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2-18 たやすいこと




 今回の対象がいる建物は、古めのアパートであった。

 住人がいなくなり廃墟同然となった建物は、さして珍しくはない。西の国との国境接触面に沿って疎開が行われ、あるいは彼らは自主的に避難し、そして戻る事はなかった。理由はまさに人それぞれであるが、「砲爆撃で町ごと半壊し、復興作業を後回しにされた為に戻ってもしょうがない、戻っても何もない」というのがそれなりの割合を占める。

 中には生まれ育った町から離れたくないという、幻想にも似た理由で舞い戻りけなげに生きる者もいるが。それでも、家を空けている間に乗り込んでいた無法者と鉢合わせて、果たして権利を主張できる人間がどれほどいるか。好まれるのは傷のない立派な一軒家か、そこそこの大きさのアパートだ。前者はリーダーが自身の居城とするのに、後者はそれの部下や徒党を組んだギャングが、仲間と固まり生活を行う場として。

 少なくとも今回の目的の建物は、そうして元住人を追い出して完全占拠された建物であった。

 エリーとリリアは、裏口から50メートルの距離まで接近して、建物の影から様子を窺っていた。ここに至るまでに住民の姿は殆ど見なかった。大通りから外れた場所にある建物だ、付近一帯は元住民達に見捨てられたらしい。つまり遠慮なしに銃を携えて、ドンパチできる。


「入り口に一人。待機する」


 裏口を見張っているらしい、拳銃を下げて座り込んでいる男を戸口脇に認めて、エリーが無線を飛ばす。


「どうするの?」

「私がこれから正面を行く。ディーのキルゾーンで戦ってタゲは取るから、その間に二人は裏を攻撃。そっちの進退判断はエリーに任すけど、無理と思ったらすぐ逃げて。殲滅する必要なんてないんだからね」

「了解」


 答えながらも、エリーは難しい顔になる。チームの進退の決定など、ろくにやったことがないからだ。常に班の後ろ、常にクリスの後方、殿を務め指示を聞きこなす、それがエリーだった。クリスの真似をしようにも、彼女は独自の物差しである「勘」で何とかやってしまう人間。その判断力は到底コピーなど出来ない。

 それでもしなければならないのなら、するつもりだが。

 エリーは横のリリアに向く。分隊の判断を任せるのはあまりに不安なおてんばだが、攻撃面については、心配はない。彼女の持つサブマシンガン、スローイングナイフといった武器は間違いなく閉所戦闘向きであり、クリスから聞いた先日の一件、アランファミリー殲滅戦の時の話を鵜呑みにするのであれば、その能力は人外とすら呼べる。

 エリーは少女を見つめる。恐怖も不安もなく、ただ見つめて。


「リリア」

「なぁに?」

「どう攻めるかは任せる。私は援護する。私が無理と思ったら後退指示を出す、それ以外にもあなたが無理と思ったら後退して。いい?」

「は~い」


 一部とはいえ采配を任されたことに、リリアは笑みで返した。


「じゃあ早速やっちゃおうよ」

「突入するの?」

「うん。またこれで黙らせちゃうから」


 言って、リリアはスローイングアックスを取り出す。入り口の人間は暗殺して、突入くらいは静かに行こうと言うことであった。

 だが、エリーはそれを制した。


「待って」

「何よ」

「まだ距離がある。これでやる」


 言って、エリーは借り物の銃、KAC-Mk25Mを構えて、裏口の男をアイアンサイトで狙った。エリーは渋い顔だ。別に、アイアンサイトが苦手と言うわけではない。ただ、スコープのほうが好きなだけだ。

 言っても仕方がない。

 息を吸う。吐く。

 止める。

 人差し指を、静かに引く。

 ダンッという、7.62x51mm弾、それ相応に重さのある音ではなく、バシュンと抜けるような音が、鳴った。セミオート銃の作動音と薬莢が地に落ちる音が、オマケ程度に添えられる。

 それで相手は、額にひとつの穴を開けて、糸切れ人形のように地面に崩れた。

 しばし、様子を窺う。

 向こう側が騒ぎ出す様子はない。

 エリーは構えを解いて、自身の銃を見つめる。


「‥‥‥ん」

「どうしたのよエリー」

「サプレッサー、便利だなって」


 今は大通りから離れていることや市街と言うこともあり音が響きやすい環境だが、もう少し周囲の騒音があれば、隠匿には十分な効果を期待できる。

 死体を直接見られることさえなければ、人々の生活音が発砲音を消してくれるため発見リスクがかなり下がる。よしんば聞こえたとしてもあからさまな銃声でもなく、単射ならばすぐに敵襲とばれることは少ないだろう。サプレッサーの銃声減退効果は、あって困るものではない。

 愛銃H28はその銃声も聞き慣れている為つけるかは悩みどころだが、一個くらいはそういう用途の銃を用意してもいいかもしれない。そう考えるエリーだった。

 そうこうしていると、クリスから無線が入った。


「じゃ、やるよエリー」

「了解」


 同意と同時、今度はサプレッサーではない、遠慮ない銃声の連続音が区画を襲った。クリスのSEVO-3サブマシンガンの音だ。

 そして、それとは別の銃声もやや遅れて、そして次第に五月蝿いほどにあたりに響き始める。

 リリアが駆けた。その後ろをエリーがついていく。

 無事に建物まで取り付くと、二人はドアの左右に分かれる。外開きのその扉。ドアノブをエリーが握って、静かに開く。開いたその隙間にリリアは銃口を向けて、中の廊下を確認した。

 誰もいない。


「じゃあこっち」


 リリアは率先して内部に入ると、脇にあった階段に飛びついた。軽やかなステップで迷いなく、とんとんと登っていく。大胆な行動に待てと呼び止めたかったエリーだが、声を出すほうが危ないかと判断して、ただ援護に勤めることにして軽く嘆息して後を追った。

 上るにつれて、人の話し声が聞こえてきた。やや荒々しい、慌てたような口調だ。

 二階。

 三階へ上がろうとするリリアを先行させて、エリーは二階の廊下を警戒する。

 誰も来ないようだと銃口を下げ、三階へと上がろうとした瞬間、二階のひとつの部屋の扉が開かれた。急いでいるらしい一人の男が、小型のサブマシンガンを片手に出てきた。

 急いでアイアンサイトで照準。そして男が廊下に踏み出て足を止めたところを狙って、一発。サプレッサーの射撃音と共に側頭部を射抜かれた男は、音を立てて床に転がった。

 サプレッサーつきとはいえ、室内ではさすがに響く。加えて大の大人が床に転がる音だ。異変を察した別の男がやはり部屋の扉を開き、そして転がっている男を見て介抱しようとしたところを、エリーはまたひとつ指を引く。転がる人間が二つに増えた。

 なおも警戒してから、誰も出てこないことを確認して。

 そして上階から銃声が響いたのを耳にして、エリーは後方を見つつ、上への階段を上っていった。

 階段の踊り場まで達すると、三階に上りきる手前ほどの位置でリリアが屈んでいた。その目の前には人間が一人、リリアのベリットサブマシンガンのマカロフ弾を浴びて既に息絶えていた。

 リリアは足音に一瞬だけ振り向き。


「いるね、いっぱい」

「そう。もう見られてるの?」


 問うと、リリアの代わりにナルスジャックの男が「出て来い!」と大声を張り上げてきた。リリアがいっぱいと答えたあたり、いくつかの銃口がエリー達の側に向けられているであろう事は明白だった。顔を出せば即座に弾丸の雨だろう。

 仕方なしと膝射体制になり、テールガンとして踊り場から階下を睨みながら、エリーは思案した。

 こうなるとエリーの出番はない。軽狙撃に使われるようなセミオートの銃を抱いているのだから対多数の室内戦闘などは苦手な上、クリスと違って投擲物の類は一切持っていない。頭を抑えられているこの状況を打破する術はないという事だ。

 元から苦手な状況を続ける必要も、わざわざリスクを犯す必要はない。元々攻撃的性格と言うわけでもないエリーは、後退を決めた。


「引く」


 短く、決定を告げる。

 先頭を行くのは大の苦手だ―――そもそもマークスマンがやることではない―――が、ここは自分が先に下に下りていくところだろう。ライフルを構えながら、エリーは立ち上がる。

 だが、リリアに動きがない。


「リリア。帰る」


 もう一度その背中に呼びかける。

 リリアはゆっくりを立ち上がった。右手に握ったサブマシンガンを、具合を確かめるように振って。






「やだ」






 彼女は、動いた。

 三階の廊下に足をかけ、一挙に駆ける。

 彼女は一瞬で、エリーの視界から消えた。






 一方でナルスジャックのギャング達には、その姿が見えた。

 彼らはリリアの動きを目視していた。彼女がとんでもない速度で走り寄ってくること、驚きつつも銃口を向ける。それと同時に彼女が横飛びしたことも見えていた。

 見えているだけでは、意味がない。

 彼らは発砲した。いると思った、しかしもはや誰もいない空間めがけて。誰もいないのだ。誰も殺すことは出来ない。

 リリアがベリットサブマシンガンを右手で構え、トリガーを引きながら横薙ぐ。わずか2秒の間放たれた銃弾が、三人の胴体を貫き昏倒させる。同時に、サブマシンガンは弾切れた。

 ギャング達がリリアの姿を認識して理解し、手にした拳銃を正しく向ける。だからリリアはもう一度横に飛び、そしてサブマシンガンをうち捨てる。またしても、虚空を銃弾がすり抜けていく。

 リリアが腰のポーチからスローイングナイフを引き抜いて、両手に一本ずつ握る。そして同時に、一挙動で投げる。二本のナイフは二人のギャングの眼球に迫り、貫き突き立つ。的にされた人間は床に倒れた。これで、廊下に残るギャングは一人。

 男は仲間の死も厭わず、リリアに銃口を向けた。仲間の死など気にしていられる余裕もない。本能として、自分の命を優先しただけだ。いつ横飛びされてもいいように、彼なりに柔軟性を持たせた集中力で狙う。三度、リリアに銃口が向く。

 リリアは。

 ぐっと、身を屈めた。

 床を這うほど限界まで身を縮めて、踏みしめた足で前方へ一挙に。

 後ろ腰からスローイングアックスを取り出し、握り、しかし投擲せずにさらに迫る。

 白兵距離。

 男の銃弾がリリアの頭上を飛翔する。それを待ってから起き上がり、アックスを横に振りかぶる。


「あははっ」


 振るう。

 刃が、男の首元を捕らえた。深く肉を捕らえたと言うのに豆腐でも切るような容易さで振りぬかれ、そして動脈から血が噴出す前にリリアの姿は男の目の前から消えていた。





 どさりと、人間が崩れ落ちる。





 その光景をドアスコープで見ていた部屋の人間が、スラングを吐き散らしてドアを荒々しく開け、腰だめにサブマシンガンを構えて乱射した。

 だが、何をやっても同じだった。

 銃口が向き銃弾が吐き出される前にリリアは駆け出し、射線が見えているかのようにすり抜けて接近し、同じように首を裂く。

 部屋の中で待機していた残りのギャングが各々に武器を手にして、乱入者に向けて発砲する。どれほどでも撃つ。撃てば人は死ぬ、彼らはそう考えているから。

 銃弾は彼女に届かない。そのすべてが届かない。

 当たらなければ、死なない。


「あははっ!」


 横飛びして眼球を狙ってスローイングナイフを投げ、血濡れで切れ味の落ちたアックスを別の人間の首元めがけて投擲し、左右移動で避けれないと理解すれば今度は天井すれすれまで跳躍し、残りのアックスを取り出し脳天を力任せに叩き割る。

 投げる度に、振るう度に、命が消えていく。

 最後の生き残りが、手にしたリボルバー拳銃を投げつけた。五発装填のそれは既に撃ち切っていたのだ。そして拳を握り、ファイティングポーズをとってリリアに駆け迫る。

 拳銃を上体を後ろへ反らして避けたリリアは、特に構えることもなく男と対峙した。

 多少は格闘のたしなみがあった男は、そのリーチと威力から蹴りを選択した。右足でミドルキックを放つ。大の大人がわずか14歳の子供を全力で蹴るのだ。どう防御したとしても、その軽い体重はある程度以上になぎ倒せる。少女の体は飛ぶ。

 普通はそうなのだ。

 リリアの肩口あたりの高さで放たれたミドルキックを、リリアは右手一本、手のひらでたやすく受け止めた。電柱を蹴ったかのごとく、リリアはまるで微動だにしない。


「‥‥‥!?」

「だめよおじさま。女の子を蹴るだなんて」


 リリアは妖しく微笑んで、すっと懐に入ると、くるりと一度体を回転させた。

 そして、その回転力を乗せて男の横腹に蹴りを見舞う。

 少女が大の大人を蹴るのだ。よろめかせるのがせいぜいのはずが、男の体はくの字に曲がって宙に浮き、壁まで吹き飛んだ。

 背中を強く打ちつけ息を詰まらせる男に、リリアはすかさず飛び掛る。蹴飛ばした距離を数瞬で駆け詰め、道すがらに拾った血濡れのスローイングアックスを握り、横に振りかぶり、男の喉元に叩きつける。首と胴体の離別は頸椎が食い止めたが、そのほかは切断された。

 男はわずかに呻き、そして、少女の笑顔を目に焼き付けて下肢の力をなくし、崩れ絶命した。

 リリア斧から手を離した。それは単に、血飛沫が自身にかかるのを嫌っての行動。そして自分の両手や衣装に目を配り、飛沫を受けることなく汚れていないことを確認して。


「あはっ」


 もう一度、笑った。

 ただ、身体を包む酩酊感が少女を愉快にさせる。

 子供が一人、部屋の真ん中に立っている。周囲には死が溢れている。

 それだけの世界。

 外では銃声が鳴っている。クリスの戦闘音だ。だがそちらとこちらの世界は、隔絶されている。

 部屋に満ちる、血の臭い。

 世界に、少女は一人だけ。


「‥‥‥」


 少女は笑うのを辞めた。

 不愉快極まりなかったからだ。そしてその不愉快の元、戸口に目を向ける。


「狙う相手が違うんじゃない?」


 リリアの銃口を向けている人間―――エリーを見て、少女は目を細めた。




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