2-12 クラバニ
一夜明けて。
宿屋で体を休めた四人は、エリーの始動を待ってから、昨日修道院長から渡されていたメモ紙の住所の場所へと向かった。四人、と表記したのは、一向にリゼは加わらず宿で待機した為であった。ジゼットたちの話によれば、この住所にいる人間は二人がウルティスに来る前にお世話になったブローカーとのこと。そんなところに今のリゼは何の用事もなければ、連れて行く理由もなかった。
果たして到着した小さな喫茶に、勝手がわかっているリリアとジゼットが先に入っていく。なお、目立つ武器はやはり車に残した。
「ブローカーってのは、飲食店を兼業してる奴らばっかりなの?」
「どこにあっても不審じゃないし、人が集まっても不審がられないから、とか」
「一理ある」
話しながら、エリーとクリスも後に続く。
中は、当然だが、いたって普通の喫茶だった。営業を放棄しているレアとは違い、きちんと一般客らしき家族連れも見えており、表向きは何の不審点もない。もっとも、そんなものがあったらブローカー業など出来るはずもないのだが。
中に入ると、ジゼットはレジにいた店員に「マイヤーさんにお届けものです」と伝えて、四人は店の奥へと案内された。交渉事は、リリアはジゼットに一任しているらしい。口を挟む様子はない。
「マイヤーさんに会いに来たと伝えれば通してもらえます。店員さんも、これでクリスさん達の顔は覚えましたし」
「ほいほい」
レアとウルティスのリンクスの酒場しか知らないクリスとエリーにとって、新しいブローカーとは新鮮である。
見物感覚で付いていくと、四人は一室に案内された。
「こんにちは、マイヤー!」
勇んで向かっていくリリアの前には、一人の男性がいた。40路の、やや小太りだが長身の男だ。
そういえば、彼女達が始めてレアの店にやってきたとき、アニーニ・マイヤーとやらの紹介で来たと言っていたのをエリーは思い出す。リリア達は、彼女達曰く旅行で南下してウルティスにやってきた。そしてホニの町はウルティスの北側にある。
人相のよい顔とはいえないマイヤーと言う男は、しかし見知った少年少女の姿を見て表情を緩めた。
「ジゼットにリリアか。南に行くと言っていたと思うが、戻ってきたのか?」
「ちょっと旅行に」
「旅行中に旅行か。奔放さは羨ましいな」
マイヤーは席を立つと、脇にあった小型冷蔵庫を漁ってジュースを取り出した。合わせて棚のコップも四人分用意して、それぞれに振舞う。早速リリアが、コップを手にして口につける。このあたりはやはり子供らしく、甘いものを口に入れただけで彼女は上機嫌になった。
「そちらは初顔だな」
「レアのところで仕事を受けてる掃除屋よ」
「あぁ、レアの所の。俺はアニーニ・マイヤー、フリーのブローカーだ。リンクスの支部はここじゃないからな、一応」
「見ればわかるわよ。で、早速本題で悪いんだけど。ほい」
クリスが催促すると、エリーは昨日修道院長から渡されたレターをバッグから取り出し、差し出す。
受け取ったマイヤーは代わりにジュースのコップをどうぞと促しながら、封を切って中身を改める。簡素に一枚、書状が入っていたようだ。それを読んでひとつ頷き。
「あぁ、受けているよ」
「内容は?」
「依頼達成の報酬だ。参加者一人頭10万ルーツで、5人で計50万」
五人と言ったのは、相手方がリゼの分を計上している為であった。一緒に地下室に入ったので、同業と思われたのだ。
ウルティスでは、そこらの底辺ギャングの命は最安値だと、一人5千ルーツ程度で取引される。「定価」はもう少し高いが。なお、クリス達の一食がだいたい300から500ルーツ。もちろん先のアランファミリーの件のような上物が相手だと報酬金額もはね上がっていくが、今回相手にしたゴロツキはせいぜい20名で、しかも半数近くを逃がしている。それを考えると随分な金額だ。
相場なんて地域で変わるのかもしれない。あるいは、突発的な出来事を解決した為に色をつけてくれたという事だろうか。クリスが黙って思案しつつジュースで喉を湿らせる。
リゼのことだ。恐らくと言うよりほぼ確信で、こんな汚れたお金は手に取らない。何かの間違いで欲しいと言われたら、その時はポケットマネーから立て替えよう。そう考えて、クリスは口を開いた。
「そのうちの10万をあなたに支払おう」
「ほう?」
「代わりに、依頼主についての情報を頂戴」
「料金としてはあれだが、依頼主も隠す気がないそうだからな。いいだろう」
ひとつ頷いて、マイヤーは続けた。
「依頼主はクラバニ。クラバニギャングといえば、この町の掃除屋で知らない人間はいない程度の連中だ」
「ほうほう、それで?」
「修道院にモノを隠していたのもクラバニだ。もちろん彼らの持ち物。その情報を仕入れて、対抗勢力のギャングが攻めた」
そのあたりの事情はブローカー、入手はしていた。専門の情報屋ほどでないにせよ、彼らもそうやって渡っているのだから。
「今この町は、3つのギャングが睨み合ってる。ひとつはクラバニ。説明したとおり、3つの中では一番勢力が強い。残りがボティエとナルスジャックって奴で、クラバニが強いからとりあえず共同戦線張りましょうって感じだ。もっともお互い信用する気なんてないのか、連携は取れていないようだが」
「それで?」
「修道院の金のありかを、ナルスジャックの工作員が突き止めた。防御がないこともな。でもその場所はボティエの勢力のほうが近いから、リークして襲撃してどうぞとなった。なんでボティエの手勢が攻めた所」
「うちらと当たった、と」
「見せしめに市民もいくらかやるつもりだったらしいが、見事返り討ちだったそうだな。ボティエはそんなに兵士を持っていない。少ない手勢をやられてオカンムリだろう」
対して愉快そうに話すマイヤー。彼にとってはまさに対岸の火事、彼らの価値などそんなものだ。
見せしめに市民も、のくだりでエリーが目を細める。礼拝堂に固められた一般人は一時的な人質と言うだけで、そういう腹積もりだったという事だ。クリスの勘が働いたのも頷けた。
しかし次に、クリスは聞き捨てならない言葉を聞くことになる。
「三日後に、ある依頼があるんだが。クラバニが、君達を指名してきている」
「あ~、そういう流れになっちゃうか」
たまに、こういうことがある。
依頼主が、リンクスを通じて掃除屋に依頼する。掃除屋は仕事を遂行する。リンクスは仕事の結果を斡旋屋を通じて依頼主に報告し、それで関係は終了。だが、それで終わらないときがある。ある規模以上の組織が依頼主の場合、またどこの骨ともわからない掃除屋が受注するより、次も同じ掃除屋に頼みたいとなるわけだ。すると、今度は名指しで依頼が飛んでくる。その時に依頼主が正体を明かすかはまた彼らの判断によるが、こうして特定のグループと懇意になって、ほぼ私兵化している掃除屋も存在していた。仕事が安定する、少し多めに報酬がもらえるなど利点がある。
クリス達も同様に目をかけられたことがあるが、だからこそクリスは逆に、名指しの依頼はあまり受けないようにしていた。一回二回なら金で雇われている掃除屋だからと見逃されるが、特定の相手と頻繁に取引するのは、「偏って加担した掃除屋」はその立場が危うくなる。その依頼主と敵対関係にあるグループにとっては目の仇であり、もっと直接的に狙われることもあるためだ。ギャングだのカルテルだのの抗争に巻き込まれたくなければ深入りするなと、レアの忠告と自らの勘に従ってクリスはそうしていた。
だが話は進んでいく。
「ナルスジャックが、武器商人と会うらしい。そこを襲撃しろとのことだ」
「一応聞いておくけど、なんでうちらに?」
「修道院の件で怒ったボティエが、傭兵を雇って襲撃させたってことにしたいのさ、クラバニとしてはね。そしたら敵側勢力が勝手に潰し合いをしてくれる。掃除屋なら誰でもいいが、まぁ彼らなりの追加報酬と言う奴だろうさ。働く気があるならどうぞ、とね」
そしたらまた、結果次第で色をつけますよ、ということだ。
支払いの悪くない相手からのご指名依頼。悪くはない仕事である。それ自体は問題ないが、そもそも彼女達は仕事と無縁のいわば息抜きでやってきたのであり、何でこんなところまでやってきて命をかけなければならないのかと言う思いがクリスにはあった。しかもリゼを宿に残したままである。金のために銃撃ってくるんで、一人だけ先に帰ってどうぞとは口が裂けても言えない。
と。
それまで黙っていたエリーが、口を開いた。
「ウルティスは、複数のギャングがぶつかる事で治安が悪くなる」
「そうね」
「クラバニ一強なら、あの教会はとりあえず安全になる」
「‥‥‥エリー」
いつもの平坦な調子に戻ったエリーが、しかし強い意志で語る。
修道院側はウルティス教会の孤児引き受けを断った。クラバニからの資金を利用してやるという気はなく、できうることなら関係を切りたいという意向もあるのだろう。今回の件で隠し資産の場所がばれたのだから、もしかしたら別の場所に移すことも期待できる。その時、修道院は正常に戻る。その上で町自体をクラバニに仕切ってもらえば、少なくとも当面の心配はなくなるというものだ。彼女にとっての優先目的は、親愛なるシスター達の身の安全であり、依頼を受けることによってそれに一歩近づける。
乱暴な手段ではあると言うのと同時に、自分から直接的に行える行動はそれくらいしかない、と、エリーは理解して。
「依頼、私は受けたい」
「やれやれ。とりあえず多数決とってみようか? この依頼を受けたい奴」
クリスの問いに、エリーとリリアが手を上げる。エリーは兎も角、リリアは報酬の発生する仕事だからやりたいといった趣である。
「んじゃ、受けたくない奴」
これはクリスが手を上げた。あまり特定のところに偏ってつきたくないという思いと、その仕事に「嫌な予感」が微妙に発生している為であった。
ジゼットは、どちらにも手を上げない。ここで彼に反対票を入れてもらえれば、リリアも付いてくるかもしれないのだが。
「ジゼットは?」
「どちらでも。リリアが行くなら、賛成票にするよ」
「‥‥‥しゃ~ない、やるか」
このまま放置してクラバニと他の勢力が戦いだしたら、クラバニの資金を隠しているあの修道院は渦中ど真ん中になる。バレた以上はどこかへ移動させることを期待したいが、どちらにせよその間は危険という事でもある。それを好まないエリーは引き下がらないだろう。
拒否権を行使すればさすがに諦めるかもしれないが、それでエリーの心傷の種を増やしたくはない。寡黙で仕事を淡々とこなす頼りになり、その様子から実年齢よりやや上に見えることもある相方だが、四人射撃班の中でも一番若い人間。リゼもクリスも、彼女達なりに可愛がっている子だ。普段主張のないエリーの希望と言えば、リゼも納得してくれるだろう。
「三日後ね、了解。じゃ、詳しい話聞かせて」




