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2-17 我慢



 その後数日の時間は、少なくともエリー達にとっては静かに過ぎた。

 彼女たちがやったことといえば、ディーからの申し出をクリスに伝えて、クリスからブローカーであるマイヤー経由でクラバニに話が上がってというのがひとつ。その間にディーがジゼットの病室を訪れて謝罪を入れたのと、気にしていないですと両手を振る彼の横で、リリアが穴が開きそうなほどにディーを睨んでいたことと。

 あとはせいぜい。


「エリーが、男を連れ込んできた」


 と冗談半分で目を丸くするクリスを、エリーが軽く視線を投げたくらいであろうか。

 それが済めば、エリー達にとっては比較的穏やかな数日であった。ディーは用件を終えるとさっさと姿をくらました為、エリーとクリス、リゼとリリアの四人は、本来の目的の半分であった観光と遊びをその時間ですることが出来た。それは、思わぬことで面倒に巻き込まれた四人にとっては貴重な時間。エリーも、銃の供給の当てができたので、今度こそクリス達と共に過ごすことが出来た。

 犬でもなく掃除屋でもない、そこらにいる多くの人間達と同じ場所同じ時間。

 しかし、町の裏側は反比例する。

 ディーからもたらされた情報の精査はもちろんだが、三大勢力の衝突は続いていた。あるいはこれはクラバニにとって、ひとつの機会でもあった。図らずも相手の出鼻を挫き、続けて勝利し、敵対勢力からの離反者と情報をも得た。均衡を崩し、優勢にある自分達の権益を増大させる機会。戦争は望めばいつでも始められる。始める理由ならばいくらでもあった。

 クラバニはその数日で組織内の毒を取り除き、相手に漏れたであろうあらゆる物や人を移動させ、防備を整えた。これにはもちろん、資金の隠し場所のひとつとなっていた修道院からの「引越し」も含まれていた。




 □




 ブローカー、マイヤーが固定電話の受話器を置く。

 そして、彼からの呼び出しでその場に並んでいた三人。エリー、クリス、リリアに向いた。


「クラバニが、修道院から手を引いたそうだ」

「本当?」

「あぁ。もっともこれは、別の団体を隠れ蓑にする準備が出来たという意味であって、町が綺麗になったわけじゃないがな」


 皮肉めいた笑みを浮かべるマイヤーに、しかし十分な朗報だとエリーは安堵の表情になった。エリーの目的はあくまで自分の親代わりをしてくれたシスター達の身の安全と、そのための手段としてクラバニ一強状態による町の安定だ。もちろん、警察による本当の安定が得られるのであればその方がよいに決まっているが、そこまでコントロールする力があるわけでもないことは彼女もわかっている。

 現状のクラバニの地位が今すぐに揺らぐとも思えない。ここにおいて、エリーの目的は達成されていた。


「それで、そのクラバニから仕事の依頼だ」

「一応、聞いておこうかな」

「ナルスジャックの集団のひとつを襲撃。出来高払いで一人頭5万ルーツ。金額についてはボーナスと思って欲しい、とのことだ」


 ウルティスにおいては、そこらのチンピラの命がひとつ、最安値だと5千ルーツほどで取引される。「定価」はもう少し高いが。ただの襲撃依頼で10倍の値段となると裏があるか、そうでなければ本当にクラバニからの「お気持ち」という奴なのだろう。修道院防衛、武器取引妨害、内通者仲介。気に入られる理由なら確かにある。


「あ~あ、気に入られちゃった感じかな」

「いい事じゃないか」

「こういうのは後が怖いのよ。ま、この町に居座る気はないし、修道院から手を引いたって事はエリーとしては戦う理由はなくなったわけだし」

「ん」


 小さくこくりと頷くエリー。

 裏がないとすればいい金額の内容であり、受けないのは確かにもったいない。自分の用件は既に終わっているので、判断はクリスに任せると、エリーは沈黙に入った。

 悩ましいところではあるが、町で人並みに遊んだ後で銃撃戦としゃれ込む気にはなれなかったクリスは、この仕事を弾こうと口を開いた。


「やる!」


 そして、いち早く声に出したのはリリアだった。

 あぁやっぱりかとクリスは頭を抱えた。その言葉が自分の心を揺るがすことも含めて。

 おいしい仕事なのである。しかも出来高払いなので、最悪失敗して逃げ出しても、倒しただけの報酬は発生するので、無理とわかれば逃げてもいい。そしてめでたく資金を得られれば、その分後で自分達が楽を出来る。お金があれば、ウルティスで毎日命を張る必要性が減るのだから。これは言葉以上に大きい意味を持つ。

 つまるところ、リリアを無理矢理止めてウルティスに帰る選択肢を、十分な理由を持って強要できないのである。

 なお、リリアだけを置いて自分達だけ帰る、と言う選択はクリスには初めからない。レアからはこの子供の目付けを言い渡されている。「リッパー」‥‥‥また切り裂き事件を起こされたら、なぜだかリリアだけではなく自分も睨まれるのだ。

 クリスは息を吐いた。幸いにして悪くはない仕事、それだけが救いだ。


「わかった。やろっか」

「わ~い!」


 クリスの気を知らず、リリアはぴょんぴょんと飛び跳ねはしゃぐ。

 しかしそんなリリアも、次のエリーの言葉で一挙に態度を変えた。


「ディーに連絡する」

「なんでよ。あんな奴連れて行かなくってもいいじゃない」


 携帯を取り出したエリーに向かって、唇を尖らせる。

 ジゼットを、少なくともリリアにとって大切な人を怪我させた人間。何で一緒に仕事をしなくてはならないのか、分け前も減るじゃないかと、リリアは心底不満だった。

 それに対するエリーの返答も、譲らない。


「銃を借りないと仕事が出来ない、あいつから銃を借りることになってる」

「買えばいいじゃない」

「気に入ったのがなかった。不満なら私は降りる」

「あ、じゃあエリーが降りるなら私も降りる」

「むぐぐ‥‥‥わかったわよ!」


 エリーが明確に断るなら、それは十分にリリアを引き止める理由になる。乗ったクリスに、渋々とリリアはディーの同行を許可した。

 だがもちろん、彼女の不満が消えたわけではなく。


「いつもいつも、私の意見が通らないわ」

「通ってるじゃん。仕事することに決まった。私は、本当はやらなくてもいいと思ってるんだよ?」

「何でよ。お金が一杯入るじゃない」

「それはそうだけどさ」


 なんだか違和感があって、クリスは首を捻りながら問いかける。


「あんた、そこまでしてお金欲しいの?」

「? あって困るものじゃないでしょ」


 見返すリリアもまた、首をかしげる。

 なければ困るが、あって困るものではない。社会を渡るのに必要な価値だ。


「いやそうだけどさ。別に生活が苦しいわけじゃないでしょうに」

「お金を稼いだらいけないの?」

「いや~、なんていうか。うん。まぁ、いいけど」


 実に不思議そうな表情のリリア。

 やはり根本的なところで思考の食い違いが起きている気がする。その正体まではクリスにはわからなかったため、適当に流すことにした。

 「変なの」と呟いて、リリアはクリスから視線を外す。




 そんな彼女を、エリーは無言で見つめる。

 何も、語らない。




 □




「お待たせしたかしら?」

「いいや」


 待ち合わせに指定された小さな街路に車を乗り入れて、二台の車が並ぶ。そしてクリスが軽い笑みを浮かべて、待っていたディーに呼びかけた。

 服も黒なら、彼の車も黒である。ディーは車を降りてきたエリーに向けて「やぁ」と片手を掲げた。「えぇ」と、エリーは会釈なく応じる。


「一緒に仕事が出来て光栄だよ、ウルティスの女スナイパー」

「それ、私?」

「あぁ。そっちの町じゃ、ちょっとは名も挙がっているようだな」

「私はスナイパーじゃない」

「じゃあ何だ?」

「マークスマン」


 スナイパーを名乗れるほどの腕はない。エリーの譲れない点だったが、ディーは「名誉称号さ」と言って、自身の車のトランクを開けた。

 中にはガンケースがひとつ。エリーを手招きして呼ぶと、その蓋を開けて中身を見せた。

 黒塗りの銃が、組み立てた状態でそこにあった。フリーフローティングでレールシステム付きと、エリーの愛銃H28A2との共通点もある。外見上の大きな違いは追加のマイクロドットサイトがないこと、固定式のストックであることと、取り付け型のサプレッサーがつけてある事くらいか。


「これは?」

「KAC-Mk25M。普段武器を仕入れている所が西の国の銃をメインに扱っていてね、敵国ので悪いが」

「別に構わない」


 それはたいした問題ではない。

 KAC-Mk25M、そう呼ばれたセミオートライフルに手を伸ばして取り出し、エリーは各部を確認してみた。グリップを握りこみ、重量を確かめて、ストックを肩に当てて構えてみせる。調整のきかない固定式ストックは、小柄なエリーには少々大きめではあったものの、特段に難点でもない。

 もう一度外見を眺める。ドットサイトが取り付けられない代わり、アイアンサイトがデフォルトで付いているのを確認して。


「ん」

「どうかな?」

「あぁそれ、エリーが納得した時の反応だから」


 横からクリスが解説を入れる。気に入らなかったら即座に元に戻すエリーがずっと銃を握ったままという事は、そういうことだ。


「さて、これから仕事だが。具体的にはどうするんだ」

「どうしようかねぇ」


 20発入りの箱型マガジンをエリーに手渡しながらディーが問うと、クリスは腕を組んで唸った。

 従来通り、というより「いつもの戦法」でやるのなら、クリスとリリアが組んで突入。今回は狙撃役が二人いるので一人を攻撃位置に、一人は撤退用のバックアップにと言ったところだ。ディーがスナイパーである事はわかっているし、その腕もエリーと同等以上と考える事は可能だ。技量についてはジゼットの負傷と言う形で見せ付けられたばかりである。口を挟む余地はない。

 問題は人間性だ。

 ディーからは、ある程度クリス達の情報を探ったようだが、逆にクリス達はディーの事を知らない。保身と金の為なら裏切れる人間という事くらいだが、そこが問題だった。

 リリアは「リッパー」だ。ひとつの町を騒がせてきたばかりであり、その情報をリンクスや情報屋が求めている状態である。金で動く人間なら、リリアの情報を金で売りかねない。

 リリアについて、もちろん今日もと言うより自分達と行動する以上は「暴れるの禁止令」である。なればディーがついたところでクリスにとって不都合と言うほどでもなかったが、容易にどうぞと言えることでもない。可能であれば口を噤んで貰いたいし、安全の為にはその説明もしたくないとなると、リリアの暴れているところを見られないのが一番である。

 クリスはしばし悩んで。


「二手に分かれる。ディー、あんたは私の援護で表。エリーはリリアと一緒に行動して裏口から」

「私は支援?」

「うんにゃ、リリアの後ろに付いていく感じでよろしく」


 これならエリーが監督役になるし、リリアが我慢できずに「やらかし」ても、ディーには見られずに済む。シューターであるエリーを前に出して裏取りはあまり効率的ともいえず、信頼しているエリーと組めないのはクリスとしても不服があったが、とりあえずのところはこれで対処とするしかないようだった。


「じゃあ、スコープ外す」


 室内に突入するのなら、高倍率のスコープは使えない。エリーは正しい遠射のために「長物で、スコープつき」を欲しているのあり、その状況がクリスの命令により発生しないなら、取り取り回しやすい形にするだけだった。エリーは取り外し方をディーに確認して銃からオミットすると、アイアンサイトの具合を確かめてから、不要となったそれを自身のバッグにつめた。どうせ使わないんだから、荷物になるし置いていけばいいのにとクリスは思い、でもそれがエリーの性格かと口は挟まなかった。

 クリスは「仲間」を見回す。


「みんな、それでおっけ~?」

「ん」

「は~い」

「わかった」

「じゃ、移動開始」




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