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2-16 再会




 お茶、というのは比喩でも何でもなかったらしい。

 連れてこられたオープンカフェ。エリーは軽く腕を組んで、その蒼眼で向かい席に座っている男を睨んでいた。銃で脅されてやってきたのだ、睨むくらいは当然だ。

 その男はと言うと、玩具を買いに来た人間が、店のショーケースに並んだ人形を眺めるくらいの眼差しを持ってエリーを見返している。まさに値踏みと呼ぶに相応しい視線だ。晴天のカフェで男と二人向かい合うとだけ言えば随分な風景だが、エリーにとっては晴天か曇天かなど興味はないし、そういう間柄ではないし、何より相手の視線が気に入らない。

 男は、身長はやや高めだろうか。半袖でも過ごせるこの時期不相応の黒いコートを羽織り、だが、それでも男はそうガタイが良いほうではないことはエリーにはわかった。むしろ細身の部類に入るだろう。歳はエリーの5つ上のリゼと同じか、それよりもやや上といったあたりか。銃火器が入っているであろう、やや大きめの鞄は今は足元に。

 男はもう、エリーに銃を向けていなかった。オープンカフェ、大衆の目があるのだ。もちろんそれはすぐには殺されないという意味でしかなく、エリーの置かれている状況としては危険が続いていることに変わりはない。

 それについては、エリーにとってはどうでもいいことだが。

 互いに、視線を交わすこと数分。

 どうぞ、とウェイターの女が料理を運んでくる。時は昼時と夜時の丁度中間、で小腹が空く程度。ちょっとした品を食べるには丁度よい。男はウェイターに愛想よく振る舞い、エリーの分まで男が勝手に注文した品が、円状のテーブルに並べられる。


「甘いものは嫌いだったかな」

「別に」


 好きか嫌いかで言えばエリーも女性。好きではあるが、エリーは不機嫌気味に返す。

 変わらぬエリーの態度に、男は肩をすくめる。


「感動の再会だというのに、つれないな」

「私はあなたなんか知らない」

「そうか?」


 男はティーカップに口をつける。あまりにも余裕なその態度が、さらにエリーの癇に障ったのは言うまでもない。

 ただし口ぶりからして、エリーは過去この男と出会ったことがあり、向こうは確信を持って自分に接触しに来たらしいということはわかった。その目的はわからず、そしてやはり、記憶を掘り返そうともこの男に見覚えもなかったが。

 だが次の言葉で、エリーの疑問の一部が解決する。


「数日前、ダチランで挨拶を交わした仲じゃないか」


 数日前。ダチラン。

 ジゼットが怪我をしたあの日に出会った人間、それに類する人間。


「‥‥‥あなた」


 エリーは目を細めて睨む。

 こいつは。


「あの時の狙撃手」


 言葉に、男は口端を吊り上げた。

 相手が生きていて、しかも接触しに来たことはエリーの警戒心を一層煽るのに十分だった。同時に男の両腕を見る。右手はカップを握っていたが、左手はテーブルの下に隠れていて見えない。サプレッサー付きの拳銃くらいは握っているかもしれない。

 眼光の鋭くなったエリーの心中を理解したのか。男は左腕をテーブルの上に置いた。今は何も持っていないとの意思表示だ。


「お互い仕事だ。仕事が終われば他人。敵味方なしだ」

「用件は」

「プライベート。会って見たかったのさ、ひと泡吹かされた相手に」


 エリーが見つめる間も、ディーと名乗った男は注文したパンケーキに手をつける。

 そして、他愛なく話し始める。


「俺はまぁ、限りなくナルスジャックの私兵だ。昔はナルスジャックのほうが勢力が強くてね、どこからかクラバニが資金を得てくるまではホニは彼らの支配下だった。それでまぁ、有利なほうにつこうという事で組んで以来ほぼ専属になっているんだが」


 一拍。


「クラバニに送ってある内偵から、掃除屋を雇って武器取引の妨害に来るという話がリークされた。人数は少数で、この町では名を聞かない連中ということで、ただのごろつきだろうと聞かされた。あてつけだろうが警戒だけはという事で張っていたところ、見事してやられたわけだ。ここまではよくある話、と言うわけでもないが。そういう事として納得できる範疇だ。問題はその先だ」

「?」

「ただのごろつきがスナイパーを持っていて、しかもカウンターしてきた。一発目で俺の横にいたスポッターの眉間に風穴が開き、ニ発目で俺の首元に傷がついた」


 言いながら、襟を動かして見せ付ける。引っかいたような細い傷が一本、浮かんでいる。

 スポッターは、軍隊においてはレンジファインダーと呼ばれる測距装置を使い、着弾の観測と修正情報を狙撃手に伝え、あるいは狙撃体制に入った射撃手の、スコープでは見えない広範囲あるいは遠方の情報収集を行う仕事を行う者だ。特に長距離狙撃の場合は二人一組で動くことが多く、狙撃手の護衛なども兼ねている。敵の銃弾が先に放たれたのは、このスポッターがエリーを捕捉していた為でもあった。

 自分の弾丸は射撃手を倒すには至らなかったが、被害は与えていたらしい。それを理解して。


(‥‥‥また、外した)


 エリーは内心で気分を暗くする。

 狙ったのはあくまで射手だ。隣に居たらしいスポッターではない。狙った相手を正しく認識し狙撃は出来ていなかったということだ。失敗すれば自身の命は兎も角、ジゼットの救助が出来なかった可能性があったのだ。そうなったとしたら言い訳にはならない。

 エリーが無言になる間も、ディーは続ける。


「スポッターの指示でスコープを向けた時、相手がこちらに照準しているのが見えたんだ。目が合った気さえした。動揺して手ブレもするさ」

「そう」

「個人的にも相手が誰なのか気になってね。あるいは意趣返しもと考えてつてをあたって調べてもらったら、相手は女だというじゃないか。そこで、興味が優先されたわけだ。一体どんな奴が、どうやってこちらの場所を突き止めてきたのか」


 相手にとっては、位置バレしたことが不可解だったらしいとエリーは理解した。歩兵随伴のマークスマンだったエリーには理解できなかったが、スナイパーにとって射撃位置がばれるのはこの上ない屈辱なのかもしれないとも。

 隠す内容でもない。エリーは正直に答える。


「一射目で仲間の倒れた位置から当たりをつけて、ニ射目でマズルフラッシュを確認して、三射目で確信して撃った。けど外した」

「距離500メートルはある状態の唐突の狙撃に当たりをつけて、その距離で銃のマズルフラッシュを視認した? 笑えないジョークだ」

「他に方法があるの?」

「内通者から狙撃者の位置を聞いたとか、そういうのは」

「聞いてたら、そもそも狙撃されない戦い方が出来た」


 一方的に撃たれてやる理由などないのだから、わかっていたのなら最初から排除するなり、取引場所への別のアプローチを考える。潜伏中の狙撃兵というのは兎に角面倒なのだ。軍だったら、ただ一人の彼が居るであろう場所めがけて、迫撃砲兵や攻撃機が一面に砲爆撃を食らわせるくらいには。

 エリーの言葉に、さすがに男も呆れた。エリーは淡々と言葉にして実際実行したわけだが、そんな次元の難易度の話ではないのだ。

 ただ一発で狙撃手の位置をほぼ把握し、肉眼で捕らえるのがほぼ不可能な日中のマズルフラッシュを確認し、反撃と言う不利状況を一発で覆す射撃の腕。


「なるほど。君が曲芸師だということはわかった」

「そう」

「‥‥‥面白いな、本当に。オマケに美人だ」


 ありきたりな賛辞に、再びエリーが睨む。

 例えばハウンドの同じ連隊の男、例えばリンクスの酒場の男。女性の兵士、女性の掃除屋というのはそれだけでも珍しいのでよくからかわれたり絡まれたりするが、男が誉めにかかるときはろくなことがない。たいていは好色の目で見られる。そういう目で見られるのは不快であったし、含みでもありそうな適当な世辞も大嫌いだった。

 加えて言うなら、彼らの好奇の対象はいつも周囲に―――物怖じしないクリスやおとなしく女性的なリゼ、明るいローズに―――向くので、エリー自身があまり言われ慣れていないと言うのもある。もっともこれはエリー視点の話であり、実際のところ、最年少で狙われやすいエリーに害虫がつかないよう、クリスやリゼが気を回していたと言うのもあるのだが。

 誉めてもなびかないのを見て、ディーは肩をすくめ、そして真面目な顔になった。


「わざわざ会いに来た理由は、もう二つある。本題と言う奴だ」

「そう。スポッターの復讐って所」

「面子もいいが、今は合理を取ろう」


 そこまで言って、どうぞ、と語りつつディーはお茶を飲むように手で催促した。


「断ったら、鉛弾で対談?」

「宣言しておくが、君に危害を加える気はない。仮にやったとして、君のお仲間がやり返しに来ると面倒、得がない。信じる信じないは任せるが」


 それなら自分が殺される理由はないな、とエリーは思った。

 相手が合理を取るというのなら、必要以上に警戒する必要はない。エリーはティーカップを手にとって一口、喉を潤した。あなたの事は一定信用して話を聞く、と言うサインでもある。


「‥‥‥話は」

「君にはパイプになってもらおうと思っている」

「パイプ?」


 意味がわからずに問い返す。


「先に言ったが、俺はナルスジャックが優勢の時に、有利なほうに付こうと思って組んでいた。ところが今はクラバニ優位で当面揺るぎそうもなく、しかもダチランの件では適当な情報を渡されて死に掛けたわけだ。狙撃手付きの四人で数倍の人数を相手にして追い返す人間の、どこがただのごろつきだ。こういうのは本当に困る」

「鞍替えをしたいって事」

「どちらかと言えば、フリーになりたいね。特定組織と組むのはメリットがあるが、今の俺にはデメリットのほうが多い。クラバニにも目をつけられているだろうからな。そこで、ナルスジャックの内部情報をバラすから、見逃してくれという訳だ。君には、この話をクラバニに繋げて欲しい」

「仲間を売るわけ」

「仕事上組んでいたに過ぎない。利害の不一致と言うだけだよ」


 エリーは口を噤む。

 リリアとジゼット。二人とはいろいろあって組んでいるに過ぎない関係だが、それでもエリーにとっては仲間だ。礼拝堂の唐突の一件を手伝ってくれたような相手を、エリーはただの同業とは見れない。ならばそんな相手に対して命を張るくらいは当然と思うが、目の前の男は違う意見らしい。

 何にせよディーの話を断る理由はエリーにはない。相手組織からの投降者を連れてきたと言うだけの話だ。情報の精査は向こうがやることだし、情報提供者を連れてきたという事で点数が入るかもしれない。収入の増加が見込めるわけだ。クリス同様その日を生きる為の生活費を稼ぐ以上を期待していないエリーだが、その生活の為の愛銃の修理費も用意しなければならないので悪い話ではない。それを抜きにすればどうでもいい話。取り次ぐくらいは何という事もない。

 と考えていると、ディーは二つ目の注文をしてきた。


「それともうひとつだが」

「何」

「俺はこれからフリーになる予定なわけだが。知り合いがいるほうが気も楽だ。今後、一緒に組んで仕事をしてみないか」


 お互い腕はわかっている。その上で今後も同業として「お付き合い」をしないか、彼はそう言っているわけだ。


「それは私の一存じゃ決められない」

「グループに入れてくれという事じゃない。いい稼ぎ話があったら、たまに組んで仕事をしようと言うだけさ。人手が欲しい時もあるだろう。お友達申請だ」


 ディーは述べて、薄く笑う。

 妙なことになったな、というのがエリーの感想だった。鉛弾を交換し合った、初対面に限りなく近い人間からこれからもよろしくしましょうというわけだ。

 正直なところ、目と前の人間を信じていいのかエリーには判別できない。そういう判断はこれまで、すべてクリスに丸投げしてきた。こういう時のクリスの頼もしさと判断力といったらない。ただしその彼女は今この場におらず、わざわざ電話でお伺いをする内容とも思えない。

 個人意見で言えば、この申し出くらいなら受けてもいいかもしれないとエリーは考えていた。それで要らぬ面倒を抱えることになるかもしれないが、今後何かいい事があるかもしれない。それもエリーにとってはどうでもいい。どうでもいいから適当に首を縦に振る、というだけだ。

 ただ。

 このままうんと頷くのは、面白くない。

 銃で脅されて嫌な視線で見られて、相手の要求をただ飲むだけで終わっては、あまりにアンフェアではないかと。

 ついでに言うと、エリーとしても果たしたい要件はあった。


「話は二つ」

「聞こうか」

「ひとつはあなたが撃った人のこと。本人は軽症だし人柄も大丈夫だけど、連れのほうが怒ってる。あなたがあの時のスナイパーだって事を隠す気は私はない。快く思わない奴がいるって事は覚えておいて」

「それは仕方ない、飲むさ。恨まれるのが仕事みたいなものだ」


 こちらは忠告のようなものだ。これで、リリアから悪態のひとつや蹴りの一発あたりが飛んでいっても揉め事にはなるまい。鉛弾かナイフが飛んでいった場合は知らないが。彼がどうなろうがエリーにとってはどうでもいい。


「もうひとつは?」

「あの後、ごたごたがあって銃が壊れたの。けど次の仕事が控えてる。銃を借りたい」

「どんな銃がご所望だ? LAM24でいいなら貸すが」


 LAM24。

 気に入った銃以外に頓着しないエリーは、銃の型番も気に入った銃しか知ろうとしない。だが例外が二本だけある。

 それはローズの銃、WS200と。

 LAM24。

 西の国が製造し、正式採用しているボルトアクション式ライフルだ。初期モデルの生産から30年ほど経過しており、その間に各国軍を初め多くの場所で採用されてきた、軍の使用に耐えうる性能を有している名銃だ。

 ハウンドだった時。

 致し方なく拾い、使い。

 ローズを死なせた時に自分が持っていた、銃。

 いい思い出など、ない。


「いらない。一番嫌いな銃」

「傑作の部類のはずなんだがな。それで、何を用意すればいい?」


 ディーは問うてきた。

 それに対する答えはもう、持っている。

 ティーカップを卓上に置いて、ディーをまっすぐに見つめる。


「長物で、スコープつきで、セミオート」




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