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2-14 インビジブル(2)




 銃声が鳴った。

 なんてことはない、ありふれた銃声。

 銃声と同時に、ジゼットが倒れた。足がもつれたように。

 少年の体が、路上に横たわる。

 それはただこけただけのようにも見えて、しかし耳に届いた銃声がそうではないという事を示していた。


「うっ、く、ぅ‥‥‥!」

「ジゼット!?」


 ジゼットの苦悶の声で、ようやくリリアは事態を理解した。

 ジゼットが撃たれたのだ。

 それまでの悩みのなさそうな快活な態度から一転、リリアは軽くパニックを起こして思考が数瞬止まった。そして、負傷部、左足のふくらはぎ辺りを押さえて痛みを堪えているジゼットに。


「ジゼット、すぐ行くから!」


 言うが早いか、リリアは駆け出そうとした。一も二もない。ジゼットを助ける為にだ。

 だがその前に、リリアは背後から羽交い絞めにされて身動きが取れなくなった。

 クリスだ。


「離して!」

「狙撃よ、馬鹿言ってんじゃない」


 戦場を知っていたからこそ、クリスは暴れるリリアをぐっと押さえる。

 単発の射撃音で、獲物を一発。「まぐれ弾」ではない。

 市街の狙撃。クリス自身が直接やられたことはないが、狙撃と言う行為を班や仲間が受けたことは何度かある。エリー達の国は通常歩兵部隊の中に選抜射手を混ぜ、専門の狙撃部隊がまた別途で動くが、西の国の軍隊は、通常歩兵部隊の後方に軽狙撃中隊を配置する部隊展開を好んだ。目に見えている敵歩兵の後ろには必ず、ボルトアクションを持った狙撃兵隊がクリス達を射程に収めていたのだ。

 そして戦術のひとつに、それがある。クリスの勘もそれを告げる。


「いつだったか見たことあるわ。広間に出たところを撃って、わざと生かしておくのよ。で、救助に来た奴を順繰りに殺す。今出たらやばい」

「そんなの知らない! ジゼットを助けるの、離してよ!」


 リリアは暴れる。何度もクリスを遠慮なく足蹴にして、またナイフや斧を平気で人体に突き立てられるだけの「リッパー」の腕力を持って全力でクリスの拘束を振りほどこうとする。火事場の馬鹿力とは言うが、元から保有しているその身体能力で暴れられて、クリスは羽交い絞めにしただけでは押さえ込めなくなった。仕方なく体重をかけて地面に組み伏せる。それでも一般女性程度の体重と細腕は障害でもないというように、少女はすり抜けようとした。

 だから。

 クリスは握り拳を作って、リリアの頭に叩きつける。

 かなり遠慮なく殴った為に、拳に伝わる激痛でクリスは表情を歪めた。だがその甲斐あってか、激痛に思考を取られたリリアは組み伏せられた状態で動きを止めた。


「痛い‥‥‥痛い、よ」

「この石頭。落ち着け馬鹿」


 そんな状況ではないことを理解した上で苦言して、抵抗の止まったリリアの体を抱き寄せる。

 ふとクリスが道路の対面に視線を送ると、エリーは道路側から狙われないようにと、建物と呼んでいいか怪しい瓦礫の物影に隠れていた。そして、クリスが残していた地図をバッグから取り出していた。その冷静さに感服しつつ、さらに手前にいる少年に目を向ける。


「ジゼット、聞こえるわね?」

「は、はいっ‥‥‥!」

「そこを動かないで。出血ひどそうなら足の付け根を思いっきり圧迫して。助けるから少しだけ堪えて」


 指示を出して、彼の様子を窺う。ジゼットを襲った凶弾は動脈を傷つけていないようで、出血はそうでもない。失血ショックを起こす危険はとりあえずない、それは僥倖だった。

 ならばどうするかとクリスは思考をめぐらせた。ジゼットを仕留めていないのは相手もわかっているはずだ。それで次弾が飛んでこないという事は、やはり芋づる式にスコアを稼ぐためだろう。自分らがただ飛び出すのはもちろん、ジゼット単独ではいずってやってきてもらうのも狙撃の危険がある。餌が逃げてしまうくらいなら撃ち殺しにかかるはずだ。

 クリスは静かに腰に手を伸ばす。

 今のクリスは以前の礼拝堂の時とは違って完全装備だ。すなわち、普段から頼みにしている閃光手榴弾と発煙手榴弾が手元にある。

 発煙手榴弾を、敵射撃手とジゼットの間にうまく展開することが出来れば、その間に回収という事は可能である。ただし所持している発煙手榴弾は一個で、敵射撃手の正確な位置がわからない為に、展開場所はやや難しいところである。また、射撃手がジゼットにエイムを置いたままである場合、あるいは煙幕の完全展開前にジゼットに狙いを定められた場合は最悪だ。回収されるくらいならと撃たれる可能性は十二分にあった。

 ひとつの手ではあるが、確実性が足りない。

 他に何かないのか。クリスが悩んでいると、トランシーバーから相方の声がやってきた。


「排除する」


 淡白に一言。彼女らしいといえばそうであったが。

 もう一度クリスが目を向けると、エリーはそこにはいなかった。どこかへ移動したらしい。その通りで、エリーは瓦礫の山から上に繋がる階段を見つけて、上階へと移動している所だった。

 それでも二人の間には無線機がある。連絡には問題ない。


「できるの?」

「場所がわかれば、やる」

「それはできるとは言わない」


 何か確信があるのかと期待に思って尋ね返したのにこれである。クリスは息をつく。

 しかし手のひとつではある。エリーは腕を認められて選抜射手の仕事も受けていた人間、そして手には愛用のH28A2。その銃の性能はクリスも調べて知っていた。エリーの銃H28A2は、600メートルは余裕で精度を担保されているマークスマンライフルである。そしてその彼女の実績は、戦場で見続けてきた。敵がエリーのキルゾーン内にいるのであれば、敵射撃手の排除と言う手は有効。射撃手さえいなくなれば、極めて安全にジゼットを救助することができる。


「で、具体的には? 双眼鏡覗いて見つけられるような位置にいればいいけど」

「ん」

「いなかったら?」

「マズルフラッシュ」


 マズルフラッシュは、火薬の燃焼により銃口で発せられる閃光だ。

 その意味するところを理解して、クリスは表情を歪める。夜中の曳航弾を頼りに撃ち返すのはまだやることではあるが。


「って、おいおいエリーちゃん。まさか、単発のマズルフラッシュ見つけてカウンター入れるとか言わないよね? こんな真昼間に」

「他にあるの?」

「まじですかい‥‥‥」


 戦友の突拍子もない案にクリスは頭を痛める。

 作戦自体があまりにも現実離れしている。まず敵に発砲してもらう為に囮役を捻出せねばならず、その発砲をエリーが的確に見つけなければならず、さらにそれをエリーが撃ち抜く必要がある。索敵中はエリーも姿を晒さなければならないので、これを見つけられるとエリーの命が危うくなる。

 なにより一番の問題。マズルフラッシュなどと言う一瞬の火薬の輝きを、人間の目で見つけられるのか。今はウルティスにおきっぱなしのクリス愛銃、C5Kはマズルフラッシュが激しい事である種有名なのだが、それを使っていても日中でわかるかどうかと言うレベルだ。

 だが、できるのであれば発煙手榴弾を投げるよりは安全にジゼットを回収できる。


「で、誰が撃たれる役なの」

「私」

「あんたが唯一の射手だ、撃たれたら困る。あと、自分の命軽んじるの辞めてくれませんかね、あんたが死んだら泣くよ私」


 それに対する返答はない。言ったってエリーが聞かないことはわかっているが、それでも言わなければ止めてくれない。

 それに、手段がまったく何も思いつかないわけではない。エリーが示した手法以上の手があるという事ではなく。


「囮役引き受けた。ちょっと待ってなさい」

「何かあるの」

「まぁね。心配には及ばない、ただほんの少し時間を頂戴。その間にポジションついて、索敵の準備しといて」

「ん」


 短い返答で同意を貰い、さてもとクリスは辺りを見回す。丁度よくと言うわけではないが、目当てのものを見つけて指差し、クリスは腕に抱いたりリアに話しかける。


「リリア、あんたの馬鹿力でこいつの体持ち上げなさい」

「え、だってそれ、死体」

「だからよ」


 話が通じることを確認してリリアを開放し、クリスは嫌々そいつの元へと向かう。既に死後硬直が始まっている、ナルスジャックギャング員の男の死体だ。

 だがリリアは困惑した様子で。


「何するか知らないけど、ジゼットが」

「そのジゼットの為にエリーが命張るって言ってんのよ、つべこべ言うな」

「う、うん」


 敵射撃手が見張っている中、姿を晒して索敵と射撃。この後手後手作戦は何よりも自分の親友、エリーの命がかかっているのだ。さすがに語気を荒げたクリスに鬼気迫るものを感じて、リリアもおとなしく頷いた。

 リリアが、遺体を担ぐ。子供の細腕とは思えない軽快さで持ち上がった遺体の襟首をクリスが掴み、二人は「囮」を窓枠へと移動させていった。



 □



 目の前でジゼットが崩れたことはもちろんエリーを驚かせた。が、被弾したのが足であり呻く余裕があることを理解すると、エリーはすぐ行動に入った。それがハウンド時代からの仕事だから。

 エリーは配置に付いていた。建物の四階部分。ここならば、エリーの見たい方角が丁度崩落している。

 瓦礫に身を隠して、そして下ろしたバッグの中からH28A2のフル装填された予備マガジンと、双眼鏡を取り出す。ただの双眼鏡で、何の機能もついていない。

 最初の戦闘である程度弾を消費している弾倉を交換しながら、エリーは考えていた。

 ジゼットは路上で撃たれた。

 それまでずっといた建物内にいた時は撃たれずに、動いてから足を撃たれた。相手の射手からは、それまでのジゼットの動きが見えていたが、建物にいる間は撃ちにくいか撃てない位置だったことが推察された。道路を渡る動作が見えなければ射撃準備すら出来ないし、動目標を撃つより静目標を撃つほうが遥かに楽だからだ。また、最初に突入して通りを横切ったリリアとクリスは撃たれなかった。この時点では敵射手は撃てる状態ではなかったし、敵射手が近場にいたなら反撃したであろう。何より聞こえた銃声は一発。敵は、中距離以上から狙っていた狙撃手。

 通りの左右、どちらだろう。

 これの答えは簡単だった。銃声は左からだった。

 ではなぜここに狙撃手がいたのかということだ。敵に未来が見えていてジゼットを撃つ為だけに張っていたのならお手上げだが、そうでないのなら襲撃防衛のために、町ないし取引場所に続く通りを見渡せるなるべく高台から監視を行っていたはずである。

 ジゼットのいる通り、厳密には取引場所を撃てる、向かって左にある監視に適する高台。

 チラリと確認すると、通りの左側に、ひとつ高めのマンションがあった。12階建てくらいだろうか。エリーがクリスから渡された地図を確認する限りでも、取引場所の北側を見張れて道路にも射線が通る。少し位置を変えれば町のあらゆる方向が見れる。自分が同じように警戒をするなら、候補のひとつにするだろうとエリーは思った。

 あとは、マンションのどの位置に敵がいるか。

 居場所の当たりはつけた。これでヤマが外れていたら、後はクリスにスモークを焚いてもらうくらいしかないだろうが。


「囮準備完了。要請いつでも」

「ん」


 クリスからの無線に、エリーは一度銃を壁に立てかけて、双眼鏡を握る。彼女が何をする気なのかエリーは知らなかったが、自分で解決できるのであればそれに越したことはない。

 ひとつ、ため息のように息を吐く。エリーの今いる位置は、ジゼットの倒れている場所からそう離れてはいない。相手から見られる可能性が高いという事だ。自分の額に風穴が開くかもしれないという恐怖―――ではなく、自分の予想が当たっていて、かつジゼットが死んでしまう前に、様々な事を終わらせられるか。その不安に。

 留まっていても仕方ない。

 エリーは頭を出して、双眼鏡を覗いた。マンションを視界に収める。元が監視目的なら下階にはいないだろう、なるべく高所を取るはずだ。しかし屋上はもちろんいくつものマンションの部屋があり、そのどれもが候補になる。今のところ推測で絞り込めるのはここまでだった。

 見つめる。捜索する。

 人影は見つけられない。安易に身を晒していてくれればどれほど楽だったか。壁に開いている穴を使って狙撃、となれば姿を見つけるのは至難だろう。しばらく、と言っても20秒未満だが、捜索したが見当たらない。

 ならば、もう一度撃ってもらうしかない。その瞬間を全部を一度に同時に見るだけだ。無茶苦茶な話であるが、彼女は至極真面目にそう考え実行に移す。だめだったら、また双眼鏡で地道に探すだけだ。


「やって」

「あんたの勘、信じてるわよ。よし、それ持ち上げろ!」


 クリスが掛け声を上げて、リリアと共に死体を動かした。丁度窓枠から身を乗り出して、ジゼットに話しかけているように見える。

 いつ撃つかわからない。撃つのかもわからない。

 エリーはじっと見つめる。




 銃声。




「うわっと」


 遺体の襟首を掴んでいたクリスが、銃声と衝撃に驚いて手を離す。銃弾が、遺体の頭部めがけて飛翔し貫いたのだ。元から死骸だったものは、窓の外に転げた。

 そしてエリーも、見逃さなかった。

 ほんの一瞬。

 本当に小さく、ちかりと。

 身を晒さないように部屋の奥にいたのだろう。そうして出来た暗がりの中で発砲した為に見えたのだろう。だがそんなことはどうでもいい。


(見つけた)


 12階建てのマンション。それの11階、右から3番目の窓。わずかに見える頭のような影。

 一度遮蔽に隠れて双眼鏡を置き、愛銃を手に取る。地図上では射距離500メートル以上550メートル以下だ。エリーは、メンテナンスしてもらった銃をレアから受け取る際は必ず距離500メートルでのスコープ調整をしてもらっていた。その大体のところまで、スコープの倍率や調節ノブを弄る。。

 終えて、銃を抱える。

 一呼吸。二呼吸。

 陰から、出る。必要最小限。

 すぐにハンドガード部を瓦礫に乗せ、構え、スコープを覗く。

 暗くて標的は見え辛い。一瞬だけ見えたマズルフラッシュの位置の記憶。わずかに見える輪郭に、銃口を向ける。エリーからは撃ち上げ射撃となるが、弾道計算云々などという座学はエリーは知らない。ただ、ハウンド時代の体験と体感それだけで身につけた技術で、スコープの調節の仕方や狙う場所を決める。風や湿度云々も、肌で。




 風を切る音。




 もう一度、マズルフラッシュの刹那の輝きがスコープ越しに見えた。

 何かがエリーの右肩のすぐ横、服に掠める。

 敵が自分を捕捉していたこと、照準が自身より早かったこと、銃弾がすぐ横を掠め飛んだこと。

 しかしエリーはすべてを意識の外にしていた。たとえ敵がセミオート銃であろうと、この距離を当てようとすれば再射撃にいくばくか時間が取られる。その時間だけ、集中し狙う余裕がある。敵の頭が見える。エリーの頭が考えたのはそれだけだった。

 静かに息を吐く。

 狙いを確信して、息を止める。

 ブレは、収まった。

 トリガーを、引く。

 聞き慣れた愛銃の咆哮。

 そして、静寂。

 敵が自身の銃弾によって崩れる姿を、あるいは当たらずにこちらを狙い続けている姿を、エリーは確認することが出来なかった。確認していた輪郭も、特に動かない。だが、確信はないが、恐らく当たったとは思った。

 確信がないなら、止めない。

 再照準して、もう一発。

 だがこれも、当たったかどうかはわからない。

 さらに三回、同じ標的に向けて指を弾く。その数だけ、セミオート機構が正しく作動して排莢と装弾を繰り返す。この射撃については精密に狙っているわけではない。お前の位置はわかっているという警告と、冷静には狙わせないという威圧の為に、撃つ。

 終えて、エリーはじっとスコープの先を見つめた。


「‥‥‥」


 相手からの反応は、ない。やはり見える輪郭はそのままで、倒したのかまでは判然としない。人の頭、とエリーは思っていたが、もしかしたら瓦礫の影かもしれない。その不安が出てきたが、一方で次なる凶弾が飛んでこないことも事実だった。

 今の敵にとってエリーは最大脅威、優先して排除しに来るはずだ。それがないという事は。

 どれでもいい。今はチャンスだ。


「反撃なし。合図で制圧する」

「おっけ。制圧やって。エリーが見てくれてる、行くわよ!」


 エリーの援護と、今は大丈夫と言う自らの勘を信じてクリスは声をかけて一番に、すぐ後にリリアが出て行く。合わせてエリーが、さらに援護弾を断続的に放つ。

 二人は駆けて寝そべるジゼットの元まで行くと、クリスは彼の洋服の襟を掴んでジゼットの体を引きずった。兎に角敵の射線の通らない物陰まで連れて行かなければならない。引きずって、エリーがいる建物の側へと引っ張り込む。それに、リリアがおろおろとした様子でついていく。

 全員が瓦礫の影に戻ったところで、クリスは無線でエリーを呼び戻した。


「ジゼット、大丈夫!?」


 再び狼狽を始めたリリアに、ジゼットは痛みを抱えつつもリリアのほうを見返した。出血もひどくはなく、すぐに生命がどうこうという事はないのだろうと、クリスは改めて安堵する。しかしどちらにせよ、知識のある人間に手当てをしてもらわなければならない。

 リリアが焦った表情でジゼットに寄り添っているうちに、上階にいたエリーがクリス達の下まで来た。そして小さなファーストエイドパックをバッグから取り出す。包帯と止血帯が入っている程度の簡素なものだが、ないよりはいい。


「車回すからこの場は頼むわよ、エリー」

「ん」


 車を置いている場所まで担ぐのはナンセンスと判断したクリスは、そう言い残してサブマシンガンを手に出て行った。

 この場を任されたエリーは、包帯を取り出してジゼットの創部に強めに巻いていく。包帯の巻き方ひとつ教わっておらず、決して手際がいいとは言えず出来栄えもやや雑であったが、道具として最低限役目は果たしている。

 包帯を巻いただけでエイドキットを片付けようとするエリーに、リリアは 弱り顔で訴えた。


「ねぇ、ジゼットは助かるんだよね?」


 問いにエリーはちらりとリリアの顔を見た。

 狙撃銃と言っても銃弾は様々だが、エリーの見立てではいわゆる対物ライフル系ではなく、バトルライフルの口径に思えた。すなわちエリーが使っているH28A2と同程度。胴体に当たっていれば衝撃で内臓や血管を傷つけるなどして危なかっただろうが、撃ち抜かれたのは足。それも、ふくらはぎの肉の部分を貫いただけのようだ。痛いものは痛いが、傷的には問題はない。

 だがそれでも死んだ人間なら、エリーやクリスはハウンドだった時に何度も見ている。指を銃弾で射抜かれただけで死んだ人間を見たし、片足が千切れても助かった人間も知っていた。

 何が生死を分けたのか。

 エリーはジゼットに向く。


「ジゼット」

「‥‥‥はい」

「怪我、たいしたことないから。頭や脊椎やられたわけじゃないし、死にはしない。大丈夫」


 そう安堵させる言葉をかける。この程度は死なないと言い聞かせ、生きる気力を持たせる。

 言葉を聞いて、リリアもやや肩の力を抜いた。「よかった、助かるよジゼット」と、彼の手を握って励ます。ジゼットも、汗を流しながらも笑って答えた。

 エリーが息をついて二人の様子を見守ると、無線機からクリスが音声を寄越してきた。


「あ~、エリー?」

「何」

「またさぁ、その辺嫌な予感がするんだけど、狙撃手排除できたの?」


 車を取りに行く往路では感じなかったものの、戻ってこようとする段になってまたクリスの勘は作動していた。

 問いに、エリーは事実を述べる。


「さぁ」

「さぁ、って」

「倒せたかどうかわからない」

「‥‥‥まぁ、無理難題だったし別に責める気はないけど」

「それに、この建物はスナイパーから射線は通らない」


 今のエリー達は、攻撃発起点とした建物にいて、件のマンションからは壁が完全に射線を遮っていた。帰るのであればジゼットの撃たれた道路に出る必要がないのだから、何の危険もないはずなのだ。


「ねぇ」


 と、クリスとエリーの無線のやり取りを聞いていたリリアが声を上げた。


「何?」

「クリスの言ってる敵って」


 ベリットサブマシンガンを掴んで立ち上がり、道路側へと出て行く。そして、出るのは危険だとエリーが静止するより前に、銃を構えて撃ち始めた。

 敵射撃手がいた方角とは反対に向かって。

 マカロフ弾を浴びた何者かの悲鳴とスラングと、反撃の銃声が響く。


「こいつらのことじゃない?」


 エリーも銃を取って、構える。

 そこには私服姿の男が数名、ハンドガンやサブマシンガンを携えて道路にいた。一度は追い散らしたはずの敵が戻ってきたのだ。

 取引予定地の近くには彼らの車が止めてある。さすがに自分達の拠点へ徒歩で帰る気はなかったのだろう。指揮系統のない無秩序な彼らは、それゆえに戻ってきたのだった。

 リリアがベリットサブマシンガンを片手で構えて撃つ。しかし、彼女の銃はこの場をにぎやかす以上の効果はなかった。彼女が持つのは携行性と連射性を重視された近距離型のサブマシンガン。いかな「リッパー」の高い身体能力があるとしても、それで銃の性能が変わるわけではない。もっともそれは敵も同じで、彼我100メートル以上の距離を、まともな射撃練習や訓練をしていない男達が出鱈目に撃ち返していた。

 こうなれば再びエリーの出番である。マークスマンライフルの射程なら近すぎるくらいの距離だ。立射で構えて撃ち、集団が一人の男の下顎を砕く。

 そして、銃のボルトが後退して止まった。

 弾切れだ。対スナイパーでの威嚇射撃で、20発弾倉分を丸々使いきっていたのだ。

 もう交戦はないだろうとリロードを行っていなかったエリーは、自身の銃の残弾を失念していたことに渋い顔をした。ストックを脇に挟んで銃口を上向かせて腰を屈め、バッグから次のマガジンを取り出す。指でマガジンリリースボタンを押し、新しい弾倉と交換しようとした。

 突然だった。

 銃を持っていた腕にいくばくかの衝撃が走り、金属音が鳴った。まるで銃に小石がぶつかったかのような。

 驚きつつも静かな目で、エリーは愛銃を確認する。

 レシーバー、ハンドガードに異常はない。異常が見られたのは銃の先端部分だった。

 フラッシュサプレッサーと銃身の付け根のところ。そこがやや変形して、窪んでいる。堅いハンマーか何かで殴られたような跡が残っていた。

 いかに連中が出鱈目な射撃をしても、撃っているのは銃弾で、当たれば相応の威力が約束されている。彼らの悪運が、エリーの銃を襲ったわけだ。このまま撃てば、最悪銃身が破裂するだろう。もちろん、こんな金属製品をこの場で修理できるわけがない。


「‥‥‥、戦闘不能。銃が壊れた」


 言いつつマガジンを仕舞い、負傷した愛銃にセーフティをかけて傍らに置く。そしてむすっとした、とてもとても不満な顔で、懐に入れていたW99Cハンドガンを取り出す。まずこんな連中に愛銃を壊されたことが不満だったし、それで長物でもスコープもない、最低限護身用の小型拳銃を握って反撃せざるを得ないということが腹立たしかった。

 手動セーフティのない拳銃をしっかりと握って、アイアンサイトで狙う。しかしどう考えても拳銃の射程ではないことに大きく息を吐いて、銃口を下ろした。

 一連の様子を見ていたリリアが、ジト目でエリーを見据える。


「ちょっと、戦ってよエリー」

「いいでしょ別に。あっちも帰るみたいだし」


 その言葉通り、一度は戻ってきていたナルスジャックの面々は、いまだ襲撃者が残っていると知って再び逃げ出していた。命を支払ってまで車を取りたくはなかったという事だ。エリー達としては、銃を壊されるわ、リリアも銃弾を浪費するわと散々であったが。

 エリーが愛銃の傷跡を名残惜しそうに見つめていると、クリスから連絡が入った。


「ほいほい、嫌な感じは消えたよっと。もうすぐ着くからジゼット担いで来て」

「わかった」


 同意すると、エリーは「持って」と愛銃をリリアに渡すとジゼットに近寄り、自分の背中に乗るようにと屈んで背を向けた。おんぶして連れて行くと。

 「ありがとうございます」と述べて、ジゼットは彼女の好意に甘えたのだった。




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