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2-10 戒律



 クリスからの連絡を受け取って、リゼはすぐに動いた。

 礼拝堂と繋がる通路。その大分礼拝堂寄りにあった事務室に入ると、そこにいた職員に礼拝堂に強盗がきた旨を伝えて、避難開始を手伝わせた。礼拝堂との通路の扉は、リゼがあらかじめ閉めておいた。

 半信半疑の職員達は、リゼが三度同じことを言ってせっつくまで彼女の言葉を信じなかった。そして決して機敏とはいえない動作で、方々に散って動き始めた。本当なら建物から外に出て欲しかったところだが、変なところに逃げられても困る。だからリゼが伝えたのは一点。部屋に鍵をかけて出ないようにすること。これなら、銃弾と言うマスターキーを使ってもこじ開けるには時間がかかる。クリスの連絡を受けてからと言うもの、まだ銃声はしていない。いきなり発砲して回る敵でないならば、わざわざ鍵付きの部屋を狙って突入する事はしないだろう。

 そうして職員による口頭による伝達が始まり、一階部分があらかた終わった頃、礼拝堂に繋がる扉が開かれた。案内役にさせられたシスターを先頭に、一団がやってきたのだ。その隠そうともしない足音はリゼも感じた。

 その時リゼは二階に居た。まだここの作業が終わっていなかったために、ここで控えていたのだ。階段口の傍で、両者の様子を窺っていた。

 リゼが聞き耳を立てる中。


「どこいいる」

「二階です」

「マリノ。ボワレとウァドを連れて行って来い。殺すなよ」


 男と女性の誰かの会話が聞こえた。部下のうち3人を派遣してくるようだ。そして案内兼人質となっているシスターを含めた4人の足音が、リゼのいる二階を目指して近づいてきた。

 そっとバッグに手を伸ばす。指に固いポリマーフレームの感触が触れた。クリスから貰った「手段」だ。

 複数の音と気配が、やってきている。これが、いわゆる敵のものである事は理解していた。どんどんと近づき、そして、階段を上ってくるのが音と気配でわかった。

 だがリゼは何もしなかった。

 ここで銃声の一発でも鳴らせば、その銃声だけで武装している人間がいると判断させて敵の足を止められる。銃弾すら必要ない。一つ彼らの前に出て軽く話でも振るなり、急いでいる振りでもして階段口で体当たりでもしてみるなり。避難する時間を稼ぐ、巻き込まれる人間を減らす。その方法は人の数だけ思いつくだろう。ここにおいての時間稼ぎは一等大事だ。

 だがリゼは何もしなかった。それが罪だとわかっていてもできなかった。

 まずは案内役にさせられていたシスターが、そして男が、銃を片手に階段を上りきり、姿を現す。

 彼はリゼの姿を見つけると、握手をする気安さで銃を向けた。


「おい、動くな」

「‥‥‥」

「手を上げろ」


 指示、いや命令だった。

 リゼは手を上げなかった。バッグの中に片手を入れたまま、動かずにいた。

 投降を呼びかけるあたり、敵はすぐに撃つ気はないのは明らかだ。だからバッグにあるこれを今抜けば、まだ五分で撃ち合いが出来る。彼の隣には人質のシスター。こちらで勝手に戦端を開いてしまう事は悩むところだが、彼を撃てば被害者を逃がしてやる事も可能だ。

 だがリゼには出来なかった。決断できなかった。


「聞こえなかったか、手を上げろ」


 再度の警告にも、リゼは動かない。

 自分に向けられた銃によって、部屋に隠れた人たちが見つかって撃たれる可能性は? 自分が人質として捕らえられて、クリス達にいらない迷惑をかける可能性は?

 ここで『戦う』のか。

 もう触らないと決めた銃を握って、もう撃たないと決めた銃のトリガーを引くのか。

 そうやってたやすく命を奪うのか。

 リゼには、決断できなかった。


「おい!」


 男が一層声を荒げる。

 もう無理だった。決断しなければ、殴られるならいいほう。人差し指ひとつで自分の命にも関わる怪我を受けるだろう。

 それでも。

 リゼは、何もしなかった。

 それが罪だとわかっていても。

 男が銃口を定めた。どうやら殺しの許可は下りているらしい。リゼはそれをただ見つめた。嫌いな銃を、ただ見つめた。




 銃声。




 ここではないどこかで、それは響いた。

 銃声は立て続けに数発。これはリゼも聞きなれた音だ。国軍の正式採用拳銃UP45の射撃音。軍属として戦った身、聞き覚えがないわけがない。

 UP45。クリスが携行している銃だ。


「何だ?」


 自分の背後、礼拝堂のあたりから鳴っていることに気づいて、男はリゼを狙うのを辞めて後ろを振り返る。もちろん礼拝堂の中の様子など、ここから見れるわけもなかったが。


「勝手に始めやがったのか」


 ついにはサブマシンガンの連射音まで聞こえるようになって、男がやれやれと息をつく。その言葉から、いずれは行うつもりであったのだろうと推察できた。

 クリスが射撃戦を始めた。あの子は懸命な子だ、やるなら今と思ったのだろうと、リゼは彼女の判断について疑念はなかった。そしてクリスが戦うのなら、エリーも傍にいるはずであった。断続的に聞こえる単発の射撃音がそれなのかもしれない。

 あちらが行動を起こしたのなら、こちらも相応にしなければならない。

 わかってはいたが。

 リゼは何もしなかった。

 今まさに余所見をしている目の前の男に銃を向け、引き金を引くだけで、自分の窮地からの脱出と敵の更なる混乱が見込めるのに、できなかった。

 リゼは何もしなかった。

 また連射音が聞こえた。今度は随分と近く、この建物の一階から撃っているような音の響き方だった。礼拝堂のクリス達と、この建物にいる一団との間で射撃戦が始まったのだろうか。

 そして、さらに近くからサブマシンガンらしき高速連射音が響いた。本当に近い。

 悲鳴と断末魔の声が、階段のところから聞こえる。リゼの目の前に居た男が、音に驚いたか階段に振り向く。

 そして。


「がっ‥‥‥!」


 リゼに銃口を向けていた目の前の男が、全身にいくつもの穴を開けながら横倒しに倒れた。

 よくはわからないが、敵が倒れた。いなくなった。


「‥‥‥あなた、向こうに走って!」


 ようやく声を出したリゼの指示で、案内に連れてこられたシスターが悲鳴を上げながら2階の奥へと駆け去っていく。

 とりあえずはこれでいい。目に映る限りの危険も去った。

 では、誰が。

 リゼがそう考えていると、階段を上ってくる足音が聞こえた。随分と軽い音だ。直前の会話では襲撃者は3人、二階に寄越してくるはずであったが、最初の銃声でなぎ倒されたのであろうか。

 そうして眺めていると、一人の黒服ゴスロリの少女が姿を現した。


「これで終わりよね」


 得意げな顔で、ボルトの後退しきった弾切れのベリットサブマシンガンを手にしたリリアは、一応と左右の通路を確認する。そして改めてリゼに向いて。

 ふくれ面をした。


「なにやってるの、あなた」

「市民避難の手伝い、かしらね」

「銃、持たないんだっけ」

「えぇ、まぁ」


 バッグから手を抜いて、リゼはあいまいに返事をする。それにリリアは、「そう」とだけ呟いて、踵を返して階段を降り、踊り場に立った。

 そして横飛ぶ。

 一味の男が階段下から姿を現し、オートマチックの拳銃を撃つ。だが銃弾は外れる。リリアが避けた。照準され引き金を引く前に、その射線から飛ぶ事で逃げた。言葉にすればただそれだけの事だ。それを出来る人間がどれほど居るのかは、また話が変わるが。

 そしてリリアは右手にある弾切れの銃ではなく、左手を動かしてスローイングナイフを腰のホルスターから引き抜き、流れるような一挙動で投擲した。14歳の少女とは思えない速度で振り抜かれた腕からスローイングナイフは勢いよく飛び立つ。刃は男の左眼球を捕らえて、深く突き立った。それで男は倒れた。もう起きる事はない。

 そんな彼に感慨も感想もなく、リリアはバッグから予備マガジンを取り出してサブマシンガンの弾倉を交換する。そして薬室に装填する。


「これでいいのよね」


 つまらなそうに、呟くようにリリアはそう語る。

 自分が銃弾を放たなかったが為に、こんな少女に人殺しをさせている。その罪悪感にリゼは表情を歪めたが、ここにおいて彼女にかける言葉は一つであることも、頭の中でわかっていた。


「ありがとう」

「そこ、動かないでね」

「えぇ」


 返答を聞くと、リリアはやや腰を落として階下に銃口を向けて、待機する。この階段を守っていれば、二階に上がる方法はないはずだからだ。

 だが敵は来ない。

 一階の通路では、丁度ジゼットが銃撃戦を行っていた。建物の外から、窓から銃を突き出し射撃する。階下で聞こえた銃撃は彼のものだった。ハンドガンとサブマシンガンだけの敵を相手に、カービンライフルという射程の優位を生かして距離をとって牽制をしている。だから敵はこれ以上、階段まで来ないのだ。

 リリアは待った。がんばって待った。15秒くらい。

 そして。


「あ~もう! 私が行ってずばばば~ってやっちゃえば早いのに!」

「だめだよリリア」

「わかってるわ!」


 少女の大声に、ジゼットも声を大に釘を刺す。暴れるなとの指揮官様のお達しである。これで暴れたら今度こそ見放されて、町で生きにくくなる。わかっているから余計に腹立たしかった。はしたなくも体をゆすりながら、リリアは我慢し続ける。

 彼女がなけなしの自制心で待機する間も銃撃戦は続く。そして、終わりを迎えようとしていた。


「情報と違うじゃねぇか!」

「俺達をハメがやったんだ畜生!」

「おいマリノ。くそっ、やられたのか!」


 彼らにとって想定外であった唐突の不明勢力の襲撃と、いきなり礼拝堂の味方6人を失い人質もなくし、ジゼットとクリス達による挟撃を受けたこの状況。2階に派遣した味方も返事がなく、この交戦で本集団にも死傷者が出ている。彼らが混乱し士気を落とすのも当然であった。

 そして、適当に打ち返して残弾の心もとなくなった銃を手に、リーダー格らしき男の「逃げるぞ!」の一声を合図に、彼らは崩壊した。

 いわゆる敵を撃たないのはいい。ではここからどうやって逃げると言うのか。

 その声を聞きつけて、リゼはいまだ通話状態にしてある携帯を手に取った。


「クリス。聞こえる?」

「はいはい、聞こえてるよん」

「敵が逃げ出すつもりみたい」

「おっけ。抵抗して怪我するほうが馬鹿らしい。エリー、射撃中止。リゼ、そっちにジゼットかリリアがいる? いるなら壁でいいからフルオートで適当撃ちさせて。音で追い立ててこっちから逃げてもらう」

「了解」


 引き受けて、リゼは今の会話内容を踊り場に居たリリアに伝える。敵を直接撃てない事やそのまま逃がしてしまう事に彼女は心底不服そうだったが、了承して銃口を階下に向ける。

 そして、フルオート。

 秒間10発で放たれる激しい銃声が彼らを襲う。その銃声で心得たのか、ジゼットも合わせて銃撃を重ねた。

 後方から聞こえる激しい銃声と、急に止まった礼拝堂からの射撃。あつらえられた状況だが、そんな事はどうでもいい。逃げようと思っていたところに逃げる隙が出来て、後ろからの銃撃が激しくなったのだから。

 我慢できなかった臆病な部下がまず走った。そこからはもう雪崩のようであった。彼らは負傷した仲間を放って我先にと駆け出し、施設に面した道路にぶしつけに路肩駐車していた自分達の車の元に戻っていく。

 そうしてスラングを吐き散らしながら、彼らの車列は修道院を後にしていく。

 その姿をクリスは確認して「オールクリア」と宣言し、銃にセーフティをかけた。


「はいはい、みんな合流」


 静けさを取り戻した敷地内でクリスはそう声を上げて、友軍を呼びつける。リゼとリリア、そしてジゼットは、薬莢の転がる廊下を進んで、礼拝堂にいるクリス達の元へと向かった。

 途中、クリス達が倒した人間の遺体を目にすることになった。リリアは道端の石ころを見るくらいに何の感想もなく進み、ジゼットは起き上がって抵抗しないかとカービンライフルで持って警戒しながら歩いた。リゼは地面に転がるそれらを見て複雑に顔を歪めたが、やはり何もしなかった。

 そうして、戸口で軽薄な笑みを浮かべるクリスと、仏頂面のエリーと合流した。


「お疲れお疲れ。全員怪我はないね。こっちは一般人に被害なし。リゼのほうは?」

「こちらも、見る限りは大丈夫よ」

「おっけ。リリアも、まぁ言いつけは守ったっぽいね」

「どうして逃がしたのよ。悪者でしょ?」

「世間一般で言えばうちらも悪者なんだけど」


 クリスは肩をすくめて、銃のセーフティをかける。


「やけ起こして人質とられたり、戦闘が長引いて負傷者が出るほうが嫌だった。おーけー?」

「私は怪我なんてしないわ」

「あんたはそうだろうけどもさ。ていうか、本当にすごい自信ね」

「当然よ」


 ふんすと、腰に手を当ててふんぞり返るリリア。腰のポーチにあるスローイングナイフが一本なくなっているのを見て、こいつはまたナイフで一人倒したんだろうなと悟った。以前のように体の不調を訴える様子はないので、ちゃんと我慢はしたのだろうと、そこだけわかれば十分。

 彼女の異常性については今さらである。特に突っ込む気もなく、ごく建設的にこれからどうしようかとクリスが考え始めたところで。

 遠くから、自らを強調するサイレンの音が聞こえた。

 近づいてくるその音。消防ではない。

 警察だ。


「うげろ、到着早くない?」

「どうするの」

「速やかに車に戻って、何食わぬ顔して立ち去る‥‥‥間に合うと思う? 間に合わずに呼び止められるに一票なんだけど。だったらおとなしく捕まったほうがいいや」


 リンクスの力を使えば比較的容易に解放してもらえる。下手に逃げ出してあれやこれやと面倒を抱える事になるよりは、穏便に済ませたほうがその後がスムーズだ。帰宅も早くなる。


「リゼはどうせ撃ってないでしょ?」

「えぇ、まぁ」

「んじゃ、うちらだけね。今晩のご宿泊は警察署かもね、やれやれ」


 しかし、よくわからない強盗集団から市民を守るという「いい事」を達成した気分は、それが目的であった以上そう悪いものでもない。エリーも同じ気持ちである。

 クリスは携帯を取り出した。こ今のうちにレアに伝えておけば、手を回してくれるだろう。釈放も早まるというもので、うまくいけば日帰りが出来るかもしれない。そうして彼女が電話を一本かけようとしたとき。


「もし」


 声に気づいて五人が向くと、初老の女性シスターが一人立っていた。

 とても銃撃戦の直後とは思えない落ち着きであった。また彼女の態度は、クリス達に強盗一団から守ってくれたという認識があるようであった。


「何です?」

「修道院長のクシュネルと言います」

「はぁ」

「皆さん、こちらに」


 クリスがあいまいに返事する中、クシュネルと名乗った修道院長は、リリアが戦っていた建物のほうへと案内を始めた。

 よくはわからないが、さりとてこんな死体の転がった場所に残る気でもなかったクリスは、しばしの思案の後、銃を手についていくことにした。彼女が動くならとエリーとリゼが続き、三人が動くなら仕方なしとリリアとジゼットも後を追う。

 付いていってやってきたのは階段だった。丁度、リリアのスローイングナイフを受けて絶命している遺体がひとつある。それを無視して修道院長は階段の脇に寄ると、その場でしゃがんで床を弄り始めた。

 そして、床の板を持ち上げる。

 姿を見せたのは、地下へと続く階段だった。


「秘密の地下通路って奴?」

「どうぞ、こちらに」


 ここに隠れろ、と言うことらしいことはクリス達も理解した。

 エリーはクリスを見やる。この人の言葉を信じていいのかと。あなたの勘と判断はどうなのか、と。それにクリスは軽薄な笑みで院長に向いて。


「院長さん。これ、誰の指示?」


 警察の厄介になるのも辞めてここに入れという。まさか独断ではないだろう。クリスが尋ねるが、修道院長は困り顔で何も語らない。

 クリスは思案した。いちいち匿うという行動を見せたあたり、自分達に危害を加える気はなさそうである。また彼女の受ける嫌な感じ、勘は既に遠ざかっており、この地下通路からは何も感じない。それはとりあえずのところ、危険はないという事である。

 彼女の覚えている限りで、自分の勘が外れた事はない。何もないと感じたときは、何もないのである。


「ま、大丈夫でしょ」


 言って、クリスは一番に地下階段へと足を運んだ。




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