あなたはもうお金を持っている。宗教でもない、悪人への正義感でもない。なら答えはひとつ」


 自分にとって無価値な人間を「殺したいと思った」から殺している。やりたいからやる。それはいわば趣味と言う言葉で表現するのが近いのかもしれない。

 あとはそれを、子供ながらの無邪気と無思慮でやっているのか。それとも。

 意識し理解して、やっているのか。

 もしも前者であれば救いがたい。まっとうな人間の道を進む為にはまずは道徳から学ばなければならないだろうし、したからといって改善される確証もない。

 もしも後者であれば。

 救えない。


「もう一度聞く。あなたは、人を殺したいの?」


 三度問い、そして部屋は静寂になる。

 ここまできて、リリアもエリーの言わんとしている事をいくばくか理解できた。

 殺したいから殺したのか。自分が、殺人と言う行為をりかいして明確に意識して、考えて行ったのか。

 あなたは、救えないほど壊れた人間なのか、と。

 リリアはエリーから目を逸らした。そして、自信が今しがた成したその結果が溢れている部屋に転がる、結果のひとつに、壁際でスローイングアックスを喉元に受けて絶命しているそれに目を向けて。

 その光景そのものに、気分の高揚も達成感も、リリアにはなかった。

 目的があるわけでもなく、理由があるわけでもなく。


「少し本気になって、相手を観察する。それだけで、世界がスローモーションに見える。少し本気になって、力を入れる。それだけで走るも飛ぶも、銃口から逃げるのも簡単になる。力を使うとね。その時だけは、すごく高揚するの。とても気分がいいの。もう最高」


 胸に両手を当てて、独り何かに浸るように語る。

 しかし表情を変えないエリーに、理解してもらえないとわかったリリアは肩を落として。

 そして、ポツリと語り始める。


「最初のころは、漂う死臭に吐いたこともあるわ。嫌だよ、この臭い。肉の腐る臭い。冷えていく生暖かい血。死に際に、化物って言われる事」

「‥‥‥」

「エリーも思うんでしょ。私のこと、化物って」


 語る少女を、エリーは黙ってアイアンサイト越しに見つめる。


「でも仕方ないじゃない。できちゃうんだもん。仕方ないじゃない。お金を稼ぐ方法、他に知らないんだもん」


 そしてリリアは顔を上げる。

 銀色の瞳は、憤りに燃えていた。


「こうしたほうが楽に仕事が終わる。終わって、貰ったお金で好きな服を買って二人旅して。ねぇ、私のやってる事ってそんなに悪いことなの? 私達は鹿や豚を殺して肉を食べるでしょ? 戦争でいくらでも人を殺したでしょ? 銃で殺すのは良くてナイフで殺すのはダメなの? やるな我慢しろ許可が出てない。五月蝿い。今までずっとこうして来たわ、今更これが悪い事なの? 何をどうしようと私の勝手だよ! エリーなんかに決め付けられる理由なんてないわ!」


 少女は叫んだ。

 力を使うなと大人から抑圧され、近しい人間だったジゼットを怪我させられ、その犯人と一緒に仕事をしなければならなくなり。とどのつまりホニの町に来てからの、少なくとも彼女は押さえつけられたと感じている生活で我慢の限界に達していた少女は、吠えた。

 自分自身の思いを。

 あれほど余裕に笑い、快活に振舞う少女が。哀れな姿だと、エリーは数瞬だけ思った。

 しかし、だからこそ、エリーは感情を取り除いた声で言い放った。


「あなたの好きにすればいい」

「‥‥‥」

「私も好きにする、あなたも好きにする。化物をやりたくてやっているのなら、そうすればいい。あなたがやりたくてやっているなら、私も好きにする。クリスが危ないから撃つ。あなたは、人を殺したいの? 私が聞いてるのはそれだけ」

「‥‥‥私、は」


 幾度目かの質問に、リリアは弱りきった表情をして俯く。

 しばし、無言が続いた。

 外ではいまだに銃声が続いている。ここは戦場だ。悠長にしている場合でもなかったが、それでもエリーは答えを待つ。

 リリアはすぐには答えなかった。エリーからの問いに、自分の意思を持って答えられなかった。

 そして。

 リリアは思いを口にした。


「わからないわ。殺せるから殺して、殺したらお金がもらえるから殺してる。悲鳴やこの匂いは、その時はすごく熱くなって面白いけど、今はそんなに好きじゃない」


 こうして世界を作り上げた感想。

 昔みたいに吐かなくはなったけれど。


「じゃあ」


 エリーの思いは決まった。

 違いなく、狙いをつける。

 照星の先には、標的がいる。


「今は、嫌いなのね」


 人差し指を引く。

 決められたアクション通りにハンマーが弾丸の雷管を叩き、弾丸は放たれる。

 狙い通りに。

 リリアの周囲に広がる死の世界、そのうちのひとつの遺体に。

 弾丸を受けた肉体はビクンと一度だけ跳ね、それ以上は何も起こらない。

 驚いたのはリリアだった。


「エリー?」

「リッパー騒ぎ、また起こすわけに行かない。銃痕残しておけば、言い訳が立つ」


 述べて、また撃つ。人を殺すには十分な威力のある7.62x51mm弾が、既に息絶えた人間の体を過剰に貫いた。

 眉間にしわを寄せて、心底嫌そうに。

 事実としてエリーにとっては不快この上ない作業だった。もう何の脅威でもない、誰を傷つける可能性もない息絶えた人間の体を撃つ理由がどこにあるのか。そこにはもう誰もいないのに、銃弾が撃ち込まれるたびに、その体は衝撃で生きているように小さく跳ねる様子が、ことさらに不快を煽った。

 それでも、引き金を引く。

 仲間を、守る為に。

 その為なら、撃てる。


「‥‥‥」


 全部の肉塊に一発ずつ叩き込んだエリーはそれで撃ち止め、弾倉を交換する。交換したのは、まだ戦闘を行う可能性を考えたからであり、それ以外に理由はない。当分はこの銃を見たら今日のことを思い出すだろうな、と、やや憂鬱になりながら。

 そして、踵を返す。


「帰る」

「う、うん」


 少女はたじろいでいた。

 初めてだったのだ。

 化物と呼ばれたことも、怖がられたことも、それで危害を加えられそうになったこと。それらは何度もあった。アランファミリーの件のクリスもそうだったし、ジゼットですらそうだった。じっと傍にいてくれる彼だって、自分が暴れたその最初は彼が怖がっていることはリリアにもわかった。それでも傍にいていろいろとよくしてくれるから、少女は彼のことが大好きだった。

 初めてだったのだ。

 少女の出した結果に怖がりもせず、どころか自分が暴れたことを隠そうと、手伝ってくれること。


「あ、待って。ナイフとか取るから」

「置いて帰って」

「何で」

「遺体に刺さったの、触るの好きなの?」

「‥‥‥えと‥‥‥」


 あのやり取りの後では二つ返事で首を縦に振れず、リリアは萎む。「リッパー」の登場だと知られないためにわざわざ遺体に弾丸を撃ち込んだのだし、指紋云々のことも考えれば、リリアの使用した刃物類は持ち帰るほうがまだ適切であった。それはエリーも理解していたが、リリアには触らせたくなかった。

 なぜなら、少女はこれらが嫌いだと答えを出したのだから。

 もちろん手がないわけではなく、警察にちょっと包むなり、別の意味の「掃除屋」にご遺体と部屋を「掃除」してもらうなど方法はあるので、気楽に構えてもいた。

 帰る、ともう一度告げて、エリーは廊下を警戒しながら部屋を出る。リリアとのやり取りの間もずっと、重量数キロはするマークスマンライフルを構え続けていたのでいい加減腕も疲れていたが、もう少しの我慢だ。これから撤退する旨を、トランシーバーからクリスにも伝えて、階段に向かう。

 その後ろを、とてとてとリリアがおとなしく付いて行く。

 残るギャング達は表で暴れているクリスのほうに引き付けられており、エリー達の撤退の妨げにはならなかった。順調に階段を下りていき、元来た裏口まで達する。長居する理由も、危険を抱えて戦場を徒歩で帰る理由もない。外の通路の左右を確認して、自分の後ろに少女がいることも認めて、自分達の乗ってきた車のある街路を目指してエリーは駆けた。そしてひとつ曲がり角、ギャングの建物から視線が通らなくなった場所まで到達して、最後に追っ手の存在の有無を確認して、エリーはようやく警戒を解いた。重たいマークスマンライフルのセーフティをかけ、スリングを使って肩に担ぐ。

 ふと、目を向ける。きちんとリリアは付いて来ていた。


「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥」


 だが、少女は肩で荒く息をしている。

 そこ100メートルとない距離を小走りしただけにしては様子がおかしいことに、エリーは訝しむ。


「大丈夫?」

「‥‥‥うん。今日は、少し使っただけだから。すぐ、収まるわ」


 彼女の言う、スローモーションに見えたり超人的な身体能力を発揮する、その力とやらには代償があるらしい。もちろん普通の人間からは逸脱した代物なのでエリーには理解は及ばなかったが、そういうものなのだろうなと納得はした。

 納得しつつ。それでも心配にはなると様子を眺めていると、リリアは続けた。

 普通だったら誰にも語らない。でもこの人にならしゃべってもいいかなと、少女はそう思えていたから。


「力を使うとね、体が燃えるように熱くなるの。カクテルをジュースと間違えて一杯飲んだことあるんだけどね、それに似てる」

「そう」


 少女は全力疾走したような息切れに加えて、ひどい汗だ。

 それを認めると、エリーは担いでいたバッグを漁り、タオルを一枚取り出した。そしてただ手渡そうかと悩み、そしてリリアの濡れた首元を拭いてやった。

 リリアは少し驚いた様子になって、そしてくすぐったそうにみじろぎした。


「何でも入ってるのね、そのバッグ」

「まぁね」


 その額も拭いてやって、後は好きに使っていいとリリアの首にタオルをかけた。ゴスロリ服にはあまりに不似合いなアイテムだったが。

 リリアはタオルに指先を触れて、目の前の女性を見上げる。興味のなさそうな態度で、しかし蒼眼をしっかりと向けてくるタオルの持ち主を見つめて。

 二度ほど深呼吸をして、荒くなった息を整える。


「ねぇ」

「何」

「どうして、やさしくしてくれるの?」


 リリアには不思議だった。エリーに優しくしてもらえるようなことをした覚えがなく、事実そうであった。先ほどなど、銃口を向けていたほどだ。なのにリッパー騒ぎを懸念して渋い顔をしながら遺体を撃ち、気遣って様子を見て、異変を見て取って何事もなかったかのようにタオルで拭いてくれる。

 自分だったらこんな事はしない。気に入らないと思ったらそっぽを向いて、それまでだ。だから不思議だった。

 エリーはすぐには答えなかった。そして。


「別に」


 そう呟いて、視線を左下に逸らす。

 それを見て、リリアはふと思い出した。エリーが嘘をついたり言いたくないことの時は、視線を逸らすとリゼが言っていたこと。別に、と話題を切ろうとするとクリスが言っていたこと。

 もう一度同じ質問をすれば、答えてくれることがあるらしいこと。


「どうして?」


 二度目の問いにエリーはむっと唇を閉ざして。

 隠すほどの事でも、黙秘するほどのことでもない。一つ小さく嘆息して、エリーは答えた。


「私、助けてもらったから。シスターとか、神父とか、リゼ達に。だから、周りの人間くらいには、私もしたい」

「私も、周りの人間?」

「ん。仕事仲間だし。教会の時、手伝ってもらったし」


 仲間。

 リリアには新鮮な響きだった。気を許せる相手なんて、今まで山師のおじさんとジゼット以外にいなかったから。

 気のない顔をして、そんな風に見られていたことにリリアは意外に思い。

 そして、不快には感じなかった。

 諸々の事情で仕方なく一緒に仕事をすることになっただけの相手だ。片方は口うるさいし、片方は寝てるか無口。どうせ数ヶ月もすればジゼットと共に次の町に行って、おさらばする相手だ。リリアはなんとも思っていなかったのに。

 うれしくさえあった。

 誰かに大切にされること。


「そうなんだ」


 述べてリリアは前に進み出て、エリーを追い抜く。

 ぎゅっと、首にかけられたタオルを握って。

 その表情は、誰にも見えない。

 そして背を向けたまま、元気に言い放つ。


「何してるのエリー、早く帰ろうよ!」


 途端に調子を取り戻した少女に、エリーはライフルを担ぎなおして後を追った。




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