2-13 インビジブル(1)
ホニからは、また少し西に行った地区。
ダチランと呼ばれるその地区は、地図上では軽く西の国側に張り出したような場所にある町で、かつて西の国との戦争で主戦場となった土地のひとつである。それは、各戦線で分散配置されていた擲弾兵連隊が、三つも集中配置された点を見ても攻勢の激しさと、損耗の高さが窺える。
第502擲弾兵連隊。エリー達の所属した部隊も、そして彼女達も、ダチランと呼ばれたこの地区で戦ったことがある。リゼが銃を捨てるに至ったその原因の出来事もここであり。
彼女の親友、ローズが戦死したのもこの場所。彼女は今、町外れの空き地を利用した集団墓地で眠っている。
三人にとっては、あまり良い思い出のある場所ではない。そんな場所が、今回の仕事場所であった。
主戦場のひとつだけあって、また平野で装甲部隊が展開しやすかったという事もあり、街の建物はひどいものであった。壁が崩れている、穴が開いている程度ならまだいいほうで、壁しか残っていない、倒壊危険があってブルーシートがかかっているなどもざらだ。迫撃砲、榴弾砲、航空爆弾。壊すための品物ならいくらでも持ち込まれ、投げ込まれた。市街地と言う要塞に篭る敵兵は、まずはそういうもので焼く。
銃痕を残す壁伝いに街中を黙って車で移動していると、人の姿がちらほらと見える。そう、こんな町でもまだ人が住んでいるのだ。
車を走らせながら、その景色を眺める。
「逞しいというべきか、何と言うか」
「そうね」
どれほど悲惨でも、生まれ育った故郷から離れられない。あるいは離れるだけの財力がない。国営孤児院の承認もまだなら警察の洗浄も出来ない国が、家なし国民のために仮設住宅だのを用意できるわけもなく、頼れる親戚がいなければ地獄でも留まらざるを得ないという事情もある。
一応程度に復興作業はしており、瓦礫撤去用なのか重機も入り込んでいる。そして、こんなところよりも家に扉があって屋根もあり、壁に穴が開いていないウルティスのスラム区画のほうが住みよいので、ギャング関係者はそちらに流れていた。無法者はいても、そういった集団の姿はこの町にはなかった。彼らにとって得るものがないからだ。非常に寂しい生活ぶりであるが、住もうと思えば住める場所ではあるようだった。
「エリーはダチラン出身だって言ってたよね。この辺は詳しい?」
「住んでたのはもう少し南のほう。ここは知らない」
クリスの問いに、エリーはかぶりを振る。
それを聞いて、リリアが軽く身を乗り出す。
「へぇ、そうなんだ。じゃあエリーの家もあるの?」
興味だけで、リリアが尋ねた。
それにエリーは、いつもの無表情で。
「買い物行ってる時に空襲があって、帰ったら部屋がなくなってた。だから教会に行った」
「何で教会なの?」
「親戚の家は、遠いし。教会なら食料があるって聞いたから」
「ふぅん。家族は?」
「知らない」
「知らないって?」
「多分、家が飛んだときに一緒に死んだ。遺体も見てないから、実感、ないけど」
多分死んだんだろうとはわかってはいても、もしかしたら空襲警報で逃げていて、存外にそこらで生きているかもしれない。期待に思っているわけではないが死んだとの実感もなく、エリーは淡々と話した。だからこそ、エリーは短い間とはいえ教会で親代わりをしてくれた、今も生きているシスター達に執着しているのだった。
そんなエリーに代わって、クリスがやや怒気の篭った声でたしなめる。
「リリア。興味も程ほどにしなさいよ、あんたはいつも遠慮ないんだから」
「何よ、クリスが聞いたんじゃないの」
「地理に詳しいなら、瓦礫にご対面する度に地図で道を探す手間がないから聞いたの。まったく」
そうでなければだれが不愉快な過去を思い出させるよう話を振るものか。
リリアがまた不服に唇を尖らせる。ここ数日、彼女は何かをするたびにクリスにたしなめられており、しかし「リッパー」の件で従わざるを得ない彼女にはややストレスのある時間だった。もちろん、それは彼女が空気も読まずにあれやこれやをするためであったが。ジゼットは彼女のブレーキ役でもあったが、同時に基本的にリリアの意向に逆らわないので、彼女の旅はそれはそれはストレスフリーなものなのであった。
クリスは地図を広げる。ナルスジャック内にいるクラバニの偵察員からの情報から、そこには今日の取引場所が記されていた。相応の人数こそ連れているようだが、元々そんなに警戒はしていないらしい。情報は筒抜けていた。
「この辺で車止めるかぁ」
まさか現場脇まで乗りつける気はない。目的地まで徒歩数百メートルという距離まで近づいて、クリスはエンジンを切る。
付近に人気はない。今なおダチランに住んでいる人達は付かず離れずで居を持っているようで、完全に見放された場所もある。相手方としても、受け渡し場所にそういう場所を選んでの事だ。クリス達としても好都合だ。これだけ人目がなければ、わざわざ武器を隠す必要がない。
四人は外に出る。
敵の人数はそういないらしいことはわかっていたが、どこで歩哨を立てているかわかったものではない。クリスが先行し、ジゼットとリリアが続き、最後尾をエリーが歩く。
なるべく周囲を、特に見張るに便利な高台にそういう人物がいないかを注意して、一行は歩く。
しばらく通りを行くと、クリスが、皆に端へ寄るように手で指示した。指示通り、三人は道路端に寄って身を屈める。丁度よくアパートの壁が剥がれ落ちていたので、それを遮蔽に。
50メートル以上は先。
人が一人立っている。
こんなところで、これ見よがしにアサルトライフルを携えて周囲を威嚇する人間。いくらダチランが人の住む町として崩壊していても、銃を所持した人間が大手振って闊歩できる場所でもない。あるいはナルスジャックとは無関係かもしれないが、関係のある人間である可能性が限りなく高い。
エリーが肩に担いだ愛銃を構える。サブマシンガンだのの連射音を轟かせるよりは、エリーの正確な単射で狙ったほうがまだ穏便だし確実だ。一発の銃声くらいなら爆竹と思ってくれるかもしれない。
「始める?」
「取引場所はまだ先よ。サプレッサーがあればなぁ」
クリスがぼやく。
サプレッサーは、主に銃口の先端につける消炎、消音器具だ。物や銃弾、銃の種類によってどれほど減衰するかも変わるが、銃の作動音自体は残るためどうあがいても完全に音が消えるわけではない。あくまで発射位置がバレにくくなるように、または喧騒程度の音の中に銃声を紛れさせる程度の効果である。
クリスやエリーは普段サプレッサーは使用していない。一応程度にも警察は存在しているのだから使うに越したことはないのだが、ことウルティスにおいては銃声などという無価値なものは安く叩き売りされているので、そこまで気を使う必要がなかったのである。
しかし、こういう状況で、サプレッサーはあれば便利であることに変わりはない。
「必要ないわ」
そう自信満々に言い放つのは、リリアだった。
待ってて、と言葉を残すと、リリアは脇の廃アパートへと入っていく。
足元の瓦礫もものともせず、また無用に音を立てることも泣く軽やかに進んで行ったリリアは、距離10メートルまで男に近寄った。男のほうはと言うと欠伸までして、気づくどころかマトモな警戒もしていない。
リリアはバックから、それを取り出した。小型の手斧と言っていいだろう。投擲用に作られたアックスだ。彼女は柄を握って静かに振りかぶり、そして立ち上がってターゲットを視認すると、素早く投げた。
アックスは回転しながら飛び、そして狙った場所、男の首元に深々と突き立つ。喉を潰されて叫ぶことすら許されず、くぐもった短い呻きだけを残して男は絶命した。
リリアは腰にあるスローイングナイフを抜いて握り、周囲を警戒しながら駆け寄る。まだ息があれば胸に突き立てるつもりであったが、男の死亡を確認して、ナイフをしまう。ずるり、とアックスを引き抜き、べっとりとついた血を男の衣服で拭った。
本当に、息を吸う様に平然と殺してのける奴だ。クリスは呆れつつも脅威は排除できたので、物陰から出てリリアの元へ向かった。
「どこで覚えたの?」
「暇つぶしにナイフ投げやってたら、そのうちにできるようになったわ」
答えるも、リリアはやや不服に声を落とす。折角の技能を見せ付けたのだから、お褒めの言葉の一つももらえると思っていたのだ。クリスにしてみれば、センスこそあれ一応は努力の賜物という事がわかってほっとしたのだが。
四人は遺体を放置して、廃アパートを進んだ。崩れた建物の先には、また崩れた建物。隠れて進むには絶好である。中は瓦礫や散乱した家財で足場が悪くなっていたが、山岳戦経験のある子供二人にはたいした障害ではなく、とんとんと進んでいく。いつの間にやらクリスを追い越して先頭に立ち、前方警戒を行っていた。
対してエリーの足取りは遅い。ただでさえ全長1メートルある長物のライフルで、時折重そうに担ぎなおすその銃は6キロ以上の重量。加えていつも担いでいる小さなリュックには予備マガジン、偵察用の双眼鏡、ファーストエイドキット、伏せ撃ち用の敷きマット、障害物除去用のナイフなどが入っていて兎に角かさばっている。セカンダリのW99Cハンドガンやトランシーバー一式もさらに含むわけで、それが彼女のスタイルであったが、皆が銃一挺に予備マガジンをポケットやポーチに入れる中、一人だけ重装備である。額にはじわりと汗を浮かべ始めており、四人の中で一番歩きにくそうであった。
エリーがもたつく間に、先行していたジゼットが足を止めて身を屈めた。
「あれだね」
片側二車線の通りを挟んで向こう側、斜め前にある建物。この付近ではまだ原形を保っているアパートと、その前に駐車してある車二台を見てジゼットが言った。クリスも地図を確認して、頷く。
今回の標的、ナルスジャックとかいうギャングの規模は不明だが、ウルティスでは聞いたことのない名だ。町ひとつを騒がせる程度であればギャングの規模は相応であろうから、取引される火器の量も乗用車二台分のトランクや後部座席程度で済む可能性は大いにある。
ジゼットは担いでいたR5-SARを手に取ると、銃に付いたリーフサイトを立ち上げた。銃にアタッチメントとして取り付けられる、40ミリ擲弾発射器用の照準器だ。
アンダーバレルグレネードランチャー。部隊のライフルマンを減らすことなく、榴弾による火力増大をするための装備であり、もちろん用途は完全に軍用。町のチンピラを相手にする掃除屋が持つような品ではない、過剰装備だ。
「グレポンねぇ。手榴弾でいいじゃない」
「それだと遠くまで飛ばせないから。困る時があった」
「‥‥‥まぁいいけど」
変な武器選択、と言おうとしてクリスは口を噤んだ。自分の相方こそ変な銃なのだ。その重たい変な銃をここまで担いできたエリーは、ひとつ息を吐いて息を整えていた。悪路の運搬作業だけで多少疲れていた。
「息切れ早いよエリー」
「そんなに体力ない」
「知ってる」
ハウンドの訓練の時から、エリーの体力測定は下から数えたほうが早かった。それから二年。銃を持つための筋トレはしていても、走り込みをしていないのだからお察しである。クリスは言葉と共に、要らなくなった地図をエリーに押し付けた。そのやたらめったら詰め込んでいるバッグにしまっておけ、と。
リリアとエリーは少し後ろに控えて姿を隠し、クリスとジゼットが状況を見張る。
取引の予定時刻もクリス達には知らされていた。大過なければ、今から30分後に行われる予定だという。とはいえ予定は未定。早く来るかもしれないし、遅くなるかもしれない。既に取引中なのかもしれないし、予定がキャンセルになるかもしれない。
掃除屋家業なんてそんなものだ。確かなことなんて何もない。
しばし、眺める。
と。
にわかに、連中の動きが騒がしくなった。リーダー格らしい男が、口頭で指示を出して数名を動かし始める。その場から動かない者も、銃を握り直して警戒の色を強くしていた。
「死体がばれたかな?」
「じゃ、花火大会始めちゃおう。いいでしょ、クリス?」
「武器商人がいるかはわかんないけど、いても一緒に撃っていいって話だし」
しばし考える。自分の勘にも問いかけて、問題はないと判断したクリスは。
「リリア。暴れるの禁止」
「わかってるわよ」
「じゃ、好きに始めていいよ」
「よしっ。ジゼット」
声をかけて、リリアはサブマシンガンを抱えて走り出した。一方のジゼットはポーチから40ミリグレネード弾を取り出して、擲弾筒に装填。構える。
銃を持つ三名の私兵が固まる場所に狙いを定めて。
トリガーを引く。ポンッと、気の抜けた音と共に擲弾が射出された。
着弾し、炸裂する。爆発の直撃ではなくその破片に三名が巻き込まれて大なり小なり負傷した。体制を崩して地面に倒れたところを、リリアが走りながら照準、発砲。短い指きり射撃で、今度こそ絶命する。
「うまいわね」
「距離を測るのは得意なんです」
誇るでもなくジゼットはグレネード弾を手動排莢し、リーフサイトをしまう。
そして、音を聞きつけて路上を戻ってきた敵に向けて、射撃を開始した。
「私も行くか。エリー、ここで援護」
「了解」
エリーもライフルを構えて、ジゼットのアイアンサイトR5-SARでは狙いにくい距離の敵に狙いをつけて射撃を始めた。同時に、クリスもSEVO-3サブマシンガンを抱えてリリアの後を追う。
建物の壁まで取り付いたリリアは、窓越しに室内の敵と撃ち合っていた。相手を見ずにブラインドショットでばら撒いている。彼女が本気を出せば、アランファミリーの件のように鮮血のアートを施せることは明白である。それをやらずに撃ち合いに付き合っているのだから、クリスとしては特に言う事はない。リリアの脇まで走って、壁に取り付く。
閉所の膠着状態。よくはない状況だが、打破する術をクリスは持っている。クリスは腰から一個の缶を握り。
「エリー。そっちから室内見える?」
「見える範囲で二名奥の方に。一名は射撃可能」
「やっちゃって」
指示の直後に単発音。エリーの放った銃弾で、一人が倒れる。
次にクリスは、脇に居るリリアに向く。
「ほら、リロードしといて」
「終わってるよ」
「じゃ、目と耳を塞いで」
「は~い」
クリスが握っている缶が閃光手榴弾だという事は、リリアも既に理解している。おとなしく、両手を使って耳を塞ぎ目を閉じる。
クリスは閃光手榴弾のピンを抜いて、窓枠から室内に投げ入れる。直後に派手な閃光と爆発音。腹にも響くその音を確認して、二人は立ち上がってサブマシンガンを構え、室内へ突入していった。閃光手榴弾で怯んだ相手を押し込むだけだ。その突入は大過なく成功した。
路上の敵とは、相変わらずエリーとジゼットが優勢に事を運んでいる。録に隠れる場所のない、エリー達の場所も把握していない敵を相手に、ジゼットが連射で足止めを行い、エリーが射的をしていくだけである。ハウンド、軍人として訓練された兵隊を相手に戦ってきたエリー達である。銃声鳴り響くその緊張状態、極限状態は何度も体験しており、その状況での判断力低下は和らぐ。この経験のアドバンテージこそが強さだ。多少武装しただけの町のチンピラなど相手にはならない。
他の道を見張っていたのであろう、集結しようとする敵をエリーとジゼットが追い散らす間に、クリスとリリアは室内の制圧にかかっていた。
主に市街戦室内戦の経験があるクリスをメインに、建物の部屋を一つ一つ調べ、クリアリングしていく。とはいえ、今回の建物は敵の本拠でも何でもない。奇襲を受け不利を悟った時点で、ナルスジャックのメンバー達は襲撃を受けた方向とは逆の勝手口から続々脱走していた。この為、最初の室内突入を除けば、二人は殆ど抵抗を受けることなく制圧を進めている。
「車を置いて徒歩でご帰宅かな? ご苦労さん」
「武器商人もまだだった感じだね」
「処遇には何も言われてないし、どうでもいいけどね」
一通り建物のチェックを終えて、予感も遠ざかったのを確認してクリスは「オールクリア」と無線でエリーに連絡する。今回、敵の殺害数に応じて報酬が上下するという話は聞いていない。無用な殺生だと、エリーも逃げ出していく敵にそれ以上の追い討ちはせずに銃口を下げた。
ジゼットが息をついた。どうしたのかとエリーが目を向けると、視線に気づいたジゼットは弱く笑い返した。
「疲れた?」
「いえ。安心です。今日も、怪我なく終われたなって」
「そうね」
背を向けて路上を逃げていく彼らの姿を眺める。彼らが急に気を変えて反転してこない限り、勝負はあったという奴だ。
「あなたは、普通なのね」
何とはなしに、エリーが感想を呟く。
リリアの話、その異常性と疑惑については、既にクリスから聞き及んでいた。そんな彼女と好き好んで一緒にいるのだから、彼もいわゆる同類なのかと言う予想があったためであったが、ジゼットは特別に何かを出来る様子はない。今の戦闘だけでも射撃は年相応に並以下、運動神経が極端によさそうでもない。実に堅実なリリアの後方援護を担当して、人並みの感性で戦闘終了に安堵する。特別に戦いが好きと言う様子もない。
それに、ジゼットは困ったような顔で。
「僕は、本当に何もできないです。あ、でも病気はしなくなりました。前は、年に一回は風邪を引いていて」
「何もないほうがいい」
「そうですね。それはわかっているけど」
「ジゼット~」
話していると、向かいの建物の窓から、リリアが元気よく手を振る。思い通りに暴れられなかったとはいえ、今日もまた武勇伝を増やしてお金を稼いだのだ。その点においてリリアが不機嫌になる理由はなかった。
ジゼットも手を振り返して、もう一度左右の路上を確認して誰も射ないことを認めると、カービンライフルを肩に担いで彼女の元へ歩んでいった。
少年少女のほんわかとした邂逅である。一仕事の後の屈託ないリリアの笑顔に、クリスも温かに見守る。
そして、ジゼットが道路の中ほどに来たところで。
一発の銃声が鳴った。




