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2-4 御伽噺




 エリーとリリアが立ち去ったレアの店では、重苦しい空気が続いていた。

 昼食の片付けも終えたレアは「本業」の為か表から席をはずして引っ込んだ。一方でクリスとジゼットは場に残ったが、二人の間でする話題もなく、雑誌を見るかテレビを眺めるかでそれぞれに時間を潰していた。

 が、それにも限界と言うものがある。


「ねぇ、ジゼット」


 一層の静けさと重苦しさが蔓延した店の中、少年の名を呼んだのはクリスだった。

 ジゼットは顔を上げて彼女を見る。クリスは対話しやすいいつものお気楽な雰囲気ではなく、腕を組んでやや高圧気味にも見える態度を取っていた。気を許していないからと言うわけではなく、それはクリス自身の心境を示している。


「これを聞くのはリリアが居ないからだし、そもそも暇潰しだし、一昨日の一件がすごく納得行かないからだけど。答えたくないなら黙秘してくれていいよ」


 そう前置きして。


「リッパーって、何?」


 核心を、問う。

 返答はすぐにはなかった。ジゼットはクリスを見据えたまま動かず、しかしそれでは埒があかないと。そして、しばらくはここにいることになった以上は話を通すべきだと判断して、彼は口を開いた。


「リリアの異名、みたいだね。捻りもない、切り裂く人という意味」

「じゃあやっぱり、一昨日の件は。あいつが切り裂いて回ったってこと?」

「そう、だね」


 答えるジゼットの表情は暗い。

 何人いたかは知らないが、バリケード構築済みの一室に立て篭もる人間を、ろくに洋服すら汚さずに、近接で全滅させる人間。銃口を向けられた扉口を突破し、眼球や喉に正確にかつ致命打になるほどの勢いでナイフを投げ、大人一人を惨殺できる腕力を持つ、それだけの身体能力があってこそのあの惨状。銃弾の効かない無敵のテレビアニメキャラか、主人公補正の入った映画でなら許されるだろうが。

 居るわけが、ない。

 会話を聞きつけたレアも、表に戻ってきた。


「レアさんは、知ってたんだよね」

「知らなかったわ。少なくとも、一昨日の一件が起きるまでは」


 リッパーがリリアである、ということは知らなかったレアが、嘘もなく返す。リッパーの名を口にしたこと自体、それはレアの推測であった。


「半年ほど前の話だったかしら。北のほうであったらしいわ。10人程度のギャング団が、一室ですべて惨殺されていたというのが。リンクスの依頼対象だった」

「つまりやったのは、依頼を受注した掃除屋ってことね」

「リンクスではリッパーが現れたと、ちょっとだけ噂になった。その後も、同一人物の手によるものと思われる同例がいくつか。リンクス達を賑やかせて、それっきり噂も立ち消えた。残念ながら、一昨日復活したけれど」


 まさかこんなことを模倣する馬鹿は居ないでしょうと付け加えて、レアはカウンター席まで出てきて腰を下ろす。

 リッパーの由来についてはクリスは理解した。一昨日のリリアのあの様子からして、彼女が一人で、ウルティスに流れてくる前からナイフやアックスを振り回していたのだろうと。だがクリスが知りたいのはその先。


「銃器装備の大の大人何十人も相手に、ガキがそんなことできるわけ?」


 対象がリリアであるために子供限定のように言ったが、たとえ大人だろうとそんなことはありえない。

 だがクリスには否定できない。事実として、出来てしまった後の光景を目にしたのだから。一体どうやったのか。どんなに異常でも、ありえなくても、彼女には、リリアにはそれが出来てしまうのだろう。


「少し、御伽噺をしましょうか」


 物思いにふけるクリスを眺めていたレアが、そう口を開いた。

 クリスとジゼットは、より彼女を注視して言葉を待つ。二人の視線の中、レアは静かに語り始めた。


「その国は戦争をしていた。その国の軍隊は志願制で、初期は十分な訓練を積んだ熟練兵により拮抗以上の戦いが出来ていたけれど、やがて物量に押し込まれて劣勢になった。国は、損失した軍兵の補充のために年齢制限など下げて、さらに募集をした」


 エリー達の国の軍隊は今も昔も志願制だ。これはやる気のある人間が兵士となることで高い質を確保できる。質が高いと高度な戦闘ができるという利点があったが、同時に、一度熟練兵を喪失すると建て直しが難しいという面があった。しかしそれでも人が足りなくなった以上は、兵役経験のない人民でも動員しなければならない。

 だから国は募集した。食料の優先配布というカードを見せびらかし、孤児やストリートチルドレンのような子供まで参加できる国民擲弾兵と言う枠組みを作った。


「けれどやはり、敵を打ち倒すには十分な訓練を積んだ熟練兵による作戦展開も必要にある。けれど。人の育成には時間がかかるものよ。体力作り、射撃訓練や戦闘知識、もちろん学問も。いい兵士と言うものは、一昼夜で出来るものではないわ。特技兵ともなれば素質だって必要を問われる。そこで偉い人は考えた」

「何を」

「その訓練課程を、どうにかして短縮できないか。カリキュラムの短縮と言う意味ではなく、もっと根本的なところから」


 訓練課程を短縮できれば、兵士養成の手間が減る。戦力化のための時間が短縮される為にすぐに兵士が輩出され、戦線の埋め直しが容易になる。兵士に仕立てる必要すらない。訓練を飛ばせるほどある程度の身体能力を持っているならば、それだけで輸送や土木などのいろんな裏方作業をさせられるようになる。


「テレビを眺めているなら、スポーツ番組だって目にしない?」

「興味はないけどね。それなりには」

「ドーピング、すなわち薬物を投与することで運動能力を高めるという行為があるの。一応、禁止されていることなんだけどね。つまり人間は、薬物によってその身体能力を高めることが可能。そう、もしかしたら、薬物で高めた身体能力により、訓練工程を短縮できるかもしれない」

「まぁ、そうかもね」

「そんな薬剤を、豚に抗生剤入りの食料を与える感覚で、みんなの配給食糧に混ぜ込んで継続投与すれば」

「‥‥‥ちょっと。それって」


 クリスの顔が引きつる。

 自分達は食料を求めて志願した。その約束された野戦炊具の食糧や配られたレーションに、「そういった何か」をわざと入れてあったとしたら。食料の優先配布という真の意味が、国民擲弾兵諸君に薬物を投与するという意味であるとしたら。

 自分たちは知らずのうちに、何が起こるかもわからないそれを食わされて「実験」に使われていた、ということになる。


「それ、本当の話?」

「御伽噺よ」

「‥‥‥」

「この御伽噺には続きがあってね」


 微笑のまま、レアは「御伽噺」を続ける。


「偉い人は考えました。折角薬剤を入れるなら、もっと別の研究も一緒にしてしまおうと」

「研究って、うちらはモルモットか何かなわけ?」

「えぇ。身寄りのない孤児なんて誰も保障しない、戦後養ってやる余裕もないもの。むしろ死んでくれたほうがいいわ」

「くそっ」

「そうしてもうひとつ、お薬が混ぜられることになった。目的は、人工的に才能を持たせること」


 人工的に才能を持たせる、というくだりで意味がわからず、クリスは首を捻る。

 一方でジゼットは、ぐっと唇を噛んだ。思い当たる節、まさに自分のパートナーがそうであるのだから。


「例えば、ろくに衣服を着ずに雪山を登る事ができる人間がいるわ。こういう人間を人工的に作れれば、寒冷の山岳戦で便利よね」

「はぁ。それで食糧っていうお薬を飲まされてできたのが、ガキの体で照準が追いつかないほどの速さで走れる脚力と、人を余裕の惨殺できる腕力のあるリリアってこと?」


 同意を求めるクリスに、レアは瞳を閉じて、静かに。


「御伽噺よ」


 そう締めくくって、レアは席を立つ。

 クリスは「御伽噺」の真偽を図りかねていた。この場で話題を出す以上は、話には大なり小なり真実が含まれているという事なのだろう、そこは信じていたが。しかし、クリスの身近には「変な事になった」人間はいないはずであったからだ。自分もなんともなっていないし、エリーもリゼも、そして死んでしまったローズも、特別にリリアみたいな事にはなっていないからだ。

 カウンター内で昼食作りに入ったレアは、棚を漁りながら。


「何にせよ、自分で見たものが真実」

「リリアは、まぁ、間違いなく『変』よ。それはわかってる」


 「異常」という言葉はジゼットがいる手前、飲み込んで答える。


「それで? 彼女との付き合いを私に強要されて、どう接するのかしらね」

「レアは?」

「人の答案を見るのはよくないわ。特にクリス、あなたはよく思考停止するから、他人の答案を考えずに丸写しするもの」

「よくわかっていらっしゃる」


 肩をすくめて、クリスは息を吐く。考える必要がなく、悩む必要がなく、責任の押し付け先が出来る。誰かに追従する事ほど気分の楽なものはない。

 ジゼットの回答は‥‥‥聞くまでもないだろう。リリアの事は知った上で付き合っているのは明らかであり、それがどんな理由にせよ、今更に見限るとも思えない。となると後はクリスと、この話を後で聞かせる事になるエリーが選ぶ道だ。よく考えよく悩みなさいとのお達しか。それとも、変な回答は出さないだろうと一定は評価されているのだろうか。

 こういう決断ばっかり、昔の班長の頃からさせられる。自分は自信がないというのに、仲間の命を預かったり、誰かの為に気を回さないといけない。

 と、クリスの携帯がコールされた。

 エリーだ。

 さすがに戦闘中の無線応答は会話が出来るが、普段から無口なエリーは電話すら自分からかけてくることは少ない。というか、ない。そもそも、携帯電話が不用なほど二人の生活は近しいので出番がない装置である。珍しくもエリーのほうからかかってきた電話という事でやや驚きつつも、クリスはコールを取る。


「はいはい、エリー? どったの」

『明日、出掛けたいところがあるの。リゼが、多分一泊必要だって言ってた。その間ウルティスを離れる。いい?』


 ウルティスを離れるから一緒に仕事が出来なくなるので、いいのかと了解を貰いに着たらしい。天晴れの律儀さだ。

 もちろんクリスは二つ返事でオーケーだ。大きな収入のあてがあるし、それを抜きにしても1日2日仕事をしないから直ちに死ぬというほど家計が逼迫しているわけでもない。エリーに用事があると言うのならどうぞ優先してくれと言う気持ちだ。そんなことよりも、電話越しに聞こえるエリーの声が、いつもの平坦な調子と違ってやや弾んでいる事のほうがクリスには気になった。何ぞうれしい事でもあったのだろうかと。


「構わないよ。てか、リゼも一緒?」

『そうなる』

「あんたら二人とも、運転できないでしょ。車出そうか?」

『え?』


 何気なくかけた言葉だったが、電話の向こうから驚きの声がやってくる。

 どうやら自分をのけ者にして話を進めていたらしい。こんなに愛しているのに何て奴だ、などと心の中で嘯きつつ、愉快に口端を吊り上げる。


「クリス様ハブって二人でデートとはいい度胸だ、私を混ぜてくれてもいいのよエリーちゃん?」

『あ、え、と。いいの?』

「どうせ暇だしね。三人でドライブとか初めてだよね、楽しみだわ~」


 三人で揃うのは、本当に久しぶりだ。

 掃除屋家業なんてやっている手前、まっとうな生活を続けようとしているリゼに近づく事はやや抵抗があるのはその通りだ。硝煙の臭いを染み付かせてリゼの居る教会に行くという形もさらに抵抗を誘う。しかし、もう少し頻回に会うべきかも知れない。残念ながら、クリスも家族を失った身だ。この世で気を許せる一番の人間は誰かって、クリスにとってそれはエリーとリゼになるのだから。


『じゃあ、お願い』

「ほいほい」

『それと、クリス』

「ん~?」

『‥‥‥一昨日の件。ごめん』


 唐突にエリーが謝ってきた。

 こういうことがたまにある。クリスからすれば何があったわけでもないのに、突然エリーが険しい表情になって黙り込んだり、今みたいに謝ってくる。主に、「エリーが仕事をこなした後」にこういうことになる。一昨日の件となると、今しがた話にあがっていたアランファミリー襲撃の日だ。エリーにとっては一大事らしいのだが、説明してくれないと一体何の事だかさっぱりだ。

 問い詰めてもよいのだが、そうしたところで答えは決まっている。


「気にしないの。エリー、あんたはいろいろ気にしすぎ」

『‥‥‥ん』

「ほら、明日は楽しいデートでしょ? 気分切り替えて、楽しい予定でも立ててなさい」

『ん、わかった。じゃあ、また』

「ほいほい~」


 いつもの調子を演じつつ、クリスは通話の切れた携帯を仕舞う。エリーのカウンセリングはリゼに任せよう。四人組射撃班中最年少だったエリーは、リゼが良く可愛がっていた。おちゃらけた自分がやるよりも遥かに確実である。

 そこまで考えて、クリスはしまったと、今日最高の歪んだ顔を作った。

 今のエリーには、リリアが付いている。

 エリーは表面の態度はあれだが、根はいい子ちゃんだ。それはハウンドからの付き合いだから知っている。言葉は少ないし、自己主張が少ないし、つまりいろんな問題を胸の中に溜め込んじゃう奴だ。電話越しでいきなり謝罪してきたのも、リゼにせっつかれたか何かであろう。まぁそれは今はいい。

 問題なのは、そう。あの好奇心と無遠慮の塊であるリリアが相手でも、尋ねられれば、エリーは確実に答えてしまうはずである。この話題は特別伏せるような内容ではない。となれば、生まれる懸念は。


「‥‥‥あいつ、付いてくるとか言わないでしょうね」


 クリスのその懸念は、的中することになる。



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