2-11 地下
目に映るのは無機質なコンクリート壁と、何の変哲もないただの蛍光灯。いまいち換気も悪く、空気がよどんでいる。
階段を下りた先は、地下空間であった。全部で4つほどの簡素な部屋空間が用意されている。
そんな中で、エリー達は地べたに座っていた。椅子の類がなかったため、体を休めるにはそれしかなかったのである。洋服が埃で汚れちゃうと不満だったリリアだけは立っていたことは追記しておく。
それぞれに過ごす中、クリスは、狭い空間の品評会とばかりに部屋の中を覗き込んでいる。
4つの部屋。
そのすべてが鉄格子で鍵がかけられていた。二つは武器庫扱いのようで、中にはKN-47を主とした銃器がガンラックにかけられている。KN-47アサルトライフルはその高い冗長性から部品精度が要求されず、各地でデッドコピー品が製作されており、製造と入手の容易さは他の銃器の追随を許さない。これもまたKN-47のコピー品であろうが、引き金を引いて弾が出れば問題はない。銃とは、究極的にはそういうものだ。
そして残る二つの部屋。鍵の向こうにはデスクと椅子があり、棚には帳簿のようなものも見える。そして。
「これが連中の狙いって奴か」
大仰な金庫やアタッシュケースを眺めて、クリスが鼻で笑う。
隠してあるのは銃器ではないだろう。金庫やアタッシュケースに詰めるような大きさで、秘密の地下室に隠すような代物。かつ、強盗団がそれなりの人数を揃えて狙うような品。中に鎮座しているのは黄金に輝く延べ棒か、紙の束であろうことはほぼ間違いない。それも金庫の大きさやケースの数からして、相応以上である。
「あるところにはあるんだねぇ、うらやましいねぇ」
「道理でね」
「どうかしたのリゼ」
「ウルティス教会の孤児達の受け入れ。いろいろと理由をつけて、口調だけやんわりと断られたの」
「ギャングか何かの片棒担いでるわけだ。孤児を抱えて資金繰り厳しいところを突かれたとか、そんな感じかもね」
資金を多少融通する代わりに、置くものを置かせろ。そんなところだろう。修道院であれば関係者以外はそう近づかないし、施設そのものが撤去される心配もなく、広い敷地に子供と言う人質付き。資金の流れがばれたとしても、寄付金という事にしておけばいい。ただほんのちょっと、その寄付金の一部が地下に隠れるだけだ。あるいはここから資金洗浄の方法を模索しているのかもしれない。
「これだけあるなら、そこそこの規模みたいだね。厄介なところに目をつけられたもんだわ」
「とりあえずのところ、どうしようもないわね」
「修道院もそうだし、うちらもね。こいつの持ち主と後で会う羽目になるかもしれないわけだ。面倒にならなきゃいいけど」
言ってクリスは肩をすくめる。
とはいえ今のところ、彼女の「勘」は発動していない。何かしら危険があるわけではないようだと、クリスは気楽に構えている。
「そうだ。リゼ、結局撃ってないんでしょ?」
「えぇ」
「よかった。もう要らないでしょ、貰うよ」
クリスが手を差し出す。それに、リゼはバッグを漁って、一丁のハンドガンを掴むとグリップ部を向けてもとの持ち主に返した。
セーフティを確認してからクリスは思案した。そして、エリーがいつも通り小さなバッグを持ってきているのを見つけて、「ごめん預かって」と、自身のトランシーバー共々エリーに渡した。サブマシンガンに予備マガジン、自分のハンドガンに携帯と、彼女のズボンのポケットにはこれ以上入りきらないのだ。エリーは小さく頷いてそれらを預かる。
「ていうか、撃ってないならリゼまで一緒になって付いて来なくてよかったのに」
「どちらにせよ、あなた達を待たないと宿にもいけないから同じよ。ここからまた距離もあるでしょう」
「まぁねぇ」
などと、クリスとリゼが話す中。
「‥‥‥」
リリアが険しい顔で、リゼを睨んでいた。
彼女が不機嫌なのは明らかだ。だがその理由がわからずに、ジゼットは二人の顔を交互に見る。痛いほどの視線にリゼも気づいて、そしてやはり睨まれている理由がわからず小首をかしげて彼女を見返した。クリスも他愛なく話すのを辞めて、そして壁にもたれた状態で愛銃を抱いて出入り口に気を配っていたエリーも異変に気づいて、地下空間を静寂が包む。
リリアはしばし黙ったままだった。言いたいことを我慢しているのではなく、あまり深いかかわりのないリゼに対してどう問い詰めようかと言葉を選んで。
そして、彼女は言葉をぶつける。
「何で銃を使わなかったの」
「ごめんなさいね」
「謝れって言ってるんじゃないわ」
隠そうともしない棘の対応で、リリアが眼光を鋭くする。
銃を持っていないと言う話だったから黙って守ってあげたのに、本当は銃を持っていて、それで戦う事をしなかった。それがリリアにとって我慢ならなかった。戦って欲しかったからではなく、銃という力を持っていながら使えない臆病者を守ってやっていたという事実が腹立たしかったのだ。
「来る時も言ってたよね。銃を持たないって。どうしてよ。どうして戦わないの」
問い詰めるリリア。
リゼは黙っていた。穏やかな態度のまま、しかしリリアと目を合わせるのを嫌って瞳を閉じている。
どうしようもない沈黙がさらに続き、リリアがいよいよ我慢ならずに吠えようとしたその時。
「昔ね」
リゼが、ポツリと零した。このまま彼女の心証を悪くするのは得策ではないという判断と、隠さずに伝えようと言う決断からだった。
リリアが溜飲を下げた様子を確認して、リゼは続けた。
「私達の射撃班は、逃げ遅れた住民の避難を手伝ったの。あの時はご両親と、男の子の子供の三人家族だったわ」
語り始めた話に、クリスとエリーは黙る。二人もその場にいて、今でも覚えている事柄なのだ。どの話かすぐに察しが付いていた。
気分のよい話ではない。だが彼女が語ると決めたのだ、口を挟む事ではないと、じっと待つ。
「無事に家族を確保して、そうして逃げていたのだけどね。途中で、ある人物と会ったの。西の国に肩入れしてレジスタンス活動をしていたらしい人。街角でばったり遭遇した。20メートルも離れていなかったわね」
「それが?」
「彼は手にアサルトライフルを持っていて、私達の姿を見るとその銃口を向けてきた。私は殆ど反射的に反撃して、彼を撃ったわ」
「よかったじゃない」
「子供だったの。ジゼット君と同じくらいの」
私服のその人は、少年だった。彼は恐らく、エリー達が着ている軍装を見て攻撃を決めたのだろう。
レジスタンス活動そのものは珍しくもない。窮状になって食糧配給も滞りがちになった地区では、その不満を西の国が煽って、武器と食料を流していた。代わりにこちらについて内通者として、そして抵抗者として兵士や補給線を攻撃させたのだ。正規兵の質はほぼ互角かエリー達の国がやや優勢あったが、こと物資面においては西の国が圧倒していたのである。
「ふぅん?」
「その弾丸が致命傷じゃなかった彼は、地面に転がって、痛い痛いと泣き叫んだわ。悲痛な声だった。私はとどめを刺せなかった。でも声はどんどん小さくなって、そして最後には何も言わなくなった」
失血によるものかショックか。兎に角、少年はその人生を終えた。
「そして私が人を殺したのを見て、連れていた男の子にもどうして殺したのって言って、私から離れようとしたわ」
「撃たなきゃあなたが撃たれたのよ。大人も子供も関係ないわ」
「そうね、それはまさしく正しい。でも私は、撃った彼の遺体を見てこうも思ったの」
誰にも聞こえない重いため息を静かに吐き出して。
「自分は、それが銃を持った人間と言うだけで、相手に銃を向けて殺せる人間になってしまったんだって。そして、たとえそれが誰かを助けたとしても、理解されず畏怖されるんだって」
「兵隊って、そういうものでしょ」
「えぇ。私は、兵隊にはなれなかった」
「でもいいじゃない。その家族は守れたんだから」
「その後、迫撃砲を撃たれて、家族は瓦礫の下敷きになったわ。その子もね、コンクリート壁に潰されながら痛い、助けてって泣いていた。私は、助けられなかった。誰も」
「‥‥‥」
何の救いもない。それはさすがに仕方ないと流せなかったのか、リリアも押し黙る。それくらいの感性は人並みに持っているようだ。
リゼは宙を仰いだ。何の変哲もない蛍光灯が、太陽よりも弱く照らしているだけだった。
「それからね、ずっと考えるの。相手に苦痛を与えて命を奪って、守っても感謝してもらえず、ただ命令のまま殺し続ける。それって、そんなに大切な事なのかしらって。わかっているわ。クリスやエリーを失いたいわけじゃない。私は撃たないといけない。でも。私は、もう誰も撃ちたくない」
「それで? さっきみたいな事になるんだ。あなた、もしかしたら死んでたかもしれないのよ。死ぬのって怖いんでしょ?」
自分の身すら守れない。守る気がない。そんな奴を助けたのがリリアの不服だった。
それにリゼは、瞳を閉じて、ただ同意した。
「そうね」
「今回はたまたま。ていうか私が巻き込んだの」
そう責任を被ろうと口を挟んだのはクリスだ。
「だいたい、もう戦争は終わった。うちらは兵士じゃないし、リゼは掃除屋でもない。戦う機会なんて本当はないんだよ」
「でも!」
「でもじゃない。リゼは、戦争とも銃とも無縁な生活に身を置いてるの。あんたは市民全員にホームパイクと拳銃装備させて、気に入らなくなったら隣人でも刺せって言う気? 世界の果てだわ」
銃なんて、武器なんて必要がない世界のほうがいいと、クリスがたしなめる。
銃で身を立ててきたリリアには、理解できない世界。
「二人の言ってる事、わかんないわ。銃があれば何でも出来るじゃない」
「銃は万能じゃないよ」
「万能だよ。小さい時は猟銃で動物を狩って食べてきた。軍隊の時は銃で身を守ってきた。今だって銃で稼いで生活してる。銃をそんなに嫌う理由、わかんない」
「‥‥‥そっか」
合点がいって、クリスが息をつく。
一方でリリアは首をかしげる。
「あんたさ。その味しか知らないで生きてきたんだね」
「何よ」
「いや。そういう奴もいるんだなって。あんたのこと、ちょっとわかった気がする」
クリスは憐憫に近い視線で見つめる。リリアは銃を取らなければ生きていけない生活を続けていたが、クリス達は曲がりなりにも家族や教会の人間に囲まれて、腹が減ればご飯が出て、困ったことがあれば助けてくれる年長者がいて、悪いことをすればしかってくれる人が居て。そんな普通と思える生活を味わった時間がある。生来の性格があるにせよ、意見の相違が出たり、リリアがやけに好戦的で武器を肯定するのは、そのあたりのことがあってのことなのだと彼女も理解した。
もちろんそんな意見も、リリアには理解できない。
「どういう意味よ」
「なんて事ないよ。兎に角、リゼについてはただの一般人。銃を持つほうがおかしいの。それだけ覚えて、後は突っかかるのを辞めなさい」
「むぅ。ねぇジゼット」
「クリスさんの言う通りだよ。ここは押さえて、ね」
「ジゼットまで。はいはい、わかったわ」
ジゼットの言う事には逆らわないらしい。今後も彼女を言いくるめるときはジゼット同伴で、彼に納得してもらえるように話を展開しようと決めるクリスであった。多分そのほうが手間がないからと。
囀る少女が黙ると、後には静寂が残された。通路を塞ぐ蓋は防音もそれなり以上のようで、外の喧騒も届かない。部屋のデスクにはラジオもあったのだが、残念ながら鍵がないために部屋には入れない。娯楽のない中、彼女達はどうしようもない空気を抱えたまま待つしかなかった。
そうして、クリスが携帯の時刻を見て6時かと判断した頃。
音を防いでいた蓋の向こうから、物音がし始めた。誰かが触れているのだ。
腰を浮かし、銃を構えて臨戦態勢になったエリーとジゼット。だがクリスは手で、銃を下げるように指示した。自身の「勘」が働かなかった為、大丈夫と判断したのだ。それでも何かあったらいけないと考え、クリスは進み出る。
蓋が、開く。
全員が立ち上がって待っていると、見知った初老の女性がやってきた。
「お待たせしました」
「どうも」
やってきた修道院長に、クリスは軽く会釈する。
「今日はお帰りくださって結構ですとのことです」
「誰から?」
「それも、後日と。こちらをどうぞ。書状は、この住所の方に渡してください」
言って、院長は手にしていた書状が入っているらしき封筒と、メモ紙をクリスに差し出す。
受け取ってメモ紙のほうを改めると、そこにはどこかしらの住所と電話番号が記載してあった。誰のものかは知らないが、ここに行けば報酬とやらが貰えるらしい。もっとも、本当に報酬なのかもわからないが。
クリスの手にしたその品を、リリアも寄って背伸びして眺める。そして遠慮なくメモ紙をクリスの手から毟り取り。
「あれ。この番号見覚えあるよ、ジゼット」
「あんたら知ってるの?」
「えっと。‥‥‥あぁ、これ、マイヤーさんの番号だったと思う」
「誰?」
「この地区のリンクスブローカーです。リンクスへ出した依頼という事にして報酬を渡したい、ということなのかも」
「なるほどね」
変なところを呼び出し場所にされたらまったく行くつもりなどなかったが、掃除屋にとってリンクスに関係する場所は、他のどこよりも安全である。それに棚ぼたとはいえ、この地下室の持ち主であろう人間から貰えるものは貰って帰れそうである。報酬と言う形でもらえるのなら特に拒む理由はない。
クリス達の反応を確認して、院長は恭しく頭を下げた。
「本日はありがとうございました。あなた方のおかげで、怪我人もありませんでした」
「こちらこそごめんなさい。銃痕と薬莢だらけにしちゃって」
「いえ。ここへは徒歩ですか、それとも車で?」
「駐車場に車を置いてるんで」
「では案内します。警察の方々が礼拝堂で作業をしていますので」
「ほいほい。じゃ、行こっか」
クリスの音頭で、皆が歩き出す。
だが一人だけ、動きが鈍い。
エリーだ。
「エリー?」
「ん」
彼女が快活にしているところなどろくに見たことはないが、それにしても元気がない。
「シスターの事? 一言挨拶したいとか」
「‥‥‥別に」
「まぁ無事だって話だし、何か言いたいならまた来ればいいよ。今日は帰ろ、ね?」
「ん」
クリスに背中をさすられて、エリーも渋々といった様子で歩む。実際、エリーにはもう一度シスターに会っておきたいという気持ちこそあったものの、どういう顔でどういう話をすればいいのか彼女自身わかってはいなかった。銃を持って、人を撃った。これの何を語ればいいというのだろうか。エリーは考えて、だが答えを出せずに、結局クリスの指示に従うことにした。
五人は、院長を追って地下室を後にした。
駐車場に戻る際、殆ど沈んでいる太陽と警察車両のワーニングライトに照らされた礼拝堂に、エリーは目を向ける。
そして、暗い表情で目を背けた。




