2-15 誘い
「やぁやぁ、調子はどうかね少年よ」
言うなり軽薄な顔で病室に入ったのはクリスだった。エリーとリリア、そしてリゼも一緒である。
それに、ジゼットは笑顔で「大丈夫です」と答えた。
ジゼットを車に乗せ、クリスはそのままホニの町まで戻って、地区では大きめの病院まで運んでいった。検査と治療の結果、やはりというべきか特に大事にはならず、しかし銃創には違いなく傷か落ち着くまでは一応入院と言う形となったのだった。今は病室で休んでいたが、松葉杖を使った歩行くらいは今でも問題なく行える。
ジゼットが入院して数日。傷が原因でどうのと言うことは心配しなくていいと知って、リリアも落ち着いている。
落ち着くどころか。
「ジゼット~!」
「わっ、と」
ベッドに寝ているジゼットに飛びつくリリア。すっかり元の調子であった。
キスを放ちかねない勢いで頬すりする少女。
「お熱いことで。元気そうだね」
「やることがなくて暇すぎるくらいです」
「だろうねぇ」
「数日でも、結構退屈です」
病院での生活及び食事、体験した事はなくとも容易に想像できるというものだ。クリスはくっくっくと堪え笑いをして。
「そのほうがいいよ。たまにはドンパチから離れて、ゆっくり過ごしなって。出来ればそのまま永劫銃と離婚するのが望ましいけど」
「あはは」
それは許容できなかったのか、ジゼットが困り笑顔になる。
そして用件を思い出したジゼットは、続ける。
「ウルティスの病院に移るように希望を出しました。何日かして都合がついたら移動します」
「ここに残る理由もないし、一応は向こうが拠点だからね。その方がいいか」
「先生には、渋い顔をされましたけどね。ウルティスかって」
それくらいには治安の悪評が流れているのだ。知っている人間は多いし、知っているならば近寄ろうとは思わない。今の所彼らが帰るべき場所とはそういう町だ。
「クリスさんは、もう少し仕事があるんですよね?」
「あ~、まぁね」
言葉をやや濁して、クリスは肯定する。
修道院での一件、そして前回の取引妨害。
ジゼットと言う負傷者が出たが、依頼人にそんなことは関係ない。提示した依頼もこなしてくれる掃除人だとクラバニに認知され、予定された報酬に加えて宿代まで提供されてしまったのである。そして次なる依頼の用意があるとまで。
クリスとしては正直、これ以上の特定組織の肩入れはやめたかったのだが、ジゼットの退院がいつになるかまだわからなかった時期に来た話だったため、受ける受けないは兎も角ホニの町には留まろうかとなってしまったのである。ついでに言うと、「ジゼットを撃った奴は許せない」と、やや逆恨み的にリリアがやる気になっているのもあった。彼女にとっては狙撃手のみならず、あの場に狙撃手を配置した人間も十分に復讐対象であった。もっとも、何か具体的に行動を起こすつもりは少女にはない。
「でも今は依頼あるわけじゃないし、エリーの武器も壊れてるし。ぶっちゃけジゼットと一緒にウルティスに帰っちゃうのもありなんだけども」
ちらり、と後ろに控えたエリーを見やるクリス。エリーは表情変えずに立っている。
エリーの愛銃H28A2は、銃身破損の為現在使用不能である。代替銃を車に積んでいたわけでもないので、エリーは付近の銃砲店やリンクスのつてで新たに入手するか、ウルティスの自宅に置いてある他の銃を取りに戻るかの二択を迫られていた。そしてエリーには、この一件がすべて落着するまで事に首を突っ込む気でいる。つまるところ、ウルティスに帰る気があるのはクリスだけということであった。
「まぁ、ジゼットはリゼと一緒に先に戻っててよ」
「そういえば、リゼさんはどうして今まで残っていたんです? 用事は終わったはずじゃ」
「修道院を守ってくれて、これからもクリス達は戦うというのに、私だけ帰る気にはなれないわ」
リゼは目を細める。
「けれど、残って何が出来るわけでもない。あなたの付き添いで帰るというクリスの提案に同意したの。ごめんなさいね、本当に。こんなことになるなんて夢にも思わなかったわ」
「三人でのドライブはまた今度だねぇ」
「今度は、楽しい外出がいいわね」
「まったくだ」
しかし、存外そんなものなのかもしれないともクリスは考えた。未だに銃を持って、誰かを殺すことで生きる為の資金を得ている社会のド底辺にいる野良犬が、今更に普通の人間の生活を送ろうと思うのが間違いなのかもしれないと。
そんな楽しくない思考は今に相応しくない。クリスは腰に手を当ててジゼットを見やり、口端を吊り上げてみせる。
「いやしかし、四人の美女に囲まれて幸せ者だねぇ。ん、どの子が好みかな?」
「あはは‥‥‥」
「ジゼットはあげないわよ」
と、頬を膨らませてジゼットをぎゅっと抱き、苦言を飛ばしてきたりリアの頭に手を載せて、わしゃわしゃと銀髪をかき混ぜる。リリアは一層不機嫌な顔になった。
「あんたらの空間にお邪魔する気はないわよ、二人でゆっくり愛を語らって頂戴な。その間、うちらは町で遊んでるよ」
「三人で?」
「私は、用事あるから」
淡々と否定の言葉を口にしたのはエリーだった。
「用事?」
「銃」
単語だけでエリーが答える。
故障やメンテナンスの場合、いつもはレア経由でレア顔見知りのガンスミスに渡ってやってもらうのだが、そうするにはウルティスはやや遠い。同じく遠いと言う理由で、ウルティスの自宅においてある別の銃を取りに行くという選択肢も厳しいし、わざわざそれだけのために戻るのも考え物であった。そういうわけで、現地調達できるならそのほうがよいと、マイヤーに教えてもらった銃砲店に向かおうとエリーは考えていた。リンクスの息がかかっているので、購入には問題ないと言う。
「そういうわけで、あんたもゆっくりしてな、リリア」
「そうさせてもらうわ」
クリス達の外出に付き合わずジゼットの傍にいることを選択するあたり、それが彼女の優先順位であった。
□
エリーが感じる「納得のいく銃」には、特に規則性はない。
ブルパップ式だろうが構わないし、曲銃床でも直銃床でも、評判も重さも気にしない。スコープもこれが使いやすいあれが使いにくいというのはあっても、特にこだわりはない。こだわっているのは唯一「長物で、スコープつきで、セミオート」であるという点、それさえクリアしていればエリーは触る。兎に角、自分で触って構えてみて、できれば実射もして、それで本人が「ふむ」と思えばそれでいいのである。
そんなエリーは、手ぶらのままで銃砲店を後にする。
折角足を運んだのだが、残念ながら今ある品物の中でエリーを一発で満足させてくれる銃はなかった。その結果だ。
さてどうしようかと、エリーはぼんやりと考えた。
エリーの自宅にはもう一丁、L68LSRというセミオートライフルがある。この地に気に入った銃がなかったのだから、それを頼みにするしかないだろう。が、そうしてこの場所を離れる時間とその行為に後ろ髪引かれる思いだった。他に手がないというのがまた、エリーには気に入らない。それでも気に入らなくても、やるしかない。
銃については方針は決まった。
では、今日この後の自分のことは。
日差しが眩しくて、目を細めて空を見つめる。随分な晴天だった。
クリスとリゼは、折角なのだしと町を散策する予定だという。そしてそのクリスからは、用事が終わったらうちらと合流しないかと誘われていた。きっと今頃、どこかの店で買い物に興じているか、二人でいい具合の飲食店でも見つけて語らっているのかもしれない。
普通の人間として。
班員中最年少であったエリーにとって、クリスとリゼは年上の姉貴分であったが、同時に友人と思えるし友人と思いたい人間だった。そんな人間から誘われているのだから吝かではなかったが。
しかしエリーは視線を落として、宿へと続く道を歩き始める。
銃砲店に行って来たなんて楽しくもない話題を引っさげて、特にリゼの目の前に現れるのは、乗り気がしなかった。自分が行っていい場所とは思えなかった。
もちろん行きたいところも行くべきところもない。小腹くらいは空いたので、道中喫茶でもあれば立ち寄ってみようか。その程度の考えを持って、歩く。
(‥‥‥)
世界がぼんやりとしている。
通り過ぎる流れる人や車。人々の会話や店で流れるラジオや楽曲。そのすべてが、今は向こう側の世界。
一人で、歩く。
エリー達が取っている宿は、商業区が近い。商業ができるという事は、それだけの治安があるという事なのだから、身の安全の為にその付近を選ぶのは当然だ。
その区画に近づく。人の賑わいが増すが、エリーの心には響かない。
ふと、一つの店の前でエリーは足を止める。
子供のおもちゃ屋だろうか。ショーケースには安っぽいプラスチックの玩具や、ぬいぐるみが飾られている。
思い返す。そう、あれは誕生日だったはずだ。両親からぬいぐるみを貰って喜んでいた、そんな時期もあったなと、飾られたぬいぐるみを見つめてエリーは思う。その両親もぬいぐるみも、今はどこに行ったのかわからない。
何とはなしに、エリーはポケットに手を入れていた。あるのは携帯電話だ。それを指で触る。入っている電話番号といえばレアかクリスか、そのくらいしかない、その携帯。誰とでもどこでも繋がるその道具を使っても、エリーの世界は小さい。
どうでもいいことだ。興味などない。
ぬいぐるみを見つめる。ショーケースの向こうから見つめ返される、黒のプラスチックの瞳にエリーは小馬鹿にされたような気がしたし、哀れみを持たれた気もした。どうでもいいことだが、そういう意見を向けられる事については不快だった。
沈鬱に息を吐いて、携帯から手を離す。
そして歩き出す。
背中に異物を感じたのは、その時だった。
棒のようなものを押し付けられる感触。
何事かと振り返ろうとして、そしてエリーは次の言葉で動けなくなる。
「銃で狙っているぞ」
若い男の声だ。
言葉を聞いて、動くのを辞める。辞めざるを得ない。
いつからかはわからないが、後ろをつけられていた、のだろう。立ち止まって相手に背を向けたまま、エリーは考える。
まずは抵抗だ。護身用に持っていろと、クリスのポケットマネーで買って貰ったW99Cハンドガンがそこにある。だが、無造作に上着のポケットにねじ込んであるだけだ。取り出す間に撃たれる。護身術の類もまったく身につけていない。つまるところ、抵抗は不可能と言うことだ。
そもそもこいつは誰だと思う。すぐに思いつくのは殺しと言う線だ。恨みなら、掃除屋業と言う関係上、殺し回るという形で散々に売りまくっているわけで、買い手はいくらでもいる。あまりにも思い当たる節が多すぎて困るほどだ。しかしすぐに撃たれないあたり、すぐに殺す予定はないという事でいいのだろうか。
少なくとも、そんな事を考える程度にエリーに余裕はあった。自身の優勢から来るものではなく、自身への無頓着故に。
「どうだい、一緒にお茶でも」
「‥‥‥構わないわよ」
選択肢のない問いに答える。
どうであろうと、どうでもいいことだった。




