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2-6 親



 ホニの修道院は、やや町外れにあった。

 とはいっても、ホニ自体がウルティスより発展した町である。特段スラム化した様子もなく、周囲には背の高く整備の行き届いた建物も見受けられる。到着までにクリス達は警察車両にも数度すれ違っていた。どうやら巡回が行われているようであり、この点をみてもウルティスよりは治安が良いであろうこと明白であった。ここに住むというのなら、孤児達も幸せだろう。

 もっとも「ウルティスに比べて」という条件は付く。町の裏ではやはりそういった人間が発生して渦巻いているであろうことは承知の上だ。

 そして目的地に到着して、五人はややあっけに取られた。

 件の修道院が、でかいのである。

 メインとなる礼拝堂部分、その後ろにも同じつくりの建物がくっついている。少しだけシンプルなコンクリート製であろう建物が福祉施設であろう。一つ一つは小さめだが、それが3つも4つも連なっている。広場ともいえるグラウンドも見えて、遊戯道具も散見された。ここは学校かと見まごう程である。

 駐車場の車の中かでもわかるその風景に、クリスは驚嘆を示す。


「はぁ~、これが教会。ご立派だわ。これ、どの建物にどこから入ればいいの?」

「うぅん、どうしようかしら」


 小さな町の小さな教会しか知らない四人が、修道院敷地の駐車場に車を止めて、思考も止まる。

 そんな中、一人だけが臆することなく車を降り、周囲を見回す。

 エリーだ。


「ちょい、エリー。わかるの?」

「どこでもいい。シスターを捕まえればいいだけだから」

「いやぁ、その。うちらとしては大きくご立派な建物様にしり込みしてるんだけど、こういうの慣れてるの?」

「ダチランより大きい。驚いたけど、どこも同じでしょ」


 言う割には眉ひとつ動かさずに、一番近くにあるコンクリートの建物を指差す。入り口であろう扉が見えるので、あそこにしようという事であった。

 車の中に留まっても仕方がない。リゼとリリアが降り、ジゼットも続き、そしてクリスも最後に付いていく。なお、車を降りるにあたって、バッグに銃とナイフをつめたリリア以外の四人は銃器の類をすべて車内に残した。元から銃を持たないリゼはもちろんだが、ジゼットのカービンライフルは到底隠し持てる代物ではない。クリスのUP45ハンドガンも小型とは言えず、唯一小型ハンドガンであるW99Cを持つエリーは、今からシスターに会いに行くというのに、普段から使いもしない凶器を携えていく気はなかったからである。

 そして五人は、建物に寄っていく。

 大筋ではエリーの言う通りになった。福祉施設に近づくと、外で掃除をしていた中年の修道院シスターが来訪者を呼び止め、そしてリゼがここに来た用件、ウルティス修道院からの用事を伝える。と、修道院のシスターは「こちらへどうぞ」と一行を案内した。

 連れてこられたのは礼拝堂の裏側だった。その戸口前で一度待たされ、シスターは建物内へ消えていく。しばしして、別のシスターが迎えにやってきた。


「‥‥‥」


 そのシスターを見てエリーが目を丸くしたのを、そして表情を崩して喜色を見せたのを、クリスは見逃さない。


「こんにちは。ウルティス教会のリーゼロッテです」

「こんにちは。連絡は受けています。ご案内しますのでどうぞ」

「じゃあリゼ、うちらは適当しとくから」

「えぇ」


 リゼはちゃんとした仕事でここに来ているのだ。それに対してクリスやリリア、ジゼットが付いていく理由はない。短いやり取りで、案内に従ってリゼは建物内に入る。

 そしてもう一人、ここに用事のあるエリーは。

 エリーは固まっていた。こんな時には動けないのかと友人の頼りなさに息をつきつつ、クリスはエリーの脇を小突く。それで思考が再起動したエリーは、二度小さく深呼吸して息を整えると、言葉を紡いだ。


「あ、あの。シスター」


 右手を胸に手をあて、一歩前に進み出て、エリーは案内にやってきたシスターに声をかける。それは到底、先陣を気って礼拝堂に近づいた人物と同一とは思えないほど、気弱で頼りない声と態度だった。

 シスターのほうも思うところがあったのだろう。リゼではなくエリーのほうに注視していたシスターは、にこやかに言葉を待つ。


「わ、私。ダチランの教会で、お世話になった者です。期間は、そう長くなかったけれど」

「ウルティスの教会から昨日連絡がありました。訪問しに来て下さると」


 神父が先に連絡してくれていたようだ。

 同意して頷いたが、エリーはしどろもどろとなる。エリーがダチランの教会にお世話になり、そして去ったのはもう4年は前の話である。エリーの言う通り長居したわけでもなかったので、覚えているかどうか不安だったのだ。


「あ、の。シスタールーフォ、です、よね。その、覚えていないと思うけど、私」

「エリーちゃんね?」

「‥‥‥」

「よく、無事でいてくれたわね」


 シスタールーフォは両腕を広げて、そして、エリーを大きく強く抱きしめた。

 とんとんと、エリーの背中を何度も叩く。始めは硬直していたエリーだったが、やがて表情を緩めて、目を閉じて抱擁を受け入れた。

 覚えていてくれた。

 それだけで、エリーは幸せだった。

 4年前。

 戦火が及んでいたダチランでは軍の駐留が始まり、市民の間では疎開の話が現実味を帯びてきていた。事実としてほどなく国主導の住民移動が始まるが、それより以前から財力と判断力のある人間から順に町を離れ始めていた。

 敵航空機の航続距離内に納まっていたダチランは、ほどなくして駐屯地や軍用車両、補給車列を狙った銃爆撃が始まり、巻き添えと「誤爆」により市民にも被害が出始めた。エリーの両親も、隣町への移動を考え始めていたが、判断が遅きに失した、という点は否めなかった。

 そして、エリーが買い物に出ている間に、自宅のアパートに爆弾が落ちた。

 エリーは、独りになった。

 かろうじて形を保っている自宅の隅で残った食料で数日間だけ食いつなぎ、両親を待っていたエリーだったが、待ち望んだ家族が現れる事はついになかった。そして、教会を訪れる事にした。孤児達を引き取って、寝床も提供してくれるのだという噂を聞いていたから。

 エリーがダチランの教会に到着した時、教会では多くの未成年が溢れていて、全員の面倒を十分に見て上げられる状態では既になくなっていた。人数の増加で寝床が足りずに礼拝堂まで溢れ、一人当たりの食事もつつましいもので、ある程度の空腹と常に隣り合わせの生活であった。それでも路銀ない状態で半分崩れた自宅に居るよりは万倍もよい環境であった。

 が、ただ甘えて生きていくには抵抗を覚えていたのも事実である。

 これではいけない。

 教会にやってきた年長者達がシスターたちの疲労や教会の窮状を理解した頃に、募兵の話が流れてきた。特に食料の優先配布はこの上なく魅力的で、志願すれば食べられるし教会の負担が減る。年長者は皆で行こうと呼びかけ、同意した者達が固まり始めた。エリーもまた、その中に入った。

 教会は、彼ら彼女らを止めることはできなかった。苦しくて面倒を見られる状態ではなかったから、黙認して見送るしかなかった。それでも関係者は、自分達のふがいなさで子供達を戦場にやってしまう事に深く罪を感じ、見送りの際に涙を流す者もいた。一方で志願する子供達も泣いた。やはり戦争は怖かったからだし、親代わりに自分達を助けてくれた教会から離れたくない気持ちもあった。それでも振り切って、皆は教会を後にした。


「エリーちゃんは、最初の集団志願だったわね。あの後も二度、集団で志願に向かっていってしまってね。そうしているうちになんとか受け入れの話もまとまって、私達はここにやってきたのよ」

「そうですか」

「あの時は、本当にごめんなさい。あなた達を守ってあげる事ができなかった」

「そんなこと、ないです。助けてくれて、感謝しています。本当です」


 抱擁を辞めたシスターとエリーが、それぞれに安堵の表情を浮かべて会話する。

 まるで、親と子供。

 そんな様子をリリアはものめずらしげに、そしてクリスは笑みを浮かべて見守る。ジゼットも、我が事のように思って様子を眺めていた。三名共教会に世話になった経験はないが、シスターの姿を両親に置き換えると他人事には見えないのであった。


「生活は出来ている?」

「今は、飲食店で」


 掃除屋と言おうとして、それではばれてしまいそうだったので、エリーは咄嗟に浮かんだレアの顔から連想して答えた。

 その後も数言、言葉が交わされる。そして感動の再会もほどほどに、シスタールーフォはリゼに向いた。


「リーゼロッテさん、お待たせしましたね。こちらへ。エリーちゃんもいらっしゃいな。マニャールも待っているわ」

「は、はい。お願いします。じゃあ、クリス」

「いってらっしゃい。うちらはここらで適当に休んでるよ」

「ん」


 エリーには自覚はなかったが、昨日以上に弾んだその声を残して、リゼと共にシスターの後を付いていく。

 それに目を丸くするのは、リリアだ。


「エリー、楽しそうね」

「そうだね。あいつだって、笑えるんだよ」


 クリスは、友人二人の後姿を目を細めて見つめて。


「悔しいなぁ」

「何が?」

「私は、エリーが笑ってくれるような事、できてないってこと」


 いつも、素っ気無い態度で。

 いつも、抑揚の少ない声で。

 銃を持って撃ちながら笑っていたら、それはそれで狂っているだろうが。とはいえあんな姿を見せ付けられると、妬ましくさえ思う。


「一番、傍にいる時間が長いのにね」


 やや気落ちするクリス。

 すると、これまたわからないという態度で、リリアはさも当然のようにこう述べた。


「一緒にいるのが苦痛なら、一緒にはいないわ。私だって、ジゼットといるのが楽しいからいるんだもん」

「それは、私たちといてもあんたは苦痛じゃないと?」

「まぁね。仕方なくだけど」

「あんたに諭されるようじゃ、クリス様もおしまいだわ」


 腹立たしかったので、ぽんとリリアの頭に手を置いて、わしゃわしゃと髪をかき混ぜる。銀の長い髪があわせてくしゃくしゃにされた。当然ながら、彼女は怒ったが。


「ちょっと!」

「はいはい、教会では騒がない。適当にその辺ぶらっとしてましょ。向かいにはバーもあるみたいだし、時間つぶしには困らなさそうだわ」


 五月蝿い子供の背中を押して、クリスはその場を離れた。




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