2-8 愛している
戦場では、同僚に対して強い絆の感情を持つ。
相手の失敗は自身の死に直結する。自身の失敗は相手の死に直結する。
お互いの命を預けあっているのだ。決して安易には任せられないし、安易には受けられない。それをお互いに行える間柄。それは信頼という名の、血縁でも恋愛でも成し得ない深い繋がりだ。
少なくともクリスは、戦場においてエリーを信頼していた。エリーだけではなくリゼも、そしてもういないローズのことも、クリスは信頼していた。こいつは必ず来てくれる、必ずやってくれる。こいつらになら命を預けられる、こいつらの為なら命を懸けると。クリスが率先して前衛を受けるのはそこに快楽を覚えるからではなく、その危険を受け入れるほどに信頼しているからだ。
恋愛ではないが恋愛に似た、恋愛以上の、感情。
だから、愛しているという言葉もあながち間違いはない。
リゼを配置した後も、クリスはなおも二階からの観察を続けた。
「予感」は、少しずつ強くなっていた。それはそろそろ、戦場で味わうレベルのものになっている。その時が近づいているのだと殆ど確信を持って、クリスも真面目に注視する。
しかし、強盗ならなぜ殺傷を行うのだろうかともクリスは考えた。強盗を行うような人種、つまり町のギャング関係の人間と仮定して、彼らはお金さえ取れれば十分のはずである。無用な殺しは無用に罪状を増やし、警察に捕まった際の拘留期間を長引かせるだけ。銃を持ったがゆえの愉悦感でぶっ放す気なのか、それとも殺傷そのものが目的なのだろうか。確かに、孤児院を経営する安全なはずの町の教会で銃乱射事件となれば、いい具合に紙面を騒がせられるだろう。それで得をする人間が居るのかもしれない。
考える間も民間人が一人、また一人と、まばらにやってくる。これが護衛対象である以上、これ以上増えると厄介だ。来るのならさっさと来てほしいものだと、クリスが願望に近い思考をし始めた頃。
それは足音だった。複数の、10名以上からなる乱雑な足音が、礼拝堂内にやってきた。
クリスが軽く身を乗り出して下を眺めると、これまでやってきた民間人ほど服装に気を使っていない男連中が見下ろせた。見える範囲だけでも12名。展開具合からしてもまだ居るように思われた。
そして、その彼らが手にしている品々を見て、彼女は肩をすくめる。
ビンゴだ。
「アンスペクトゥール4、ニューハンプシャー2004、アラクランVer.61。うん、正解でしょ大分」
ほとんどは回転式拳銃か自動拳銃だが、一部サブマシンガン装備の人間が見える。
敵の銃の銘柄当てなどもしつつ、クリスは一度身を引いて見られない角度に移動してから、トランシーバーを取り出した。
「教会ってのはさ、半個小隊規模の男連中が、連れション感覚で銃をぶら下げて入るような場所だっけ」
「来た?」
「うん。指示あるまで待機」
「了解」
声を落としてそうトランシーバーの向こうにいるエリーとに語りつつ、クリスは携帯を弄る。こちらに繋がるのはリゼだ。
「強盗が来たってことで」
「了解よ」
「通話は繋げとくよ。私の返事がなかったら応答してる暇がないと思って」
「わかったわ」
リゼも答える。
そうしてクリスが、通話状態のまま携帯をポケットに仕舞った頃。
どうやら下の一般人達も状況を理解したらしい。クリスが下を覗き込むと、彼らはやってきた一団に振り向いて不安の色を強くしていた。銃装備の人間が複数居並んでいるのだ、驚きもするだろう。
そのうちの一人が、声を出した。
「皆様どうかお静かに? 諸君には今から人質になっていただきます」
絶対優位から来る飄々とした態度で、男は丁寧ながらも銃をよく見えるように掲げて脅した。いきなり殺す気はないらしい。そこがクリスの救いだった。折角残ったのにいきなり銃乱射をされて、人間の遺体がごろごろ転がるのは気分が良くない。
銃を見て慌てふためいた人間には怒声を浴びせて萎縮させる。
彼は人質と言ったが、もちろん命の保障が出来たわけでもなくそんな言葉を真に受けられるはずもない。クリスの予感もどんどん強くなる。彼らの用件が一体何なのかは知らないが、円滑に進まなければずどん、なのだろう。ここまで来てよもや彼らが善良なる一般人だとは思わないが、彼女の予感は銃のトリガーを引く覚悟をさせるに十分だった。
人質要求を突きつけた男は、手近に居たシスターの一人に向いて。
「おい、ここの責任者のところに案内しろ」
「は、はい。こちら、です」
銃をちらつかされていては致し方ない。おっかなびっくりといった様子で、シスターはそろそろと歩き始める。向かう先は隣の、リゼのいる建物だ。
一団は礼拝堂にいくらか人間を残して、そのシスターに付いていく。ぞろぞろと無遠慮に足音を鳴らして。クリスの位置からはその様子は見えなかったが、その数からして、相当数の人間が向こうの建物に行ったであろう事は推測が付いた。この場に残ったのは、見張り用の数人のようだ。
「散ったなぁ。エリーは、リゼと一緒に入った裏口から突入準備。サブマシンガン持ってきてね。リリアとジゼットは隣の建物。関係者以外立ち入り禁止だって言われた所ね、そこの安全確保。民間人居るから発砲には気をつけて」
「了解」
「それと。リリアに代わって、エリー」
「ん」
注文をつけると、無線機の向こうの声がおてんば娘に代わる。
「何よクリス」
「ここは教会、一般人多数。しかもレアに釘刺されてるの覚えてるよね。もう一回言うけど、あんた、前みたいな事またやらかしたら絶交だからね。意味わかる?」
「‥‥‥わかってるわよ」
「よかろう。二人は礼拝堂から銃声がし始めたら行動開始、トランシーバーはエリーに返して。じゃあ交信終了」
言い終えて、クリスはトランシーバーもポケットにしまう。ついでUP45ハンドガンを手にすると、遊底を引いて初弾装填をし、セーフティをしないまま後ろ腰にしまった。クリスの細身ではやや隠し辛い大きさの拳銃だ。とはいえ最悪武器を奪われても、エリーがサブマシンガンを持ってきてくれるので気楽に構えた。
クリスは手近にあった木製の長椅子をガンガンと蹴り、そして二階の手すりにもたれて身を乗り出した。いずれも、相手に見つけてもらうためである。案の定物音と人影に気づいて、拳銃持ちの男が見上げてクリスを見つけると、銃を向けて「動くな!」と陳腐な台詞で脅した。それには逆らわず、両手を挙げて言う通りにする。
人質をひとまとめにしたかったのだろう。「降りて来い」の命令通り、クリスは手を上げながら他の一般人が居るところまで歩いていった。彼らは先に、人質を堂の奥へと固める為に移動させ始めていた。
「伏せたほうがいい?」
近場に居た男にそう冗談めかした態度で、クリスは小さく両手を挙げて見せた。




