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2-5 ドライブ




 抜けるような晴天の下、車は高速道路を軽快に駆けていく。

 ご機嫌なドライブ日和、そのはずであったが。


「私はさぁ。エリーとリゼの三人で、仲良くドライブのつもりだったんだけどさ」


 第502擲弾兵連隊第2大隊第8中隊第1小隊第3班。それがかつて彼女達に与えられた所属。おおっぽらに出来ないお仕事掃除屋に、基本教会から離れられないシスター見習いという組み合わせで普段録に顔も合わせ辛い。そんな三人で細かい事は気にせず、久しぶりに揃って外出しようと言うのだ。これが楽しみでないわけがない。

 なのに。

 バックミラーを使用して、クリスは後部席三名のうち子供二名を睨む。主に、落ち着きなく足をばたつかせている少女に。


「なんであんたらまで連れて行かなきゃならないのかと」

「ごめんなさい、クリスさん」

「いいじゃない、付いてきたって!」


 くっついてきたことに丁寧に謝罪するジゼットと、我が道こそ正しいと主張するリリア。これだけ行動も反応も逆なのに、なぜこの二人組はこれまで一緒に旅なんかしていたのだろうかと、ふと疑問に思うクリスであった。

 この二人が一緒に来ることになった原因は、リリアのわがままだけと言うわけではない。レアが、一緒に行動したらと横から笑顔で威圧してきたのである。もちろんこれには、リリアとジゼットを二人だけにしておくのが心配だとか、「リッパー」様に実際にウルティスから離れてもらったほうが具合がいいとか、そういった打算が多分に含まれていることはクリスにもわかってはいたが。とはいえ、それで旧交を温める輪の中に乱入されては、不満に思うなと言うほうが酷である。

 どうあれ、なってしまったものは仕方ない。


「ごめんねリゼ。やかましいが一匹増えて」

「いいえ、賑やかでいい道中になるわ」


 イレギュラーが入っても、嫌な顔ひとつしないリゼ。

 本来、クリスとリゼの間で行われるガールズトークによって盛り上がるところだったのにと、またひとつ不満を胸中に仕舞うクリスであった。なお、どうせエリーは寝てるか黙って聞いてるかの二択なので、ここには加算されない。もちろん、今のエリーは前者を選択し終えて、既に夢の中へとダイブ中だ。リリアと言うやかましいノイズをすぐ脇に座らせておいて、良く寝れるものだとクリスは感心すらする。

 今日のエリーは朝からやけに睡魔を引きずっていた。きっとエリーなりに楽しみにしてくれていて、夜眠れなかったとか可愛い感じだったのだろうと前向きに考えつつ、朝の様子からして起きるのはお天道様が真上に来たあたりだろうなと思って嘆息する。


「ねぇねぇ、あなた!」


 そしてそのエリーの安眠をも妨害しかねないやかましいほうが、後部座席からリゼの座る助手席のシートを掴んで身を乗り出してくる。あんたは我慢とか配慮とかいった言葉を教わらなかったのかとクリスは文句をつけようと思ったが、どうせ不毛だとわかっていたので黙る。そんな単語が頭の中に入っているならこんなにうるさいわけがないと。そんな事より交通事故を起こさないようにするのが大切だ。


「あなたってエリーの友達なんでしょ」

「えぇ。ハウンドで射撃班を組んでから、ずっとね」

「いいなぁ。私、射撃班とか組んだ事ないから」

「あれ、あんたハウンドって言ってたでしょ。ハウンドに限らず、正規軍は四人一組が最小班単位だよ」


 クリスが疑問を口にする。ただの雑兵集団国民擲弾兵なら兎も角、一応正規軍であったハウンドこと擲弾兵連隊は、チーム分けはしていたはずである。

 擲弾兵連隊、ハウンドの惨状はどこも同じだと思っていたが、クリスは次のリリアの回答を聞いて考えを改める事になる。


「エーヴェは小隊か分隊単位で動いてたの。無線機が足りないとか、迷子にならないようにとか言われた。実際に隊からはぐれて、山で迷って行方不明とか。それでひょっこり戻って着たりとか」

「ふぅん。ジゼットとは、ずっと一緒なの?」

「僕は元は別の大隊だったよ。リリアとは途中で出会って、なし崩しに再編成されてからはずっと」

「風車小屋だよね。ジゼット達が負傷者一杯抱えて逃げてきたの」

「うん」


 二人の間で通じる思い出話に、ジゼットが頷く。

 エーヴェは北にある山岳地方の名前であり、リリアとジゼットが所属していた第513擲弾兵連隊の主戦場であった。市街戦しか経験のないクリス達は山岳戦のことを知らないが、山岳兵というのは各国古くから、専門に山岳猟兵なんて呼称が付く程度には、通常歩兵部隊よりも精鋭である事が多いと言う話は知っていた。道なき斜面の行軍はそれだけでも負担であるのだ。そんな中でただの素人が戦うのは辛かっただろう。

 迫撃砲と爆撃の絶えない、装甲戦力がやってくる市街戦とどっちがよいかは、やはり五十歩百歩であろうが。

 考える間もリリアは囀る。


「あなたとクリスは友達?」

「みんなそうよ」

「エリーもだよね。友達に会いに行くんでしょって聞いたら、気のない返事だった」

「そういう子だから」


 くすくすと笑うリゼ。


「エリーはね、目を見るといいのよ」

「目?」

「そう。質問をする時にね、目を見るの。本音の時は平坦な声でまっすぐ。嘘をついたり言いたくないことの時は、エリー、左下に視線を逸らす事が多いの」

「その時、たいてい『別に』って言って、話切ろうとするよね」


 それで何度も会話を終了させられた事のあるクリスが付け加える。「別に」は彼女の口癖のひとつだ。

 しかしそれを破る方法もまた、クリス達は心得ている。


「それで、もう一度同じ質問を投げかけると、ぽつりぽつりと話し始める。それでも話さない時は、諦めるほかないけど。口を割らないと心に決めているみたいでね」

「そうなんだ。じゃあ後で試してみようかな」


 教会までの道中でリリアが問いかけたときは、エリーは背を向けた状態であった。当然表情など見えるはずもない。そんなにもわかりやすい判別方法があるのならと、リリアはエリーが起き次第試す気満々だっだ。

 彼女の興味はさらに続く。


「エリーが一番仲がいいのって、クリスなの?」

「うんにゃ。多分、エリーにとって私はびりっけつ。いや、間違いなく友達だよ?」

「一番はローズね」


 もう居ない友人の名前を出して瞳を閉じ、過去を思い出すリゼ。

 目に浮かぶのは、辛くも、しかし一番充実していたハウンドの訓練期間と、そこで組んだ仲間と過ごした戦争の記憶。

 懐かしき名前に、クリスも口を出す。


「私は班長やってたから気さくに付き合えない、リゼはエリーの5つだっけ? 年上のお姉さん。ってことで、一番年が近くてただの班員だったローズと仲良くなったと。ローズ自身あけすけな奴だったからね~」

「エリーってあんなに無口なのに?」

「今ほどひどくはなかったんだよ。ちょっと口数少ないけど、ちゃんと自分のことを話すし、ちゃんと笑う奴だった。ついでに言えば眠り姫でもなかった」


 そういえば、エリーの笑顔なんて最後に見たのはいつだろうとクリスは思った。掃除屋家業を始めてからはずっと「寡黙で、悟った様な達観したような表情で、黙々と仕事をこなしてよく眠る」な調子なので、多分、ハウンド時代まで記憶を辿らないといけないのだろう。それこそ、ローズが死ぬ前日だったかもしれない。

 ローズが戦死したあの日。

 あの時に激昂したのが最後、エリーは極端に何もしゃべらなくなった。仲間の死に直面してショックを起こしているのだろうと、クリスとリゼは同情しながらもそれ以上は何も出来ずあまり触れないようにしていた。時間が解決してくれるだろうと信じて。そしてその通り、クリスとリゼの二人は、ともすればローズの死んだ事すら忘れそうになる日々を送っている。

 エリーは違った。

 戦争後、三人は一緒に除隊した。そしてクリスとリゼは携帯を持って連絡を取り合っていたが、エリーはそのまま音信不通になった。ほぼ一年後にクリスとエリーは再会することになるが、それは本当に偶然だった。あの偶然がなかったら、永劫行方不明になっていたかもしれない。

 兎に角、再会したのだ。

 ところが、彼女は変わってしまっていた。傷口が悪化するように無口は余計にひどくなっており、普段は感情の起伏も見せてくれなくなっていた。空白の時間で何をしていたのか、彼女は未だに語らない。

 アランファミリーの一件でエリーが焦った声をトランシーバーに乗せてきた時、クリスは驚きつつもほっと安堵もしたのだ。こいつにも、まだそんな感情が残っていたんだと。淡々と無感情に引き金を引く機械ではないのだと。


「ふぅん。エリーのことはわかったわ。じゃあ、あなた」

「私?」

「うん」


 無遠慮にリゼを指差しひとつ頷いて、リリアは疑問を続ける。


「あなたはどうして掃除屋にならなかったの? 二人が掃除屋を始めたの知ったんなら、リゼも参加すればよかったのに。友達なんでしょ?」

「リゼにだって都合ってのが」

「私はね」


 適当な話で流そうとしたクリスを遮って、リゼが答えた。


「私は、もう銃を取らないって決めたの」

「どうして?」

「撃ちたくないの」

「どうして?」


 リリアは首をかしげる。本当に、なぜなのかわからなかったのだ。

 リリアはここまで、銃とナイフを手に旅をしてきた。かかるすべての費用は銃を使って稼ぎ、それで美味しいものを食べて綺麗な洋服も買ってきた。彼女が宿泊先に置いている鞄の中にも、銃とお気に入りの衣服が数点ずつ詰まっている。リリアにとって銃はもはや体の一部であり、手放せない最高の友だ。

 銃は。


「銃があればお金稼げるし、変な人を追い払えるし。なにより友達と同じ仕事をやるんだよ? きっと楽しいわ」

「そうね。友達と一緒に居るのは、本当に楽しいわ」

「うん」

「それと同じくらい、銃で嫌な思いもしたの」

「ふぅん。じゃあさ」


 彼女は悪意なく、純粋な疑問を投げかけた。


「もしも銃を撃たないと友達が死んじゃうってなったら、あなたはどうするの?」

「そうね。それはとても難しい話だけれど」


 リゼは一拍置いて。


「その二択なら、私は友達を取りたいわ。他に代えられないもの」

「普段撃てない人が、急に撃てるようになるんだ」

「それが一番難しいわね」


 困ったような笑顔を浮かべて、リゼは答えた。

 このまま放っておいたらリリアの質問攻めでリゼが苦しくなるだろう。リリアは本人に悪意がない分、余計に厄介なのだ。そう判断して、クリスは会話に割って入って話題を切った。


「そういやリリア。昨日持ってた銃、IZ91じゃなかったわね。どうしたの」

「あぁこれ?」


 リリアがバックから、ポケットティッシュを取り出す気安さで銃を抜く。昨日、レアに向けていた銃と同一のものだ。

 Berrit(ベリット)。エリー達の国の隣国で生産されたサブマシンガンであり、戦争期に流入していた品のひとつであった。

 ウルティスの一件で使っていたIZ91とは違い、その銃はグリップ部にマガジン挿入口があるタイプのサブマシンガンだ。折り畳みストックと展開型のフォアグリップが付いているが、リリアのそれは折り畳みストック部を取り外している。


「IZ91使ってたのに、9ミリパラの銃も使うんだ」

「何言ってるの、これもマカロフ弾よ」

「ありゃ、そうだっけ?」

「でも、レアがマカロフ弾を扱ってないみたいだから、弾がもうないんだ。そのうち代えないといけないけど」

「んで、件のIZ91は?」


 尋ねると、リリアは銃の表面をさすりながら、やや落ち込んだ様子で。


「なんかね、ジャム起こしてから調子悪くて。しょうがないからこっちにしてるの」

「銃のメンテやってる? 銃って、簡易でもしとかないとすぐぐずるよ」

「ん~、あんまり」

「レアに修理頼めば、知り合いのガンスミスに送ってくれるよ。それでうちらはメンテしてもらってる。レアからもクリーニング方法教わったな。あんたらもしばらくウルティスにいるんだし、修理してもらえば?」

「直るかな? あの銃。お気に入りなの」

「直る直る」

「うん、わかったわ」


 珍しくしおらしい態度で、リリアは了承する。実際にハウンドの時から使い続けていた品で、彼女にとってはそこそこ愛着ある銃であった。

 それに、クリスは嘆息。ぬいぐるみとかではなく鋼鉄の凶器を抱いて「お気に入りなの」とのたまう姿に思うところがないわけではなかったが、それよりもっと別の理由で息を吐いた。


「あんたもねぇ。いつもそれくらい可愛ければ吝かじゃないのに」

「何がよ」

「何でもない」


 唇を尖らせるリリアを、バックミラーで見るのを辞める。

 これが、アランファミリーで惨殺アートをやらかした娘である。見た目とこの今の様子は明らかに年相応の子供そのものであり、町ですれ違ったとしても誰も「リッパー」だ何て思わないだろう。本当にこいつがやったのかと、クリスはまた信じられなくなりそうだった。

 仮に信じてやったとしてだ。自分はどうすればいいのか。クリスは考えるが答えは出るわけがなく。

 彼女は車を走らせ続ける。



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